七海は一気に距離を詰めて鉈を振るった。
その一撃を九門はなんなくかわす。七海は更に一歩踏み込んで、左ストレートを繰り出した。
九門の顔面を捉えたかに思えたが、その攻撃も空を切った。余裕を見せるかのように、九門は口角を僅かに上げた。
「ひゅー、早いねぇ。怖い怖い」
芝居がかった口調で言うと、目を鋭く細めた。
鋭く伸びた爪を高々と掲げて、九門が七海に攻めかかる。
その速さは七海の動きに勝るとも劣らない。
九門 衛司は一級呪詛師で、呪術界では割と名前が通っている。
その術式は『
今は何の獣の血を飲んだのかは分からないが、鋭い爪から繰り出される一撃は熊のような迫力を感じる。
九門の一撃が地面のアスファルトをえぐり取った。
これだけの力。呪力で防御したとしても、ただでは済まないだろう。
九門の繰り出す攻撃を凌いだ七海は、反撃に転じた。
鉈による斬撃を主体に攻める七海。その刃を避ける九門。
一進一退の攻防が続く。
「やるねぇ。ここまで強いと、俺も本気出さないとヤバいかもね」
「余裕ぶっていると、足元をすくわれますよ?」
「だよねぇ。じゃあ、早めにケリをつけるか」
九門は言うと、懐からスキットルを取り出した。おそらく獣の血を入れているのだろう。
これ以上強化される訳にはいかない。七海は九門の動きを制するため、駆け出した。
「無粋だねぇ、七海君」
飛び退きながら言うと、スキットルの蓋を指で開けた。
飲ませてはならない。七海は更に踏み込み、攻撃をする。
繰り出した攻撃の一つが、スキットルを切り裂いた。
よし、これで。そう思った七海は自分が罠にかかったことを悟った。
九門は笑みを浮かべる。不用意に踏み込みすぎた。スキットルはわざと切らせたのだ。
鋭い爪が七海の脇腹を切り裂いた。
「くっ!?」
「ははっ! 警戒しすぎだよ!」
七海の脇腹から血がにじみ出した。出血量は多くはないが、確実に動きが鈍ってしまう。
時間がない。これ以上、長引かせてはこちらが不利だ。
七海はネクタイを緩めると、深く呼吸をした。
「ここからは時間外労働です。早めに切り上げさせていただきますよ」
縛りを解放した七海から呪力があふれ出す。
八時間。七海が定めた時間を超えて仕事が続くと、普段制限していた分の呪力が上乗せされる。
力がみなぎる七海の迫力に、九門の余裕の表情が消える。
緊張の糸が張り詰めると、七海と九門は同時に動いた。
七海は左手で九門の右腕の一撃を防ぐ。呪力の増した七海の腕を切断することはできなかった。
左手を犠牲に生み出した隙を突く。
七海の鉈が九門の胸を深々と切り裂いた。
九門の胸から鮮血が舞う。
「ぐあっ!?」
「くぅ……」
左手から血を垂れ流す七海も苦痛を訴える表情を見せた。
互いにもう一撃を先に与えたものが勝つ状況。手負いの二人は一歩も退くことなく、勝つための一撃を繰り出そうとした。
そのとき、伊地知の声が響いた。
「御柱様の輸送が完了しました!」
その言葉に、七海と九門の間に満ちていた気が萎んでいく。
「こっちがブラフだったのかい。一級呪術師を囮にするとはねぇ」
「どうやら、そのようですね」
「これ以上、続けちゃったら、俺もヤバいかもだから、ここらが引き際かな。おーい、撤収するぞー」
九門は猪野と対峙していた大男に呼びかける。
「じゃあねぇ、七海君。今度会ったら、その命いただくよ~」
そういうと、九門は夜の闇に消えていった。