呪術師 七海建人の怪奇録   作:アラタナナナシ

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災禍転身②

 災禍転身(さいかてんしん)は、最強の盾の術式と言われている。

 

 それは、術者が受けた攻撃を全て受け流し、その力を逆に相手に押し付けることができるからだ。

 仕掛けた相手は攻撃の直後に反撃を食らうことになるため、最強のカウンターでもある。

 そのような圧倒的な術式を持った者の繁栄は長くは続かなかった。

 

 詳しくは解明されていないが、単純に術式が引き継げなく没落していったとも言われているし、呪詛師に身を落としてそのまま死んでしまったとも言われている。

 歴史の闇に葬られた術式が、現代に蘇ったなどと誰が信じるであろうか。

 基本、術式は生まれ持ったもので、あとで会得することはできない。家の血筋で相伝される術式もあるが、災禍転身は今日まで相伝された記録はない。

 

 災禍転身の術者が現れた。眉唾ものであるが、あの五条 悟が言うのだ。信じてみる価値はある。

 誤解であればそれに越したことはないし、本物であれば呪術高専で保護することができる。

 まずは確認だ。車の後部座席で七海は手渡された資料に目を通した。

 

 監視対象者は雨野 伊月(あまの いつき)。小学五年生の気弱そうな男の子だ。

 両親は不明。孤児院に生後間もなく預けられたため、正確な生年月日も不明。形式上は一月二十日となっている。

 前の孤児院が全焼して、神奈川県の孤児院に引き取られた。素行は良好。引っ込み思案な性格らしく、時折、怯えた表情を見せることがあるらしい。

 

「七海さん、もう少しで到着します」

 

 運転手の伊地知 潔高(いじち きよたか)が言った。

 

「ありがとうございます。まさか、子供の面倒を見る羽目になるとは、思ってもいませんでした」

 

「心中お察しします。ですが、五条さんの無理難題に対応できるのは七海さんしかいないと思います」

 

 生真面目な伊地知らしい返しであった。五条によく振り回される者の代表格なだけある。

 

「しかし、彼に関して情報らしい情報がありませんね」

 

「現在、調査を進めています。何か分かれば、七海さんにもお伝えいたします」

 

「よろしくお願いします」

 

 そういうと、七海は資料から目を離して、車窓へと向けた。

 

 

 孤児院の一室に通された七海と伊地知は、孤児院の院長と雨野 伊月の引き取りについて話をしていた。

 

 事前に話を通していたため、事務的な話だけで事は済み、あとは雨野 伊月の到着を待つだけであった。

 部屋のドアがノックされると、中に中年女性と少年が入ってきた。その少年が、資料で確認した雨野 伊月である。

 

「伊月君、ご挨拶をしなさい」

 

 院長が促すと、伊月は不安そうな表情で七海と伊地知に一礼した。

 

「……雨野 伊月です」

 

 小さな声で言うと、目を伏せた。

 七海は伊地知と目を合わせると、小さく頷いた。

 

「伊月君、私は七海 健人。これから君の保護者を務めます。よろしく」

 

「あ、はい……」

 

 小声で返答した伊月は七海から視線を逸らした。そして、伊地知の膝の上にある小さな檻を見て、小さな悲鳴を上げた。

 

「ひっ」

 

 その様子を見て、七海は伊地知に声を潜めて言う。

 

「彼は私が車まで案内します。伊地知君は彼を怖がらせないように、後で来てください」

 

「はい。怖がらせちゃいましたよねぇ」

 

 伊地知は自分の膝の上に乗せている小さな檻の中にいる、呪霊を見て言った。

 まずは呪霊が見えるかを確かめるという伊地知の提案によるものだ。そのために、一番低級の呪霊を連れて来たのであった。

 席を立った七海は、呪霊から目を逸らしている伊月の傍に行くと、膝を折って視線の高さを合わせた。

 

「安心してください。これからは私が怖いものから守ります」

 

「え?」

 

「行きましょう」

 

 そういって、七海は部屋を伊月と共に出て行った。

 

 

 都内の外れにあるマンションの一室に七海と伊月は来ていた。

 

 ここは七海の家ではなく、呪術高専の用意したセーフハウスのようなものである。

 生活に必要な荷物はすでに運び込まれており、あとは七海と伊月の私物を持ち込むだけであった。

 

「ここが今日から私たちが住む家です」

 

「はい」

 

「手前の部屋が君の部屋です。奥の部屋は私が使います。これからは家族です。仲良くやっていきましょう」

 

「はい」

 

 本当にやっていけるのだろうかと、七海は危惧したが、当の本人の伊月はずっとこの調子である。

 何を言われても、はい、としか言わず、何の質問もして来なかった。

 素行は良好かもしれないが、人とのコミュニケーションは苦手なようだ。

 

 伊月から質問されたら答えられるように、七海と伊月は遠い親戚であるとの設定を練っていたが、それを言うことなく家まで来てしまった。

 七海が玄関で靴を脱いで上がると、伊月も戸惑いながら玄関を上がった。

 

「お邪魔します」

 

 おずおずとしている伊月を見て、七海が思う。

 彼はどこにも居場所がなかったのではないか。帰る場所というものを持たずに育ってきたのではないか。

 当たり前の家庭の温もりを知らずに育ってしまった伊月に対し、七海は物悲しい思いを抱いた。

 

 伊月が災禍転身の術者かどうかを調べるための、家族ごっこだ。だが、それだけで良いのか。

 少し思案し、おもむろに口を開いた。

 

「お邪魔します、ではないですよ」

 

「え?」

 

「ただいま、と言いましょう」

 

 七海はそういうと、一度、玄関を降りた。

 

「ただいま帰りました」

 

 きょとんとする伊月に対し、七海は促すように頷いた。

 

「た、ただいま」

 

「お帰りなさい。今日は食材がないので、外食にしましょう。荷物を部屋に置いてきてください」

 

「はい」

 

 伊月が部屋に入るのを見てから、七海も自室へと向かった。

 シングルのベッドと、簡素な机があるだけの部屋に入ると、荷物を置いた。

 その時、スマートフォンの呼び出し音が鳴った。

 

 ディスプレイに表示された名前は非通知であった。

 

「どなたでしょうか?」

 

 電話に出た七海が言うが、電話口からは息遣いだけが聞こえた。

 いたずら電話の類か。電話を切ろうとした七海の耳に男の声が聞こえた。

 

「あの子に関わるな。あれは呪われた子だ」

 

「誰ですか? 何か知っているのですか?」

 

「忠告したぞ」

 

 プツッと電話が切れ、通話終了の音が鳴った。

 

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