人外の者へと変貌した九門が先に仕掛けた。
両手を上げて飛び掛かると、七海目掛けて一気に振り下ろした。
恐ろしい勢いの攻撃を七海は最小限の動きでかわすと、鉈で九門の腕を斬りつけた。
だが、その一撃は痛撃にはならなかった。切り裂いた部分が急速に回復していくのだ。
治癒能力まで備えているとは。七海が口中で呟く。
やはり決めるべきは、十劃呪法(とおかくじゅほう)だ。だが、容易にそれを決めさせてくれる九門ではなかった。
九門がその剛腕を、七海に向かって振りぬく。すんでのところでかわした七海だが、一発もらうだけで痛打となることが分かる勢いに冷や汗が流れた。
更に繰り出される高速のパンチ。攻める機会を伺う七海は、防戦一方になった。
「どうした、七海君。その程度か?」
九門が挑発するが、それに乗ってやれる余裕はなかった。
一瞬の隙を見つけては、斬撃、打撃を繰り出すが、十劃呪法とはならなかった。
舌打ちをする七海を見て、九門がくつくつと笑う。
「ご自慢の術式も決まらなければ、可愛いものだなぁ。七海君」
九門が余裕を見せた。七海がそう思ったとき、部屋の隅に自分が追い詰められていたことに気づいた。
「鬼ごっこは終わりだ!」
七海目掛けて振り下ろされる鉄拳。だが、七海はそれを待っていた。
九門の拳を紙一重でかわすと、天井の梁に向かって渾身の一撃を繰り出した。
「
その威力は梁を粉砕するだけでなく、屋根に穴を開けるほどの力を持っていた。
そして、その破片に呪力が込められると、落下して九門を襲う。
爆弾の絨毯爆撃のような威力にさらされた九門の絶叫が響いた。
◇
千堂は麻矢と伊月を連れて、部屋の隅に避難していた。
麻矢の腹部からの出血は止まらない。すでに顔色も土気色になっている。
術者ではない千堂には治療のしようがなかった。またここでも無力。自分は何もできない。
麻矢の手を握って、不甲斐なさを痛感していると、握っていた手の力が弱まるのを感じた。
「麻矢、だめだ! 死ぬな!」
「お……父様、私の話を聞いてもらえ……ますか?」
「しゃべるな。すぐに医者に」
「災禍転身は……呪いではなく、願い。お父様も……そう思われますか?」
「ああ、ああ、そう思うよ」
涙があふれる目を擦りながら、必死に麻矢の言葉を肯定する。
「では、慎には、お母さまの願いが……まだ宿っていますか?」
「ああ、雪が絶対に守ってくれる。慎のことを絶対に」
「良かった……。慎、起きて……。あの人を助けるのは、あなたの役目よ」
そういうと、伊月はふらりと立ち上がった。
まどろんだような眼をして、千堂と麻矢をぼうっと眺めている。
「慎……、姉としてできるのは、ここまで……。あとは頼みます……」
こと切れた麻矢を抱きしめた千堂が嗚咽を漏らす。
欲望に振り回された麻矢の人生の終わりはあまりにも残酷であった。
◇
七海の呪法によって、できた瓦礫の山。
呪力の込められた瓦礫に押しつぶされたのだ、これで決まりであろう。
気を抜きかけたその時、瓦礫の山を吹き飛ばして九門が姿を見せた。
だが、その姿は獣ではなく、もはや化け物となっていた。
腕が四本、目が六つ、耳まで裂けた口。こいつは瓦礫に潰される間際に、獣血を補充したのか。
七海は折れそうになる心を奮い立たせた。
伝わる呪力は特級並みだ。勝てるか。いや、勝つのだ。
心を決めた瞬間、七海の眼前に二本の剛腕が迫っていた。
咄嗟に右手でガードをした。右手の骨が折れる音が耳に届いた。
ただのパンチ一撃で、部屋の端まで吹き飛ばされた七海は、ふらつきながらも何とか立った。
思った以上に早い。次の一撃に備えなくては。もう右手は使い物にならない。
左手に呪力を集中し、差し違える覚悟を見せた七海の前に、衝撃が走った。
伊月がふらりと七海と九門の間に立ったのだ。
「伊月君! 下がって!」
その声は届かないのか、伊月に動きはない。
九門の六つの目が怪しく光る。伊月目掛けて、飛び掛かり、四本の腕で同時に攻撃を繰り出した。
死。伊月に死が訪れる。
そう思ったとき、伊月に飛び掛かった九門が弾き飛ばされた。
ふらつく九門は再び伊月を殺そうと拳を振るった。だが、その拳が届く前に、九門の顔がぐにゃりと曲がり吹き飛ばされた。
七海の脳裏の中で、一つの言葉が浮かんだ。
「災禍……転身……」
災禍転身としか思えない。伊月への攻撃が反射され、自分にぶつけられているのだ。
渾身の一撃を反射されたせいか、九門の動きに陰りが見える。決めるには今しかない。
七海は一気に距離を詰めると、九門の頭部目掛けて、拳を振りかぶった。
強烈な左ストレートが九門の頭部に当たった時、黒く光った呪力が稲妻のように走った。
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪みのことを言う。
その一撃は驚異的なもので、平均で通常時の2.5乗の威力となる。
九門は黒閃の一撃により、頭部を吹き飛ばされ絶命した。