あるトレーナーとウマ娘の日常   作:天寝子

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お気に入り・評価に加え、ありがたいことに感想も貰えました。嬉しい限りです


アグネスタキオン

 お前は少しタキオンを甘やかしすぎている。

 

 昔馴染みのやつから言われた。

 甘やかしている、という自覚はあったが、それが過剰なものであるとは考えもしなかった。

 彼女のために自分がやれることはなんでもやる。それがトレーナーとして、アグネスタキオンの隣に立つものとして、最低限の条件だと感じているからだ。

 だから基本的には彼女に従うし、彼女を何よりも優先する。それが異常であろうと、別にどうだっていいのだ。

 

 俺は、彼女に魅せられた──狂った男なのだから。

 

 

 ◆

 

 

「トレーナー君、ちょっと無防備すぎやしないかい?」

「タキオン、どうして俺の部屋に……?」

 

 

 夜、タキオンの練習メニューやら雑務やらを終わらせ、トレーナー寮の自室に戻るとそこには、いつも通り、少し大きめの白衣を羽織ったタキオンが寝そべっていた。

 彼女の言う実験、というものに付き合うため、これまでに何度か部屋へ招いたことはあった。そのため部屋番号を覚えていたのだろう。ここまで来ることは不思議ではない。

 しかし、

 

 

「鍵、かかってなかったのか?」

「いいや? かかっていたさ。 でも簡単に開けられたよ」

「それは俺が無防備な訳ではなく、セキュリティ──いや、タキオンが問題だろ」

 

 

 そう言うとタキオンは「ふぅン」と鼻を鳴らし、両手を俺の方へと向ける。そんな姿の彼女はどこか子供らしいというか、年不相応の幼さを感じさせる。

 

 

「トレーナー君、ご飯だ。 お腹が空いた」

「ちょっと待っててな」

 

 

 そう言って、何の気なしに部屋着に着替えようとして、視線に気づく。

 そういやタキオンがいた。

 

 

「ジロジロ見るな」

「いいじゃないか。 減るものじゃあないだろう?」

「俺の中の何かが減るんだよ。 テレビでも見てろ」

 

 

 俺がそう言うとタキオンは珍しく、言うことを聞いてテレビを付け始めた。

 横になってくつろぐ様は使い慣れた部屋の主のようで、片隅で着替えている俺の方が客人のような雰囲気が出ていた。

 タキオンの視線がテレビに釘付けの間、部屋着に着替えた俺は簡単に作れるものを頭で考える。

 

 

「麺類でいいか?」

「食べられるならなんだって構わないよ」

 

 

 初夏、春の寒さは姿を潜め、夏の蒸し暑さの気配が少しずつ忍び寄るような季節の夜。じんわりと汗ばんだ身体を冷ますには冷えた麺類が丁度いい。

 ネギを切り、海苔を千切る。麺を茹で、お湯を切る。本当ならもう少し手の込んだものを作ってあげたいのだが、明日は休日だ。日課であるタキオンの弁当作りも休み。晩御飯の残りなどを気にする必要も無い。

 

 

「ほら、できたぞ」

「おお、ありがとう。 いやぁ、トレーナー君は優しいねぇ」

「なんだよいきなり。 これくらい別にどうって事ないよ」

「そうかい? カフェに頼んだら物凄く嫌な顔をされたよ」

 

 

 無言で嫌な顔を浮かべるマンハッタンカフェの姿が目に浮かぶ。

 恐らく、同室のアグネスデジタルには色々な理由で断られたのだろう。タキオンのあまり広いとは言えない交友関係から考えるに、最終的にたどり着いたのが俺のところという感じだろうか。

 食堂にでも行けばいいのに、と考えたが、こうして頼ってくれるのは嬉しいので良しとしよう。

 特にこれと言った会話は無いが、別に気まずい空間というわけではない。

 タキオンとの会話は決して多いという訳でもない。互いにあまりコミュニケーションを取る方ではない、というのが起因しているのだろうが、そのおかげかタキオンといる時間は何かを気にする必要もなく、居心地がいい。

 

 夕飯を食べ終え、タキオンの分の食器も片付け終えた後、唐突に彼女の方から口を開いた。

 

 

「今日、泊まっていくけど、大丈夫かい?」

「──は?」

 

 

 これまでに何度か部屋に来たことがある、それは彼女の言う実験に付き合うため。実験室でやろうとするとカフェが露骨に嫌な顔をするため、気を使って俺の部屋でする実験がある、と言うからだ。

 感情の実験。

 いつもやっているような身体が発光するようなものとは違い、目に見えて大きな結果が残るものでは無いため、じっくりと観察したい、との事だったため俺の方から提案したのだが、思いの外タキオンが俺の部屋を気に入ってくれた。

 そのため、この部屋にはタキオンの研究資料なんかも残されており、俺のスペースとタキオンのスペースのようなものが存在する。

 しかし、だからと言って同じ部屋に泊まろう、などと言う考えは当然だが生まれては来なかった。

 男女であるとかそういう問題以前に、大人として、まだ高等部の彼女と共に過ごすというのは気が引ける。

 というか、それ以前に門限だとか色々と問題があるだろう。

 

 

「長考しているようだが、これは決定事項。 君に聞いたのは一応礼儀として言っておくべきだろうと判断したからだ」

「いや、無理があるだろ。 ちょっと待ってくれよ。 寮長、フジキセキにはどう説明するつもりだ。 門限だとか規則だとか色々とあるだろう」

「トレーナー君が私たちの寮へ来るのは問題だが、その逆は特に問題ないのさ。 門限に関してはデジタル君に任せておいた。 彼女なら私の想像以上の働きをしてくれるさ」

「そういう問題では──」

 

 

 言い切る前にタキオンは背を向け、話を聞いてくれるような姿勢ではなくなってしまう。

 これ以上話す必要は無い、と見切りをつけ、ここに泊まることを決め込んだという事だろう。

 

 仕方がない。

 

 と、そう簡単に片付けていい話ではない。

 タキオンの言うことに従う俺ではあるが、それにも限度というものがある。

 なるほど、前に言われた『甘やかしすぎ』た結果がこれなのだろうか。

 しかし、現実として、俺はタキオンに強くは出られない。尻に敷かれているような──いや、自ら敷かれに行っている状態だ。

 そのため彼女から見れば、なんでも言うことを聞いてくれる男という立ち位置なのかもしれない。

 

 

「タキオン」

「なんだい?」

「一応聞くけど、何のために泊まるんだ?」

「愚問だね。 当然、実験に決まってるじゃないか」

 

 

 即答。

 決まっていた答えをそのまま用意したような返答に、息を飲む間もなくタキオンは俺のベッドの上に飛び込んだ。

 せめて白衣は脱いでおけ、と思ってしまうのは俺の良くない所なのだろう。こんな状況ではまずタキオンの事よりも、彼女を諌める事が必要だろう。

 

 

「実験って、なんの……?」

「トレーナー君が私と泊まる事でどう言った感情を見せてくれるのか、っと言った感じだね」

 

 

 これまた決まっていた答えを引っ張り出してくるタキオン。

 力づくにでも追い出せるのなら追い出したいが、彼女たちウマ娘の身体に俺が勝てる未来は思いつかない。

 諦めて泊めるしか無いのだろうか。

 

 

『お前は少しタキオンを甘やかしすぎている』

 

 

 昔から少し怪しげな雰囲気を纏っているアイツに言われた言葉が頭の中を支配していた。

 コーヒーを片手に俺の対面に座ったアイツは少し呆れたようにそう言った。

 

 

『そう言うお前もカフェの事を甘やかしているだろう?』

『そう言われてしまっては返す言葉もないが、お前のソレは度を超えている。 何でもかんでもタキオンの言う通り、というのは問題だと思うぞ』

 

 

 度を超えている。その言葉の意味がよくわからなかった。

 彼女のために何かやれることがあるならば全力を持ってやる。彼女を支え、自分の持っている全てで彼女の力になるのが俺に出来る事なのだ。

 

 本当にそうなのだろうか。

 

 

「どうかしたのかい?」

「──いや、なんでもない」

 

 

 そう言って思考を濁す。

 あまり深く考えないようにしよう。

 

 いつの間に手に取っていたのか、タキオンは研究資料に目を通しながら、足をばたつかせて寛いでいた。

 

 

「君は少し無防備すぎるぞ、タキオン」

「おや? 君は興味なかったのかい?」

「そういう事ではなくてだな」

 

 

 寝転んだ姿勢に加え、短いスカートで足を動かすタキオンに注意を促し、何かに着替えることは出来ないのか、と提案する。

「いいとも」と快諾する彼女は何を思ったのか俺のクローゼットに近づき、許可もなく、漁り始めた。

 彼女の考えは簡単に読めてしまう。泊まる予定を立てておいて着替えは一切持ってきていない、それどころか寝巻きに関しては俺の衣服を使用するつもりなのだ。

 

 

「ふむ、これならいつもと変わらないのではないだろうか」

 

 

 そう言って着替え終えた彼女の姿はたしかにいつもと同じ白衣姿に似ていた。

 が、着ているものは俺のワイシャツ。彼女にはサイズ大きいワイシャツはいつも着ている白衣のように袖を余らせ、それをグルグルと回している。

 それに加えてハーフパンツにタイツという珍しい組み合わせのファッショになっていた。

 

 

「……少し夜風に当たってくる」

「ふぅン。 なら私も着いていくとしよう」

 

 

 心を見透かしているように笑うと、また勝手に俺の上着を漁りだし、それを羽織った。

 いくら夏の始まりと言えど、夜はまだ少しだけ冷たい風が吹く。

 風邪を引いては困るのでそこに対して文句は言わないが──

 

 

「無理に着いてこなくてもいいぞ」

「君の顔が赤いのは珍しいからな。 白だったり緑だったりはいつも見ているから、こう言った変化は見逃せないさ」

「……好きにしろ」

 

 

 どこか楽しそうに笑う彼女に弄ばれるように、俺は急ぎ足で外へ出た。

 その後を着いてくるようにタキオンが歩く。

 外へ出る、と言っても学園の敷地内から出ようとは考えていない。もう門限を過ぎている時間に、タキオンを連れ回していることが知れ渡れば大きな問題になりかねない。流石にそこまで冷静さは失っていなかった。

 夜の冷たい風に頬を撫でられ、少しだけ熱が冷める。

 柄にもなく、タキオンのいつもと違う姿に心を動かされ、動揺を鎮めるために外に出たが、案外、夜の散歩というものも悪くはなかった。

 

 

「なぁ、俺は君を甘やかしすぎてると思うか?」

「それを私に聞くのかい?」

「相談相手が少ないからな、俺は」

「なんとも寂しい答えだね。 なら仕方がない、私が答えてあげよう」

 

 

 白く冷たい街灯の光に照らされ、肩を並べて歩く道すがら、彼女は茶化したようにそう答えた。

 

 

「私から見ても君は私を甘やかしていると思うよ。 今まで君以上に私を優先してくれた人間はどこにもいない」

「やっぱり、そうなのか」

「しかし、だね、トレーナー君」

 

 

 そう言ったタキオンは柄にもなく、深呼吸を挟んで言葉を繋いだ。

 

 

「それは私にとって凄く嬉しい事だったよ。 何よりも誰よりも私を優先してくれる君はこれ以上ないモルモットだ」

「言い方」

「すまないね。 でも、本当にそうだろう? 私を手懐けているつもりだったのかい?」

「そういう訳では無いが……」

 

 

 悪戯に笑う彼女の瞳。その奥にある狂気に絡め取られていく。身動きが出来ず、離れられないほど、深く、強く。

 

 

「君にとって私は無くてはならないものだろう?」

「自分で言うか? 普通」

「だが、本当のことだろう? 私は君のことならなんでもわかるんだよ」

 

 

 ぐうの音も出ないその言葉に俺は沈黙で返す。

 その意味を感じたのだろう、タキオンは満足そうに目を細めると俺の少し先へと踏み出した。

 

 

「それはね、私も同じことが言えるんだよ」

「どういう事だ?」

「さぁね。 それは君自身が考えるべき事だ。 私のことならなんでもわかるようになってくれたまえよ」

 

 

 タキオンのことならなんでも分かっているつもりだったのだが、少しばかり自信が無くなる。

 

 

「私はね、『モルモット』という動物が好きなんだよ」

 

 

 そう言って笑みを浮かべた彼女の表情はレースに勝利した時の笑顔とはまた別の輝きを持っていた。

 その笑みは俺の小さな悩みを吹き飛ばすには充分以上の力があった。

 

 彼女を甘やかしすぎている。

 その言葉はきっと本当なのだろう。

 しかし、きっとこれからも俺はそれを変えることはできない、タキオンの為に何かをすることは止められないだろう。

 

 それでいいじゃないか。

 俺はタキオンの手を取ったあの日から、もう普通ではないのだ。周囲からの言葉に気を取られる必要は無い。

 彼女のためだけを考えるのが、俺の仕事で、俺のあるべき姿なのだ。

 

 

「俺も好きだよ」

「なっ!」

 

 

 俺の顔は上手く笑えていただろうか。

 小さくて可愛いモルモットという動物は俺も好きだ。彼女の趣味に少し、俺が近づいている証拠なのかもしれない。

 

 街灯の灯りの中でも分かるほど赤くなっていたタキオンの隣に立ち、また歩き始める。

 

 

「どうした? 寒くなったか? 部屋戻るか?」

「今日はもういい。 私は寮に戻る」

 

 

 そう言うとタキオンは足早にその場を後にした。

 後日、トレーナーの服を着たままのタキオンが寮内を走っていたということがバレ、俺はたづなさんと理事長に呼び出しを食らった。

 

 




デジたんの私服サポカ見ました?あれ凄くないですか?もう尊いとかそういう次元を通り越して成仏しそうなほど可愛かったんですけどなにあれ
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