後編になります。
皆が浮き足立ってしまうのも理解できるほど、夏の祭りの雰囲気というのは現実離れしたものだ。
橙色の灯りが散りばめられた境内は、普段見ることの無い神秘を内包していた。
屋台が立ち並んだ光景は圧巻の一言に尽きる。様々な物が立ち並ぶ中、いくつか目を引くほど奇抜なものもある。あとで見てみようと考えつつ、鳥居のそばに立つルドルフを見つけた。
「トレーナー君、既に来ていたのか」
「すまん、ことのほか暇だったから」
「集合時間の十分前とは言え、待たせてしまったようだね」
「いや別にだ。 中の様子見てたから、そこまで時間は気にしてなかった」
日はまだ完全に落ちきっていない。それでも、周囲を照らす祭り提灯の灯りはほんのりと地面を橙に染める。
足元を淡く照らされたルドルフの姿は、普段の格好の大人びた様子とは違い、少女らしい恰好に見えた。
「勝負服を基調にしてるのか」
「ああ。 やはり私にはこういう色が似合うらしくてな」
「そんなこともないだろ。 ルドルフならなんでも大丈夫さ」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
着慣れていない浴衣に気恥しそうに頬をかきながら、ゆっくりとルドルフは隣に立つ。
「なんか食べたいものあるか?」
「君、私たちは一応見回りという名目で来ているのだ──」
「浴衣姿で何を言ってるんだか」
「これは、エアグルーヴが着付けをだな……」
何かとイベント事を大切にする彼女のことだ、夏祭りに行くのに浴衣では無いことが許せなかったのだろう。押し切られるルドルフの姿が容易に浮かんだ。
だが、ルドルフの言う通り、見回りという名目がある以上、肩の力を抜いてということにはならないのだろう。
それでも、周囲の子達に感化され、気が緩む。今日くらいいいのでは無いだろうか。
「──そういう甘い考えが間違いを産むんだよ、トレーナー君」
「思考を読むのはやめてくれ……」
「君が何を考えてるのかなんて私にかかれば簡単なことさ」
「変なこと考えられないな」
「ほう、何を考えるつもりなんだい」
「掘り下げんな」
なぜか読まれる思考を他所に、『見回り』を楽しむことにした。
一通り、屋台を眺めていく。
白い稲妻が描かれたたこ焼き屋、怪しげなシロップをかけているかき氷屋、訳の分からないものが並べられたくじ引き屋など、興味から見てみたいものと、取り締まりとして見ておきたいものが割といくつも並んでいる。
「何あの木像。 どこで見つけてきたんだよ、あんな景品」
「恐らく、ゴールドシップ辺りではないだろうか」
「懲りねえのな、あいつは」
人の寄り付かないくじ引き屋を横目に、怪しげなテントの前にやってきた。
屋台じゃない。
明らかに、これは──
「マチカネフクキタルだろ、これ」
巫女としての仕事に飽き足らず、こんなものまで作っていたとは。
彼女らしいといえばらしいが、屋台の中でこれだけ異彩を放っていると怖すぎて誰も来ないだろうに。
横目でルドルフに訴えかける。これに入るのか、と。
無言で頷き、奇声が聞こえてくるテントの中に足を踏み入れた。
「! 会長さんにそのトレーナーさんじゃありませんか! どのようなご要件ですか!」
「げ、元気いっぱいだな」
怪しげな開運グッズに囲まれ、水晶を覗き込むマチカネフクキタル。様になってはいるが、胡散臭さが抜けきらない。いや、様になっているからこそ胡散臭いのか。
よく見れば、その後ろには終始無言で立ち尽くすだけのトレーナーの姿がある。なんか怖い。
「フクキタル、念の為に聞いておきたいのだが、これは──」
「よく聞いてくれました! ささ! まずは座って……」
そう言うと二人分の椅子に座らされる。
完全に相手のペースだ。あのルドルフが乱されるとは、案外この子は大物なのかもしれない。
「会長さん! ラッキーアイテムはお面ですね!」
「お、お面……? それにラッキーアイテム……」
「祭りで占いの館かよ。 文化祭じゃねえぞ」
必死の形相で水晶を睨み続ける。その占いがどれほど信用できるものなのかはわからないが、ここまで真剣にやられているものをぞんざいには扱えず、彼女の満足行くまで付き合うことに決めた。
結局、何十分拘束されていたのだろうか。
テントを出た時は、会場に来た時よりも人が多くなっていた。よく見ればこのテントにも何人か並んでいる。
顔ぶれを見るに中等部に人気のようだった。
「あ! カイチョー!」
列の中、マヤノトップガンと共に並ぶトウカイテイオーの姿が目に入った。
引き寄せられるようにそちらに足を運ぶ。二人とも浴衣姿だった。
可愛らしい姿に目を奪われつつ、周囲を見るが、トレーナーの姿は見当たらない。どうやら今日は二人だけで来ているようだった。
「カイチョーたちは何占ってもらったの?」
「占ってもらった、というのは少し語弊があるな……。 しかし、ラッキーアイテムというものを教えてもらったよ。 そういうテイオーはどうして並んでるんだい」
「もちろん! ボクたちのトレーナーについてだよ!」
「ほう、それは少し気になるな」
占いというものはいくつになっても楽しめるものなのか、三人はしばらくの談笑していた。
やはりルドルフもそういったことに興味があるのだろうか。とてもそうは見えないが、案外気にしているのかもしれない。こうして見ると、マチカネフクキタルの占いの館は意外と盛況なのだろう。
三人が話している間、時間を潰そうと、タマモクロスが作っているたこ焼き屋に来ていた。
なぜかタマモクロスと一緒にいるオグリキャップの瞳が怖かったので、一つ買ってやると、途端に瞳を輝かせた。
「そ、そんなに食いたかったのか」
「ルドルフのトレーナー! ありがとう!」
「そんなに目ェキラキラさせんでもええやろ」
余程お腹が空いていたのか、出来たてのはずのたこ焼きを一気に頬張っていく。豪快な食べっぷりは見ていて気持ちのいいものだが、それと同時にこの流れは財布の中身が消えるものだと悟り、足早にその場を後にする。あとの出費は自分のトレーナーに頼む。
たこ焼き片手に、周囲を歩いていると、いつの間にか話を終えていたのかルドルフがやってきた。
その手にはしっかりと狐のお面があった。
「食べるか?」
「いいのかい? なら遠慮なくもらおう」
タマモクロスの気遣いなのか、それともそういうものなのか、爪楊枝は二本付いている。片方をルドルフにやり、二人で分け合うことにした。
「これが本場の味!」
「確かに、これは美味しいな……!」
「ちゃんとした屋台もあるんだな、ここ……」
アグネスタキオンの怪しいかき氷屋、ゴールドシップの出処不明のくじ引き屋、マチカネフクキタルの占いの館なんかを目にしてきたからか、こういう普通の屋台の出し物に謎の感動を覚えてしまう。
これが普通であるはずなのに。
タマモクロスと、一応オグリキャップに感謝を示しつつ、二人で食べ終えた。
花火大会は最終日だけ。
そのため、今日は修了時刻が近づくと共に人の気配が徐々に減っていく。それでも、寮の門限がいつもより長くなっているからなのか、生徒たちの姿は数多く見受けられた。
こうした行事ごとは一年を通しても限りある。羽を伸ばせる時に伸ばすのが彼女たちのためになるとわかっているので、俺たちトレーナー側もこういう時は口うるさく言わない。
「……楽しめているようで何よりだよ、ルドルフ」
お面を着け、かき氷片手に隣を歩くルドルフを見つめ、そう思う。
生徒会長や皇帝として常に気を張っているであろう彼女にとって、今日が少しくらい気を休められる日になれば、と心からそう思う。
なんとなく、頭に手を置く。突然のことに驚いたのか、肩を跳ねさせるが、すぐに耳を曲げた。
「あ、あまり、人前でこういうのはだな……」
「気にすんな、誰も見てないから」
各々が目の前に夢中なのだ。そんな生徒たちから見れば、背景のひとつでしかない。
「貴様! 会長と何をしている!」
見られていた。
しかも、エアグルーヴだ。
キツく目を細めた彼女ではあるが、その姿は綺麗な浴衣に包まれており、なんだか気が緩む。
手には恐らく隣のトレーナーから貰ったのだろう、わたあめやらが握られており、なんというか、強い言葉とは真逆に、可愛らしい印象を受けた。
「まあまあ、エアグルーヴもそう言わずに。 ほら、後で撫でてあげるから」
「た、たわけ! そういうことでは、なく……だな……」
どうやら彼女のトレーナーには弱いらしく、語気が少しずつ弱くなっていく。
「ごめんごめん。 でも、エアグルーヴだって甘えてくる時あるだろ?」
「──っ! 行くぞ! たわけ!」
トドメの一撃。
エアグルーヴがトレーナーの裾を引っ張り連れていく。なんとか嵐は去っていった。
「なんていうか、エアグルーヴって意外と甘々なんだな」
「いつも叱られてばかりだから、君は知らないのか」
「その言い方だと、まるで俺が仕事できない人みたいに聞こえる」
「そういうつもりはないのだがな」
現に、エアグルーヴと話をするときは何かしら叱られているような気がする。
生徒会長のトレーナーとして求められているものはわかっているつもりだが、そこまで完璧にはなれない。なので、彼女とあまり話が出来ていなかったのだが、今度トレーナーについて聞いてみることにしよう。きっと面白い反応が見れる。
今後の予定を組みつつ、ふらふらと歩いていると、人だかりを見つけた。
トレセン学園の関係者なら聞きなれた悲鳴──アグネスデジタルの絶叫が聞こえてくる。
いつの間に作られていたのか、簡易ステージが出来上がっているではないか。
ステージ上にはスマートファルコンやサイレンススズカたちの姿が見える。ゲリラライブというものだろうか。通りで彼女の絶叫が聞こえてくるわけだ。
「トレーナー君、見たまえ」
そう言って指を最前列に向けるルドルフ。そこには当たり前のようにグッズで応援するアグネスデジタルと、スマートファルコンのトレーナーの姿があった。
よく見れば、その影に隠れてサイレンススズカやミホノブルボンたちのトレーナーもいるではないか。
「凄まじい熱気だ。 君も、私がもしあの場に立っていたらあのくらいの熱量で声援を送ってくれたかな」
「声援は送るだろうが、あれを求められるとちょっと困る」
「ああ、私もあれをやられると少し困ってしまうだろうね」
トレーナーというより、今はただのファンになっている。
隣のアグネスデジタルと共に何かしらを叫んでいるが、その言葉を理解することはできなかった。
熱気に飲まれ、脱出できなくなる前にルドルフの手を引いて人混みの中から抜け出した。
少し離れたこの位置からでも伝わるほどの熱気と、最前列二人の絶叫が夏の夜空にこだました。
◇
「やっと落ち着くことができる……」
ゲリラライブを抜け出したあとも、謎に虚空を見つめ続けるマンハッタンカフェとそのトレーナーや、熱々すぎて近寄り難いカレンチャン、猛スピードで逃げ回るセイウンスカイなど、様々な生徒たちを目撃したが、二人でどうにか出来そうなものは何一つなかった。
境内の端。
祭り会場から離れた場所にあるベンチに腰掛け、空を見上げた。
未だ冷めぬ祭りの熱が夜風に晒されて少しずつ下がっていく。
「トレーナー君、楽しかったかい?」
「もちろん。 ルドルフこそ、ちゃんと楽しめた?」
「ああ、君のおかげだ」
橙色の淡い光が遠くに見えた。
少しだけ寂しさを覚えつつ、まだあと二日もあるということに驚かされる。
初日だけでこんなに忙しく、楽しい思いができたというのに。
ルドルフも同じ気持ちなのか、口角を上げて笑みを作ると、左肩に頭を預けてきた。
心地のいい重み。疲れてしまったのだろう、気持ちよさそうに目を瞑った。
直後、ルドルフは大きく息を吸った。
「君は、私を重りに感じてはいないかい」
それはとても弱い声だった。
遠くで聴こえてくるライブの音にかき消されてしまうのではないかと、思ってしまうほど小さな声。
それがルドルフの言葉であることに気がつくまで、時間が空いた。
「──まさか。 俺が君を重りに感じたことなんてない。 感じてたら、こんな風に二人きりで祭りなんてこれなかっただろうね」
「そう、か。 そうか。 安心したよ」
「何をいまさら。 俺は君のトレーナーだぞ。 覚悟くらい、決めてる」
シンボリルドルフのトレーナーになる。
それが何を意味するのかがわからないほど、バ鹿ではない。
ルドルフのトレーナーになると決めた日から決意は揺るがない。
何があろうと、そこだけは絶対に。
「それなら、覚悟しといてくれよ」
「当然。 俺は──」
突然立ち上がったルドルフに言葉を遮られる。
その表情を隠すようにお面を被り、こちらに倒れるように一歩を踏み出した。
いきなりの事で反応が遅れたが、すぐにルドルフを支えるように立ち上がり、彼女の手を取った。
「どうした? 疲れたのか?」
「いいや、これしきのことで倒れたりはしないさ」
距離が近い。
ルドルフの息遣いがすぐそばで聴こえる。
ライブの音も、虫の声も全てをかき消すほど、その音に耳を奪われた。
顔が熱くなっていくのを感じる。
今が夜で、暗い場所で助かった。ルドルフのお面のおかげでこの顔をあまり見られることがないのも、助かった。
お面越しに見えたルドルフの瞳は、なんだかいつもより甘く──
「トレーナー君、逃げるなよ」
「ルド──」
お面の冷たい感触が唇に触れた。
それが何であるのか、理解するのが難しかった。
甘い香り。ルドルフの息遣い。柔らかな身体を抱きしめ、力が抜けたようにベンチに落ちていく。
「──ルフ……」
「……ラッキーアイテムというのも、存外バ鹿にはできないな」
夏の夜の熱に充てられてしまったのか、顔はこれまでに無いほど熱く、思考は思うようにまとまらない。
「私から逃げてくれるなよ、トレーナー君」
「あ、ああ……もち、ろんだ」
お面をずらし、妖しく笑うルドルフにそう答えるしか、できなかった。
「私は君を離すつもりなどないのだからな」
そう言ってルドルフはとびきりの笑顔で笑った。
長い物を読んでくれてありがとうございます。
あまりこうして長く描くのやめようと思ってたのですが、描いてたら知らないうちにこうなってました。ゆるして。