自動車に撥ねられたため、念のための検査ということで、七海は病院でレントゲンを撮っていた。
骨に異常がないということで病院を出たところで、伊地知の車に合流すると、早速警察からの情報を伝えられた。
行方不明となった日にマンションなどに出入りした清掃業者は一社のみで、担当者は同一人物であった。
山崎 譲二。空き巣や窃盗の罪で逮捕された経験があることが分かると、伊地知は情報を付け加える。
「その男が今日、都内のマンションの清掃に出ているとのことです。向かいますか?」
「そうしましょう。これ以上、被害者を出す訳にはいきません」
◇
容疑者である山崎が清掃していると思われるマンションに到着した七海たちは、近くに清掃業者の車がないか見回した。
それらしい車はない。すでに清掃を終えたということだろうか。このままでは、マンションの住人がまた行方不明になってしまうかもしれない。
七海は逡巡した結果、伊地知に言う。
「管理人に連絡して、マスターキーを借りてきてください。私が各部屋を開けて、相手の罠に掛かります」
「七海さん、それは危険すぎるのでは? 誰も部屋に入れないようにして、慎重に調べてから」
「相手の術に二度、私は掛かっています。おそらく、こちらが調べていることは分かっているでしょう。もし、術を解かれ、雲隠れされれば被害は更に広がります」
「行方不明者で死者は見つかっていない。どこかに連れ去られたと考えれば……。虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですね。分かりました。すぐに対処します」
伊地知は承諾すると、すぐに電話をかけ始めた。話がつくまで、待つしかない。そう思っていると、猪野が真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「猪野君、君は待機です」
「でも、七海さんだって危険じゃないっすか。俺にも頼ってくださいよ」
「ありがとうございます。その時が来たら、お願いします」
納得の表情を見せない猪野だったが、感情を押さえつけ、車窓に目を向けた。
山崎が呪術師かどうかまでは調べはついていないが、厄介な術式を持っていると思われる。
猪野の技量を疑う訳ではないが、自分が対処した方が確実であろうと判断しての結果だ。
ただ待つだけの苦痛な時間が過ぎていく。この間にも、誰か住人がドアを開けてしまうのではないかという不安が頭を過る。
だが、今は待つしかない。伊地知のスマートフォンが鳴り、会話の様子に耳を傾ける。無事、承諾が取れたようだ。
伊地知は電話は切ると、行きましょう、といい車を出たので、それに付いていく。
管理人室でマスターキーを受け取ると、七海は片っ端からマンションの部屋を開けていく。
一階、二階、三階、四階と登っていく。ドアを開ける度に神経を集中しなければならない。
五階、六階。その瞬間は突然、訪れた。
ドアを開けた瞬間、体が引っ張られる感触。相手の術に掛かった。そのまま吸い込まれると、七海は素早く身構えた。
そこは大きな倉庫のような場所で、視界には数人のガラの悪そうな男達が映っていた。
「んだよ。男かよ」
見るからに頭の悪そうな男が舌打ちして言った。
「おい。変な気は起こすなよ。怪我したくなかったらな」
こちらは少しは話が通じそうな男が言った。こちらと話した方が良さそうだと七海は判断した。
「他の方々にも同じようなことを?」
「てめぇ、サツか?」
「違います。教えていただければ、病院送りにはしないであげますよ?」
「ふざけんな!」
男が怒鳴り声を上げると、大ぶりの拳を振るった。
七海はその拳を手で払うと、みぞおちに一撃を入れる。
悶絶し倒れる男。残りの男達も一斉に殴りかかってきたが、全て返り討ちにする。
話が分かりそうだった男の胸倉を掴み上げると、男がひぃ、と悲鳴を上げた。
「教えていただけますか?」
◇
七海は倉庫を出ると、伊地知に電話を掛けた。
「七海です。伊地知さん、事件の背景が少しだけ見えました。行方不明者は全員、誘拐されてしまったようです。引き渡し場所は、その都度、違うとのことで、どこに連れていかれたかまでは分かりませんでした」
「分かりました。そちらは警察に任せて、一旦、合流しましょう。七海さん、ご無事で何よりです」
通話を終えると、七海はスマートフォンの地図アプリを使って現在地を調べる。
先ほどまでいたマンションから数キロ離れていた。これだけ移動できる術式を持っているとは、山崎とはなかなかの術師といえる。
「厄介な相手になるかもしれませんね」
◇
十中八九、山崎が犯人であると踏んだ七海たちは、警察に山崎の行方の捜査を任せえることにした。
あれから数日経った。山崎の行方は依然、掴めていない。普段通りの生活を送っていた七海のスマートフォンに一報が入る。
伊地知からであった。山崎が家に戻ってきたとのことであった。警察の手には余る案件なので、取り押さえるのは七海たちで行うことにした。
現場に向かう前に、やっておくべきことがある。七海は猪野に電話を掛けた。