霧子の胸を貫いた手についた血を払う九門が言う。
「あぁ、やっちゃった。あんまりにもうるさいもんだからつい」
「よい。もう別れの言葉は済ませておる。九門、慎をここへ」
「へいへい。しばしお待ちを」
そう言って、広間を後にする九門の背中を見る麻矢は思う。
やっとここまで来た。霧子の呪縛から解き放たれた今、慎に掛けられた呪いも解けるだろう。
そうなれば、後は反魂鏡に魂を封じて、御柱様に魂を移すだけだ。
これで家族がまた一つになる。生まれてすぐに自分のせいで壊してしまった家族を取り戻せるのだ。
感慨に浸っている麻矢に伊月を担いできた九門が声を掛ける。
「持ってきましたぜ。今は気を失っているだけだ。すぐに目を覚ます」
「ああ、手間を掛けさせた。九門、お前への報酬も考えねばな」
「ん? ああ、それならいいんですよぉ~。もう貰えますから」
「え?」
振り返った麻矢の腹部に激痛が走った。
見ると九門の右手の異様に長く伸びた爪が、腹に突き刺さっていたのだ。
「ああっ!?」
強烈な痛みを訴える麻矢。その様子を見て、九門が歪な笑みを浮かべた。
「婆さんが死んだお陰だな。やっとだ。やっとお前を殺せる。二年間。二年もお前を殺すために媚びへつらってきたんだからなぁ」
「九門……、裏切ったな」
「俺は、お前を殺す依頼を受けていたんだよ。それをあの婆さんの術式が邪魔して殺せなかった。だが、もうお前を守るものはない」
ニタニタと笑う九門。麻矢は腹部からの出血が酷く、動くのもままならない。
九門は右手を振り上げると、冷酷な表情を見せた。
「あばよ。弟もあとで送ってやるからな」
とどめの一振りを降ろそうと九門の手に力が入った。
そのとき、広間のふすまが大きな音を立てて開いた。
そこには父と七海の姿があった。
◇
千堂家の屋敷前で、千堂と合流した七海は、屋敷の広間に入り、その惨状を目の当たりにした。
九門が低く笑う。
「本当に無粋だねぇ、七海君。これからって時に」
その一言で大体の状況は掴めた。九門がこの惨状を引き起こしたのだ。
床に倒れている伊月と、その傍でうずくまっている麻矢を見て、千堂が駆け寄った。
「麻矢! 慎!」
その千堂に鋭い眼光を九門が向けたのを七海は見逃さなかった。
すぐさま鉈を手にして、九門に斬りかかる。
「おおっと。七海君は、こいつらの味方なのかな?」
「少なくとも、あなたの敵です」
「言うねぇ」
九門の反撃の一振りを避ける七海は、更に鉈を一振りする。
鉈と爪がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。実力伯仲の者同士の拮抗した攻防戦が続く。
「知ってるかい? この小娘は自分の家族が欲しいんだとよ。そのために婆さんを利用し、殺させた。立派な呪詛師じゃないかい?」
ギリギリの戦いでも、九門の喋る口は止まらない。
「ガキに憑りついた呪いから母親の魂を救い出して、それを御柱様に移すってんだ。泣けるよなぁ」
「災禍転身は呪いではありません」
「へぇー」
互いに距離を置いた。どちらも緊迫した表情である。
「災禍転身は願いです。自分の命を賭してでも、子を守りたいという願いなのです」
「ははっ。随分、ロマンチストだねぇ、七海君は。そんなことじゃ、この先が思いやられるよ」
「お気遣い結構です。あなたを倒して、皆を救います」
啖呵を切られた九門は今日一番の笑顔を見せると、懐に手を入れた。
七海は時計を確認する。すでに定時は過ぎている。
スキットルを取り出した九門はキャップを開け、中身をグイッと飲んだ。
七海はネクタイを解いて、そのネクタイを左手に巻いた。
九門の体に変化が起きた。目が四つになり、口が裂け牙が見える。
七海の体に変化が起きた。呪力が大きく増していく。
獣を超え、化け物へと変異した九門を見て、七海が言う。
「ここからは時間外労働です」
ラストバトルの火蓋が切って落とされた。