呪術師 七海建人の怪奇録   作:アラタナナナシ

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ブラブラさん④

 七海と少女の周囲の状況が変わっていく。

 木々の表面に人の顔が浮かび上がり、そこから幾重にも人々の声が発せられていた。

 呪詛のように響き続ける人々の声は、思わず耳を塞ぎたくなるようなものであった。

 

 空を見上げると、先ほどと変わらない夜空が浮かんでいる。ということは。

 

「不完全な領域展開か」

 

 領域展開とは、術者の持つ術式、生得領域を結界という形で発生するもので、その結界に引きずり込まれた者には術者の術式が絶対に命中するという、術式の最終段階であり、呪術戦の極致と言われている。

 

 不幸中の幸いか、少女が作り出した領域は空間を覆ってはいなかった。

 つまり、不完全。それであれば、自分にも祓える可能性は残っている。

 七海は少女に向け、鉈を振るった。

 

 その瞬間、七海の首に違和感が生じた。何かが首に絡まる感じ。それはきつく絡みつくと、七海の体が宙に浮いた。

 

「ぐあっつ!?」

 

 息ができない。首に手を当てると、そこにはロープが巻き付いていた。見れば、近くの木の枝からロープがぶら下がっていた。

 今、七海は首吊りされているのだ。これが少女の術式か。ブラブラさんをして死んだ者は、この少女の術式によって殺されたのだ。

 今すぐにロープを切らなくては、死んでしまう。七海は鉈でロープを斬りつけた。

 

 容易に斬れると思ったロープだったが、少しも斬れてはいなかった。

 術式で生み出されたロープには呪力が込められている。その強度はただのロープとは違うという訳か。

 首を絞めつけるロープの長さを、七海は視線を動かして測った。

 

 狙いを定めた七海は再度呪力を込めて、鉈を振るった。

 鉈はロープを容易く切り裂くと、七海は宙づりから解放された。

 

 鋼鉄のような強度を誇っていたロープを斬ることができたのは、七海の持つ術式である『十劃呪法(とおかくじゅほう)』のお陰であった。

 これは、相手の長さを10で線分し、7:3の分割点を強制的に弱点と化す能力である。

 生物以外も対象にできるため、七海はロープの長さを見極めて、7:3の分割点を弱点化させたのだ。

 

 不完全とはいえ、領域展開。一瞬でも気を抜けば、やられてしまう。

 七海は素早く攻勢に転じた。7:3の分割点を見極めながら、少女を斬りつける。

 だが、少女は四つん這いになって地に這いつくばると、再び奇声を発した。

 

 その声にゾッとするのと同時に、再び首回りに違和感を覚えた。

 慌てて飛び上がると、再び首にロープが絡みついていた。しかし、飛んだことにより吊られることはなかった。

 地に降り立つ前に、ロープの長さを推し量り切断する。

 

 地面に着地したと同時に、斬撃を繰り出す七海。それを奇怪な動きで避ける少女。

 早めにケリをつけなければ、またロープで首を締めあげられてしまう。

 もし、少女の術式がロープの長さを自在に変えられるものだとしたら、十劃呪法を決めづらくなってしまう。

 

 とはいえ、相手は特級呪霊といってもいい存在だ。簡単には捉えられない。

 思案する中で、一つの事柄が思い出された。この条件が当てはまるのであれば、少女を撃退できるのではないか。

 七海は鉈を背中にしまうと、ネクタイを緩めて、両手で握りしめた。

 

 試さない手はない。このままではじり貧なのだから。

 七海はネクタイに呪力を込めて、一気に少女に向けて駆け出した。

 接近を阻むためなのか、少女は再び奇声を上げるべく、大きく口を開けた。

 

 あと少し。

 七海が少女に飛び掛かる。首の周りにロープが絡みつき、空中に引き上げられる。

 首がロープで締め上げられた。声にならない声を上げる七海。

 

 そして、同じように吊り上げられもがく少女。

 少女の首には七海のネクタイが巻き付けられており、宙に浮かんだ七海に締め上げられる形で首を吊られているのだ。

 息のできない七海は、もがき続ける少女の首を更にきつく締める。

 

 七海は意識が遠のきそうになるのを必死でこらえる。これしか方法が思いつかない。

 暴れる少女が突如動きを止めた。それと同時に、周囲の風景が元に戻り、少女は忽然と姿を消した。

 七海は最後の力を振り絞って、ロープを切断すると、地面に落下した。

 

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 

 荒い呼吸を鎮めるために大きく深呼吸をする。

 先ほどまで感じていた呪力は感じなくなった。少女を撃退することができたのだ。

 ブラブラさんの説明にあった通りであった。

 

 ブラブラさんは首を吊ったままにすると消えてしまう。

 この条件を思い出せなかったら、やられていたかもしれない。それほどに手ごわい相手だった。

 だが、これで七海はブラブラさんを呼び出すことはできなくなってしまった。

 

 ブラブラさんを祓うのは五条に任せることにしよう。事の顛末を伊地知に伝えるために電話を掛けた。

 

 

 七海が家に帰ったのは夜中であった。

 

 玄関のドアを開けると、リビングの電気が点いていた。

 

「ただいま帰りました」

 

 そういうと、リビングから伊月が駆け寄ってきた。

 そのままの勢いで七海にしがみついた伊月は、肩を震わせていた。

 

「伊月君?」

 

「良かった……。僕、七海さんも不幸にしてしまったのかと……」

 

 しまった、と七海は頭に手を当てた。

 疲れからか伊月に一報を入れるのを忘れていたのだ。

 

「伊月君、私は大丈夫です。不幸ではありませんよ。友達も帰ってきたし、誰も不幸になっていません」

 

「でも……」

 

 涙をポロポロと流す伊月の頭をそっと撫でた。

 

「私は幸せです。私の身を案じてくれる人がいるのですから。不幸なんかではありませんよ」

 

 七海の言葉に伊月は、声を上げて泣き始めてしまった。

 優しく頭を何度も撫でる。七海の思いが伝わるように。

 少しだけ伊月との心の距離が縮まった気がした。そんな夜であった。

 

 

 呪術高専の一室で、七海は五条と向かい合っていた。

 

「五条さん、ブラブラさんの件、ありがとうございました」

 

「いいって、いいって。七海のお陰で特定できた訳だし。祓うのも難しくなかったからねぇ」

 

 さすがは五条 悟だ。特級クラスの仮想怨霊を余裕で祓うことができる者は、そうそういないだろう。

 七海は気になっていたことを確認するために問いかける。

 

「あの呪霊は何故、誘拐された子供のことを言い当てることができたのでしょうか?」

 

「ああ、あれね。あの呪霊、知ってることは限られていたみたいだよ」

 

「限られていた?」

 

「うん。テキトーに考えた質問したら、知らないって返ってきたからさ。どうやら知ってるのは、人が口に出した言葉。つまり、言霊を読み取っていたみたいだね」

 

「言霊ですか。では、人が口にしたことがない事柄については、知らなかったということですね」

 

 五条は頷くと、コーヒーに角砂糖を五粒も入れた。

 甘ったるいであろうコーヒーを一口飲むと、少し考えるような素振りで言う。

 

「問題は仮想怨霊があれだけの力を持ったことだね。調べたら、ブラブラさんって最近の都市伝説じゃん。知ってる人も、そう多くない。なのに、特級並みの呪力を持っていた。ちょっとおかしいと思わない?」

 

「確かに。認知度は高いとは言えませんね」

 

「マイナーな都市伝説程度で生まれる呪霊じゃない。何か裏がありそうなんだけどね……。ま、細かいことは良いや。これから渋谷にスイーツ食べに行くんだけど、七海もどう?」

 

「私は遠慮します」

 

「つれないなぁ。まあ、いいや。引き続き、雨野 伊月君の件、よろしくねぇ~」

 

 そう言って、コーヒーを飲み終えると、五条は部屋を後にした。

 残された七海は椅子に深くもたれ掛かり、思案する。

 

「裏がある……か」

 

 七海の言葉に答えてくれるものはいなかった。

 

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