お気に入り、評価、感想などとても嬉しく思います。
今回、とても長くなりそうでしたので二つに分割して上げさせてもらいます。前編を23時に、後編を0時に上げますので何卒。
息をすることさえ忘れてしまうほどの鋭い眼光に睨まれ、萎縮する身体をなんとか動かそうと、拳を握る。
無理だ。
少し──いや、かなり機嫌の悪い彼女を目の前にしてどうすることもできずに立ち尽くす。
声を出そうにも、下手に刺激すれば何をされるかわからない。
生ぬるい風が生徒会室に吹き抜ける。
普段ならエアグルーヴやナリタブライアンが助けに来てくれることを期待するが、今日はできない。マルゼンスキーやミスターシービーの登場もないだろう。
この狭い空間に二人きり。どうにかして逃げ出してしまいたいが、それを許してくれるような隙はない。
「言語道断。 君、どうしてここに呼ばれているか理解しているか」
「ま、全く……」
ため息をつき、シンボリルドルフはその瞳を細める。
重たい沈黙が場を支配する。
肩にのしかかる重圧。耐えられそうにもない重みに、今はまだ耐える。状況が把握できない。
ルドルフの琴線に触れるような事をした記憶はないし、仕事をサボったということも無い。彼女の戦績や功績に傷がつくようなことは当然、していない。
彼女の瞳から何かを読み取ろうとしても、無駄だ。そんなことを簡単にさせてくれるような相手ではない。
ここは素直にルドルフに聞くのが吉。しかし、この重圧の中、口を開く勇気はなかった。
「さて、本当に何も理解していない様子の君に、ヒントをあげよう」
そう思っていた矢先、ルドルフから糸が垂らされる。
細く、頼りのない糸だ。それに縋るようにしがみつき、思考をめぐらす。
「君は私のトレーナーだ」
「…………え、それだけ?」
「ああ、充分だろう?」
全く充分じゃない。
──あと十分は欲しいね。 充分だけに。
割と余裕のあるじゃないか。
その実、今のヒントで大方の想像はついた。
であれば、ルドルフのあの怒りは本気ではない。それなら対処法は──
「いくらでも思いつく、と。 君なら、そう考えるだろうね」
「思考を読むなよ……」
「君と私の付き合いだろう、それくらい簡単さ」
そう言って片目を閉じた彼女を見て確信する。
本気ではない。
その事にまずは胸を撫で下ろし、息を吐く。
では、答えは何か。それは──
「俺が他のウマ娘の指導をしていたこと、だろう。 ルドルフが気に食わないのはさ」
「さすが、私のトレーナー君。 しかし、わかっているのなら、どうして──」
「断れるかよ。 皆、君を慕って俺に指導を頼んでくるんだ。 そんな信頼を無下にしていいとは、思えないからな」
「それはそうだが、随分と楽しそうに話していたではないか」
見ていたのかよ。
その言葉をぐっと飲み込む。
ルドルフが鋭いのはいつもの事だ。これまでにも似たようなことは何回かあった。
冷静沈着。彼女はゆっくりと立ち上がると俺の肩に手を乗せた。
距離が近い。
「なん、だ……?」
「これから私と仕事をしてもらう」
「それは、構わないが、近い」
「良いでは無いか、減るものでは無い」
「減るよ、俺の中の大切な者がすり減ってく」
「それが減り切ったらどうなってしまうのかな」
わかっててやってやがる。
諦めて、目を瞑る。
優しい衝撃に身体の軸が揺れる。傾いた重心で立っているのは辛く、勢いに身を委ねて後ろへと倒れていく。見計らったように置いてあるソファに衝撃を吸収され、少しのバウンドを経て、落ち着いた。
「こういうの、他の生徒にバレたら大変なことになるぞ」
「これくらい、なんてことないだろう? スキンシップの一環さ」
「そんなんでいいのかよ」
「充分さ。 あと十分もあればなおさら、ね」
考えることが同じ、というよりはルドルフに影響されてきたな、これは。
先程までの剣呑とした空気はどこへ消えたのか。今あるのは首元に腕を回し、幸せそうに息を漏らす、生徒会長や皇帝ではないシンボリルドルフの姿だ。
「それよりもだ、君はいつになれば『ルナ』と呼んでくれるんだい」
「呼べと言われた記憶はない」
「『人前では呼んでくれるな』とは言ったぞ?」
「その発言からそれに結びつけるのは無理が──ある、よな?」
ちょっと自信がなくなってきた。
無理があるはずだ。
いや、呼べと言われても呼ばないが。
生徒会長として、皇帝として、皆の道標として。
常に完璧であろうとする彼女の精神性はその辺の大人なんかと比べるまでもない。しかし、彼女とて、常に気を張り詰めている訳ではない。
こうして、気を抜くときもある。というだけの話なのだが、ここのところスキンシップの度が過ぎてきたような気がする。
「君が他の生徒らに信頼され、指導をするというのは私とて鼻が高い。 しかし、だ。 やはり君は私のトレーナーなのだ」
「わかってるよ。 別に他の子の面倒見てたからと言ってそっちに行ったりはしない」
「私だってそれくらいわかっているさ。 けれど、不安になってしまうのは仕方がないことだろう?」
「──ルドルフからそんな乙女らしい言葉が出てくるとは……」
「失礼だな」と頬をふくらませる彼女に、普段見せるような威風堂々たる面影はない。
膝の上で笑うルドルフにいつもの雰囲気はなく、親しみやすい柔らかなものを感じる。自然と、吸い寄せられるようにその頭に手を置き、毛並みに沿うように撫でてやると、撫でやすいようにと耳を曲げる。
「君の手は大きいな……」
「こんなもんだろ」
「ふふっ、そういうものか」
満足したのか、膝の上から降りると、ルドルフは隣に座ったまま話を続けた。
先程言っていた『仕事』についてだ。
近々行われる夏祭り。その会場の下見及び設営の手伝いだそうだ。
エアグルーヴやナリタブライアンなど、生徒会メンバーやそのトレーナーは勿論、ほかにも有志で募集をかけているらしい。
「そういうのは事前に連絡をだな……」
「君は忙しそうだったからね。 他の子たちに指導していたようだし」
「い、嫌な攻め方するな……」
それに関して悪いところはないはずなのに、どうしてか罪悪感を覚えてしまう。
不思議なもので、ルドルフを目の前にするとこちら側に何かしらの非があるように思えてしまう。
被りを振り、思考を捨てる。
支度をするために部屋に戻ることを伝え、生徒会室を後にする。
例年よりも忙しい夏になりそうだった。
◆
「こういうとき、ウマ娘の力って頼りになるなぁ」
重いはずの荷物を軽々しく運んでいくナリタブライアンたちの姿を遠巻きに見つめ、そう思う。
人とは膂力が桁外れだ。生物としての格が違うとでも言うのだろうか。
逆らえないな。
引き摺られるエアグルーヴのトレーナーの姿を見つめ、それを確信した。
「サボるのは感心しないな。 私たちだけでなく、一般の生徒たちもいるんだ、私のトレーナーとしてしっかり働いてもらわないと困る」
突然落ちた影に、上を見上げ、彼女と視線を交わす。
「そんなところに腰を下ろすなど、罰当たりではないか」
「さすがの神様もこんな天気に設定してしまって悪気感じてるから大丈夫」
「……君は何者なんだ」
連日の暑さに加えて、この重労働。
拝殿近くの階段に座るくらい許してもらえるだろう。
木々の隙間から漏れ出る光に身を焼かれながら、視線をルドルフの背後に移す。奥ではエアグルーヴとそのトレーナー、珍しくちゃんと参加しているナリタブライアンの他にも、ウイニングチケットたち三人や、マンハッタンカフェに首を掴まれ引き摺られるアグネスタキオンの姿も見える。
数多くの生徒たちが参加していることに驚きつつ、ルドルフのトレーナーたる者が休んでいる場合ではない、と気合いを入れ直し、重い腰を上げた。
「ふぅン、疲れているのならこの──栄養剤がオススメだよ」
「栄養剤とは思えない怪しい色してるじゃないですか。 なんですかこれ」
「秘密さ」
「そういうのいいですから、黙ってテントの組み立て手伝ってください」
引き摺られていくアグネスタキオンを見送りながら、先に戻っていたルドルフの隣にしゃがむ。
正直に言って、こういう作業はあまり得意ではない。
不器用であることにかけては他の追随を許さない、と自負しているので、他の人が簡単に出来ることでも倍は時間を要する。
ちらりと視界の端に見えたナリタタイシンのトレーナーよりかは自分が器用であることに自信を持った。
「そういや、俺たち本番では本祭会場の見回り担当だろ? 花火とか、ルドルフは見たくないのか?」
「さすがに、花火開始のときは皆も本祭会場にはいないだろう。 建前上、そういう場所振りにしてあるだけだよ。 しかし、花火大会の会場にはエアグルーヴを当ててある」
「それなら……」
「ここからでも見えるだろう。 それでいいさ」
「いいのかよ。 たしかに距離的にはすぐそこだが、こういうのは記念になるぞ?」
「君がいる」
「う……わ、そういうこと言う……」
素面でそれを言うのだから驚きだ。
突然の王子様ムーブに戸惑い、視線を泳がせる。少し先でテイエムオペラオーとメイショウドトウたちが何やら騒いでいるのが見えた。
どこにいてもすぐ見つけられるくらいに目立つ。ある意味いいところではあるが。
花火大会の会場は、この神社がある山を少し登った先にある。ルドルフの言う通り、ここからでも見ることは可能だが、人のいない会場で見る花火は少し寂しいような気もした。
「……まぁ、確かにルドルフと見るのなら別にいいか」
聞かれていないと思ったその声は、どうやらルドルフの耳に届いていたらしく、少し頬を赤らめた。
「なるほど、こういう気持ちだったのか……。 確かに、むず痒いな」
わかってくれたか。
しかし、素面でこういうことを言うのは、もうやめよう。こっちまで熱くなってくる。
気を紛らわせようと立ち上がり、周囲を見渡す。皆楽しそうに各々準備に取り掛かっている。
「何としても、成功させたいな」
「そうだな。 せっかくここまで汗水垂らして働いてるんだから、成功してもらわなきゃ困る」
「言うほど君は働いてないだろう」
一向に進まない仕事を放棄することも考えたが、一度手をつけた以上、それをするのは気が引ける。
なんとかルドルフの手を借りて終わらせることができた。ほとんどの作業が終わりを迎え、後片付けに入っていた。
夕暮れにはまだ早い。
時刻は午後四時くらいだろうか。
祭りの日を楽しみにしている生徒たちの表情を見ていると、疲れたことも忘れてしまう。
「待たせてしまったね」
「いや、これくらい全然」
腰掛けていた階段から立ち上がり、ルドルフの方へと向き直る。
少し汗をかいているルドルフにタオルを渡す。少し怪しんだのか、何度か匂いを嗅いだあとに使い始めた。
「そんな警戒しなくても、俺が使ったやつじゃねぇよ」
「む、そういう訳では無かったのだがな」
「そうかい。 水、いるか?」
「ああ、貰えるかい?」
手に持っていたペットボトルを渡すとルドルフは遠慮なく飲んでいく。
あまり見つめているのも失礼だろうと視線を逸らし、人のいなくなった境内を見渡した。
寂しいものだ。先程まで賑わっていたことも相まって、この静寂がより際立つ。
「二人きりというのもなかなか風情があっていいだろう?」
「……まあ、そうだな」
そう言って、ルドルフから受け取った水を飲み干した。
「……君、そういうのあまり気にしないタイプか」
「あ、嫌だったか?」
「そういう訳では無いが、こう、心がざわつくものがある……」
「すまん……」
正直何も気にしていなかった。
というか、ルドルフが気にするというのが意外だ。
照れたように顔を逸らし、赤くなった頬が少しだけ見える。普段見られない顔に内心面白がりつつ、謝罪の言葉を口にした。
「俺らもそろそろ戻るか」
「……いや、もう少しだけゆっくりしていこうじゃないか。 せっかく誰もいないんだ」
「そっか。 なら、そうするか」
石階段に二人で腰掛ける。
右肩にルドルフの重みを感じながら、少しくらいこうしているのも悪くはないと、そう思えた。
後編に続きます。