あるトレーナーとウマ娘の日常   作:天寝子

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お気に入り、評価、感想ありがとうございます。踊り狂っております。

最近、物語が描けずに手こずっているので更新ノロノロ


ナイスネイチャ

「──ごめん。 ネイチャ、君はきっと勘違いしてるだけだよ」

 

 

 いつもと違う、少し突き放すような冷たい声。

 優しくて、頼りになって、誰よりもアタシを理解してくれるあの人とは何かが決定的に違っていた。

 

 大人と子供。

 

 越えられない、どうしようもないほど高い壁。

 努力しようと何をしようと登り切る事など到底不可能で、見えない高さまで登ってしまっているトレーナーさんに追いつくことはどう足掻いても無理なこと。

 

 

「俺は君を支え続けるし、君の力になりたいと、心からそう思うよ」

 

 

 やめてよ。

 声は出ない。

 濡れた目元を拭うことで精一杯で、声を出すような余裕もない。

 余裕なんてどこにも無いはずなのに、口からは声にもならない声が漏れている。

 

 情けない。

 

 どれだけこんな姿を見せてきたのだろう。

 めんどくさい性格だって言うのはアタシが一番良く理解してる。そんな人を一生懸命に支えてくれる人。

 

 

「──っ、もう、君のそばにいる資格はない。 だから──っ、ごめん」

 

 

 そう言って走り出す背中を追いかけたい。

 必死にすがりついて、情けなく泣きついて、どんなに醜くても構わないから、走らなきゃならない。

 なのに、足は震えて動かない。

 地面が崩れるような感覚。視界が眩む。気持ちが悪い。

 

 誰か、誰か、誰か──助けて。

 

 必死の叫びは誰にも届かない。

 ここに彼は、もういない。

 

 アタシはひとりぼっちだ。

 彼を失った、アタシの大切な人を。

 

 暗闇に落ちていく。深い沼に沈んでいくように身体を預ける。

 

 

「あなたの事が──」

 

 

 ◆

 

 

 嫌な夢を見た、とナイスネイチャはため息を漏らす。

 時刻は深夜の2時。隣のベッドではマーベラスサンデーが豪快な寝相で眠っていた。

 良かった、と安堵し目元の涙を拭った。

 

 

「なんで、あんな夢見るんだろ……」

 

 

 トレーナーが自分の元を去っていく夢。

 夢だとわかって一安心ではあるものの、妙な現実感があった。

 

 

「大人と、子供……」

 

 

 あの夢の中で自分が確かに思ったこと。

 それは紛れもない事実で、変えられない現実。

 また、ため息を吐く。

 

 

「違う違う違う。 アタシは別にトレーナーさんのことはどうとも思ってないわけで。 確かに、たくさん支えてもらってるし、大事な人であるのは間違いないんだけど、それとこれとはまた別っていうか……」

 

 

 唸る。

 あんな夢を見てしまったせいか、頭の中で色々な思考が絡まりあって、解けない。

 少し夜の風に当たってこよう。そう思い立ち、音を立てないように気をつけながら外に出た。

 

 人気のない寮の廊下は不気味だった。けれど、夏の夜空を見ればそんな不気味さを忘れられた。

 澄み渡る空に敷き詰められた星々を見上げ、さっきまでの思考を片隅へと追いやる。

 

 

「あんな夢、忘れないと……」

 

 

 幸いなことに夢の中での出来事は少しずつ忘れていた。

 記憶という朧気なものに感謝を示しながら部屋へと戻る。

 

 

「ネイチャ……ぁ?」

「うぇっ! お、起こしちゃった?」

 

 

 起きているのか寝ているのかわからない声音でマーベラスサンデーがネイチャの名を呼んだ。

 しかし、その後に言葉は続かず、寝息が聞こえてくる。

 起こしていない事に安堵し、もう一度横になる。

 せめて、今度は幸せな夢を見られるように。そう、願って。

 

 

 ◆

 

 

「暑……」

「ごめん、扇風機壊れちゃってさ。 次の休みの日には買いに行くから……。 というか、無理してここ来なくてもいいんだよ?」

 

 

 トレーナー室。

 蒸されるような室内の気温に思わず声を出してしまう。全開に開かれた窓から風が入ってくることは一切なく、部屋に入ってくるのは外で走っているウマ娘たちの掛け声だけだった。

 うちわのように手を扇ぎ、ソファに腰を下ろす。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 そう言ってトレーナーは備え付けられている冷蔵庫からカップアイスを取りだし、ネイチャに渡す。

 一つしかないようだったが、特に躊躇う様子もなかった。一度、断りを入れたのだが、「君の体調が崩れたら俺はすごく心配するよ」そう言われて押し切られてしまった。

 それはネイチャの方もそうなのだが──

 

 

「じゃ、じゃあさ、半分こ、しない?」

「いいのか? じゃあ貰おうかな」

「うっ、は、はい。 あ、あ────」

 

 

 スプーンでアイスを掬い、トレーナーに向けてから気がつく。トレーナーの片手にスプーンが握られていることに。

 当たり前だよね、と自嘲気味に笑うと少し肩を落とすのがわかった。こんなに露骨に落ち込むなんて、思いもしなかった。

 

 

「……あー、せっかくだし、ネイチャから貰うよ」

「……! い、いやいやいやいや! ちょっとふざけてみただけですし、べ、別に本気にしなくてもいいって言うか……」

「そう?」

「そう……じゃないと言えばそうじゃないと言いますか……」

 

 

 声は小さく、届かない。

 から回る自分が情けない。紅くなった顔を隠すようにツインテールで覆い、背を向ける。隣にトレーナーが座るのがわかった。顔を隠しつつ、振り向くとアイスを頬張り、笑顔のトレーナーがそこにいた。

 部屋の気温とは関係なしに上がった体温がさらに上がっていくを感じる。近くでトレーナーの顔を見た事に心臓が高鳴っているのか、先程の行動にまだ恥じているのか。

 

 

「……ネイチャ、食べる?」

 

 

 今度はトレーナーの方からスプーンを向けてくれた。

 

 

 ──それは、トレーナーさんのスプーンで……ってことは……! 

 

 

 無意識に目を閉じ、口を開ける。

 口元に感じるひんやりとした感覚を頼りに、スプーンを口に──

 

 

「ネイチャちゃん、遊びに来たよ〜!」

「うわ、暑いよこの部屋……。 ちょっと、扇風機くら、い……」

 

 

 勢いよく開かれた扉の先、そこに居たのは丸い瞳でこちらを見つめる少女──マヤノトップガンとトウカイテイオーだった。

 硬直する身体、止まった時間。状況をいち早く理解したのはトレーナー、ではなく、マヤノだった。

 まるで恋人同士のようなネイチャとそのトレーナーの雰囲気を感じ取り、経緯を何となくわかってしまう。瞳を輝かせ、目にも止まらぬ早さでソファのそばまで駆け寄ってくる。

 

 

「わ──ー!!!! あーん、してる!」

 

 

 その一言で、ようやく時が動き出した。それと同時、ネイチャの顔が茹で上がる。蒸気が見えるのではないか、と言うほど茹で上がった表情で口を開閉させながら、声にもならない声を発する。

 ぐるぐると思考が回る。言い訳のしようも無い。現場は確実に見られているし、顔は信じられないほど紅い。

 よりにもよって見つかったのがこの二人。

 まずい、と直感してももう遅い。

 

 

「ねぇねぇ、二人はさ、恋人なの?」

「ネイチャ! どうなの! さっきあーんしてもらってたよね、ね?」

 

 

 二人から逃げ回り、結果として部屋の片隅に追いやられるような形になったネイチャが膝を抱えて座り込む。依然、顔は紅く熱は引かない。

 

 

「トレーナーさんも! 二人はどういう関係なの!?」

「ど、どうも何も……」

「やっぱり付き合ってるの?! ていうか、やっぱりネイチャは──」

「テ、テイオー……? 何を言おうとしてるのかなぁ〜?」

 

 

 テイオーが爆弾を落とす前に口を塞ぎ、少し力を込めて取り押さえる。マヤノはともかくとして、テイオーはそう言った空気を読むことに長けてはいない。

 無論、今の興奮状態のマヤノも危険分子ではあるが。

 

 テイオーを引きずり、共に部屋の外へと出る。

 足を動かし、何かを言いたげに声を漏らすが、その声は誰にも届かなかった。

 マヤノの声が廊下にも聞こえていたのか、何人かの生徒が部屋の近くで立ちすくんでいた。いつにない凄みで睨みを効かせて退散させると、すぐにテイオーを引きずり始める。

 部屋から離れ、階段につき、ようやく解放すると──

 

 

「何するのさー!」

「こっちのセリフ! テイオー、あんた何言おうとしてたの!?」

「え? いや、やっぱりネイチャはトレーナーのことす──」

「あああああ! やめて! 言わないで!」

 

 

 その言葉をいい切る前にネイチャに遮られる。

 しゃがみ込んだネイチャを不思議そうな表情で見つめ、部屋に戻ろうとすると、凄まじい力で足を掴まれる。そんなネイチャの表情は見たことがないほど不気味であった。

 小さく悲鳴をあげると、ネイチャを窘めるように言葉を探す。

 

 

「ボ、ボクもトレーナーにあーんして貰おう……っと」

「ああああ!」

 

 

 手を離すと同時にどこかへと駆け出したテイオーを放って、ネイチャは叫んだ。

 一人になり、先程のことを振り返ってしまう。

 

 

 ──どうして、どうして、どうして! アタシらしくなかった! 暑かったせいで! トレーナーさんがあんなこと言うから! マヤノもテイオーも間が悪すぎるって!

 

 

「──って、そうじゃなくて!」

 

 

 ひとしきりのたうち回った後、少し冷静さを取り戻し、深く息を吸い込む。

 冷静になれ、と言い聞かせて気合を入れる。

 よしっ、と拳を握り、部屋へ戻ろうと足を動かした。

 

 扉の前で足を止める。マヤノとトレーナーが何かを話しているのが聞こえた。余計なことを言っていないだろうか、と心配になる。

 今すぐ入ってテイオーと同じようにマヤノを連れて──

 

 

「トレーナーさんは、ネイチャちゃんのこと好き?」

 

 

 手が止まる。

 どう、答えるのだろうかと、気になってしまう。

 盗み聞きするのは気が引けるが、どうしても答えが聞きたい。扉に耳を着け、息を潜めてトレーナーの言葉を待つ。

 

 

「──好きだよ」

 

 

 鼓動が早くなる。

 熱は冷ましたはずなのに、また上がる。

 たった一言聞いただけ。意味は違う、と頭ではわかっていながらもどこかで期待をしてしまう。

 嬉しくて、たまらない。

 

 今だけは夏の暑さの熱に浮かされたままでいいと思える。

 トレーニングの掛け声も、虫の声も、何も聞こえない。トレーナーの言葉だけが耳に響いて何度も何度も繰り返される。

 

 

「やっぱり二人は付き合ってるの!?」

 

 

 マヤノの踏み込んだその質問が浮き足立つネイチャの耳に届いた。

 今度の答えは聞くのが怖かった。

 絶対に首を横に振る。どう言ってそれを否定してしまうのか、それを聞いてしまうのは凄く怖いことだった。

 だから、今度はマヤノを引きずり出そうと決め、扉を開いた。

 

 間が悪い。

 そんな言葉で片付けられないほど、タイミングはピッタリと合ってしまった。

 

 

「当然だよ。 俺たちは担当とトレーナーだ。 そんな関係には──」

 

 

 なるわけが無い、とそう続くのだろう言葉はトレーナーがネイチャを見つけた事で詰まる。俯いたネイチャの表情を伺うことは出来ず、初めて見るネイチャの様子に戸惑い、言うべき言葉を見失った。

 マヤノもそれを感じ取ったのだろう、一言謝り、直ぐにその場を去った。

 

 

「ネ、ネイチャ、この言葉には──」

「わかってる。 アタシとトレーナーさんは大人と子供。 これはアタシの勘違いだ、ってことくらい」

「ネイ──」

「やめて。 少し、一人にして」

 

 

 そう言うとネイチャはトレーナー室に背を向け、走り出す。

 去り際に見せたネイチャの表情をトレーナーは見逃さなかった。

 

 

 ◆

 

 

『君はきっと勘違いをしてるだけだよ』

『俺たちは担当とトレーナーだ』

 

 ──大人と子供。

 

 

 同じ言葉が頭を巡る。

 無我夢中で走り、息が切れてようやく足を止めた。

 動揺からか、いつもより全く走れていない。学園からそんなに離れていない河原に座り込む。膝に顔を埋め、あんな勢いで飛び出すんじゃなかった、と後悔する。

 

 

「びっくりしただろうな……」

 

 

 幸い、人通りが少ないおかげで誰かに独り言を聞かれるような心配はない。思う存分に吐き出せる。

 気持ちの悪いこの感情を、吐き捨ててしまいたい。いっそ、無かったことになってしまえばどれだけ楽になれるのだろうか。やり直せるのなら、トレーナーと出会った時からやり直したかった。

 踏み込まず、踏み込まれず。そんな関係性でいれればきっとこんなに自分を嫌いにならなくて済んだはずなのだから。

 

 先程まで聞こえていなかったはずの虫の声がうるさいくらい、頭に響く。情けない自分を笑っているかのようなその音に、言い返す言葉も思いつかず、さらに殻に閉じこもった。

 どれだけ殻を増やそうと、その笑い声は消えてはくれない。耳に張り付いたトレーナーの言葉は剥がれない。彼の表情がどうしても離れない。

 

 

「ダメ、泣くな。 泣くな泣くな泣くな泣くな──」

 

 

 こぼれ落ちそうになる雫を必死にこらえ、鼻をすする。

 だらしが無い、と思われるだろうか。みっともない、と笑われるだろうか。いや、誰よりも自分自身が──

 

 ──情けない、と泣いていた。

 

 

「──っ、ぁ」

 

 

 漏れ出した嗚咽を止められなく、大粒の涙が零れていく。

 初めから分かっていたはずの事だった。希望なんて無かったはずだった。

 それでも、『そう』であると思ってしまうほどに優しくしてくれた。支えてくれた。一緒に道を走ってくれた。

 

 笑いかけてくれる表情が、心配してくれる声が、怒ってくれる気持ちが、自分を思ってくれるその考えが。

 全て、たまらなくかけがえのないものだった。

 

 キラキラした主人公なんかとはかけ離れた自分を、誰よりも傍で、見守ってくれた。

 だからだ。柄にもなく『勘違い』をしてしまったのだ。

 

 

「バ鹿みたい。 勝手に期待して、傷ついて、逃げ出して」

 

 

 トレーナーといる資格が、ない。

 そう思ってしまうと、もう涙を止めることは難しくなっていた。

 ただ子供のように声を漏らし、涙を流す。

 叶うはずのないものだった。

 一瞬の夢だった。

 心地のいい居場所だった。

 

 いつまでも、ずっと居たかった。

 誰にも譲るつもりはなかった。

 

 けれど、そんな気持ちはどうしようもないほど意味が無いものだった。

 

 

「だって、トレーナーさんは大人で、私は子供。 そんなの、どうにもできないじゃん……」

 

 

 仕方がない。

 しょうがない。

 打つ手がない。

 どうしようもない。

 

 無い、無い無い無い無い無い無い無い──

 

 初めから、意味など無かったのだ。

 

 

「もう、会いたく──」

 

 

 無い。

 

 その言葉は口に出ることは無かった。

 

 

「アタシは、トレーナーさんが──」

「ネイチャ! やっ、と、追い付い、た……!」

 

 

 肩を震わせた。

 どうして来てしまったの、と言いたかった。

 けれどその人の顔を見ることはできない。その人と言葉を交わすこともできない。

 

 隣に気配を感じた。

 未だに息を整えられていない呼吸。

 どれだけ全力で走ったのだろうか。近くにいるだけでも感じられるほどの体温。

 汗ばんだ身体の匂い。

 影に隠れた自分の身体。

 

 

「ネイチャ、ごめん」

 

 

 そんな言葉、聞きたくなかった。

 これでは夢で見たものと同じではないか。

 そんなことを言うために、追い打ちをかける為に走ってきたのだろうか。

 

 

「そん、なこと、言うために──」

 

 

 めんどくさい性格だと、自覚していた。けれど、これでは嫌な性格だ。

 優しい彼が、そんなことを言うために来た訳では無いことくらいわかっている。わかっているが、その優しさに甘え、かけて欲しい言葉を言ってもらうためだけに、そう言ってしまった。

 この後に及んで、まだ彼に甘えていた。まだ、自分は子供だった。

 

 

「そんな訳ない」

 

 

 知ってる。わかってる。そんな人じゃないことくらい、誰よりも理解しているつもりだ。

 

 

「ネイチャ、俺は君が好きだよ」

 

 

 優しく、諭すような口調で囁く。

 こんな状態でも、優しい言葉が来ることがわかっていても、まだ、嬉しがっている自分がいた。

 やめて欲しかった。

 これ以上、自分を嫌いにさせないで欲しかった。

 一人にして欲しかった。

 ほとぼりが冷めて、何もかもが冷めて、忘れて、優しさが身に染みなくなるまで放っておいて欲しかった。

 

 

「マヤノが謝ってたよ。 自分のせいだって」

 

 

 違う。

 これは自分自身の問題で、他の誰も悪くない。

 

 

「帰ったらマヤノに謝りに行かないとな。 あと、一応テイオーもか?」

 

 

 冗談っぽく、少し笑うように話す。

 けれど、その声は終始自分を心配してくれているのがわかった。

 

 

「…………ネイチャ。 君がどうして泣いているのか、それはきっとわかってあげられない」

 

 

 この悩みは自分だけのもので、この涙は自分のせいのもの。

 勘違いも、恥ずかしさも、自己嫌悪も、恨めしさも、嫉妬も、誰のものでもない、自分のものだ。

 それはトレーナーにもわかるものではない。

 

 

「でもね、ネイチャ。 最後まで話を聞かないで出ていくのはちょっと寂しかったかな」

 

 

 いつの間にか聞こえなくなっていた外の音。

 無音の世界でトレーナーの言葉が響く。

 

 

「俺とネイチャは担当とトレーナーだ」

「──っ」

 

 

 直接、頭に叩きつけられる言葉。

 目の前に見せつけられる現実。

 

 しかし、トレーナーは言葉を繋いだ。

 

 

「だから、『恋人』なんて関係じゃ収まらない。 もっと、大切な関係だ、ってあの時言いたかったんだよ」

 

 

 嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 

 都合よく、自分を立ち直らせようとする嘘。

 トレーナーらしい、自分を傷つかせないようにするための優しい嘘。

 

 

「な、ら……!」

 

 

 今まで蓋をしてきたものが、溢れていってしまう。

 言うな、と思ってももう止められない。

 

 

「アタシだけに優しくして、アタシだけを見て! どこにも行かないで! 誰のものにもならないで、アタシのそばにいて! アタシのことだけを──」

 

 

 初めて顔を上げ、トレーナーの視線が合う。

 真っ直ぐで、キラキラと輝いて見える、綺麗な瞳がすぐ近くにあった。

 

 夕焼けを背景に、ネイチャは数秒の間、トレーナーと見つめ合う。

 いつもなら視線を逸らし、誤魔化してしまうような、そんな場面。けれど──

 

 

「──好きでいて!」

 

 

 言い切った。

 清々しいほどに自分勝手で自己中心的な子供じみた考え。

 嫉妬と独占欲に塗れた醜い願い。

 手離したくない、誰にも渡したくない。それでいて、自分だけを見ていて欲しいという傲慢な言葉だった。

 

 どんな顔をしているのだろうか。

 それはわからない。

 こんなことを言ったのは初めてのことで、想像もできないし、したくもない。

 

 

「俺は、誰にでも優しくするわけじゃないよ。 君だから──ネイチャだから優しくするし、支えたいって思うんだ。 自分に自信がなくて、少しひねくれてて、なのにひたむきで、意外と負けず嫌いで──皆に好かれるネイチャだから、俺は君のそばに居る」

 

 

 その言葉が本心であることが、すぐにわかった。

 誰よりもトレーナーを見てきたからこそ、その言葉が優しさによるものではなく、トレーナーの本当の、心からの言葉であると、理解出来た。

 

 

「ぅ、ぁ、トレー、ナーさん……! ごめん、なさい! ごめんなさい!」

 

 

 気がつけば、彼の胸に飛び込んで泣いていた。

 謝罪の言葉を何度も何度も繰り返し、ひたすらに泣いた。

 何も言わず、静かに抱きしめてくれる腕の中で、ネイチャは眠ってしまうまで泣き続けた。

 

 

 ◆

 

 

「少し眠って落ち着いた?」

「──うん。 ごめんなさい、アタシ、すごくめんどくさい事言ったよね」

「いや? そんな事ないよ。 嬉しかったよ、君の本心が聞けて」

 

 

 嘘でもなんでもなく、これが本当のことなのだとわかってしまうから嬉しくなる。

 心地のいいトレーナーの背中に、ネイチャは身を寄せた。背中越しに聞こえてくる微かな心音。少しだけ鼓動が早く、まるで緊張しているかのようだった。

 それがなんだかおかしくて、吹き出してしまう。

 恥ずかしそうにトレーナーも笑うと、優しくネイチャの名前を呼んだ。

 

 

「俺はこれからも君を一番に考える。 何よりも大切にするし、誰よりも大事にする。 それで大丈夫かい?」

「……ん。 大丈夫だけど、もう一声、何か欲しいかな」

「え、何かって、何……?」

「ほら、わかるでしょ? アタシのこと、どう思ってます?」

 

 

 まるで小悪魔のようなその問いかけに、トレーナーは笑って返す。

 

 

「ああ、勿論──好きに決まってるよ」

 

 

 その答えにネイチャは満足そうに笑って──

 

 

「アタシも──」

 

 

 虫の声が一段と深まる夜の始まり、ネイチャの声は飲み込まれ、トレーナーの耳に届くことは無い。

 けれど構わない。

 トレーナーはどこにも行くことは無い。

 誰のものにもならない。

 

 

 ずっと、アタシだけの一番。

 この一着だけは誰にも、譲らないんだから。

 

 

 高鳴る心音がうるさいくらい、響いていた。




前回に引き続き、難産。
ネチャネチャネイチャめちゃ好き。

アドマイヤベガ来ましたね。
ええ、回したいです。が、一周年が怖すぎて容易に手が出せません。ファインモーションのサポカも欲しいので困ってしまいますね。
これだけ我慢するのですから、当然、ガチャで神引きしてやりますよ。

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