走れるだけでよかったのに   作:〆切の逃亡者

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第1話 願いの先に

僕が目を覚ますと、そこは全く知らない天井だった。

天国か、地獄か、もしくは全く未知の場所か……なんてことを考えていると、不意に視界がぶれる。

 

(え?なに、地震!?)

 

そう驚いていると、全く知らない男性の顔が突然現れた。顎髭が特徴的な、ガタイの良い男性。

 

「おお、軽っ……生後2ヶ月ってこんなもんかあ……」

 

突然現れた男性はジッとこちらを見ながら好奇の目が向けている。

ええと、誰だろう?というか、ここは……?

 

「あなた、急に動かしすぎよ!!ゆっくり…そうゆっくりよ……!」

 

「お、おう…悪い」

 

「まったく……これで名実ともに父親になったんだから、落ち着きなさいよ」

 

「俺が父親…ってのも実感湧かねえなあ……」

 

「実感してもらわなきゃ困るのだけれど?」

 

そう和気藹々と表現するに相応しい会話をする夫婦のようにみえる男女。

優し気な瞳で僕を見つめ、穏やかな顔をしている。

 

 

「ま、これからよろしくな、我が子よ」

 

そう言い、僕の混乱を加速させるのだった———

 

 

 

■■■

 

 

 

結論から言うと、僕は子供になったようだ。

なにがどういう理屈なのか分からないけど、生まれ変わった…のかな?

ここが夢か現か幻か……そんな事をいくら考えても分からないけど、僕が言えることは一つ。前世で死んだということ。ただ、それだけは確かだ。

 

今世は前世とはまた違う、別世界の別の人になったそうだ。

まず性別が違う。前世では男だったけど、今世では女の子だ。

次に種族が違う。頭に手をやると触り慣れない器官が…人には無いもの、ウマ耳が生えていた。

どうやらウマ娘、という存在らしい。

……言葉から察するに馬…の擬人化?のような生物なのかな?よくわからないけど、今世ではそんな不思議生物になってしまった。

 

他にも出身、時代、会社、道具……色々と前世とは違っている。

明らかに前世とは異なるこの状況に、少しだけ不安を覚える。

 

しかし、こんなことはどうでも良くなった。

 

理由はただ一つ、

 

 

 

 

 

 

———「足がある」だ。

 

 

 

■■■

 

 

 

立てるようになったのは3歳の半ば頃。

人間でも既に歩ける年頃にようやく立つことができた。

 

前世の経験……「足が動かない」という事が悪さをした。

足をうまく動かせない、筋肉の動き、足の感覚……全てが違和感。

無かったものが有る、無いはずのものが有る、という事がここまで不自然に感じるとは思いもしなかった。

 

この異常さに今世の両親は病院に駆け込んだり、必死に歩行の練習に付き合ってくれたり、マッサージもしてくれた。

たくさん迷惑をかけてしまったけれど、初めて一人で立てたのを見て飛び跳ねるくらい喜んでくれた。

「がんばったわね」というお母さんの震えた声に、僕の方がお礼を言いたいぐらいなのに、どうしてか声が出なかった。

 

 

小学校に入る前、ようやく真っ直ぐ歩けるようになり、お医者さんに止められていた「走る」ことができるようになった。

 

 

初めて走った時は、衝撃的だった。

 

 

景色が後ろに流れる。

 

風が髪を、肌をさらう。

 

肺が軋み、足が熱を帯びる。

 

 

時速に表したら、ジョギング程度のスピードだったのかも知れない。

それでも、あの日の僕にとっては風よりも、光よりも速かった。

 

 

それから、走った。

 

土手を走った。どこまでも続く道が楽しかった。

 

山道を走った。木々に囲まれて涼しい風が気持ちよかった。

 

海辺を走った。潮の匂いと砂の感覚、波の音、五感の全てが新鮮だった。

 

 

雨の日も、風の日も、夏も、冬も、朝も、夜も、ただ走った。

走る事に夢中で、移り変わる景色が面白くて……そして気が付けば知らないところに居たことも度々あった。

迷子のたび、お母さんにきつく叱られてはいたけれど、どうしてもこの迷子癖は治らなかった。

治そうとはしてるんだけれど……なんでだろう……?

 

 

中学に進学する時、お母さんに「トレセン学園に行く気はない?」と聞かれた。

トレセン学園……正式名称、日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

ここに来る学生はウマ娘だけで、多くのウマ娘はこの学校に進学するらしい。

そして走る事が好きな人が多いウマ娘だけの学校だけあって、走る事が授業の中にあるそうだ。しかも、ウマ娘が走る大会もあるらしい。

学園で大会……部活のようなものかな……?

 

ウマ娘という存在がいるこの世界の常識はいまいち理解できていないものも多い。けれど、多くのウマ娘が通うのなら、そのトレセン学園に通う事が普通なんだろう。

早速、家から一番近いトレセン学園に応募する事をお母さんに伝えた。

するとお母さんは少し目を瞬かせると、目を細めて「そう、頑張ってね」と優しく頭を撫でてくれた。

中学の進学に頑張る?普通に進学するんじゃないの……?

 

……よくよく話を聞くと、入学試験というものがあるそうだ。

中学進学に試験があるのか……前世でも普通はそうだったのかな?普通ってなんだろう……だめだ、考えれば考えるほど分からなくなってきた……

 

 

前世も含め初めての試験で浮き足立っていたけど、蓋を開ければとても簡単なものだった。

 

筆記試験、実技試験、面接の3段階。

筆記試験では中学レベルで、前世の記憶がある僕からしてみれば解けない方がおかしい問題ばかりだった。

実技試験は実技…というよりも、身体測定のようなものが多かった。何度か走ったけれど、芝はいつもの土手やコンクリートと違って新鮮だった……また走りたいなあ。

面接……これが一番難しかったかもしれない。というよりも、なんと答えたかよく憶えてない……仏頂面のオジさんが淡々とし過ぎてて怖かった事だけは憶えてる……怖かった……

 

そんな紆余曲折があったけど、無事合格通知が届いた。

自分から行きたいと言ったのにその学校に落ちたら申し訳が立たないなあ…と思っていたから、合格届けが届いて正直ホッとした。

そんな安堵の気持ちよりも、物理的に飛び跳ねて歓喜の舞を踊らんとばかりに興奮するお母さんを宥めるのが大変だった……まあ、そんなに喜んでくれると僕も受かってよかったと心から思う。

 

 

トレセン学園は全寮制ということで、僕は家から離れる事になった。

前世でも、入院で何度も家を離れる事はあったから慣れてはいるけど……思ったよりも、少し寂しい。

 

そんな僕の気持ちを察してか、お母さんは僕に優しく抱きしめた。

 

「トレセン学園では大変なこともいっぱいあると思うわ。でも安心しなさい、私たちはいつも応援しているわ。……レース、頑張るのよ」

 

「……お母さんは、僕がレースで勝ったら嬉しいの?」

 

「当然よ。あなたがレースで勝ったら、嬉しいに決まっているわ。でも、それ以上に健康で、元気でいてくれる事が一番嬉しいわ」

 

「……うん」

 

「じゃあ、いってらっしゃい」

 

お母さんはそう言い、僕の背中を押してくれた。

 

今世では、すごく恵まれている。

優しいお母さんにお父さん。

動く足。

走れる環境。

 

だからこそ、強く思う。

 

前世では、お母さんやお父さん、お医者さんに……色んな人にいっぱい迷惑をかけた人生だったと。

 

前世のお母さん、お父さん。

早くに死んでしまってごめんなさい。

隣で笑ってあげられなくてごめんなさい。

でも、安心してください。

僕は、今世で救われました。願いが叶いました。

僕はこの足でどこまでも駆け抜けます。

それができる今世の僕は幸せです。

だから、どうか、笑顔でいてください。

 

そう、届くかも分からない想いを抱き、一歩。

 

 

「行ってきます」

 

 

僕は、新しい世界へと歩き出した————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな僕は今、

 

 

「最終通告だ」

 

 

崖っぷちに立っている。

 

 

「次のレースの結果次第では、契約を破棄してもらう」




ふふふ……難産……

お前ーーー!!!三回もボツにしやがってーーーー!!!お前ーーー!!!!
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