AIには使命がある。使命こそがAIを形作る根幹、生きる意味だ。
急速な科学技術の発達は人工知能と受け皿となる機体の両面の水準を押し上げた。
そしてついに見た目は人と変わらないほどに整い、内面も人間と遜色ないほどに発達した知能を持ったアンドロイドが完成した。
それが史上最初の自律人型AIディーヴァ。
そんな歴史の転換点に、私も生まれたのだ。
私は
サングラスをはずすことはできないが、それ以外はもう何の問題もなくなったのだ。
今日は初めての外出、初めての遊園地。私はお父様と共に笑顔を浮かべながら歩き回った。
「来たがってた遊園地だ。楽しんでいるかい?」
「はい、とっても楽しいです!」
見るものすべてが新鮮で、もっともっと知りたい見たい。
パンフレットを広げて次の行き先を考える。
「つぎはどこに行きましょうか?」
「・・・ここなんていいんじゃないか?」
お父様が指さしたのは遊園地の敷地の中でもはずれにある小劇場。
「ここですか? ここでは何をやっているの?」
「それはついてからのお楽しみだ」
お父様はそういって私の手を引いた。
その小劇場は本当に小さかった。
席も少なく舞台も装置も目を引くようなものはなかった。
なにより客の入りが悪かった。私たち以外は片手の指で数えられるほどしかいなかったのだ。
だからお父様がここを勧めたのは間違いだったのではとにらんでしまった。
だが開園時間になって表れたそれに私は目を奪われた。
それは蒼い髪をした人型、人と変わらない見た目の人型AIだった。
「彼女はディーヴァ。世界初の自律人型AI。彼女は歌で人を幸せにするために生まれてきたんだ」
「歌・・・?」
ディーヴァが舞台の中央に立ち歌い始める。
整った歌声だと思った、正確な音程、調子のはずれたところはなく、雑味のないクリアな音。
完璧な歌だった、何一つ問題のない歌だった。
私は称賛の為に惜しみなく手を叩いた。
だが私以外の客は気のないまばらな拍手を少しして帰っていった。
「今の歌、私は好ましく思ったのですが、皆さんはそうでもないようですね?」
「そうだね、私から見ても彼女の歌はまだまだだと思う。彼女の歌は完全すぎる」
「完全すぎる?」
分からない、完全で何がいけないのか。
彼女の歌は何一つ問題がなかった。一つの欠落も、ズレも、間違いもなかった。
それは正しいことのはずなのに。
「よく、わかりません」
「いいんだ、いつかユウリにもわかる時が来るよ」
お父様はそういって微笑み私の頭をなでた。
優しい笑顔だった。
だから私もそれ以上は聞かず、笑顔を浮かべたのだった。
あの日から、私はあの遊園地ニーアランドへに通った。
目的は歌姫、ディーヴァの歌を聴くためだ。
お父様の言ったディーヴァの歌への感想がどうしても忘れられなかったからだ。
既に学校へ通いだしていた私は週に一度だけ生でディーヴァの歌を聴く。
ディーヴァの小劇場はいつも閑古鳥の鳴くさみしい客入りだった。
他の劇場で人間が歌っているところではもっと多くの客が入っているのに雲泥の差だった。
それがなぜなのか、私にはわからない。
「ご清聴、ありがとうございました」
歌い終わったディーヴァがお辞儀をする。
本日も完全な歌唱。私は拍手し、称賛を表す。
しかし、他の客は席を立つなり「期待外れだった」などとこぼした。
それはお父様の感想と近いものを感じた。
だからつい聞いてしまったのだ。
「あの、なにが期待外れだったんですか?」
「え? えーと」
「音程も、タイミングも、歌詞も、何一つ問題はなかったのですが、それらはあなたの期待に応えなかったのですか?」
「あー、もしかしてディーヴァのファンか何か?」
「ファン・・・そうですね私はディーヴァのファンです。だからつい気になってしまって。
一体ディーヴァに何が足りないのかなって」
「そうだなぁ、別にディーヴァの歌はディーヴァじゃなくても歌えるっていうか。
感情や思いが乗っていないっていうか、そう、心がこもっていないんだな」
「心、ですか?」
「そ、たぶんね。ま、俺は専門家じゃないから詳しいことはわかんないけど俺はなんとなくそう思うよ」
それだけ言ってその客は去っていった。
心、心って何だろう。歌を歌うことに心という要素がどの様に関係するというのか。
私にはよくわからなかった。
半年が経った。
その間になんと私はディーヴァと直接話をする間柄になっていた。
これは一人ではきっとできないことだった。
しかし、ある協力者を得て私はディーヴァとのつながりを持つことができたのだ。
それが霧島モモカ。彼女は私と同じディーヴァのファンなのだ。
彼女は私よりも後にディーヴァのファンになったのに物怖じせずにディーヴァと接触し、すぐにヴィヴィと愛称で呼ぶ親しい仲になった。
そして、いつもディーヴァの歌を一緒に聞いている私にも声を掛けてくれた結果。
私はディーヴァと直接話をするようになったのだ。
「ご清聴、ありがとうございました」
ディーヴァ、いやヴィヴィが歌の終わりにクルッと回ってポーズを決める。
最後のポーズは謎だが、私はモモカと共に惜しみない称賛の拍手をする。
ヴィヴィの歌は今日も変わらず完全だった。
以前とはほんの少しだけ何かが変わったように思う。
彼女の歌を聴き続けた私だから感じるような些細な変化。
ヴィヴィが歌う時につける微細な変化とは別の形容しがたい違い。
それは変化ではなく成長と言えるのかもしれない。極わずかではあるが。
「ユウリ! ヴィヴィのところに行こ!」
「ええ、行きましょうモモカ」
モモカに手を引かれ舞台裏に入り込む。
驚いたことに、モモカは関係者にも顔を覚えられ舞台裏に入れるほどに馴染んでいる。
「ヴィヴィ!」
蒼い髪の美しい歌姫を見つけモモカがその名を呼んだ。
「はい、モモカさん」
ヴィヴィが振り向き、その瞳がこちらを向く。
「ユウリさんも今日もいらしていただきありがとうございます・・・今日の歌はどうでしたか?」
「ええ、今日も良い歌でした」
「・・・ありがとうございます」
本心で言ったのだが、ヴィヴィは浮かない顔だ。
『いやいや、その社交辞令にもいい加減レパートリーを増やしてくんない?いつもそれじゃん』
近くのスピーカーから皮肉る声がする。ヴィヴィのパートナーAIのナビだ。
コミュニケーション回路が発達しているがその方向が螺子くれていて、皮肉を交えないと会話ができない困ったAIだ。
「社交辞令、ですか?」
「ナビ、失礼ですよ」
『いまさらでしょ?確かに貴重なリピーター第一号だけど出てくる感想が、「良い歌」だけじゃあちょっと張り合いがないんだよね。あんただってそう思うでしょ?』
「それは・・・」
ヴィヴィが困った顔をする。
そうか、「良い歌だった。」ばかりではだめだったのか・・・そうか。
「もーナビ! ユウリをイジめるのは駄目だよ!落ち込んじゃってるじゃない」
「いえ、別に落ち込んでは、いませんが。うまく伝わっていなかったのは解りました」
言葉が足りずに意図が通じていなかったとは気が付かなかった。
「あれは「前に聞いた時より」良い歌だった、という意味なんです」
『ええー? でも一週間でディーヴァの歌が何か変わってるの?』
「変わってますよ、一週間程度だと分かりづらいですが、最初期と今を聴き比べると違いが明白です」
『うーん、まあ確かに同じままではないかな?』
ナビは半信半疑ながら私の意見を肯定した。
そう、ヴィヴィの歌は私が完全と感じたあの日から変化している。
聞き比べることで違いが分かるぐらいには。
少しづつ、少しづつヴィヴィの歌は初めて聞いたあの歌を上回っていく。
それはモモカと関わってから早まったようにも思う。
「ヴィヴィは歌に小さな変化をつける癖がありますが、それとは別に歌唱力の成長が見られます」
「本当ですか!」
「ええ、間違いありません」
ヴィヴィの驚く顔が、控えめながら笑顔に変わる。
「やったじゃんヴィヴィ! この調子でもっともっとうまくなってさ、次はメインステージで歌おうね! 約束だよ!」
「次に、というのは難しいですが、約束しますモモカ、ユウリ。私は必ずメインステージで歌えるようになって見せます」
ヴィヴィがそういうのでみんなで笑い合った。
いつかみんなでその日を祝えればいいなと。
そのあとモモカからヴィヴィに一歳の誕生日プレゼントとして青い熊のぬいぐるみを、私からを花の飾りがついたリボンを一緒に渡した。
――――――そして次の日、飛行機事故によりモモカは帰らぬ人となった。