逆行したら天才イケメン騎士様がロリ巨乳美少女騎士様になってた 作:ちぇんそー娘
29.青春融解
「はぁ……」
昔母さんに、憂鬱な時にため息すると余計に気分が落ち込むからしない方が得と言われたが、それでも憂鬱な時は大きく溜息が漏れてしまう。
改めて俺は天才という生き物が嫌いだ。嫌いというか、怖い。天才は俺達のような凡人とは視点も世界も何もかも違う。同じ種族の生き物なのに、まるで別の生き物かのような挙動をしてくる。
そう、怖いんだ。
誰だって訳の分からないものは怖い。目の前で人間のように振る舞うそれが、一枚皮を捲れば化け物になってしまうんではないかという不安が付きまとう。異質な異物はそれだけで恐怖の対象になる。
「……えっと、ジョイくんもしかしてなんか難しそうなこと考えてる?」
「アーリス、お前まで思考を読んでくるようになったら俺はもう何も考えずに生きるしか無くなるんだが?」
「だってすごい眉間にシワよってたもん。なにか辛いことがあるなら、いつでも相談に乗るよ」
合同訓練が終わって大きな変化の1つとしてアーリスが少しだけ明るくなった。前は常に何か隠しているようだったが、最近はそのつっかえが取れたようによく笑顔を見せるようになってきた。そして、何かと俺を助けようとしてくれるようになった。
それはまぁ、ありがたいのだが……地味にアーリスは最近勉強の方の成績が芳しくないのに、授業の時までそんな感じなので逆に申し訳なくなってしまう。
あと、エアとの仲は何故か悪くなった。些細なことで言い合いをし始めて、軽い取っ組み合いまで良くするようになったが次の日には何故か普通に話しているもんだからよく分からない。
分からないのだ。元々不安定な彼女であるため何か変化があると少し怖いと思うのは、どうやら俺だけではないらしい。
「というかお前よく笑顔でいられるよな」
「え、あー……それは、悪いことばかりの中で良いことを探すのが得意だからかな? それだけあれば笑顔でいられることって世の中あるでしょ?」
「それはそうだな。俺も俺が楽しけりゃあ他のことはどうだっていいってなる時もあるし」
「たまにジョイくんって発言が三下みたいになるよね」
「アーリスはたまにめちゃくちゃ鋭い罵倒飛ばしてくるよな」
そんな会話をしてお互い少し笑いつつ、結局俺は溜息を吐いてしまった。
「……いやぁ、これはどう考えても楽しいと思えねぇよ」
「私は裸で外に締め出された時とかあるからまだ楽しいかなぁ」
「急に重たい話ぶち込んでくるのはアレなのか? ジョークとして受け取っていいのか?」
手足を縛られ、磔にされて周囲になんか仮面を付けた変な奴らが取り囲んでいるのだ。これを楽しいと思えるんだったら俺の人生に努力は間違いなく必要ないだろう。
「ほい、検査は終わったからもう帰っていいぞガキども」
「あの磔本当に検査に必要だったんですか?」
「アーリスはともかくお前は必要ないけど?」
じゃあなんで俺は磔にされたんだろう。地味に手首が痛いんだけどな。
仮面を付けた怪しい人達に笑顔で挨拶をしているアーリスをちょっと遠くから学園長と一緒に眺めつつ、跡が残ってしまってる手首を摩る。やっぱ痛い。
「と言うかあの人たち誰なんです? 仮面がめちゃくちゃ怪しいんですけど」
「俺の正体を知ってる、俺専属の術師団だよ。全員今のお前くらいならボコれるくらい強いから」
「舐めてもらっちゃ困りますよ。見ただけでこれ俺勝てねぇなってのはすぐわかりました」
「お前メンタルが強いのか弱いのかわかんねぇな。扱いづらい」
「割と弱いので優しくしてくださいね」
「前言撤回だ。お前のメンタルはイカれた硬さしてるよ。自分が誰に話しかけているのかわかってるのか?」
学園長がそう言いながら軽く睨んでくるだけで背筋がへし折れそうな圧があるけれど、何となくこの人からは持っている魔力以外の圧を感じない。やっぱり、どこか師匠と似ていると感じてしまうからだろうか。
「それで、検査の結果はどうだったんですか?」
「アーリスの身体にあった魔女の魔力はほとんど抜けきってる。既存の魔術体系の話であれば、もうアイツは完全に魔女の影響から解放されてるよ」
それを聞いて今度は安堵から大きく息を吐いた。
アーリスがもう心配いらないことなのか、それとも魔女がアーリス越しになにか攻撃をしてくる心配がないことに安心したのか、両方なのか。自分でも分からないが。
「既存の、ってつけるってことは……」
「そもそもエア・グラシアスの『
アーリスが魔女の眷属として生きていた時間は8年。『
そもそも、魔女の眷属になってそれから解放された人間は今までにサンプルがない。大抵は追い詰められれば自殺するようになっていて、アーリスの場合は一時的にでも魔女の支配にアーリスが抗い、エアが間に合ったことで起きた奇跡なのだ。
「アーリスちゃんお疲れ様。飴食べる?」
「え、いいんですか!? いただきます!」
「私も飴あるから食べな、ほら食べな」
「ありがとうございます。甘いものなんてこの学校に来るまでほとんど食べたこと無かったので嬉しいです」
ちょっと涙目になりながら齧歯類みたいに頬に大量に飴を詰め込んでるアーリスと、仮面の下から近所のおばちゃんみたいな声でアーリスに飴を詰め込んでる仮面の術師達という光景がかなりシュール。多分学園長と同じで見た目と印象と中身が一致しない人達なんだろう。
「けど、逆になんもねぇとなると……1つ不可解なんだよな」
「何がですか?」
「合同訓練の時な、お前がエアの元に駆けつけた時にアーリスもいたと思うんだが……その時にアイツはエアが対処しきれねぇ攻撃をどうにかして防いだんだ」
「はぁ…………。はぁ!?」
「はぁはぁうるせぇな。犬か?」
いやだってそれは驚くだろう。
別にエアは防御が上手いとかそういう訳では無いし、守りだけならばエア以上のやつは学校に2人いるけれど。それでもエアが対処出来ないような状態になったとして、それを1人でどうこうできる程の能力は『
「本人もどうしてできたか分からねぇらしいし、他の奴らのレポートやデータの解析しても何も
「それって……ヤバいってことですか?」
「そうなのかどうかも分からねぇ。ただ一つ言えるのは……それ以降少しだけアイツが明るくなったってことだ」
「それは……いいことなんですか?」
「ガキが笑顔になれることに悪いことなんてあるわけねぇだろ」
やっぱこの人いい人だな。教育機関の長をしているだけのことはある人だ。
「不安なのはあの現象が起きた時、アーリスの感情が昂ってたってことだ。嫌悪、好意、怒り。そう言った類の感情が噴出する形で何が起きる可能性がある、ってのが俺達の見解でな。だから今日はお前も呼び出して話をした」
「あ、俺が縛られたのやっぱり意味あったんですね」
「いや、来てくれりゃ良かったから拘束する意味はなかったが?」
「じゃあ俺本当になんで拘束されたんですか。見てくださいよ手首真っ赤」
「アーリスがそうして欲しいって言ったんじゃないか? 俺は知らん」
やっぱこの人師匠と同類かもしれん。
「失礼なこと考えんな」
心読んできたし間違いなく同類だな。
「とにかく言いてぇことはだな……。アーリスは元々家庭環境に起因する精神的な弱さを魔女に付け込まれて眷属にされていた。今でも精神状態はあまり良好とはいえねぇ。特にアイツは自分が好きじゃねぇんだよ。誰かに自分を認めてもらいたいって、そうすることで自分を好きになりたいって思ってるんだ」
学園長は小さな背丈を背伸びして俺と目線を合わせ、俺の目を見つめてくる。今から言う言葉を決して聞き逃すなと、その目が語っているようだった。
「アーリスはお前に惚れている。自分を救ってくれた相手、憧れとしてな。その気持ちに答えるも答えないもお前次第だがこれだけは約束して欲しい。──────助けたなら最後まで、一緒に責任を果たしてくれ」
「せっかくの休日なのにごめんね、私の検査に付き合わせちゃって」
「俺も元々学園長に呼ばれてたからいいよ別に」
「……でもほら、魔女関係のことって、ジョイくんも前に怖い思いしただろうし、あんまり思い出したくないかなって……あ、ごめんね掘り返しちゃって」
「いいって。そんなすぐに謝らなくて。なんも悪いことしてないだろ」
「そ、そうだよねごめんね……あ!」
アーリスは慌てて口を抑えて見るからにしょんぼりとしてしまっている。いざ話してみるとネガティブなのはあまり治ってなくて、どうやって話せばいいかがイマイチ掴みづらい。
と言うか、あんまり相手に指摘ばっかりするのも良くないんじゃないか? 何故かいつもしている会話のテンポが掴めない。思えば俺達二人の間にはいつもリエンがいて、普段の気楽さはあいつの独特の雰囲気があってのものだったのかもしれない。そう思うと途端にアイツが恋しくなってきた。普段は地面に埋まんねぇかなコイツとか思ってるのに。
気まずい沈黙かしばらく続き、アーリスは手持ち無沙汰に蒼色の髪の毛を指先で弄びながら、どこか遠くに視線を移していた。
時間は夕方、寮への帰り道と言う場所もあって何となく俺と魔女に支配されていたアーリスが戦ったあの時のことを思い出す。
「アレ怖かったな……」
「……ふふっ」
すぐ隣から小さな笑い声が聞こえてきて声に出ていたことに気がついた。
「私がジョイくんを殺そうとした時のこと、思い出してるんだよね?」
「あー……怖いというのはお前の事じゃなくて魔女のことで……」
ダメだ、何言っても墓穴を掘る気がする。改めて思うのは、俺って女の子と二人きりで喋るとなんか言おうとするけど何も言えなくて変な雰囲気にしてしまう。リエンがいればこんなことにならないのに、いなくなって初めてわかるアイツの重要さに涙が出そうになってきた。今度なんか奢ってやろう。
「ジョイくんって、意外と情けないところあるよね」
「なになに急に抉りこんでくるな」
「ふふ、ごめんね。……うん、ごめん。でもそういうところが好きだなぁって」
その言葉で足が止まった。
そんな俺に目を向けず、アーリスは数歩前を歩いてから足を止める。
「怖くても苦しくても、一生懸命だなぁって。救ってくれたからじゃなくて、そういうところが好きになっちゃうのは恩知らずかな?」
じゃあね、とそれだけ言ってアーリスは足早に女子寮の方へと駆けて行ってしまう。追いかけようにも、俺の体は上手く動かない。沸騰した神経が手足への信号を上手く出さなくて今歩こうとしたらすぐに転んでしまいそうで。
「どうしよう……めちゃくちゃ嬉しいな」
そんな情けない言葉しか漏らすことが出来なかった。
「ああああああああぁぁぁ!!! 何あのタイミング!? 何あの発言!? 重い! めんどくさい! 困るでしょ普通バカ!」
部屋に帰ってから全てを思い出して思わずベッドを叩きながら叫んでしまっていた。
自分でもなんであんなことを言ってしまったのか分からない。なんか、何故か、なんでだろう。
夕焼けが赤いなぁと思ったら、気持ちが抑えられなかった。
前にリエンくんにも指摘された通り、私はジョイくんのことが好きだ。
最初は困っていたところを助けて貰えた、魔女に対するあの時の気持ちのような依存だと、弱い気持ちなのかもしれないと悩んでいた。
でも、合同訓練で改めて。
エアちゃんと向き合って自分と向き合って、気が付いたのは苦しそうに眉をひそめ、それでも笑顔を崩さなかった彼の顔だった。
下衆な言い方をすると顔が好みだ。表情がコロコロ変わって、笑う時は楽しそうに笑って、嫌そうな時は本当に嫌そうに顰めて、悲しい時は悲しそうにする。
一生懸命に生きるという、当たり前で、難しくて、自分には無かったもの。だからこそ好きになったんだなぁと。
「どうするのが正解だったんだろう、お母さん……」
父と母の馴れ初めは、確か父が母に一目惚れして、自分より弱い男なんて眼中に無いと一蹴して、何度も何度も父が母に勝負を申し込み最後は父が勝って母も父を認めたとかだと幼い時に聞いた気がする。
自分には冷たくて恐ろしい、夜の鉄のような人というイメージしかない父にもそんな頃があったのかと、なんだか少し寂しくなることを思い出して、それからそんな父にもそれだけ熱くなれるようなものがこの気持ちなのだろう。
こんな熱に浮かされたからこそ、父はその火種を失って冷たくなってしまったのかもしれない。
そう考えると少し嫌になる。
この気持ちは良いものかもしれないけれど、良いばかりでは無いかもしれない。
それでも生まれて初めて、自分を好きになれた。
鏡に映る自分が輝いて見えた。今日の私なら、彼に好きって言ってもらえるかもしれない。なら明日の私はもっと好きって言って貰える気がする。
きっと自分を好きになるってこういうことだろう。少なくとも私の中ではそういうことなんだ。
あの笑顔も、あの悲しそうな顔も、苦しそうな顔も。
……縛られている姿も。
全部全部、私だけのものにしてやりたい。そう醜く微笑む自分の姿すら好きになってしまいそうで、どこかの誰かの『恋は麻薬』なんて言葉を思い出して私は一人、変なツボを刺激されたみたいに笑ってしまった。
・ジョイ
ヘタレ。
・アーリス
強欲の原理保持者。