呪術師 七海建人の怪奇録   作:アラタナナナシ

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禍福転導②

 千堂の言葉。災禍転身は術式ではなく呪い。

 

 理解が及ばなかった七海は、言葉の意味を探ろうとする。

 

「呪い? 術式ではなく? 災禍転身は術式と伝わっていますが?」

 

「はい。ですが、あれは術式ではありません。我が千堂家に受け継がれる呪いです」

 

「意味が理解できません。では、伊月君は呪われていると?」

 

「はい。災いを他者に押し付ける呪い。ですが、その災いは限定されています。双子の姉に降りかかる不幸です」

 

 ますます話がややこしくなってきた。

 伊月に双子の姉がいるのか。その子に降りかかる不幸が何故、伊月に関係するのか。

 話についていけない七海を置いて、千堂が言葉を続けた。

 

「七海さんは運気というものを信じますか?」

 

「ええ、信じます」

 

「では、その運気を捻じ曲げることができる術式があるとしたら?」

 

「それが災禍転身ではないのですか?」

 

 首を横に振る千堂。

 

「千堂家の現当主、千堂 霧子(せんどう きりこ)の術式、禍福転導(かふくてんどう)。ある人物に降りかかる幸福、または不幸を、別の人物に送るものです」

 

「そんな術式聞いたことがありません」

 

「運気に関わる術式は、千堂家では度々ありました。ですが、千堂家では、現在の御三家のような一見して強力な術式を持っている者がいませんでしたから、歴史の闇に消えました」

 

 禍福転導。実在するとしたら、恐ろしい術式だ。

 他者に不幸も、幸福も送ることができるのだから。

 だが、噂話ですら聞いたことがない術式だ。本当なのか疑わしい。

 

 七海の疑念を読み取ったように、千堂が言葉を紡いだ。

 

「血の繋がりですよ」

 

「え?」

 

「禍福転導は血の繋がった者同士でなければ成立しません。血が濃ければ濃い程、その力を発揮します。逆に遠縁になれば効果も薄まります」

 

 これで納得がいった。禍福転導を有効に使いたければ、近親者でなければならない。

 近親者を犠牲に差し出したことで得る幸福、押し付ける不幸を誰が声高に言えるだろうか。

 

「理解できました。では、伊月君、いえ、慎君の双子の姉に禍福転導を?」

 

「はい。生まれてすぐに。本来であれば、慎は屋敷の座敷牢で人生を終えるはずでした。呪力の強力な姉の災いを、身代わりに引き受ける道具として」

 

「でも、違った。何があったのですか?」

 

「お母さん、いえ、千堂 霧子が禍福転導を掛けたことを知った妻が……、(ゆき)が自害したのです。姉から伝わる不幸から慎を守るために。秘伝の呪い、災禍転身を……」

 

 そこまで言うと、千堂は疲れたように力ない笑みを見せた。

 

「酷い話でしょう? そんな酷いことがあったのに、私は何もできなかった。何も分からず、娘婿として千堂家に入った私は、ただ黙って見ているだけだった……」

 

「あなたの責任ではないでしょう?」

 

「いえ、私が当主を止めることができれば……。いえ、過去の話ですね。ですが、もう大丈夫なのです」

 

「大丈夫とは?」

 

「当主は肺を患っており、もう長くはありません。当主が死ねば、禍福転導も災禍転身もなくなる。そうしたら、また家族で暮らせるんです」

 

 瞳に薄っすらと涙をにじませた千堂。その様子から嘘を言っているようには見えなかった。

 術式が消えれば、その術式に掛けた呪いが無効になる。上手く行くのだろうか。

 希望的観測な気がするが、七海は口には出さなかった。

 

 それだけを頼りにこの男は、今を生きているのだから。

 

「では、当主が死んだあとは?」

 

「慎を引き取りに行きます。今はまだできませんが、近いうちに必ず伺います。七海さん、それまでは慎をお願いいたします」

 

 深々と頭を下げる千堂に、七海は返答を考えた。

 災禍転身、五条への報告、伊月との生活。様々なことが頭を過った。

 だが、今出せる答えはこれだけであった。

 

「分かりました。その時が来るまで、私が責任を持って彼を保護します」

 

「ありがとうございます。ありがとうございます……」

 

 千堂の頬を涙が伝った。

 これで良かったのだろうか。今はまだ確信が持てないでいた。

 

 

 千堂とカフェで別れ、家路についた七海は思案をしながら歩いていた。

 

 禍福転導によって送られてくる不幸を、他者に押し付ける災禍転身の呪い。

 やはり五条には伝えるべきだ。報告の電話をしようと心に決めたときには、家の前に着いていた。

 部屋のドアを開けて中に入ると、伊月がリビングから顔を覗かせた。

 

「七海さん、おかえりなさい」

 

 その一言が、七海の心をぎゅっと締め付けた。

 自分の帰りを待ってくれている存在に、これだけ心を許していたのか。

 やがては終わると思いつつ、終わりが来ると分かるとこうも辛く感じるものなのか。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、なんでもありません。ただいま、伊月君」

 

 終わりが来るなら、その日まではこの関係を続けよう。そう決めた七海であった。

 

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