あるトレーナーとウマ娘の日常   作:天寝子

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初めまして。読んでいただきありがとうございます


ナリタタイシン

 

「タ、タイシン」

「何」

「お、怒ってるのか?」

「別に」

「あの、な、俺は別に──」

「好きにすれば?」

 

 

 トレーナー室に重く伸し掛る空気。来る人を拒むその重たい空気の中、トレーナーである俺は床の上に正座の形で座る。

 対する担当ウマ娘であるナリタタイシンはソファの上で不機嫌そうにつり上がった目でスマホを睨みつけていた。

 

 

「いんじゃない? アンタが他にも担当を持とうとするのは自然な事だし、4年目以降の子を探すのは普通だと思うよ」

「い、いや、あの、ですね」

 

 

 聞く耳を持たないタイシンは足を組み直し、大きくため息を着く。

 所作の一つ一つに怯えつつ、弁明の機会を探るが、そんな隙はどこにも見当たらない。と言うより、空気が重たすぎて口を開くことさえ許されないような状況。

 あまり空気が読める方ではない自分でも、これはマズイという事はわかる。

 

 事の発端は恐らく、今日のトレーニングの時の事だろう。

 タイシンの走り込みの最中、少し視線を外し、他の子達の様子を伺っていた。無論、タイシン以上の子などいないことはわかっているが、職業病というヤツだろう、自然と走っている姿に目を奪われてしまうのだ。

 以前までもこんなことは何度もあった。その度にタイシンに蹴りを入れられ、弁明してきた。

 しかし、今回のこの空気、蹴りだけで済まされるようなものではない。

 

 

「タ、タイシン……」

 

 

 もはや返事もない。

 重い沈黙に押し潰されそうになりながらも、タイシンの顔色を窺うことはやめない。

 誰か助けに来てくれ、そう心の中で念じると、思いが通じたのか──

 

 

「タイシーン!」

 

 

 聞き慣れた元気な声。暗く淀んだこの部屋の空気を貫く一筋の光。

 勢いよく開かれた扉の方には状況がよく飲み込めていない表情で自分とタイシンを見つめるウィニングチケットとビワハヤヒデの二人がいた。

 

 

「……取り込み中だったかな」

「そ、そんなことは──」

「何しに来たの」

 

 

 二人に対してもいつもより声が鋭い。その様子に何かを感じ取ったのだろうハヤヒデはこちらを睨みつけるように視線を送ってきた。

 

 

「ご飯食べに行こーよ!」

 

 

 空気が読めていないのか、いや、逆に空気を読んでのことなのか、チケットがそう提案した。

 時刻はもう午後の7時を回っていた。普段なら夕食の時間、たしかにチケットとハヤヒデがタイシンを誘いに来るのは納得だ。

 

 

「いや、アタシはいいよ。 今日はコイツと行くから」

「えっ」

「そうか。 では私たちは二人で行くことにする。 トレーナー、タイシンを頼むぞ」

「じゃ、トレーナーさんとタイシン、またね〜」

 

 

 希望の光に見えた、妙に物分りのいいチケットと圧の強いハヤヒデは足早にトレーナー室を後にした。

 二人が出ていった少しあと、ようやくタイシンが重い腰を上げたと思うと、自分の方へと視線をやり、着いてくるように促した。

 

 さながら警察に連行される犯人の気持ち。

 行き交う生徒たちからは奇妙な目で見られる始末だ。

 

 

「お前またやらかしたのか」

「今度は何言ったんだよ……」

 

 

 すれ違ったチケットとハヤヒデのトレーナーには呆れたような視線を向けられる。言い訳しようにもこの状況下ではそれも叶わず、乾いた笑いを浮かべるしか無かった。

 食堂に着き、二人席に座る。

 相も変わらずの重い空気の中、食事の音だけが鳴り響く。周囲の子達もこちらに気を使ってなのか、自分たちの周りには近寄っては来なかった。

 

 

「アンタ、私以外に担当持つ気あんの?」

 

 

 重苦しい空気の中、口を開いたのは意外なことにタイシンの方からだった。

 視線は自分の方には向いていないが、その言葉はたしかにこちらに向けて放たれていたものだった。

 突然の出来事に反応出来ずにいると、「ねぇ」と催促するように声を出した。

 

 

「ない、よ」

「それは『今は』ってこと?」

「そう、かもしれない……」

「ふーん」

 

 

 再びの沈黙。周囲から人が去っていくのを感じ取る。

 出来ることなら自分も部屋に戻りたい。が、逃げ出したい気持ちをグッと堪え、口を開こうとする。

 しかし、タイシンが何に対して怒りを抱いているのか、確信がない。下手なことを言い、さらに怒らせるのは得策ではないように思える。だからと言ってこのままという訳にもいかない。

 ただ謝って済むような問題にも感じられず、誰かの助けが欲しいところだった。

 視線でチケットとハヤヒデを探して見る。二人はたしかに食堂にいたが、こちらを見向きもしていない。助ける気はないのだろう。

 チケットだけならまだしも、あの様子のハヤヒデには助けを求められない。

 

 

「アンタのことだから、どうして怒ってるのかわからないんでしょ」

 

 

 心を見透かされたかのようにそう言われる。

 思わず首を縦に振ってしまうが、タイシンがそれに不満を露わにすることはなく、言葉を続ける。

 

 

「別に他の担当を探そうとすることはいいよ。 それがアンタの仕事だし」

 

 

 視線はこちらに向けず、下を向いたまま。

 押し潰されそうな空気を切り裂いていくようにタイシンは言葉を紡ぐ。

 

 

「でもさ、アンタ他の子達見る度にアタシとの契約が終わったあとのこと考えるでしょ」

「よく、わかったな……」

「当たり前でしょ」

 

 

 その言葉に嘘は感じられない。

 自分の考えていることはよく理解されているのだろう、タイシンは特に気にする素振りもない。本当に当たり前のことのように思っているのだ。

 

 

「いい加減さ、頭にキタから言うんだけどさ。 アンタ、アタシとの契約終わらせる気なの?」

「終わらせるも何も──」

「一生って言ったよね」

 

 

 ああ、そうか。

 タイシンが何故怒っているのか、それがようやくわかったような気がする。

 

 

「今のアタシなら引く手数多、とか言ってたけどさ、アタシはアンタ以外の手を取ることは考えてない。 でも、アンタは違うんだ。 アタシ以外の子と、先の事を考えてる。 そこにアタシはいない」

 

 

 タイシンとの約束。彼女の自信のために、一生でも支え続けると、そう言った。

 その場しのぎの言葉なんかじゃない。心からの言葉だった。

 だからこそ、タイシンにも伝わり、今がある。

 その事を忘れていた訳では無い。けれど、彼女の言う通り、自分は契約が終わったあと、別の子を支えていることを考えていた。

 

 それは、確かにそうだ。

 一生と約束した彼女からすれば、自分はその約束を反故にしたように見えるのだ。

 

 

「──っ!」

 

 

 拳を握り、自分の顔目掛け、勢いよく振り抜いた。

 突然の行動に、驚きを隠せなかったタイシンが「ちょっと!」と声を上げたが、構わない。

 頬の痛みが引かぬ内に、テーブルに両手をつけ、頭を下げた。

 

 

「すまない! 君の言う通りだ、タイシン。 俺は君を一生支えると言いながら、君以外の事も考えた! もう一度、約束させて欲しい!」

 

 

 周りがざわついているのを感じる。

 大の大人が急に自分を殴り、頭を下げたのだ、さすがに騒がずにはいられないだろう。

 それでも、構わない。彼女に、誠意を見せるにはこうするしか、自分には思いつかなかった。

 

 

「君を、一生支え続ける! 俺はタイシンだけのトレーナーで居続ける!」

 

 

 そう、高らかに宣言した。

 

 

 ◆

 

 

 やらかした。

 

 

 次の日の朝、俺は頭を抱えた。

 少し、気分がおかしくなっていた。

 思い出しただけで顔が熱くなる。

 

 

「凄かったね、トレーナーさん!」

「君の熱意には気圧されたよ。 いいプロポ──」

「違うぞ! あれは決してそういった意味ではなくだな!」

「傍から見れば公開プロポーズ意外の何ものでもないだろう、アレはそういうものだと皆認識しているよ」

 

 

 大声を上げ、悶える自分を見る二人の視線はどこか嬉しそうで、さらに気恥しさを増加させる。

 

 

「タイシンの反応も可愛かったよね! あんなに真っ赤なタイシン初めて見たよ!」

 

 

 チケットのその一言でさらに昨夜の記憶が呼び戻される。

 あの一言を放った後、しばしの沈黙の後、タイシンは顔を真っ赤に染めて俯いた。

 チケットの言う通り、彼女のそんな顔を見るのは初めてだった。

 

 

『ばっ……。 ア、アンタこんなところで……!』

 

 

 タイシンの大きな瞳に涙を滲ませ、顔を赤らめる姿は愛らしかった。当然、本人には言えないが。

 

 周囲の視線に晒され、タイシンは大声をあげることを躊躇い、数秒の間、口を開閉すると、小さく頷き、声を出した。

 

 

『これからも、よ、よろしく……』

 

 

 周囲の静寂に溶けて消えていきそうなほど小さくか弱い声で、タイシンはそう答えた。それを機に食堂内は歓声に包まれた。

 

 

「あああああ! もう、どうすんだよ! 俺はどんな顔して学園を歩けばいいんだ!?」

「うっさい!」

 

 

 そう叫ぶと、タイミングを見計らったように扉が開かれた。

 いつも通り、どこか不機嫌そうな顔をしながら、キツくこちらを睨みつけるタイシンの姿がそこにはあった。

 

 

「通路にまで響いてるっての、アンタの声」

「あ、ああ。 すまない」

 

 

 タイシンと入れ替わるように二人は手を振って出ていった。このタイミングで二人きりにするのは意図が含まれているようで、少しばかり二人を憎んだが、そんな暇もなく、タイシンはソファに座る。

 いつものようにお茶を用意し、自分も椅子に座ろうとする。

 

 

「ん」

「どうした?」

「こっち来いってこと!」

 

 

 いつもならソファの真ん中に陣取るタイシンだが、今日だけは違った。少し奥の方へ座り、自分の分の席も開けていた。

 タイシンの隣に座るのは初めての事だったので不思議な緊張感があったけれど、どこか安心感もあった。

 

 

「何、その顔」

「いや? 君の隣は落ち着くなって思ってさ」

「ふふっ、何言ってんだか」

 

 

 タイシンの笑顔を見て、今まで悩んでいたことがどうでも良くなるのを感じた。

 もう悩んでいたって仕方がない。一生支え続けると言った言葉に嘘はない。ならそれでいいじゃないか。

 これからも自分はタイシンと共に走り続ける。彼女の少し後ろで、彼女が倒れないように、そっと、優しく。

 

 

「今度、水族館に行こうか」

「何、急に」

「いいだろ? タイシン、水族館好きじゃないか。 案内してくれよ」

「いいよ。 でも、アタシから目を離したら許さないから」

 

 

 そう言って柔らかく笑ってみせる。

 自分はこれからも彼女のこの笑顔を一番そばで見続けたい、そう心で強く願った。

 




チヨちゃんに浮気してごめんな、タイシン
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