※以下注意点※
・ただでさえ原作からしてかわいそうなナギリさんがさらにかわいそうなことになっています
・だれ一人幸せになりません
・死ネタが含まれます
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皮膚を刺す強大な気配が夜に満ちている。
このままここにいても見つかるのは時間の問題だ。全盛期であればあの怒れる竜を思わせる化け物に対抗する術もあったかもしれないが、力を失った今となっては羽虫のごとくひねりつぶされるのがオチだろう。
(正面切っての戦闘が難しいならば、あるいはこのまま逃げ続けるか)
不本意ながら、今日まで吸対や退治人どもから身を隠してきたのだ。これまでと大して生活は変わらないかもしれない。しかし、それで今度の追っ手の目を逃れることはできるだろうか。それになにより、いまさらこそこそと生き延びて何になるというのか。
もうこの世界に丸はいないというのに。
***
俺の知っていた使い魔の契約などろくなものではなかった。自我を奪われて道具としてこき使われ、捨てられる。そんな扱いがあたりまえの存在だった。だから丸がほかの吸血鬼の使い魔となっていると知った時、その呪縛から解き放ってやらなければと決心した。そうすればきっと、丸は俺と一緒に好きなところに行けるようになると。
俺は知っていた。不死身の吸血鬼を殺し切る手段を。俺には思いもよらなかった。丸がはるか長い時を生きる使い魔だったのだと。
結局、自分がなんにもわかっていなかったのだと思い知ったのは、憂いを帯びたあの瞳が絶望の色に染まっているのを目にした時だった。
―――
かつてない脅威に追われる恐怖で、喉が焼ける。絶体絶命の焦燥感に疲弊し、だんだんと怒りが湧いてきた。
(なんでこんなことになった?)
最期、丸の主人は丸を守るようにして抱きかかえていた。バカなのか? 本来の寿命を超えて生きた使い魔は、主人が死ねばともに命を終えることになるとわかっていただろうに。
(そうだ、アイツのせいだ。アイツが丸を殺したようなものだ!)
怒りが腹をのたうつ一方で、頭のどこかでは認めていた。こんなのは八つ当たりだと。なぜそんなことをしたかなんて、わかりきっている。
そんなことは、わかっている。
***
丸を使役しているという吸血鬼は、拍子抜けするほど弱かった。崩れゆく身体に泣きながら縋りつく丸を見たときは、そんな奴に同情してやることはないのに、と思った。お前は自由になったんだ、と。
せっかく使い魔の契約から解放されたというのに、丸はこちらに見向きもしなかった。まがりなりにも主人に愛着はあったらしい。いつまで経っても再生しない塵を掻き分け、一心に呼びかけつづけていた。落とした涙が玉となって転がっていった。次第に塵を搔き集める動きは鈍く、声は弱々しくなっていく。いい加減あきらめもついただろうと丸を抱き上げたとき、その顔を見てぎょっとした。愛らしい瞳は虚ろに落ちくぼみ、無機質な穴隙のようになっていた。覗き込んだその穴の底には、ぞっとするような闇が広がっていた。
そこでやっと、俺は自分が取り返しのつかないことをしたのだと気づいたのだ。
―――
身勝手な怒りは行き場を無くして、鉛のような後悔が少しずつ押し寄せてくる。
きっと丸と主人は確かな絆で結ばれていたのだ。そこに使い魔を縛る理不尽な契約など存在しなかった。丸は最初から助けなど必要としておらず、俺のしたことはすべて独りよがりだった。丸の平穏な生活を脅かしただけだった。
(どうしてこうなったかなんて、明白だ)
心の中で吐き捨てる。
俺が、丸を殺したのだ。
***
丸の瞳の中の、暗渠よりもなお暗い闇を前にして、どれくらいの時間立ち尽くしていたのか。やがて夜を切り裂くような風が路地裏を吹きつけた。
風にあおられて、もはや形を成さない吸血鬼の塵が散っていく。からっぽの器のようになって放心していた丸は、それを見て今度こそ耐え難い悲鳴を上げた。小さな体のどこにそんな力が残っていたのか、俺の手を払いのけて亡骸に駆け寄った。塵は駆け寄る丸を包み込むようにして、夜空に高く巻き上がっていく。砂塵を吹き上げる風に乗って、一頭の獣の長いながい嘆きの声が、夜の街にこだました。その声は今までに聞いたどんな悲鳴よりも痛切で、耳をふさぎたくなるほどおそろしかった。
最後に砂塵の合間に見たのは、百年が一瞬に過ぎ去るように風化していく丸の姿だった。
永遠に続くように思われた叫びは、風とともにやんでいた。悲劇の痕跡はすっかり掻き消えて、あたりは耳が痛いくらいに静まり返っていた。
俺は逃げ出すようにその場を後にした。いや、実際逃げ出したのだ。心臓は早鐘を打つようで、喉の奥からは血の匂いがこみ上げていた。
目撃者などはいなかったはずだが、追っ手が差し向けられるまでさして時間はかからなかったように思う。
きっと丸の痛哭が世界中に轟いて、俺を弾劾したのだ。
―――
取り巻くすべてが、俺を糾弾しているように感じる。今度こそ俺はひとりになった。
絶望に落ちくぼんだあの瞳が、眼に焼き付いて消えない。主人の亡骸とともに風に消えていく、悲痛な声が今も耳から離れない。
胸が切り裂かれるように痛んだ。肺が血で埋め尽くされているかのようで呼吸もままならない。
自分がいま、生きているのか死んでいるのかもわからない。
そんな状態のままさ迷い歩いて、どうして誰にも見つからずたどり着いたのだろうか。気が付けばあの漫画家の住む家の前にいた。