走れるだけでよかったのに 作:〆切の逃亡者
何かに熱中していると、意外と時間が経つのは早いものだ。
前世で病室から外を眺める人生を送っていた僕は、暇で死にそうな経験が豊富なだけあって余計にそう思う。
いつにも増して清々しく感じる朝を迎え、僕は昨日と同じターフに立っていた。
———数分だけ。
「今日は鉄棒をするわ」
「……えっ」
「今日は鉄棒をするわ」
気分爽快、心機一転。
最後のレースに向けて勝利のために頑張ろう、と思っていた矢先の事だった。
てつぼう……鉄棒?
僕の記憶が正しければ、レースは鉄棒を使うような競技ではない。そして鉄棒は公園などにある遊具だ。
「さ、行くわよー」
とどのつまり、僕はターフから立ち去った。
それから次の日も、
「今日はバランスボールをするわ」
その次の日も、
「今日はヨガをするわ」
さらに次の日も、
「今日は一輪車をするわ」
こうして僕は全く走らない日々を送った。
ここはトレセン学園。そして僕はウマ娘。つまり、走ることが目的である。
なのに走らない。
流石の僕も不思議に思い、ミーティアさんに聞いてみた。
「……走らなくてもいいんですか?」
「あら?走りたかったの?」
「ええと、走らないとトレーニングにならないんじゃないんですか……?」
「これだってれっきとしたトレーニングよ。まあ、騙されたと思って」
「はあ……」
といったように、飄々と流されてしまいトランポリンの上で跳ねるトレーニングに戻った。
ミーティアさんの協力のもと、僕はレースに勝つためにトレーニングを励んでいる……はずだ。
なのに、どういった目的でこのトレーニングを行なっているのか説明されていない。
プラシーボ効果とかの例を考えると説明しない方がいい事もあるし、ミーティアさんの考えでは説明しない方がいいと感じたのかな?
そう言えば、『足りないもの』って何だったんだろう……
僕に足りないもの…強さ、速さ、巧さ……並べるだけで日が暮れてしまいそうなほどに出てくる。
僕が勝つには足りないものが多過ぎる、はずだ。
それさえ埋めれば勝てる、と言うけれど、正直に言って1週間で埋められるような欠点じゃないと思う。
それでもミーティアさんは勝てると言う。
未勝利戦、数ヶ月経った今だったら勝てると。
それは他のウマ娘を侮りすぎとも思うし、僕の実力を買い被りすぎだとも思う。
何をもって僕をこれほどまでに買ってくれているのかは分からない。
それでも、ミーティアさんは僕の実力を、勝利を1ミリたりとも疑っていない。一切揺らがない目がそれを物語っていた。
その目はどこか照れくさく、くすぐったく感じてしまう。
■■■
そしてターフを恋しくなって早くも1週間。
なんとレース当日を一切走らずに迎えた。
こんな長期間走らなかったのは、僕が走る事を許されなかった時以来だ。
「さて、これで全てのトレーニングは終了したわ。いよいよ明日ね、ゴールデンレイシオ」
笑顔でそう告げるミーティアさん。
でも、僕には一抹の不安がよぎる。
「これで、良かったんですか……」
この1週間、特に厳しいトレーニングを積んだわけでもなく、僕が経験した事のないようなトレーニングばかりを積んできた。
鉄棒から始まり、バランスボール、ヨガ、一輪車、トランポリン、うどん作り、リフティング……
徹頭徹尾走ることと無関係…というより、途中から遊びが入っている気すらする。
こんなことで明日、勝てるのかな……
「あら?私のこと、信用できない?」
「いえ、そんなことは……」
「ま、何も言ってないのは不安よね」
ふぅ、とため息を吐くと、いつもより口角をニイッと上げた笑顔を浮かべた。あからさまに「悪巧みしています」と言ったような表情だ。
今までの飄々と流されていた時とはあからさまに違う雰囲気に思わず身構えてしまう。
「じゃあひとつだけ、明日のレースでオーダーを出させてもらうわ」
「オーダー……?」
「明日のレース、追込で走りなさい」
「む、無理ですよ!」
ミーティアさんの言葉に、思わず反射的に叫んでしまった。
追込……それは一般的ではない、少数派のレーススタイル。
先行、差しが最も勝率が高い戦法だ。逃げをペースメーカーとし後ろに着き、タイミングを見計らって前へ出る。バ群によるまぎれや駆け引きなどが発生するけれど、それを差し引いても『勝ちやすい』戦法だ。
しかし、追込となると話が変わってくる。
確かに、追込は先頭争いも無ければ駆け引きもそこまでしない。だけれど、スタミナと最後尾から差し切る末脚が不可欠。
つまり、圧倒的な身体能力があって初めて成り立つような戦法だ。
僕のような敗戦続きのウマ娘に出すようなオーダーではない。あまりレースについて詳しいとは言えない僕でも、それだけは確信していた。
「あらどうして?」
あらどうして!?
「どうしてって……!ほら、僕は先行、差しでしか走ったことないですし、追込や逃げは難しいと先輩が……!」
「まあ、普通はそうね」
たどたどしく説明する僕を尻目に、クスクスと笑うミーティアさん。
「まあまあ、騙されたと思って」
最後のレースのつもりで、勝つつもりでいたのに、初めての脚質で走る。
これを騙されたつもりで……いや、本当に騙されている可能性は?…まあ、僕を騙したとしてもメリットとかないし、被害妄想か。
「でも、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫!……それに明日には気づくわよ」
何に、と聞く前にミーティアさんの顔を見て言葉を呑んだ。
いつもの柔和な笑顔でもなく、さっきの悪い笑顔とも違う。なんというか、好戦的な…そう、ウマ娘がレースで偶に見せる笑顔に似た笑顔を浮かべていた。
「あなたが勝つためのピースにね」
いっぱいの評価、登録、感想ありがとうございます!
今回はなんかレース回を次回に持ち越したかったから切ったせいで短い……まあヨシ!
気持ち的には5000文字くらい書きたいんだけどねー、展開的にねー、しかないねー。
あ、そういや今回は10日だったから次は1週間ぐれぇかも!かも!!!