逆行したら天才イケメン騎士様がロリ巨乳美少女騎士様になってた   作:ちぇんそー娘

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リエンくんが出ないので初投稿です。






34.暗雲跳舞

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふふーん、まじょまじょまーじょ〜」

 

 大衆がごった返す街の中を、少女は歩いていた。

 灰色の髪をたなびかせ、日に照らされた笑顔はもう一つの太陽のようで。まるでこれから誕生日を迎えるような上機嫌な鼻歌を添えて。世界の主役が自分だと言わんばかりな自信ありげな大股で。

 

 誰かの楽しげな自慢話、他愛もない世間話、幸福そうな言葉の数々。そういった物に溢れる世界から目を背けるように少女は路地裏へと入っていく。

 日陰に入った瞬間、まるで演劇の場面が切り替わったかのように少女の雰囲気が切り替わる。

 輝いていた笑顔は太陽の光を映した虚像だったかのように作り物めいたものになり、希望に光る少女の様相は何もかも失った未亡人のように。

 

 妬みに、怒りに、呪いに。

 厄災に蝕まれた『魔女』へと変貌した。

 

「よう、アンタが噂の魔女……でいいのか?」

「いいのかって、何かなその疑問形は」

「いやぁ、『魔王現象』ってのが随分と愛らしい姿してるもんだなとよ」

「だって女の子だもん。いつまでも可愛くなくちゃね。年にあぐらをかいて可愛さよりも大人の余裕とかみたいな目に見えないものを頼りにしてるどっかのバカとは違うんだ」

 

 くるりとその場で回る魔女。

 広がるドレスは花の花弁のようで、さしずめそれを纏う彼女は花の妖精。何も知らない者が見ればそう例えてもおかしくないほどに彼女は可憐で、儚く、美しかった。

 

「んで、依頼ってのはなんなんだよ」

「この紙に纏めてある人間を生け捕りにしてきて欲しいの」

 

 そう言いながら魔女が渡してきた紙を見て、男は少しだけそれを手に取るのを躊躇った。

 

「……騎士学校の生徒情報じゃねぇかよ」

「なに、まさかビビってるの?」

「当たり前だろ。騎士学校のガキなんて賢いやつは狙わねぇんだからな」

 

 そうは言いつつ、男は自分は賢い人間ではないと言わんばかりに魔女から乱暴に紙束を取り上げて軽く目を通す。

 

「ビリブロード家の養子、イグニアニマのところの長女、ソナタ家の令嬢。おいおい、こんな強そうなやつばっか狙わせるつもりか?」

「さすが依頼はなんでも受ける何でも屋さん、随分と情報通だねぇ。ダグザ・ファール」

「……家名を誰かに明かした覚えはねぇんだがな」

 

 ダグザ・ファールと呼ばれた男は、自分を上目遣いで舐めとるように見つめてくる魔女を厄介なものを見る目で見つめる。

 

 彼は魔女の言う通り何でも屋であり、良き社会を生きる良き人々の視点から見れば金の為ならなんでもやる犯罪者と言うやつだった。

 騎士団がたくさんのものを守っているこの国でも、法を犯してでも利益を得たい、誰かを不幸にしてでも幸福になりたいと考える人間は幾らでもいる。

 そして彼もその1人であり、そんな醜さのおかげで飯を食えてる立場である以上文句もない。

 

 ただまさか、客がこの世界を滅ぼすために生きる『魔王現象』。この世を生きる全ての生命の敵である魔女だとはさすがに思いもしなかった。

 

「どう、受けてくれる?」

「全然気が乗らねぇなぁ。今から断っていいか?」

「ダーメ。やってくれなきゃ今ここで叫んじゃうよ? 怖いお兄さんに連れてかれそうになったって」

 

 路地をひとつ抜けた大通りでは何も知らない人々の普通の生活がある。当然、ここで魔女が一般人の振りをして叫べば誰かが来る。一応は指名手配もされている身分であるダグザは、間違いなく追われることになる。

 

 

「馬鹿か? 一般人もこの街の腑抜けた騎士も、数人殺して混乱に乗じて逃げさせてもらうに決まってんだろ。脅しがしてぇならそんな可愛こぶったこと言ってねぇで、やんなきゃ殺すくらい言ってみろ」

 

 

 自分が追われている立場であること、この会話の場において拒否権がないこと。

 それを踏まえた上でダグザは笑ってみせた。魔女はそんな楽しそうな様子を見て、不快そうに彼の足を踏みつける。

 

「楽しそうに笑うの、禁止ね。私はそれが嫌いなの」

「おっと悪い。ついつい楽しくて仕方なくてよ」

「楽しい、何が?」

 

 客観的に見て、ダグザという男は今何も楽しくないはずだ。気軽に首を突っ込んだ依頼で魔女にあってしまい、依頼を受けるか殺されるかの二択を迫られている。加えて依頼は名家の娘を何人も生け捕りにしてこいなんて無茶難題。

 普通は絶望するところ。魔女自身少しそれを楽しみにしていたというのに、苛立ちを隠そうともせず魔女は踏みつける足に力を込める。

 

「いやぁ悪い悪い。魔王現象ってのを改めて見て、こんな化物に俺達人間が勝てるわけねぇって思ってな。つい嬉しくなっちまったんだ」

「なに、マゾヒストなの?」

「おいおい気持ちわりぃこと言わねぇでくれよ。俺はお前みたいな美人を一方的にブチ犯すのが大好きなノーマルだ」

 

 指にまで毛が生えた無骨な手が魔女の柔肌を撫でる。それだけで傷がついてしまいそうな触り方であったが、魔女もダグザも何も気にせずに話を進めていった。

 

「依頼は受ける。だが、これは俺一人じゃ厳しい」

「わかってるよ。私の配下の魔獣を、足がつかない程度に使わせてあげる。計画が出来たら、襲撃予定日には周囲の騎士団と主力戦力がすぐに駆けつけられないように政治側にも細工をしとく」

「あ? そんなの当然だろ。魔女ともあろうものがケチケチしたこと言ってんじゃねぇぞ? 俺が言いてぇのはだな……」

 

 魔女の頬を撫でていた手が、彼女の柔らかな胸へと伸びる。果実をちぎりとるような乱暴な手先が、その胸肉の形を歪めた。

 

 

「テメェ程の美人は裏でもそうそうお目にかかれねぇ。抱かせろ、そうすりゃやる気100倍で依頼を受けてや」

 

 

 言い終わる前に、魔女はダグザの腕を引きちぎった。

 元から着脱可能な鎧みたいに、簡単に取れてしまった腕をダグザは目を丸くして見つめ、彼が出血と痛みで騒ぎ出す前に魔女はその腕を繋ぎ合わせた。

 

「下品、そして不遜。私はそんなに安い女じゃないよ。なんせ、世界を滅ぼせる女だ」

「……ったく、だから抱きてぇって言ってんだろうがよ」

 

 目の前にいるのは、間違いなく世界を滅ぼせる女なのである。

 軽く引っ張っるだけで成人男性の腕を引きちぎり、瞬きの間に傷一つなくそれを治してしまうなんて現代の魔術では考えられない奇跡の業。

 圧倒的な格上であり、上位存在。まず間違いなく世界はいつかこの女に滅ぼされてしまう。この女を殺さない限り、その運命は決して変わらない。

 

 形を持った滅亡、世界が恐れるべきカタチ。

 

「そんなものを組み伏せたら気持ちいいだろ絶対。しかも見た目は最高の女だ。ヤリたくねぇって男は枯れたジジイだろ」

「恐れとかないの?」

「どうせアンタがいるなら世界は確実に滅ぶ。遅かれ早かれ死ぬんだから、その時まで好き勝手して生きるのが賢い生き方ってもんだろうよ。今アンタに殺されるか、未来でアンタに殺されるか。それってそんなに違いのあることか?」

 

 刹那的な破滅思想。

 快楽主義のその言葉の裏側には、諦念と屈服が存在していた。こんなに楽しそうに、未来がないことを嘆く人間は今まで見た事がない。

 

「さすがは評価を改めよう。君は最高に私好みの人間だよ。うん、そうそう。人間なんてみんなそうやって絶望して諦めるように生きてしまえばいいんだから」

「褒め言葉って捉えておくぜ。それはそうと前金は追加しろ。死ぬかもしれねぇ依頼なんだから、やりきる前に好きなだけ遊んでおきてぇからな」

「わかったよ。金で動く人間ってのは、わかりやすいけど気が知れないね」

「俺は小悪党だからな。何でもかんでもルールを破るわけじゃねぇ。楽しいことするには、人間社会では金がいるのさ」

「だからそこの彼も殺したの?」

「ん、あぁ。こいつは依頼でな」

 

 魔女の指差す方向には、1つの箱が置かれていた。適度に汚れていて街の風景の一つであるその箱の中には、とある男の死体が詰め込まれていた。

 

「法ってのは人を守るためにあるんだろ? これさえ守れば安全な未来を保証しますよって。馬鹿だよなぁ、滅ぶことが決まってる世界でそんなもん御行儀よく守って何になるってんだ」

「君のそういうところ、大好きだよ。愚かで弱くて情けなくて、最高の人間だ」

「ありがとよ。そんなに好きなら成功報酬はアンタとの同衾にしてくれ」

「うーん、いいよ。成功したら、たっぷり可愛がってから殺してあげるよ」

 

 お互いを刺し殺すような軽くて鋭い返答の中で、魔女がその言葉を口にした瞬間ダグザの眉間にほんの少し皺がよる。不機嫌そうな様子を隠そうともせず、一度開いた魔女との距離を何も恐れることなく彼は詰めてしまった。

 

「その言い草、アンタ俺が生きて戻ってくるって微塵も思ってねぇだろ」

「当たり前だろ。お前みたいな下品な下衆の下の下のゲロ男」

「さっき最高って言っただろが。ツラばっかで中身は腐った果実かってんだ」

 

 確かに難しい依頼だとは思った。だが、信用商売である以上依頼者に舐められるのは気に食わない。

 

「生け捕りにするのは、さっきの3人のうち1人でいいんだな?」

「書類はもうすぐ消えるから全部覚えてね。出来れば『均衡』……リィビア・ビリブロードがいいな。その生け捕りとジョイ・ヴィータとハピ・ヴィータの殺害。よろしくね」

「ジョイ・ヴィータ、ねぇ」

 

 ダグザは何でも屋だ。

 そう名乗っているだけの盗賊くずれの犯罪者ではあるが、彼には実力と実績がある。その豊富な経験は魔女の口先の言葉からも感情というものを読み取った。

 

「そんなに気をつけなきゃいけねぇ相手なのか、ジョイ・ヴィータってのは」

「まさか。雑魚だよ雑魚。問題は彼のことがだーいすきな面倒な『鴉』と『クソ野郎』だよ。前者は情報で釣って来れないようにするけど、後者は気をつけてね。アレは私なんかよりも、よっぽどクソッタレな終末装置だ」

 

 それを最後に、魔女の姿は暗がりに溶けるように消えてしまった。

 ダグザの足元にはしばらくは好き放題遊んで暮らせる額の金が袋に乱雑に詰め込まれて転がされていた。

 

「ったく、こんな剥き出しの金を持ち歩いてちゃ帰るのにも一苦労だぜ」

 

 魔女の気配はもうない。逃げることも、騎士に助けを求めることだって出来る。間違いなく死刑の犯罪者である自覚はあるが、魔女の情報を持っていけばそれだけで死刑は免れるくらいの恩赦は貰えるかもしれない。

 

 もちろんダグザ・フォールはそんなつまらない真似はしない。

 信頼商売である以上、客を裏切るような真似は最も気をつけなければならないからだ。

 

 それに、自分で言った通り遅かれ早かれこの世界はあの魔女に全て滅ぼされてしまうのだ。ならばその時までやりたいようにやって、稼げるだけ稼いで、最高に楽しく暮らす。

 

 何も知らずに平和に暮らす人々を嘲笑うかのように下卑た笑みを浮かべ、彼はそれから目を背けるようにして路地裏へと足を進めていく。

 

 

「ジョイ・ヴィータねぇ……。はてさて、魔女があんな分かりやすく嫌ってるなんて、前世でどんな罪しでかしたらそんなことになるのか。会うのが今からおっかねぇぜ」

 

 刹那的に、快楽を至上に。

 世界が終わるその日まで、ダグザ・フォールは楽しくやりたいように生きると決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界のどこかで盗賊が笑っていた、その少し後。

 

 世界の片隅の小さな村で、ジョイ・ヴィータは義妹に手袋を叩きつけられていた。

 

 

「ジョイさん、私と決闘してください。負けた方が、何でも言う事を聞く約束で」

「3回勝負でいい?」

「1回に決まってるでしょう」

 

 

 幾らなんでも義妹相手にびびった訳では無い。

 だが、その背後にいる月の名を冠する魔術師にして最高のロクデナシのとても良い笑顔を見ると、もう帰りたくて仕方がなかった。それだけだ。

 

 

 








・ダグザ・フォール
何でも屋を自称してる強盗犯。好きなことは楽しいこと。

・魔女
極めて性格が悪く、美人で小物で感情的。しかしとても強い。厄介な生き物。




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