走れるだけでよかったのに 作:〆切の逃亡者
僕がチームに……『カペラ』に所属することになった経緯は、『運が良かった』の一言に尽きる。
入学後、すぐに行われた模擬レース。
隣に誰かがいる、ゲートがあるという初めての環境。
そして周りにいる大勢の人が口々に「どのウマ娘が勝ちそうか」「どのウマ娘の脚質は」と喋っている。
慣れない環境で行ったレースの結果は、散々と言っても過言ではなかった。
その後も最下位付近を何度も取る僕は、多くのトレーナーにとってスカウトの対象外。
レースのたびに「あのウマ娘はダメだ」「どの距離もバ場も適性が無いのか?」など、無遠慮な言葉がグサリと僕の背中に刺さる。
……走れるだけでよかった。
ただの部活のようなもの、という認識が甘かった事はすぐに理解した。
みんな必死に、それも全力で駆けている。
聞けば名家や名門と呼ばれるウマ娘は、幼少期からレースの英才教育を受けているそうだ。名家や名門以外のウマ娘も地元の星や日々トレーニングを欠かさないようなウマ娘ばかり。
つまり、レースに今までの人生全てを賭けてここに来ている。生半可な覚悟でここに来ているのは、僕ぐらいだった。
そんな僕が勝てないのは当然のことだろう。
走れるだけでよかった。レースの勝敗や、誰に何と言われてもあまり気にしなかった。
でも、お母さんは言った。僕がレースに勝てば嬉しい、と。
僕がお母さんにできることは少ない。未成年ということもあるし、僕が何も知らないということもある。だから、少しでも恩返しに……レースに勝って、喜ばせてあげたかった。
半ばレースでの勝利を諦めていたある時、トレーナーさん……カペラのトレーナーの木崎さんが声をかけてくれた。
曰く、身体能力が素晴らしい。
曰く、改善点は多いが、改善できれば結果が自ずとついてくるはず。
曰く、君なら三冠にも手が届くだろう。
そう褒めちぎられ、唯一スカウトしてくれた木崎さんのチーム『カペラ』に所属することになった。
—————それがトレセン学園に来てからの、僕の最高潮だった。
僕はそれからも負け続けた。
メイクデビューでは8人中8着、未勝利戦5戦を超えて入着1回。
出遅れた、掛かった、滑った、転んだ、泥が跳ねた……
そんなアクシデントなんて言い訳にならないほどの敗北。最下位じゃない時は他の人のアクシデントがあった時だけ。
四苦八苦しながらも試行錯誤を繰り返しても無駄に終わった。
先輩方に教えてもらったけれど無駄に終わった。
レースの勉強をしたけれど無駄に終わった。
一つも実を結ばなかった。
「無駄じゃなかった」とか「頑張った」なんて声をかけてもらった。
でも、勝てない。ただの一度も勝てない、それどころか勝ちの芽が出ることすらなかった。
そして現在、こうして契約破棄の、レースを走れなくなる瀬戸際まできてしまっている。
僕自体、レースにこだわっているわけではない。
走れるだけでいい。
それはもう、土手でも山道でも海辺でも、なんならルームランナーでもいい。
それでも、ようやく恩返しができると思った。
僕が、僕の力で、誰かを喜ばせることができると思った。
……思い過ごし、だった。
誰も居ない雨空のコースでぽつんと1人、天を仰ぐ。
お手上げ、打つ手なし。
そんな状況には慣れている。前世で嫌というほど『詰み』の状況に追い込まれてきた。
だけれど、それでも、希望が見えた分だけ、徒労が大きい分だけ、無力感が僕を襲う。
「一回くらい、勝ちたかったなあ……」
「あら、なら次のレースで勝てばいいじゃない」
「っ!?」
誰も居ないはずのコースで声をかけられ、反射で振り返る。
手に傘を持った若い女性に呆れたような視線を向けられる。
「全く、こんな日に練習する真面目ちゃんが居るとはね。12月の雨よ?風邪ひくわよ?」
その声は、ひどく優しく。
■■■
先程よりも強い雨音が部屋に響く。
冷え切った体にはタオルに包まれ、目の前に湯気が漂うコーヒーが置かれた。
先ほど出会った女性に手を引かれ、反抗する間も無くあれよあれよと部屋に押し込まれて今に至る。
この甲斐甲斐しさに有り難さと申し訳なさを感じつつ、目を伏せる。
……僕は、何をやってるんだ。
「あらコーヒー、嫌いだった?」
「あ…いえ、いただきます」
すると「ならよかった」とだけ言い視線を逸らす。
女性は何も聞かずただコーヒーを啜り、目の前に座っていた。
ソファに座り対面しているけど、それだけ。視線や言葉も交わらない、不思議な時間。
「アスリートは体が資質、何があったかは知らないけどあんな無茶はだめよ?」
10分…いや、もっとかも知れない。それほどまで間延びした悠長な時間。無言を破って出てきた言葉は心配だった。
「……いいんです」
咄嗟に、思わず口からこぼれた本音。
心配を無下に扱うような口をきいてしまい、思わずハッと口に手をやる。
しかし、女性は気にした様子もなくカップを口にしていた。
「じゃあ私の勝手なお節介よ。目の前で雨に打たれる子を無視すると寝覚めが悪くなるのよ」
「………」
そう言われてしまうと、何も言えない。
でも、僕にはもう……
「それで、何悩んでるのよ」
息が、止まった。
「そんな思い詰めた顔して分からない方がおかしいわよ。それで?」
「……いえ、大丈夫です」
「その大丈夫を信じる大人は余程のバカよ。私がバカに見えるかしら?」
ジッと二つの茶色の目がこちらを見据える。まるで僕の心を見透かしているかのようだ。前世から僕はポーカーフェイスが上手いと思っていたけれど、この人にはどうも通じないらしい。
僕は観念して、事の顛末を話した。
今年トレセン学園にやってきた事。
デビューしたはいいものの全敗している事。
トレーナーに契約解除の通告をされた事。
女性は最後まで話を聞くと、時間が経ち冷めきったコーヒーを一気飲みし、ため息をこぼす。
「なるほど、それであんな無茶してたのね」
合点がいったわ……と少し責めるような目でこちらを見つめる。
……確かに、無茶はしていた。それは認める。でも、そうでもしないと……
「あなた、勝ちたいのよね?」
「……はい」
「なら次で勝てばいいじゃない」
「っ……」
なんでもないように、女性はそう言った。
「この時期の未勝利戦、はっきり言って同世代と比べるとかなり劣るわ」
………んな…
「だから作戦を練ればあなたでも「そんな簡単じゃないんですよ!!!」……」
気がつけば、立ち上がって叫んでいた。
堰を切ったように、言葉がこぼれる。
ああ、だめだ。止まりそうにない。僕の冷静な部分が口を止めるのを諦める。
「そんな簡単に勝てないからっ、勝てればこんな悩み持ってなんかいない!!いっぱい練習した、でも負けた!相手の研究をした、でも負けた!!簡単に勝てればこんな……!」
勝てない、勝てない、勝てない。
僕は、レースでは勝てない。
手は尽くした、練習も研究もやった。
それでも勝てない。
だから、最後まで悔いは残したくなかった。
お母さんを喜ばせたかった。
手伝ってくれた先輩たちに、勝った姿を見せてあげたかった。
勝てないならせめて、せめて……
視界が滲む。ポロポロとこぼれたものが、机に染みを作る。
「そうね」
ずっと黙っていた女性は、静かに呟く。
「簡単に勝てれば、あんな無茶はしないわよね」
「なら、なんであんな……」
「あんなことを言ったか、ね……あなたなら勝てるからに決まってるじゃない」
「っ…!」
その言葉に、思わず顔をあげる。
悪戯が成功したかのような笑みを浮かべている女性と目が合う。
「あら、やっと目があったわね」
「勝てるって、それは……」
「正直に言うと、未勝利戦程度ならあなたはすぐにでも勝てるわ。あなたは足りないものに気がついていないだけ。それさえ埋めれば、すぐ勝てるわ」
僕に…足りないもの……
「それさえ埋めれば……」
「勝てるわ。私が保証してあげる」
ポロポロと、また目からこぼれる。
ただ、今度は暖かく…色で例えると、オレンジ色のような気持ちになった。
■■■
「あの、色々とご迷惑をおかけしました……」
泣き止んだ僕は、あの後恥ずかしくなった。
年甲斐もなく叫んで、泣いて……まるで子供のような様を見せてしまった。
「気にしなくていいわよ。それより、これからの事も決めなきゃなのよね。未勝利戦は1週間後だったわよね?これから忙しくなるわよ」
んー、といいながら背伸びをして立ち上がる女性。
ええと、忙しくなる……それって……
「……手伝って、くれるんですか?」
「当たり前よ、勝てるって保証してあげるって言ったわよね?夢見せるだけ見せて放ったらかしなんて無責任、大人がするわけないじゃない」
堂々とそう言い切ったこの人を、僕はとんでもなく優しい人だと思った。
……また、勝たなきゃいけない理由が増えてしまった。
でもそれは、重荷にはならない。寧ろこんなにも気持ちが軽いのは久しぶりの気がする。
「ありがとう、ございます。ええと……」
「?なにかしら」
「なんと、お呼びすればいいですか?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はミーティア、ただのトレーナーよ」
「僕の名前は……」
———ゴールデンレイシオ。
「ただの、ウマ娘です」
お待たせ、待った?(およそ2週間ぶり)
今回の言い訳!!大体10話後とかの展開を考えるのが面白すぎてこの話の筆が止まってたのさ……つまり執筆から逃げてない、ヨシ!
次は早い(当社比)から!!たぶん!!きっと!!しばし待て!!かみんぐすーん!!
ps: 評価に色がつきました!やーたやったやったったー!!
私はマチタン派です(鋼の意思)