呪術師 七海建人の怪奇録   作:アラタナナナシ

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異界への扉⑤

 山崎の自宅は東京の外れにある小さな二階建てのアパートであった。

 

 伊地知の運転する車を降りた七海は、山崎の部屋のドアをノックする。

 返答はなし。ドアノブに手を掛けて、神経を集中しドアを開けた。開いたドアに吸い込まれる感覚。

 やはり罠だった。だが、その程度で動じる七海ではない。

 

 移動した先で素早く戦闘態勢を取って、周囲を警戒する。

 そこは廃屋の中であった。部屋の隅に置かれた家具に座った、ガタイのいい中年の男がいた。

 男は左目に眼帯をしており、不敵な笑みを浮かべている。

 

「よお。なかなかしぶといな、七海健人さんよぉ」

 

 こちらの名前を知っている。七海は身構えた状態で返事をした。

 

「山崎 譲二ですね。あなたに聞きたいことがあります。素直に教えてくれるとありがたいのですが?」

 

「バカが。教える訳ねぇだろ。お前はここで死ぬんだよ!」

 

 そういうと、山崎はブルゾンのポケットを止めるボタンをはずした。

 すると、そのポケットから木の棒がスルスルと伸びてきた。それは柄の長いハンマーであった。

 山崎はハンマーを握ると、力任せに振り下ろしてきた。

 

 ハンマーが叩きつけた床は粉々に粉砕された。その威力から、呪物の可能性がある。

 呪物の一撃をまともに受ける訳にはいかない。七海は背中から愛用の鉈を取り出すと、低く構えた。

 

「おらぁ!」

 

 ブンッと空気を切る音が響く。動きを見てわかる。こいつは戦いに関しては素人だ。

 呪力で体を強化して、呪物を振り回しているだけ。ならば、怖い相手ではない。山崎がハンマーを振りぬいた瞬間を見計らって、鉈を振るった。

 

 十劃呪法(とおかくじゅほう)。ハンマーの直径を10で線分し、7:3の分割点を鉈が直撃する。

 柄を切断された山崎は、ハンマーを捨てて拳を上げたファイティングポーズを取った。

 

「おおおぉぉぉ!」

 

 雄たけびを上げながら何度も拳を振るう。だが、七海にはそれをさばくのは造作もないことであった。

 パンチをいなして、顔面に軽い一撃を入れる。

 

「ぐぅっ!? くそがっ!」

 

 反撃のキックを七海はかわすと、そこからはワンサイドゲームとなった。

 顔と腹を的確に殴りつけ、山崎を痛めつける。話が聞ける程度は元気でないと駄目なので、逆に気を遣わされた。

 ゼーゼーと肩で息をする山崎が言う。

 

「舐めやがって」

 

「もう十分でしょう? 話してはいただけないでしょうか?」

 

「はんっ! 誰が言うかよ!」

 

 山崎は言うが早く、突進を仕掛けてきた。

 それをするりと避けると、足を引っかけた。山崎はよろけると、勢いそのままに地面を転がった。

 地面に尻もちを着き、忌々しそうに七海をにらみつける。

 

 そのとき、ピピピという電子音が響いた。

 にやりと口角を上げる山崎。

 

「七海さんよ、何の時間か分かるか?」

 

 七海は答えず、じっと山崎が見据える。

 

「お前さんのガキの帰宅時間だよ。大体この時間だよなぁ? 俺は今日、お前の家に術を掛けてきた。部屋のドアを開ければ、近くのビルの窓から紐なしバンジージャンプだ。分かるか?」

 

 七海は構えを解いた。

 

「条件は?」

 

「話が早え奴だな。俺を見逃せ。その変わり、人さらいから手を引く」

 

「できない相談です。あなたが何のために人をさらったのか。それも白状してもらいます」

 

「今の状況が分かって言ってんのか? このままだとガキが死ぬぞ。俺が気絶しても術は解けねぇ。お前は俺のいうことを聞かないとダメなんだよ」

 

 気絶しても術が解けないのは厄介である。攻め方を思案している間にも、じりじりと時間が過ぎていく。

 と、突然、山崎がくつくつと笑い始めた。

 

「残念だったな。今、術が発動したのを感じたぜ。明日の新聞が楽しみだなぁ」

 

 ゲラゲラと笑い声を上げる山崎を呆然と見つめる七海。

 その七海のスマートフォンの着信音が鳴った。

 

「でろよ」

 

 歪な笑みを浮かべた山崎が言う。

 

「はい、七海です。猪野君、大丈夫ですか?」

 

 平然と電話に出た七海を見て、山崎は目を丸くした。

 

「いやぁ、大丈夫っちゃあ、大丈夫っすけどね。この高さ、俺の術式じゃなかったら怪我してると思うんすけど?」

 

「ありがとうございます。今度、また料理をふるまいますので、それで手を打ってください」

 

「一級推薦の方が嬉しいんすけどねぇ」

 

 猪野の言葉には反応せず、通話を切り上げた。

 

「残念ながら、明日の新聞には載らないことが分かりました」

 

「待て! 待ってくれ! もう人さらいもしねぇし、悪さもしねぇ。誓う!」

 

「何のために人さらいを? 目的は何なんですか?」

 

「それは言えねぇ! 言っちゃいけねぇ!」

 

 ブンブンと首を横に振る山崎の顔の色は真っ青だった。

 余程のことを隠しているに違いない。七海が問いただそうと、一歩近づく。

 

「分かった! 喋る! 乱暴は勘弁してくれ」

 

「話が早くて助かります。では、あなたは何故、人さらいを?」

 

「そいつは……。がっ!? あああぁぁぁ!」

 

 山崎は突然、左目を両手で押さえ始めた。

 何かの芝居か。警戒しながら七海は近づく。

 痛みを訴える山崎が顔を上げると、眼帯を取った。閉じられた左目を指で無理やり開けようとしている。

 

「止めてくれぇ! 言うのは嘘だ! 止めてくれ!」

 

 ぐっと開けられた左目から、ずずずっと何かが姿を見せた。

 これはハンマーを取り出した時と同じ状況。左目に術を掛けていたのか。

 七海はとっさに後ろに飛び退くと、山崎の左目から出てきた棒状の何かが爆発した。

 

 頭が吹き飛んだ山崎は、そのまま崩れ落ちる。一体、どういうことだ。山崎は自爆したのか。

 だが、自分の意思ではないような感じであった。理解が追い付かないが、山崎は死んでしまったことだけは確かだ。

 事件の手がかりを失った七海は、しばし呆然と山崎の死体を見つめていた。

 

 

 伊地知に連絡を入れ、警察が廃屋の現場検証を始めていた。

 

「七海さん、お疲れさまでした」

 

 伊地知の労いに、七海は首を横に振った。

 

「これで事件は迷宮入りかもしれません。行方不明者の安否も分からないのですから」

 

「ですが、次の事件は防げました。続きは警察に任せましょう。気になることが一つあるのです。こちらが山崎 譲二の正確な情報です」

 

 渡された資料を見て、七海の目が一点で止まった。

 

「伊地知君、山崎は七十歳を越えていたのですか?」

 

「はい。こちらが警察に逮捕されたときの写真です」

 

 そこには年相応の老年の山崎が映っていた。だが、山崎の見た目は四、五十代の感じであった。

 

「そして、こちらが清掃会社に入ったときの履歴書です」

 

 これは今日会った、山崎の顔立ちと一致している。どういうことだ。若返ったとでもいうのか。

 この誘拐事件。更に深い闇があるのではないだろうか。そう思わざるを得ない七海であった。

 

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