呪術師 七海建人の怪奇録   作:アラタナナナシ

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禍福転導①

 山深い里にある大きな屋敷の一室。

 酸素吸入器から酸素が供給される音が響く。

 ベッドに横になり、管を繋がれているのは、骨と皮だけの老婆であった。命の灯が消えかけているのが伝わってくる。

 

 そんな老婆の前に立つのは、一人の少女であった。

 小学生くらいの背丈だが、顔立ちは大人びており、妙な色香を感じさせる。

 その少女の存在に気付いた老婆が声を掛ける。

 

「おお……。麻矢(まや)か。どうじゃ? うまくいったか?」

 

 老婆のかすれた声に、麻矢はにっこりとほほ笑み頷いた。

 

「御柱様は呪術高専に保管されました。お婆様の計画通りです」

 

「そうか……。なれば、あと一歩じゃ。あと一歩でわしも……」

 

「ええ、そうです。私にお任せください。やり遂げて見せます」

 

 澄んだ瞳で言うと、老婆はクシャッとした笑みを見せた。

 

「お前は利口じゃあ。愚かな母に似ず、無才な父にも似ず。ほんに利口じゃ」

 

「お婆様のお陰です。もう少しの辛抱です。頑張ってください」

 

「おお、おお、頑張るとも……。九門。九門はおるか?」

 

 老婆が言うと、部屋の隅に立っていた九門がゆらりと姿を見せた。

 

「九門は、ここに」

 

「麻矢のことを頼んだぞ? 全て、この子の言う通りにするのじゃ、いいな?」

 

「承知しております。この九門、恩には報いる男です」

 

「ならば、よい……。麻矢、頼んだぞ」

 

 そういうと、老婆は目を閉じて寝息を立てた。

 微笑みを浮かべた麻矢は老婆に背を向けると、そのまま部屋を後にした。

 それに付き従う九門は、先ほどまでとは打って変わって飄々と言う。

 

「いやぁ、死にかけであの迫力。怖い怖い」

 

「九門、滅多なことを口にするな」

 

「こいつは失敬。で、次の準備はできているんですかい?」

 

「すぐにできる。お前にも、また働いてもらうぞ?」

 

「仰せの通りに」

 

 

 平日の昼間。休日の七海は家で本を読んでいた。

 

 本の世界に没入していると、スマートフォンの着信音が鳴った。

 ディスプレイに表示されたのは、非通知の文字である。

 気になった七海は電話に出ることにした。

 

「もしもし」

 

「七海 建人さん、ですね?」

 

「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」

 

「すみません。私は千堂(せんどう)と申します。会って、お話したいことがあります」

 

「お話とは? この電話ではできないことですか?」

 

 七海の返しに、言葉に詰まった千堂。やがて、絞り出すように言う。

 

「雨野 伊月についてのお話です」

 

「何を知っているんですか?」

 

「これ以上は、ここでは言えません。実際にお会いして、話がしたいのです」

 

 七海は逡巡した。何かの罠かもしれない。だが、伊月のことを知っている者から何か聞き出せたら。

 少しの沈黙が流れた。

 

「分かりました。どちらに行けば良いでしょうか?」

 

「ありがとうございます。場所は今から申し上げますので、時間は今日、ご都合が良い時間に」

 

 千堂から待ち合わせ場所を聞き、時間の調整を済ませた七海は電話を切った。

 どのような話が聞けるのか。七海は期待と不安が入り混じった思いで、家を後にした。

 

 

 千堂の呼び出しに応じた七海は、指定されたカフェに来ていた。

 

 店内を眺めるが、七海に目を向ける人物はいなかった。千堂はまだ来ていないのだろう。

 案内された席に座ると、ホットコーヒーを注文し、時が過ぎるのを待った。

 数分後、来客を告げるベルが鳴り、七海は入り口に目を向けた。

 

 そこにはスーツ姿の中年男性が立っていた。ややくたびれた表情の男は七海と視線が合うと、軽く会釈した。

 そのまま男は七海の席の傍まで来ると、口を開いた。

 

「千堂です。すみません。お呼びたてしてしまい」

 

「七海です。どうぞ、お座りください」

 

 そう促すと、千堂は七海の対面の席に座った。

 七海が探るような視線を向けると、千堂が乾いた笑い声を上げた。

 

「私は術師ではありません。あなたを罠に掛けようなどとは考えていません」

 

 確かに漂う気配からは術師と呼べるような圧は感じなかった。

 では、何故、自分の前に姿を現したのか。確認の言葉を投げかける。

 

「伊月君についての話とは?」

 

「早速ですね。……申し上げにくいことなのですが、私は彼の父親です」

 

 七海は息を飲んだ。伊月の両親は不明である。それの本人が現れたのだ。

 知りたい話はいくつもあるが、どれから尋ねようか。考える七海を見て、千堂が困った笑みを見せる。

 

「いくつもあるでしょう? 聞きたいことが。全部、お答えします。それが、せめてものお礼ですので」

 

「お礼とは?」

 

「あの子……。私は(しん)と名付けておりました。あの子がどう暮らしてきたか知っています。あなたの所での暮らしも」

 

 遠い目の千堂が語り始めた。

 

「ずっと苦しい思いをして生きてきたあの子が、あなたの前で笑顔を見せている。それが堪らなく嬉しいんです。あなたが一番気にしていることをお教えします。災禍転身についてです」

 

 話の核心を突かれた思いをした七海の目が大きく見開かれた。

 唇を一度きゅっと結ぶと、おもむろに開いた。

 

「教えてください。伊月君が、いえ、慎君は災禍転身の術者なのですか?」

 

「違います。災禍転身の術式などないのです。あれは呪い。死して、子を思う母のみが掛けられる呪いなのです」

 

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