あるトレーナーとウマ娘の日常   作:天寝子

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見ていただきありがとうございます。
前話、お気に入り・評価して頂け嬉しいです。
タイトル、いいの思いついたら変えたいと思います。いいの思いついたら。


マヤノトップガン

 まだ少し肌寒い風に身を震わせ、春の訪れを感じさせる花の香りに鼻腔をくすぐられる。

 花粉症である僕には厳しいものがあったが、それでも春の匂いは嫌いになれない。

 新学期や新年度の始まりを予感させるような空気に、自然と気持ちが引き締められ、初々しいような、そんな感情が胸中に渦巻く。初心を忘れるな、という風の便りなのだろう。

 風を切るように、一体化するように走り抜ける彼女を見ながら、そんな事を考え込んでいた。

 

 

「トレーナーちゃん! 見ててくれた?」

「うん、見てたよ」

 

 

 明るい栗毛を左右に揺らしながら、彼女──マヤノトップガンはとても楽しそうに僕の前に立つ。

 

 

「えへへ、この調子なら次のレースもいけちゃいそう!」

 

 

 そんな風に喜ぶマヤノを眺めるのが最近の僕のお気に入りだ。

 中等部の、まだ小さな子供であるマヤノを『お気に入り』だと言うのは些か問題を感じるため、口に出すことは絶対にしないが、マヤノと一緒にいる時間は僕にとって、とても大切な時間であることに違いはない。

 

 

「ねぇねぇ、マヤさ思うんだよね」

「どうかした?」

「マヤのトレーナーが、トレーナーちゃんで良かったなぁって」

 

 

 寮まで送り届ける道中で、マヤノがそんなことを呟いた。

 レースに出れなく、人に迷惑を掛けていたマヤノ。そんなマヤノと出会えたのは不思議な縁のようなものを感じた。

 彼女の持っている直感、それを信じて僕はマヤノと契約することに踏み切った。それは間違いではなかった、そう言い切れる。

 マヤノと一緒にいられる時間は楽しく、充実した毎日を送れている。だから──

 

 

「僕も、マヤノに出会えてよかったよ」

 

 

 そう言うと、マヤノは可愛らしく笑い、寮の入口まで少し駆け足で向かっていった。

 

 

 ◆

 

 

「って、トレーナーちゃんに言われたんだ〜」

 

 

 部屋に戻り、マヤノトップガンはトレセン学園の制服に腕を通す。

 その最中、同室のトウカイテイオーに今朝の出来事を話していた。

 中等部で年頃の彼女たちの日課のようになりつつある、互いのトレーナーの話。恋に恋する年頃の彼女らにとって身近な異性、それも歳上ともなると少し大人に近づけたような気持ちになり、少しだけ高い景色が見れるような気になれる。

 

 

「えっ! それってさ、なんだか告白みたいじゃない?」

 

 

 マヤノの話を聞き、テイオーがそう言うと途端に顔を紅く染め上げ、両頬に手を当てた。

 突然の話に声を上げることも出来ず、高鳴る心臓の音がテイオーにバレないよう鎮められないか、少し深く息を吸った。

 

 

「そ、そうなのかな? で、でも、トレーナーちゃんって一緒にデートしてもいつも通りだし、別にそういうのじゃ……」

「いやいやいやいや、違うね。 だって『君と出会えてよかった』なんてドラマの告白でしか聞いたことないよ! 絶対そうだって!」

「う、そう……なのかな?」

 

 

 恋愛ドラマでよく聞くようなセリフに気分が高くなったのか、テイオーは前のめりになりながらマヤノにそう諭す。

 その勢いに気圧され、やっぱりそういう事なのだろうか、と考え込んでしまう。いつもなら持ち前の直感でなんでもわかってしまうマヤノだったが、この時ばかりは上手く機能してくれなかった。

 紅くなり過ぎた顔を冷ますように手で扇ぎながら、マヤノはカバンを手に持つ。

 横では変わらず、「絶対告白だね」と力説するテイオーがどこか嬉しそうに笑っていた。

 

 授業中も今朝のトレーナーの言葉を思い出しては赤面し、を繰り返したせいかまるで内容が頭に入ってこなかった。

 

 

 ◆

 

 

「マヤノ?」

「な、なに!?」

 

 

 いつになく呆けているマヤノに声をかける。

 どうやら、授業中もこんな様子だったらしく、身体のどこかに不調でもあるのではないか、と急遽トレーニングを止めてトレーナー室まで一緒に戻ってきた。

 ソファに座らせ、お茶を飲ませても様子が変わることはなく、少し紅くなった頬を隠すように顔を覆っては小さく笑い声が漏れたりする。

 

 

「……マヤノ、少しごめんね」

 

 

 そう断りを入れ、彼女の前髪を上げ、露わになったおでこに手を当てる。

 微熱、くらいだろうか。

 トレーナーとして担当であるマヤノの体調を管理できなかったのは問題点だが、その反省は後回し。今は彼女の体調を少しでも良くする方法を考えよう。

 一番無難なのは──

 

 

「横になれそう?」

「うぇっ?! よ、横に?」

「うん。 ソファなんかで悪いとは思うけど……」

 

 

 ぎこちない様子のマヤノだったが、「そんなことないよ!」と言うと大人しくソファの上で横になった。

 本来ならば寮に連れて帰るのが一番いいのかもしれないが、同室のトウカイテイオーに風邪をうつす可能性がある。何より怖いのはこの状態の彼女を一人きりにしてしまう事だ。

 可能なら僕自身が付き添っていてあげたいが、さすがに寮にまで入るのはダメだ。

 

 

「ごめん、この部屋に毛布とかはなくて……。 僕のコートなんかで良ければ掛けてもいいかい?」

「え、ぁ、うん。 大丈夫……」

 

 

 どこか驚いた様子──いや、少し違うか? ──のマヤノは僕のコートを掛けると身を丸めて小さく収まった。

 なんだか子猫みたいだ、なんていう感想を飲み込み、暖かな飲み物を用意する。

 風邪を引いた時の対処法は当然だが学んでいる。学んではいるが、実際にこうして立ち会うと思うように行動に移せないのが現実だ。

 こういう時──

 

 

「僕はちょっとたづなさんの所へ行ってくるけど、少しの間一人でも大丈夫?」

「えっ、たづなさんの所……?」

 

 

 男である僕よりも女性であるたづなさんが居てくれた方が安心できるだろう、そう思っての提案だったのだが、マヤノは何故か不服そうに眉をひそめた。

 

 

「だめ、一緒にいて。 マヤのこと一人にするの?」

 

 

 そう言われてしまっては動けない。

 生憎、体調がそこまで悪いということではないらしく、僕の看病だけで充分だと言う。

 それなら、ということで少しの間彼女をソファの上で寝かせることにした。

 

 マヤノは僕のコートに身を隠し、身体が見えなくなるほど小さくなっていた。

 眠っているのだろうか、確認しようにも声をかけて起こしてしまっては意味が無い。かと言って寝息を聞こうと耳を立てるのは人としてどうかと思ってしまう。

 

 対面のソファに座り、先程入れておいたお茶を喉に流す。

 もぞもぞと定期的に動くマヤノを見続けるだけ、という時間だったが思いの外、退屈ではなかった。

 マヤノの髪色のような暖かな光が部屋に差し込み始めた頃、眠り続けるマヤノに誘われるように僕も夢の中へと落ちていった。

 

 

 ◇

 

 

「っ、ぁ──」

 

 

 ハッ、と目を覚まし、すぐに時計へと視線を移す。

 時刻は午後の8時前。もうすっかり夜になってしまっていた。

 

 

「マヤノ……!」

 

 

 看病しようとそう決めたのに眠ってしまうとは情けない。すぐに彼女の容態を調べるべく立ち上がろうと足に意識を移し、気づく。

 僕の膝を枕にするように眠り続けるマヤノの姿がそこにあった。

 やっぱり、猫のような愛らしさを感じる彼女の頭をそっと撫で、優しく起こす。

 

 

「マヤノ、おはよう」

「ん、ぁぇ、おはよ……」

 

 

 まだ眠たいのか、目を擦りながら大きく伸びをする。眠る前までに見えていた頬の紅さは引いており、体調も見る限りでは良さそうであった。

 看病らしい看病はまるでできなかったが、回復してくれたおかげで肩の荷が降りたような気持ちになる。

 

 

「お腹空いてない?」

「空いたぁ……」

「じゃあ、一緒にご飯食べに行こうか」

 

 

 そう提案すると一気に眠気が覚めたのか、「うん!」と元気よく返事をするとマヤノは僕のコートを手に持ったまま歩き出した。

 まだ少し寒いのだろうか、そう思い彼女に問いかける。

 

 

「ううん、もう大丈夫! ちょっとあっついくらいだよ!」

 

 

 それなら、と声を出しかけ、マヤノが口を開こうとしたことを察して飲み込む。

 

 

「でも、まだあっついままで大丈夫!」

 

 

 意味はよく分からなかったけれど、彼女自身がそういうのならそうなのだろう。

 

 

「あ、でもちょっと待って、マヤノ」

 

 

 いくら見た目や本人が大丈夫だと言おうと、確認するまでは安心してはいけない。

 もう一度彼女の額に手を当て、熱を測る。

 たしかに熱は引いている──

 

 

「どうかした?」

「う、ううん、なんでもない……」

 

 

 急に手を振り払うように背中を向け、早足で食堂まで歩き始める。

 ほんの少しだけ、まだ熱が残っているような気がした。

 

 

 ◆

 

 

「で? それでなんも無かったって訳?」

「うん……」

「そんなわけないじゃん! 二人きりの部屋だよ!? なんかあったでしょ! ボクに何か隠してるでしょ!」

「隠してないよ! ホントに何もなかったんだってば!」

 

 

 トレーニング終わりでもないと言うのにも関わらず、トレーナーと二人で帰ってきたマヤノを訝しみ、テイオーはすぐさま今日あった出来事を問いただした。

 マヤノはトレーナーが看病してくれることをいち早く感じ取り、自身の状況を利用して少しだけ期待するように寝たフリまでしてみたけれど、彼はマヤノに何かしようとはしなかった。

 最低限の距離を保ち、マヤノのことを見ていたのだ。

 彼が眠ったあとも少しだけ起きていたが、何もしてこないトレーナーに少し不満を抱きつつ、彼の膝枕で手を打ったという。

 それでも今日過ごしたトレーナーとの時間はマヤノにとって少しだけではあるが『大人っぽさ』を感じさせる何かがあった。

 

 

「トレーナーも奥手だね〜。 もっとガツガツ行かなきゃ!」

「えー、ガツガツ来られるのもいいけど、やっぱりお互いに仲を深め合っての方がいいよ〜」

「今度は目指せ、朝帰り!」

「朝帰り? 門限すぎちゃうと寮長さんに怒られるからダメだよ?」

「そうだよねぇ。 でもカイチョーがそう言ってたんだけどね」

「会長さんが? なんか意外!」

 

 

 まだ幼く、小さな彼女らはそんな風なことを言い合って笑い合う。

 その言葉の意味をトレーナーに聞き、彼を困らせるのは翌日の話だ。

 




メジロアルダン、めちゃくちゃ欲しい。でも、チヨちゃんガチャ出石使い果たしたからダメです。
周年に向けガチャ禁しましょうね。
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