走れるだけでよかったのに   作:〆切の逃亡者

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第15話 IN 院 陰

窓から差し込む光だけが部屋を照らす。

薄暗く、陰鬱で、とても馴染みのある空間。

ただ、僕はここが好きではない。嫌いと言い切っても良いかもしれない。

だって、良い思い出が無いからだ。

 

窓から外を眺めていると、扉が開いた。

 

「どうでしたか?」

 

「おめでとう。明日には退院できるわ」

 

「……長かったですね」

 

このベッドともお別れかと思うと少し寂しいものを感じる。

でも、ようやくだ。ダービーから長かったけど、ようやく……!

 

「もう、走ってもいいんですよね?トレーニングはどうしますか?あっ、菊花賞を意識して長距離とか———」

 

「……退院しても、走る事は許せないわ」

 

僕の溶けかけた心が再度凍る。

はし…れない?走れない?

 

「ど、どうしてですか……?何か問題でもありましたか?怪我が見つかったとか!」

 

「いいえ。診断結果は問題ないわ」

 

「ならどうして!」

 

いつも出ないような声量。悲壮を帯びた声が病室に響く。

なんで、どうして……そんな言葉が頭の中でグルグルと巡る。

でも、そんな思いとは無情に淡々と言葉を告げられる。

 

 

 

「いや、1週間は休めって言ったじゃない」

 

 

 

「もう3日も走ってないんですよ!?少しぐらいいいじゃないですかっっ!!」

 

「ダメ」

 

「ほら、今日なんて絶好のランニング日和!気温も良好、風も良い!こんな日にベッドの上なんて勿体ないですよ。だから……ねっ?少しだけ、1時間だけ!!」

 

「ダメ」

 

「30分!」

 

「ダメ」

 

取り付く島がないとはこの事か。淡々と首を横に振られる。

正直、今フラストレーションがすごい。ダービーから走りたい欲が溜まりに溜まって爆発寸前なのだ。本当に後生だから走らせてほしい……

 

「3ハロン32.9秒、自己ベストから1.6秒更新」

 

「えっ」

 

「練習すらしてないスプリンターの真似事」

 

「ぐっ」

 

「弥生賞からの連戦で休めてない体」

 

「うぅ……」

 

「以上の理由で休養と判断……私、間違ってるかしら?」

 

「……………マチガッテマセン」

 

「でしょ?」

 

ダービーから早くも3日が経った今日。僕は検査入院という名目の下、病院のベッドに縛り付けられている。

レース、ライブ共に終わり、控え室に戻ると待っていたのは担架と救急隊員さんだった。ドラマや映画のような涙を浮かべてハグ、など感動的なシーンが続くと思っていたので本当にビックリした。

ビックリしすぎて固まっていると、そのまま担架で病院まで運ばれて即入院。頭の天辺から足の爪先まで調べ尽くすように検査漬けの日々を送っている。

 

検査の結果、今のところは異常は見つかってない。分析に時間がかかるものもあるけど、十中八九問題はないそうだ。

なら走っても……いや、やめとこう。すごく怒られる気がする。なんかこう……優しく丁寧に理詰めで諭された上で、医者の言うことを聞かない患者を見るような目を向けられる気がする。もう正論で叩きのめされたくない。

 

「それだけ元気だったら問題はなさそうね。全く、生い先短い老人を驚かすんじゃないよ」

 

「あはは……心配かけたみたいで、すみません」

 

「……一応言っとくけれど、レースっていうのは負担が大きいの。骨や筋肉にダメージは行くし、無茶をすれば大怪我だってあり得る。特に、今回みたいなタガを外すような真似は危険なのよ」

 

「……はい」

 

冗談のような口調ではなく、かと言って責めるような口調でもない。ミーティアさんは諭すように、少し憂いのある声色でそう言った。

ダービーの興奮で思いもしなかったけれど、相当な無茶をした。本来ならば怪我の一つや二つしていただろう。そんな無茶をして怪我がなかったのは幸運という他ない。

迷惑、かけちゃったな……

 

反省しなくちゃ、と目を伏せていると、頭に何かが置かれる感触がした。

 

「まあ何にせよ、怪我がなくてよかったわ。それによくやった。すごかったわよ、ダービー」

 

「わっ……あ、ありがとう、ございます」

 

強く、それでいて優しく頭を撫でられる。

ダービー……そうか。もう、終わっちゃったんだなぁ……

 

「ん?あんまり嬉しそうじゃないのね?レース場ではあんなに泣いてたのに」

 

「あ、いや……嬉しくないと言うか……飲み込めてないと言いますか……あと泣いてたのは忘れてください」

 

「それは無理よ」

 

「恥ずかしいので忘れて欲しいです……」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

首を傾げていると、ミーティアさんから新聞を手渡される。

随分と厚い新聞だな?と不思議に思いながらも開くと、僕の写真があった。

 

 

涙で顔がぐちゃぐちゃになるレベルで号泣している僕の写真が、拡大されて載ってあった。

 

 

…………ナニコレ?

 

「日本ダービーは全国から注目を浴びるからね。そりゃこうなるわよね」

 

「なんっ、えっ、はわっ……!?」

 

い、一面に僕の泣き顔がァー!!

よく見たらコレ全国紙じゃん!!全国じゃん!!もう全国に僕の泣き顔が……!!

 

「もう……生きてけない……!」

 

少なくとも、もう素顔で表を歩くことはできない。羞恥心に殺されそう……

今度マスクとサングラス買おう。うん、少しでも顔を隠せる格好をしよう。それがいい。精神衛生上的にも。

 

「大丈夫!大体のウマ娘は泣き顔取られてるから!」

 

「それ、涙ぐむ程度ですよね……この写真レベルの号泣はありますか?」

 

「あー……えーっと……ウイニングチケットとか……?」

 

うつだ……

 

「あー!そっ、そういえば!インタビューの依頼が入ってたから、退院したら少し時間いいかしら!?」

 

ワタワタと手の置き場に困っているような挙動で話しかけて来るミーティアさんの姿に、逃避していた現実へ戻る。

というか、縁もゆかりも無い話が聞こえた気がする。

 

「……インタビュー?」

 

「そうそう!ほらっ、ダービーに勝ったけど優勝インタビューも無しに即入院だったでしょ?そういう依頼が来てるのよ!貴女がよければだけど…どうかしら?」

 

「え?まあいいですけど……」

 

インタビュー……そうか。僕もそういうのをする様になったのか。ああいうのは人気があるウマ娘やトレーナーさんとかがやるものと、どこか他人事と思っていた。

……あれ?そういえばインタビューって重賞レースだと出走前とかもやってるよね?僕、インタビュー受けた記憶がないけれど……あれ?

 

「あの……僕、今までインタビュー受けたことなかったんですけど、受けなくてもよかったんですか?」

 

「ああ、いいのいいの。ちゃんと『お話』したらみんな分かってくれたから」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「ええ。みんな話せばよく分かってくれたわ」

 

満面の笑みで親指を立てるミーティアさん。

今までの余裕がない時にインタビューとか、明らかに失言やミスをする状況と察して話をつけてくれていたんだろう。感謝しないとな……

でもインタビューって何するんだ?前世も含めて人生の中でインタビューなんて受けたことないし……あ、ダメだ。意識したらなんだか緊張してきた。

 

「インタビュー、がんばります……!」

 

「そんな気負わなくてもいいわよ」

 

変なことしてまた一面載らないようにしないと……!

 

「じゃあ、私は色々仕事残してるから帰るわね。また明t———」

 

「どうしました?」

 

ミーティアさんは扉に手をかけようとして固まる。まるで電池が切れたロボットのように急に固まったからビックリした……

 

「……いや、なんでもないわ」

 

何かを警戒する様にゆっくりと扉から離れ、反対側の窓を音が出ないように開ける。

 

「え、あの、帰るんじゃ……?」

 

「私がいたことは内緒ね?じゃあ、また明日!」

 

口元に人差し指を立てながらそう言うと、彼はまるでなんでもないように窓の縁に手をかけ、颯爽と飛び出した。

……って、

 

「………ぁえ、ちょっ、ここ3階ですよっ!?って速っ!!」

 

慌てて外を見ると、すでに小さく見えるミーティアさんが走り去っていく姿が見えた。

あれで60代後半とか嘘でしょ……元気すぎる……

 

「ゴールデンレイシオさん、お見舞いに来ましたよ〜……ってあら?」

 

呆然としていると、ミーティアさんとは入れ違いで理事長秘書のたづなさんが入ってきた。

 

 

 

■■■

 

 

 

「なるほど、概ね理解しました。全くトレーナーさんは相変わらずですね」

 

事情を説明すると、やれやれと言ったようにため息を吐くたづなさん。

 

「えっと、そうなんですか?」

 

「はい。昔から破天荒と言いますか……とにかく常識に囚われない方でしたね」

 

それって非常識と言うのでは?そう喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。

でも、昔からあんな感じなのかあ……想像に難くないなあ……

 

「ところで、お身体の方は大丈夫ですか?」

 

「はい。今のところ怪我とかは見つかってません。健康そのものです!……けど、走るのダメって言われて……ちょっとだけ、本当にちょっとだけストレスが……」

 

分かってる。ミーティアさんが言ってることが至極真っ当な事だって分かってる。

でも、それはそれ!これはこれ!走りたいは走りたい!!

 

「うーん、健康上問題がないなら軽いランニング程度はいいと思いますが……」

 

「そうですよね!心配性が過ぎますよね!!」

 

「ですが、その心配性にも理由があるんですよ」

 

「理由……ですか?」

 

ミーティアさんの心配性はダービーの後に発覚した。

普通はウイニングライブが終わった直後に拘束して病院送りにはしない。思い返すと、前々から心配性の片鱗は見えてはいたけれど、はっきりとした理由はそう言えば知らない。

 

「彼の復帰前最後の担当ウマ娘は日本のウマ娘でした。強かったんですよ?10戦10勝、生涯無敗の二冠ウマ娘。怪我さえなければ五冠確実とまで言われてましたから」

 

ヒュッ…と、気道が狭くなる。

怪我で走れなくなる。それは僕が、ウマ娘が一番避けたい事。

 

「怪我……」

 

「はい。元々脚部不安があったのですが、ダービーの後に爆発……走れなくなってしまいました」

 

トレセン学園に入ってから怪我の話は後を絶たない。

 

曰く、期待の新星が怪我でデビューもせずレースの幕を下ろした。

曰く、G1ウマ娘が怪我で即時引退を余儀なくされた。

曰く、本格化が来たG2ウマ娘が怪我でG1挑戦を諦めざるを得なくなった。

曰く、曰く、曰く———

 

毎日事欠かない怪我の話題。

どれほど輝かしい功績を持ってようと、無差別に襲いかかる魔物。怪我に泣かされた涙は数知れず。

それほどにレースが過酷と嫌でも分からされる。

 

「それを、あの人はずっと悔やんでるんですよ。誰も悪くない、運が悪かったと言っても『自分のせいだ』と言って聞かないんです」

 

ウマ娘は怪我をしやすい。

時速60kmを超えるスピードで駆け抜ける。脚部への負担は計り知れない。

名バと呼ばれたウマ娘の経歴を遡れば、怪我なくレースを走り切ったウマ娘の方が圧倒的に少ない。

 

だから、そんなに気にすることではない……なんて、そう簡単に言える人じゃない。あの人は、そんな理性的な人じゃないから。

 

「それから、トレーナーを辞めて後進育成に力を入れ、トレーナー育成学校を開設したりしたんですよ。『怪我で泣くウマ娘を1人でもいなくなる様に』と」

 

心配性だ。

前の担当の、15年前の事を今でも引きずっている。いや、背負っている。後悔をし続けている。

だからこそ、今度こそは……そんな風に思っているんだろうか。

僕にはミーティアさんの心の内なんてものは分からない。だけれど、心配性になった理由として、前の担当の怪我は十分すぎる理由だ。

 

「だから……そんな心配性のトレーナーさんのこと、許してくれませんか?」

 

……こんな事を知っちゃったら、こっそり抜け出して走る気も無くなっちゃうな。

 

「分かり、ました」

 

「あ、ちなみにコレはトレーナーさんには内緒でお願いしますね?余計なこと話したなって怒られちゃいますので」

 

口元に人差し指を立てながらそう言うたづなさん。

そのくらいでミーティアさんは怒らないと思うけど……まあ、告げ口をする理由もないし、黙っておこう。

 

「あっ、すみません。そろそろお暇させていただきますね。この後少し用事がありまして……」

 

時計を見ると、もうすっかり日が傾き始めていた。

入院生活でゆっくり過ごしている分、人と話していると時が経つのが早く感じる。

 

「ああ、いえ。わざわざ来ていただいてありがとうございました」

 

「遅くなりましたが、ダービー優勝おめでとうございます」

 

「……ありがとうございます」

 

「では、また学校で」

 

扉が閉まると、先ほどまであれだけ騒がしかった部屋はがらんとする。

静かな部屋で横になり、天井を見つめる。

 

「おめでとう、か……」

 

不意に、口にする。ダービーに勝った後、何度も言われたその言葉を。

褒められてる、喜ばしい事だと分かっている。

 

 

———けれど、どこか素直に喜び切れない自分がいた。

 




新年一発目なので初投稿です()

最終話まで残すところ後わずかですが、どうかお付き合いください。
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