山崎の自宅は東京の外れにある小さな二階建てのアパートであった。
伊地知の運転する車を降りた七海は、山崎の部屋のドアをノックする。
返答はなし。ドアノブに手を掛けて、神経を集中しドアを開けた。開いたドアに吸い込まれる感覚。
やはり罠だった。だが、その程度で動じる七海ではない。
移動した先で素早く戦闘態勢を取って、周囲を警戒する。
そこは廃屋の中であった。部屋の隅に置かれた家具に座った、ガタイのいい中年の男がいた。
男は左目に眼帯をしており、不敵な笑みを浮かべている。
「よお。なかなかしぶといな、七海健人さんよぉ」
こちらの名前を知っている。七海は身構えた状態で返事をした。
「山崎 譲二ですね。あなたに聞きたいことがあります。素直に教えてくれるとありがたいのですが?」
「バカが。教える訳ねぇだろ。お前はここで死ぬんだよ!」
そういうと、山崎はブルゾンのポケットを止めるボタンをはずした。
すると、そのポケットから木の棒がスルスルと伸びてきた。それは柄の長いハンマーであった。
山崎はハンマーを握ると、力任せに振り下ろしてきた。
ハンマーが叩きつけた床は粉々に粉砕された。その威力から、呪物の可能性がある。
呪物の一撃をまともに受ける訳にはいかない。七海は背中から愛用の鉈を取り出すと、低く構えた。
「おらぁ!」
ブンッと空気を切る音が響く。動きを見てわかる。こいつは戦いに関しては素人だ。
呪力で体を強化して、呪物を振り回しているだけ。ならば、怖い相手ではない。山崎がハンマーを振りぬいた瞬間を見計らって、鉈を振るった。
十劃呪法(とおかくじゅほう)。ハンマーの直径を10で線分し、7:3の分割点を鉈が直撃する。
柄を切断された山崎は、ハンマーを捨てて拳を上げたファイティングポーズを取った。
「おおおぉぉぉ!」
雄たけびを上げながら何度も拳を振るう。だが、七海にはそれをさばくのは造作もないことであった。
パンチをいなして、顔面に軽い一撃を入れる。
「ぐぅっ!? くそがっ!」
反撃のキックを七海はかわすと、そこからはワンサイドゲームとなった。
顔と腹を的確に殴りつけ、山崎を痛めつける。話が聞ける程度は元気でないと駄目なので、逆に気を遣わされた。
ゼーゼーと肩で息をする山崎が言う。
「舐めやがって」
「もう十分でしょう? 話してはいただけないでしょうか?」
「はんっ! 誰が言うかよ!」
山崎は言うが早く、突進を仕掛けてきた。
それをするりと避けると、足を引っかけた。山崎はよろけると、勢いそのままに地面を転がった。
地面に尻もちを着き、忌々しそうに七海をにらみつける。
そのとき、ピピピという電子音が響いた。
にやりと口角を上げる山崎。
「七海さんよ、何の時間か分かるか?」
七海は答えず、じっと山崎が見据える。
「お前さんのガキの帰宅時間だよ。大体この時間だよなぁ? 俺は今日、お前の家に術を掛けてきた。部屋のドアを開ければ、近くのビルの窓から紐なしバンジージャンプだ。分かるか?」
七海は構えを解いた。
「条件は?」
「話が早え奴だな。俺を見逃せ。その変わり、人さらいから手を引く」
「できない相談です。あなたが何のために人をさらったのか。それも白状してもらいます」
「今の状況が分かって言ってんのか? このままだとガキが死ぬぞ。俺が気絶しても術は解けねぇ。お前は俺のいうことを聞かないとダメなんだよ」
気絶しても術が解けないのは厄介である。攻め方を思案している間にも、じりじりと時間が過ぎていく。
と、突然、山崎がくつくつと笑い始めた。
「残念だったな。今、術が発動したのを感じたぜ。明日の新聞が楽しみだなぁ」
ゲラゲラと笑い声を上げる山崎を呆然と見つめる七海。
その七海のスマートフォンの着信音が鳴った。
「でろよ」
歪な笑みを浮かべた山崎が言う。
「はい、七海です。猪野君、大丈夫ですか?」
平然と電話に出た七海を見て、山崎は目を丸くした。
「いやぁ、大丈夫っちゃあ、大丈夫っすけどね。この高さ、俺の術式じゃなかったら怪我してると思うんすけど?」
「ありがとうございます。今度、また料理をふるまいますので、それで手を打ってください」
「一級推薦の方が嬉しいんすけどねぇ」
猪野の言葉には反応せず、通話を切り上げた。
「残念ながら、明日の新聞には載らないことが分かりました」
「待て! 待ってくれ! もう人さらいもしねぇし、悪さもしねぇ。誓う!」
「何のために人さらいを? 目的は何なんですか?」
「それは言えねぇ! 言っちゃいけねぇ!」
ブンブンと首を横に振る山崎の顔の色は真っ青だった。
余程のことを隠しているに違いない。七海が問いただそうと、一歩近づく。
「分かった! 喋る! 乱暴は勘弁してくれ」
「話が早くて助かります。では、あなたは何故、人さらいを?」
「そいつは……。がっ!? あああぁぁぁ!」
山崎は突然、左目を両手で押さえ始めた。
何かの芝居か。警戒しながら七海は近づく。
痛みを訴える山崎が顔を上げると、眼帯を取った。閉じられた左目を指で無理やり開けようとしている。
「止めてくれぇ! 言うのは嘘だ! 止めてくれ!」
ぐっと開けられた左目から、ずずずっと何かが姿を見せた。
これはハンマーを取り出した時と同じ状況。左目に術を掛けていたのか。
七海はとっさに後ろに飛び退くと、山崎の左目から出てきた棒状の何かが爆発した。
頭が吹き飛んだ山崎は、そのまま崩れ落ちる。一体、どういうことだ。山崎は自爆したのか。
だが、自分の意思ではないような感じであった。理解が追い付かないが、山崎は死んでしまったことだけは確かだ。
事件の手がかりを失った七海は、しばし呆然と山崎の死体を見つめていた。
◇
伊地知に連絡を入れ、警察が廃屋の現場検証を始めていた。
「七海さん、お疲れさまでした」
伊地知の労いに、七海は首を横に振った。
「これで事件は迷宮入りかもしれません。行方不明者の安否も分からないのですから」
「ですが、次の事件は防げました。続きは警察に任せましょう。気になることが一つあるのです。こちらが山崎 譲二の正確な情報です」
渡された資料を見て、七海の目が一点で止まった。
「伊地知君、山崎は七十歳を越えていたのですか?」
「はい。こちらが警察に逮捕されたときの写真です」
そこには年相応の老年の山崎が映っていた。だが、山崎の見た目は四、五十代の感じであった。
「そして、こちらが清掃会社に入ったときの履歴書です」
これは今日会った、山崎の顔立ちと一致している。どういうことだ。若返ったとでもいうのか。
この誘拐事件。更に深い闇があるのではないだろうか。そう思わざるを得ない七海であった。