走れるだけでよかったのに   作:〆切の逃亡者

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最終話 走れるだけでよかったのに

「次のレースで注目の選手は誰でしょうか?やはり、世紀末覇王と名高いテイエムオペラオーさんでしょうか!?」

 

無数のカメラとマイクを向けながら、目を伏せがちに微笑んでいる期待の新星の解答を今か今かと待ち構えるメディア。

「テイエムオペラオーを止めて見せます」なんて、センセーショナルな事を言ってはくれないかと胸を膨らませる。

 

だけど、実際のところは違う。

青毛のウマ娘には、テイエムオペラオーという現役最強なんて見えていなかった。

このインタビューが始まる前に一本の連絡が来た。来てしまった。

そのせいで、次のレースへの心構えがガラリと変わってしまっていた。

 

しかし、青毛のウマ娘もバカではない。

レース産業とはエンターテイメントである事を理解している。

つまり、ここでメディアや世間が期待している言葉を投げた方がいいのでは?なんて気遣いをしている。

 

困ったような笑みを浮かべながら、チラリと隣に座るトレーナーに目を向ける。

そのトレーナーは担当ウマ娘と目を合わせると、仕方がないと言ったようにクスリと笑い、何も言わずに前を向く。

 

ウマ娘は察した。本音を言ってしまえと言う合図だと。

 

なるほど!と心の中で大きく頷くと、ゆっくりと口を開く。

 

「僕は、待っているウマ娘がいます」

 

そう言うと、予想と違ったのか皆一様に目を瞬かせる。

それが可笑しくて、少し笑ってしまう。

 

「グランドスラムに王手をかけた世紀末覇王も、それに食らいつく怒涛の王も、黄金世代の不屈のキングも、世界に挑んだ怪鳥も、不退転の怪物も……このレースに出るウマ娘は確かに強いと思います。誰もが類稀なる傑物です。ですが……ですが、僕が待っているウマ娘は、僕を負かしてくれる予約を入れているウマ娘はただ1人」

 

強く、ハッキリと。

青毛のウマ娘は言い切った。

テイエムオペラオーも、メイショウドトウも、キングヘイローも、エルコンドルパサーも、グラスワンダーも。まるで眼中にないと。レースの主役は自分と待ち人の2人だと。

 

ポカンとするのも束の間、徐々にざわめきは大きくなる。

 

「そ、そのウマ娘は一体!?」

 

叫ぶように質問を重ねる記者。

けれど、その質問の意味はほぼない。その場にいた全員が思い当たるウマ娘がいるからである。

しかし、同時に首を傾げる。

その思い当たるウマ娘が出走表明をしていないからだ。

 

「ふふっ、内緒です……けれど、伝言を一つ」

 

そんな記者たちを無視して、言葉を続ける。

 

 

「ここが僕らの『三冠目』だぞ」

 

 

薄らと開いた目には、並々ならぬ闘志が。

有無を言わせぬ迫力があ———ぷつん。

 

 

 

「最近この放送ばっかねぇ」

 

テレビを消して、背伸びをするミーティアさん。

僕は彼の言葉に反応できない。

なぜなら現実から逃亡しようと、慣れない脚質で夢の中へ。ソファーにあったクッションに顔を埋める作業で忙しいからだ。

 

「どうしてあんな事を……っ!」

 

違うんです。

エアシャカールさんからの連絡でテンションが上限突破しちゃったんです。

だってダービー以来だよ?約束の対戦だよ?

だからテンション上がっちゃっただけで、他の16名の出走ウマ娘に喧嘩を売ろうとか、シニア級が眼中にないとかそう言う事じゃないんです。

 

「ネットの受けも良いのに……『テイエムオペラオーアウトオブ眼中で草』『菊花賞のインタビューですっ転んでた子には見えねえ』『喧嘩の売り方完璧じゃん』とか色々」

 

「あああぁぁああぁあぁ!!!!」

 

現実が!過去が!僕を襲うっ!!!!

 

クラスメイトやスピカのみんなにも言われた。

「めっちゃ喧嘩売るじゃん」って……

 

違うんです。

本当に違うんです。

弁明の余地は無いかもしれないけど、本当に違うんです。

ゴールドシップさん、号外を配らないでください。本当に違うんです。

クラスメイトのみなさん、「やるじゃん!」じゃないんです。誤解なんです。

 

黒歴史が、消したい記憶が増えていく……!ダービー号泣全国ばら撒き事件より消したい……!

 

「はーい。ピチピチ跳ねてないで、そろそろ時間よー」

 

心の中で弁明をしていると、手をパンパンと鳴らしながら急かすように言われる。

意識を戻すと、もうパドックの時間だ。

 

急いで靴を履こうとすると、ミーティアさんが僕の足元に屈む。その手には、僕の靴があった。

 

「一応、今日のレースを確認するわね」

 

慣れた手つきで僕の足に靴を通す。

 

「中山レース場2500M……最終直線が短くて、追込のあなたは不利なレースよ」

 

右の靴ひもを結ぶ。

確かに、追込には不利なレース場だ。

それがどうした。

 

「相手は、本物の中の本物。傑物も傑物。そんな超一流の実力者が全力で潰しに来るわ」

 

左の靴ひもを結ぶ。

確かに、クラシック級の頃とは比べ物にならない化け物揃いだろう。

それがどうした。

 

「でも、大丈夫」

 

立ち上がる。

当然のことを、当然のように語られながら。

 

「あなたなら、大丈夫」

 

背中を押されるように、戦場へ足を運ぶ。

 

「だから、私が言うことは1つだけ———楽しんでらっしゃい」

 

前を向き、扉を開ける。

 

 

「———はいっ、行ってきます!」

 

 

さあ、楽しいレースの時間だ。

 

 

 

■■■

 

 

 

地下バ道を歩いていると、歓声が徐々に大きくなる。

一歩、一歩。歩くたびにメラリと燃えるものがある。楽しみで楽しみで仕方がないと言わんばかりに、心臓が胸を打つ。

 

ゆっくりと歩いていると、曲がり角にどうも見知った顔があった。

 

「よォ……」

 

「エアシャカールさん……」

 

「文句の一つや二つ、言いてェ事はあるが……まずは」

 

頭をガリガリと掻きながら、不機嫌な雰囲気を取り繕うとせずに近づいてくる。

僕を上から覗き込むようにして立ち止まる。

 

 

「預かったモン、獲りに来たぞ」

 

 

その目には、明らかな闘志が。身震いするほどの覚悟が垣間見えた。

ああ、ああ!

思わず口角が上がってしまう。

 

「そう簡単には渡せませんよ……だから、走りましょう。全力で」

 

「ハッ!イイぜ。———なら、無理矢理でも奪ってやるよ」

 

そう言うと、エアシャカールさんも嗤った。

愉快そうに、狂気も感じるような笑みを浮かべた。

 

お互い一歩も譲る気はない。

正真正銘全力全霊。

ダービーの時とは違い、僕は伏兵じゃない。誰も僕を軽んじたりしてくれない。嫌と言うほど注目されているだろう。

 

エアシャカールさんも、リハビリをしながら勝つための手札を揃えてきたはずだ。

かく言う僕も、切り札の一つや二つ用意してきた。

今日のために、研ぎ澄まして来た。

 

「嗚呼、見なよドトウ!今日は世紀末覇王爆誕という伝説の日……そして、同時に輝かしいライバルの決闘が繰り広げられる!」

 

「あわわ……!じゃ、邪魔しちゃ悪いですよぅ……!」

 

「はーっはっはっは!!ボクの覇王伝説に相応しい群雄割拠の闘い!前時代の英傑も、新時代の怪童もまとめてこのボク、テイエムオペラオーが蹴散らしてぇ——……!」

 

「す、すみませええぇぇぇ——……!」

 

はーっはっはっは……!

すみませええぇぇ……!

と、二つの声が地下バ道に響き渡る。

メイショウドトウさんに引きずられながら、テイエムオペラオーさんはパドックに連れて行かれた。

 

「「………」」

 

突然の事でなんだかグダグダになってしまい、気まずそうにお互いに見つめ合う。

なんというか……やっぱりこの世界の住人って色々と個性的な気がする……

 

「はァー……気が削がれた。先に行く」

 

そう言うや否や、彼女は足早にパドックの方に踵を返す。しかし、何か思い出したかのように立ち止まると、首だけ僕の方に向けた。

 

「今回は勝たせてもらうぞ」

 

「今回も勝たせてもらいます」

 

咄嗟に、そう返す。

エアシャカールさんは軽く鼻で笑うと、サッサとパドックに向かって行った。

 

地下バ道からパドックを見ながら、ふと思う。

……ああ、そう言えば丁度1年前くらいになるのか。

ミーティアさんに出会って、未勝利戦を勝った日だ。

それから弥生賞を走って、皐月賞、ダービーと……

 

まだ1年しか経っていないのに、もう懐かしく感じる。随分とこの1年で変わってしまったものだ。

僕も、周りも。

 

思えば、遠くまできたものだ。

 

 

『さあ、続いては8枠18番』

 

実況の声に押されるように歩を進める。

 

『クラシック級から最強の挑戦者がやってきた!!』

 

走れるだけでよかった。

 

『ダービーから頭角を現した新星のダークホース!!』

 

海を、山を、星を見ながら一人で走る。それだけで満足だった。

それだけでよかった。それだけでよかったのに。

そうはいかなくなってしまった。

 

『18番人気でダービーを勝ち取り、フロックと噂された菊花賞は爆発的な末脚で10バ身の差を付けて大勝!!その実力を証明したっっ!!』

 

レースの楽しさを知った。全力で走る気持ちよさを知った。競い合う仲間を見つけた。

いつの間にか、一人じゃなくなっていた。

人が僕を繋ぐ。遠くへ行かないようにと、レースの舞台に縛り付ける。

 

『底が見えない彼女を、誰が呼んだか【新世紀魔王】!!』

 

でも、それは不思議と悪い気はしない。

ああ、僕も毒されてしまっている。

この舞台が、レース自体がいつの間にか大切なものへとなっていた。

 

『さあ、このウマ娘を紹介しましょう!!』

 

地下バ道の暗がりから、白い光に足を踏み入れる。

瞬間、地面が揺れる。

歓声が全身に包まれる。

 

ギラギラとした視線が、周りのウマ娘から僕に向けられる。

……ああ、走れるだけでよかったのに。それだけで満足だったのに。

 

 

『ゴールデンレイシオォ!!!』

 

 

さあ、走ろう。悔いなく、全力で。

 




1年と少しの間でしたが、ご愛読ありがとうございました!
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