走れるだけでよかったのに   作:〆切の逃亡者

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第14話 無冠と無敗、夢と意地

「『心技体』ってあるじゃない」

 

レースを眺めながら、独り言のようにミーティアが口を開く。

 

「ゴールデンレイシオは『体』は申し分なかった。100点満点中120点をあげれた」

 

レースではなく、身体能力を買われての入学。異例中の異例。抜きん出たウマ娘。それがゴールデンレイシオ。

歴史を見てもこれほど『体』が恵まれたウマ娘はそういない。そう言っても過言ではないのが彼女なのだ。

 

「『技』は私がなんとかした。何とかするのが仕事だし、私はそれしかできないから」

 

トレーナー人生45年。伝説と謳われた大ベテランの紛れもない事実。

彼はレースの展開を読んだり、新しいトレーニングなどを思いついたりはできない。経験を積んで、ようやく二流。そんなレベルでしかない。

だがしかし、技術を教えることだけは天才的。超一流を軽くあしらうほどの怪物。

そんな彼が付きっきりで半年間鍛え上げた。『体』は恵まれど『技』が未熟。いや、それ以下。そんな点数を付けてすらやれないほどのウマ娘を合格ギリギリのラインまで引き上げた。下手なダンスのような走りから、まともに走れるようにした。

 

「でも、『心』が決定的に足りなかった。他人に流されるままトレセン学園に入って、レースに出ていた。そこには何が何でも絶対に勝つという気力、闘争心というものが無かった。だからあの子は負け続けた」

 

気力、やる気……精神論と揶揄されるかも知れない。圧倒的な実力があれば、勝つ気が無くても勝ててしまうと言う人もいるかも知れない。

だがしかし、勝つ気が無ければ勝負の舞台に立っていないのと同義。気力による後一歩の粘りがない。数センチに命をも賭けるこの舞台では、その一歩はあまりにも致命的。

結果、負ける。後一歩が足りないから、ありとあらゆる手段で勝つことをしないから。

 

「あの子は、レースに出るまでもなく既に満ち足りていた。走れるだけでよかった。トレセンで、ターフの上で走っているのは流れに身を任せた結果」

 

ゴールデンレイシオがレース場で走っているのは、偶然に過ぎない。

親がトレセン学園を「ウマ娘の学校」と言った。だから行くものだと思い込んだ。

親が「勝ったら嬉しい」と言った。だからターフを駆けた。

木崎が「才能がある」と言った。だからレースに出られた。

ミーティアが「勝たせることができる」と言った。だからここまで来れた。

 

全てが偶然。流れるままここにいる。

 

「でも、今は違う」

 

偶然なのは、ここまで。

 

「あの子は言ったわ。日本ダービーに、エアシャカールに勝ちたいと。誰かに願われたわけでも、誰かに望まれたわけでもない。自分の意思で立ち、道を決めて歩き始めた」

 

流されるだけだった。川に浮かんだ葉っぱのように、ゆらゆらと流され続け、いずれ沈み朽ちていくだけの存在だった。

だけど、彼女は立った。流れに抗い、進むべき道を自分で決めて走り出した。

 

「今日この日、この時、この場所がゴールデンレイシオのスタート。長い長いトゥインクルシリーズの第一歩をようやく歩み始めたの」

 

苦しいかも知れない、決して平坦な道じゃないかも知れない、無事じゃ済まないかも知れない。

そんな事は百も承知。心を突き動かすのは損得ではない。どうしても譲れない矜持、どうしても叶えたい夢。

それのために、一歩を踏み出せる。

 

「なんと……!」

 

「エエッ!?あそこから届くの!?」

 

「届くわよ、あの子なら」

 

 

ならば、この光景は必然である。

 

 

 

■■■

 

 

 

僕は焦っていた。

 

第3コーナーの途中、下り坂と上り坂の境目でエアシャカールさんが仕掛けた。

バ群の中を突き進む。まるで他のウマ娘が道を譲っているように、なんの障害もないように。

 

追いかけなきゃダメだ!

そう思ったところで異変が起きた。

 

 

足が動かない。

 

 

足を挫いたわけでもない、足を捻ったわけでもない。ただ、足がすくんで動かない。

ああ、まただ。皐月賞と同じだ。頭では分かっているのに体が動かない。心が行くなと叫んでいる。

 

『さあ、第3コーナー半ばからエアシャカール!エアシャカールがスルスルと上がってくる!』

 

待て、待ってくれ。僕はまだ、全力を出せていないぞ……!

 

そう願うも、バ群はどんどんと隙間が無くなっていく。

エアシャカールさんのいる場所だけがいやにポカンと空いている。

今、今行かないと、バ群を抜けられない。追いつくことなんてできない。

 

いけ…行け、仕掛けろ、動け!今しかない!後がない!勝つんだろ!勝ちに来たんだろ!!!なら走れよ、動けよ、動いてくれよッッ!!

頼むから、一歩でいいからッッ!!!!

 

「ァあぁあああァアああああ!!!!!」

 

叫ぶ。届けと願いを込めて、ありったけの力で叫ぶ。

しかし、それは虚しく空に溶ける。

エアシャカールさんの背中が遠くに見える。それはまるで深い谷に分たれたような、そんな絶対的に届かない距離に感じてしまう。

 

このままじゃ、負け———

 

 

『あなたにひとつ、アドバイスをするわ』

 

 

「っぁ……」

 

 

『楽に行きなさい』

 

 

この土壇場で思い出したのは、ミーティアさんのアドバイス。

 

今、僕はどうだ、アドバイスを聞けているか?

聞けていない。僕の心はエアシャカールさんを追いかけることを拒否している。僕の心は苦しんでいる。

 

冷や汗が止まらない、呼吸が荒くなる、眩暈がする、胃も痛い。これが苦しいと呼ばずになんと呼ぶ。心に呼応して体が全力で止めに来ているじゃないか。まるで、今からしようとしている事に怯えるように……

 

……いや、違う。これは苦しいんじゃない。怖いんだ。

水に溺れると苦しいけれど、苦しい事が怖いんじゃない。溺れて死ぬことが怖いんだ。

苦しみは、恐怖の前兆だ。

眼前に映る景色、今からしようとしている事、僕の状態……これらを鑑みるに、何に怖がっているのかなんて一目瞭然。

 

僕は、バ群が怖い。

 

ウマ娘の近くを自動車のような速度で、生身で走るのが怖い。

転んで怪我をするのも、怪我をさせてしまうのも怖い。

怪我で二度と走れなくなるのが怖い。

ようやく走れるようになったのに、こんなことで走れなくなるなんて———死ぬよりも怖い。

だから僕は、苦しんでいる。

 

「嫌、だなあ……」

 

バ群に突っ込まないと負ける。

でもバ群に突っ込むことは苦しい。

 

「勝ちたいなあ……」

 

勝ちたい。

約束を、宣言をした。

だから勝ちたいんじゃない。

 

もっと単純に、純粋に。

全力をぶつけたい。

もうこれ以上ないというほど出し尽くして、その上で勝ちたい。

 

 

だからバ群が怖い程度、諦める理由にならない。

 

 

もう第4コーナーも半ば。

残りあと700mといったところだろう。

 

バ群を突き進むのはやめた。苦しいから。

 

困難に挑めば勝てるのか?

苦難を突き進めば勝てるのか?

 

———自分の持ち味を殺す道は、勝利へと続いているのか?

 

 

さあ、楽に行こう。

 

 

いつの間にか呼吸が落ち着いていた。

そのおかげか、いつもより周りがよく見える。

 

バ群はダメ。

でも勝ちたい。

なら、行くべき道はただ一つ。

 

「大外から、全員ぶち抜く……!」

 

第4コーナーを曲がらず、あえて真っ直ぐ突き進む。

外埒にぶつかるような勢いで突き進む。

横を見ると、何人か正気ではないものを見るような目を僕に向けている。

 

でも、やめない。これが僕の活路だから。

 

邪魔にならないほどバ群が遠くにある事を確認して、急転換。芝をえぐりながらも鋭角に曲がり、最終直線に入る。

 

『そしてさらに外からもう1人、この最終局面に駆けつけてきたのはこのウマ娘!!』

 

もしここで足を止めても死んでしまうわけではない。当たり前のように明日は来るだろう。周りは「よくやった」「がんばった」という優しい言葉をくれるだろう。

でも、ここで足を止めれば僕は一生後悔する。抜けないトゲが心に刺さり続ける。

 

なあ、弱かった僕よ。

ウジウジと分かりきったことを悩んでいた僕よ。

僕はどうしたい?

 

「やっぱり来やがったか……!!」

 

『ゴールデンレイシオォ!!』

 

 

さあ、今度こそ悔いなく、全力で。

 

 

「勝負だ!!」

 

 

『外から、外からゴールデンレイシオ!18番人気なんとゴールデンレイシオ飛んできた!無冠の夢が飛んできた!!』

 

一歩。より深く、鋭く、今までにないほどに強く踏み込む。

届け、届けと願うように。

 

ギリギリと軋む足のバネから、想像だにしない加速力が生じる。景色がものすごい速度で後ろへ流れる。

感覚で分かる。これは過去最高速度!これなら……!!

 

「っ!?なめンじゃ、ねェェ!!!!」

 

『ポンと抜け出したエアシャカールに食らいつく!離れない、離れないが追いつけない!あと一歩、半バ身が伸びないかっ!』

 

っ……!いいや、当然だ!こんなの対処されて当然。この程度で勝てる相手じゃ無いことなんて分かりきってた事だろう!

 

それよりも、来た。

最後の難関、高低差2Mの坂。

 

ここで失速すれば、この半バ身は崩れる!ようやく掴んだ勝利の欠片が溢れ落ちる!!

ボクはエアシャカールさんみたいに巧みな技術は無い。だから、力ずくで、一息に!!

 

『残り300メートルっ!』

 

足を回す。

必死に、半バ身を破ろうとして。

 

けれど、エアシャカールさんは鉄壁。過去最高の仕上がりと評するのも納得できる走りだ。

いくら加速しても、一向に抜ける気配がない。それどころか、僕が隙を見せるとこのまま置いていかれるだろう。

 

———楽しい。

 

必死になって、全力を尽くして勝負する。

お互いの全てを出し尽くした駆け比べ。

力を抜くなんてとてもできない、ヒリヒリとした緊張感が心地良い。

生きてるって感じがする。

 

『2』と書かれたハロン棒が嫌に目につく。

残り200Mの標識。そこまで迫って尚、差は縮まらない。エアシャカールさんの姿が視界にある。

 

(……分かっちまうモンだな)

 

(ああ、これは……)

 

『大波乱のこのレース、勝負はこの2人に絞られた!!』

 

だから、ここまで来れば自然と分かってしまう。

 

(何もしなければ)

 

(何もなければ)

 

 

((半バ身差で(オレ)負け(勝ち)だ))

 

 

『後方を置き去りにして殺人的なハイペース、エアシャカール逃げ切るか!!無敗の二冠は目の前だっっ!!』

 

限られた時間は少ない。

だけれど、僕にもう手札はない。

文字通り、出し尽くした。というよりも、元より本気で走る以外の手札はない。

だから……だからって、このまま大人しく負けるわけにはいかないんだ。

 

まだ負けてない。後200Mもある!賭けでもいい、不確かでもいい。勝利を疑うな、諦めるな!まだ手はある!

 

記憶を探る。

何か手がかりになるものはないかと、走馬灯のように思い出が流れていく。

 

 

何か、何でもいい。一歩だけでいい。なに、か———

 

 

加速する思考の中、レース中にも関わらず目を奪われた。きっと見間違えだろうけど、幻覚かもしれないけど、確かに見たんだ。

視界の隅に、ひらりと舞うサクラの花びらを。

 

ああ……確かに、あの背中は僕の記憶の中で最も速いウマ娘だろう。

 

教えてもらったことはない。

練習したこともない。

見たのはたった数回だけ。

 

だけど、あの走りは僕の心に焼き付いている。

 

 

だからちょっとだけ、お借ります。

 

 

「バク、シン!!」

 

 

地面スレスレの超前傾姿勢。ストライド走法から、ピッチ走法へ。走るというより、前に飛ぶように。

見よう見真似。元の走りと比べるとあまりにお粗末な走り。

 

だけど、これで十分。僕はこの一歩が欲しかった!

 

『レイシオ加速、加速した!半バ身を埋めたっ!!シャカールも粘っているっ!』

 

後数秒で勝負が決する。

全力、いやそれ以上。120%の力を出した。これ以上にないレースをした。ここまで走れて満足だ。十分すぎる。

 

「僕が」

 

「オレが」

 

だけど今日だけは、ここだけは。

 

 

「「勝つ!!!」」

 

 

『並んだ、並んでゴールインッッ!!!』

 

 

ゴール板を駆け抜けた。

緊張の糸が解けたせいか、急に疲労感が体を襲う。

 

『無冠の夢か、無敗の意地か、どっちだぁぁあ!!!!』

 

怠い足をゆっくりと減速する。

肩で息をする。玉のような汗が滴る。

どれも皐月賞のあの日、出来なかったことだ。

 

 

「はぁはぁ……楽しかったぁ!」

 

 

だから、こんなに清々しい気持ちも初めてだ。

 

 

 

『———結果がでました』

 

レースの余韻に浸っていると、いつの間にか判定が終わっていた。

シンと静まった会場に、放送だけが響き渡る。

 

そうだ、まだ決着はついていない。

 

 

『結果は……1着18番!1着は18番!!2着は1番エアシャカール!!』

 

 

「……かっ…た…」

 

思わず、声が漏れる。

あれだけ望んでたものが手に入った時、どういう反応をすればいいのか分からない。

感情が追いつかない。

 

『なんという結末!なんという大金星!!着差にして僅か3cmの激戦を制したのは18番人気、ゴールデンレイシオォ!!!』

 

けれど、じわじわと心の底から喜びが滲み出てくる。

 

「勝った……勝った!勝ったんだ!!はは、ははは。やった!!やった……ぁ」

 

冷や水を浴びせられた気分だ。

あの姿に、急に現実に呼び戻された。

 

ああ、そうだ。何で忘れてたんだ。

 

「クソッ!クソッ!!」

 

拳を握り締め、歯を食いしばり顔を伏せるエアシャカールさん。

ああ、当然だ。

勝者がいれば敗者がいる。

僕は勝ち、彼女は負けた。

勝負なら、当たり前のこと。

 

「っ……」

 

あれだけ勝ちたいと思って、血が滲むような練習を積んで……そんな人の気持ちを、踏み躙ってしまった。

日本ダービーは一生に一度だけ……2度はない。

そんな勝負を、僕なんかが勝ってしまった。色んな人の努力や想いを押し退けて。

 

僕の、せいで……

 

「何シラけたツラしてやがんだ」

 

頭の上から、声をかけられる。

気がつくと、目の前にエアシャカールさんが立っていた。

合わせる顔がないと思い目を逸らそうとすると、襟元を掴まれて無理矢理に目を合わせられた。

 

「なんだそのツラ?舐めてんのか?アァ?」

 

彼女の顔や声から怒りの感情を感じる。

……怒って当然だ。エアシャカールさんの二冠目も、努力も…全部踏み躙ったんだから。

 

「ご、ごめ……」

 

「喜べよ、ダービーウマ娘。オレが欲しかった冠は、そんなシラけたツラになるようなモンなのか?」

 

思ってもない言葉に、声が詰まる。

怒って、ない……?いや、怒ってはいる。だけど、それは勝敗についてじゃない。僕の態度に関してだ。

なんで、どうして?僕は君を、君の二冠目を……

 

「……ハァ…前を向け、胸を張れ。勝ったんだろ、喜べよ」

 

「で、でも!」

 

「勝者が喜ばねェなら、負けたオレらはなンだ?無価値のゴミか?」

 

「っそんなことは!」

 

「だったら、喜べ。オマエは勝ったンだからよ」

 

「で、でも……僕は……」

 

「……アァ、もうメンドクセェ!オラ前向け!」

 

「わっ!」

 

バン!と強く背中を叩かれ、背筋が伸びる。俯いていた顔が上がる。

 

 

『『『レイシオ!レイシオ!』』』

 

 

鼓膜が震える。

大地が揺れる。

 

「……これ、は…」

 

「勝者を、オマエを讃えてンだよ」

 

目の前には、大勢の観客。

全ての観客が拍手をしたり、僕の名前を叫んでいる。

僕の勝利を、祝福している。

 

なんで、どうして?応援していたみんなは、エアシャカールさんは負けたんだよ?僕なんかが勝ったんだよ?

なのに、どうして……僕なんかに、そんな……!

 

「喜んで、いいのかな……!」

 

ポツリと、本音が漏れる。

 

エアシャカールさんを、他のみんなを押し退けて勝ってしまったのに。

口元が緩む。楽しかったと、嬉しかったと思ってしまう。

 

「オウ、義務だからな」

 

「ははっ……義務なら、仕方ないね」

 

大歓声の雨に溺れる。

大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 

でも、胸を張って、前を向く。

僕が勝者だから、胸を張らなきゃいけないから。

 

 

走れるだけでよかったのに。

足があるだけで満足だったのに。

いつの間にか、こんなところまで来てしまった。

 

 

5月の暖かい風が吹く。

なんてない、天気のいい日曜日だ。

 

 

だけど、今日はいつもより世界が輝いて見えた。

 




タイトル回収!!!!(クソデカボイス)

ふぅー……構想時点から書きたかったこと書けたー!やったー!
いやあ、頭の中でできてても文字に起こすのは大変だねえ。リハビリで書き始めたけど、本当に苦労した……特に心理描写。ポエムは無限に生えるのに心理描写になると「コイツ何考えてんの???」ってなって沼るのよね……
なんか完結味あるけど、まだ続くのでよろしくおなしゃす!

高評価と感想待ってまーす!あと誤字報告とかも感謝の極みです。
色々とよろしくお願いします!!
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