朝、目覚ましに起こされた七海はベッドから起き上がると、リビングへと向かった。
リビングのテーブルでは猪野がまだ寝ており、起こさないように静かに動いた。
朝食の準備を進めていると、匂いに誘われてか、猪野が寝ぼけ眼を擦りながら起きた。
「ふぁ~……。おはようございます。体いってぇ」
「おはようございます。すぐに朝食を準備しますので、顔を洗ってきてください」
フラフラと洗面所に行った猪野と入れ違いで、伊月がリビングに入ってきた。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はお休みだったはずでは?」
「猪野さんにお礼を言いたかったので」
「そうですか。それなら、伊月君も朝食にしましょう」
和やかな会話を交わしていると、七海のスマートフォンが鳴った。
ディスプレイには伊地知の名前があった。朝から容赦がない。
「おはようございます、伊地知君。どうしましたか?」
「朝早くに申し訳ございません。警察から調査の依頼がありました。ご準備ができましたら、お迎えに上がります」
「分かりました。ちょうど猪野君もいるので、彼も連れて行きましょう」
「それは助かります。細かな話は後程いたします。それでは」
◇
伊地知の運転する車に乗り込んだ七海と猪野は、渡された資料に目を通していた。
警察から捜査協力を求められたのは、連続行方不明事件の調査であった。
行方不明自体であれば、それほど珍しいものではないが、今回は話が違うようだ。
それは行方のくらまし方が何の前触れもなく、忽然と姿を消すことにある。
資料によれば、家に帰るまでの足取りは掴めているが、そこで姿を消したとある。
マンションの防犯カメラでエレベーターに乗った記録はあるが、その後、行方不明となっているのだ。
防犯カメラもエレベーターだけでなく、一階の非常階段にも設置されているが、外に出ていく姿は確認されていない。
「まるで神隠しっすねぇ」
猪野が資料を見ての感想を述べた。確かにそう言いたくなるのも分かる。
こうなるとマンション内で起きた事件に巻き込まれたものかと思ってしまうが、そちらについても警察は調べ上げていた。
アリバイのないものについては取り調べを行ったようだが、怪しい人物はいなかったようだ。
どこへ消えてしまったのか。まったく手掛かりがない状況になったため、高専に協力依頼がきたというものだ。
「まずは現場を見てみましょう」
「うっす」
◇
七海たちは、連続行方不明事件の中で直近の事件のマンションへと来ていた。
現場は八階建ての単身者用のマンションで、特に外観からは呪霊の気配は感じ取れなかった。
猪野を連れてエレベーターに乗り、行方不明者が降りた七階のボタンを押す。
「エレベーターって言えば、都市伝説とかでありますよね。ほら、何階のボタンを順番に押したら異世界に行けるとか」
聞いたことがある。異世界への行き方という都市伝説だ。
「その可能性もあるかもしれませんね。あとで確かめてみましょう」
エレベーターが七階に到着し、行方不明者の家へと向かった。
借りてきた鍵を使って玄関のドアを開ける。部屋には生活感が漂っており、今にも家主が帰ってきそうな雰囲気だった。
1DKの部屋をくまなく調べるが、呪霊や呪力など、行方不明に繋がるものは見つからない。
猪野を見るが、肩をすくめて首を振った。
部屋で呪霊に襲われたなら、何かしらの痕跡が残ると思ったが。
こうなると、呪霊がらみではないということになるのではないか。
玄関のドアを開けて外に行き、非常階段を降りるためにドアを開けた。
その瞬間、開けたドアに引っ張られる感覚を覚えた七海は前のめりに歩を進めた。
が、その足は空を切った。
「なっ!?」
思わず七海は声を上げてしまった。それは、眼下に地上が広がっていたためだ。
突然、空中に放り出された七海はなすすべなく落下していった。