御柱様が三体発見された一報が入ってから、四時間が経過した。
呪術高専の関係者のほとんどが、バラバラの場所で発見された御柱様の回収に奔走していた。
七海ももちろん、その一人である。今回は輸送班ではなく、警察署周辺に集まってきた呪霊退治が任務であった。
集まってきた呪霊も大した強さのものはいない。問題なく祓い続ける七海は、最後の一体を始末し終えると帳の外へと向かった。
帳の外で待機していた高専関係者と言葉を交わすと、御柱様の輸送は順調との報告が入った。
前回、呪詛師による襲撃があったためか、現場はかなりピリピリしていたが、今のところその心配は無用だったようだ。
七海は他の班の帳がまだ降りていることに気づくと、援護へと向かおうとした。そのとき、スマートフォンに着信が入る。
そこには以前、連絡先を交換した千堂の名前があった。
「七海です。千堂さん、すみません。今――」
「七海さん、大変です! 慎が誘拐されました!」
「どういうことですか!?」
「今日は監視の日だったので慎を見ていたら、男にさらわれてしまって」
なんでこんな時に。すぐに警察に連絡をと言おうとした時。
「犯人には見覚えがあります。うちに出入りしている九門 衛司という男です」
九門。ここであの男が出てくるのか。苦々しい思いで電話を聞く七海。
「おそらくですが、私たちの屋敷に向かっていると思います。当主が、何かしようと考えているのかも。七海さん、すみません。お力をお借りできないでしょうか?」
「分かりました。いますぐ向かいます。正確な住所を教えてください」
七海は千堂から住所を聞き取るとメモを取り、電話を切った。
近くの高専関係者に車を拝借すると伝えると、そのまま千堂家の屋敷へと向かった。
◇
日が傾き、山並みに太陽が沈む頃、千堂 霧子は自室に麻矢を呼んでいた。
「麻矢……、準備はどうじゃ?」
「もうすぐです。じきに御柱様と反魂鏡が参ります。もうしばらくの辛抱です」
「そうかそうか。新たな肉体を手に入れてわしは生きるぞ……。千堂の名を御三家共に知らしめるのじゃ」
霧子の瞳には生に執着する者の、飢えた野獣のような光が見えた。
その目を見る麻矢の表情は、ただ笑みを浮かべているだけであった。
そうしていると、霧子の寝室のふすまがガラッと開けられた。
そこには九門がいた。
「準備ができました。広間の方へお運びいたします」
「うむ」
霧子はベッドごと広間へと運ばれて行った。
広間には女性の御柱様が寝転がっており、その手に銅鏡が握られていた。
この銅鏡こそが、呪物である反魂鏡である。
死者の魂を封じ込めることができるこの呪物を使って、霧子の魂を保管し、御柱様に魂を移し替えることで新たな肉体として使うというものだ。
このために霧子は麻矢の流言具象を用いて、山崎に術式を与えて人さらいをさせ、御柱様を作り上げたのだ。
麻矢がこれほどの力を持っていることは、生まれてから一目で分かった。
千堂家は小さいながら、影で恨まれることもあった家系だ。暗殺や呪殺などに備える必要があった。
だから、生後すぐに禍福転導の術を掛けて災いから救ってやった。
片割れについては、麻矢ほどの力は秘めていなかったため、その不幸を背負うのも天命であっただろう。
だが、娘の雪は違った。
霧子が禍福転導を掛けたことを知ると、自害し、秘術の災禍転身の呪いを片割れに掛けるという愚行を犯した。
霧子の術に対する呪いを掛けたと言ってもよい。これにより、片割れを手元に残せば災いが霧子に振ってきかねない。
そこで、孤児院に預け、災いを遠ざけることにしたのだ。
結果は上手く行った。麻矢に降りかかる不幸を肩代わりしたような事件を何度も起こしているのだ。
あとは生かさず殺さず。遠くから監視するだけでことは足りた。
無才の娘婿が何かと気にはしているが、余計な真似はしていないだろう。
あとは霧子が新たな体を手に入れれば、全てが上手く行く。
麻矢の流言具象があれば、呪術界をひっくり返せる。
惜しむらくは、麻矢の流言具象が術式を持つ人間には作用しない点だ。
呪霊を生み出せても、術式を非術師に与えることができても、呪物を作り出せても、術式を持つ呪術師を殺すことはできない。
なんとも惜しい力である。
「お婆様、転生の前にお話ししたいことがございます」
麻矢の問いかけに、霧子は小さく頷いた。
「私はずっと家族が欲しかった。欲にまみれた家族ではなく、ただ普通の家族が」
「なにを言っておる。おぬしにはわしと父がおるじゃろう?」
「父はずっと悔いていました。何もできぬ自分を許してほしいと。母を死なせたのも、弟を差し出したのも……。お婆様、私は家族を取り戻したいのです」
「おぬしは千堂家の柱となる人間じゃ。弱いものに構うな。わしの言う通りにすれば全てがうまくいくのじゃ」
「お婆様、私はずっとその弱いものに憧れを抱いておりました。家庭の温もりというものに……。この屋敷は私には寒すぎます」
麻矢の言葉に苛立ちを覚えた霧子は、目をカッと見開き、声を荒げた。
「誰が今まで育てたと思っておる! わしの術がなければ、お前はとうに呪い殺されておったわ!」
「分かっております。だから、お礼を申し上げます。ありがとうございます」
「ええい! 馬鹿なことを言わず、はよ儀式を始めよ!」
「この儀式はお婆様のためのものではありません。これは母を蘇らせるためのもの。お婆様、ご容赦を」
「九門! おぬしがやれ! この恩知らずの代わりに」
言われた九門は困り顔で、頭をかいた。
「霧子様が仰ったんじゃないですか。全て、麻矢様に従えと」
「愚かな……。愚かな、愚かなっ!?」
霧子の胸に九門の手刀が突き刺さっていた。
口から鮮血を噴き出す霧子を見て、九門がにやりと笑う。
「うるせぇ婆さんだったよ、あんたは」