我ら思う、故に我らあり 〜Twintail with GHOST CAT~ 作:春風駘蕩
生まれたときから一人ぼっちで、生きる理由も何もなくて、寂しく消えて行くはずだったわたしに、君は全てをくれた。
君の声が、わたしに名前をくれた。
君の手が、わたしに温もりをくれた。
君の目が、わたしに感情をくれた。
君の笑顔が、わたしに心をくれた。
君の存在が、全てがわたしに生きる理由をくれた。
わたしはもう、二度と君から離れない。
たとえ誰が君とわたしを引き裂こうとも、わたしは何度でもその手をくぐり抜けて、君の前へ戻ってくる。
たとえ誰がわたしの敵になろうとも、わたしは必ずその壁を乗り越えて行く。
だから、もう泣かないで。
このお別れは一時のものだから。
だから、待っていて。
私はいつも、君のそばにいるから。
どんなに時間がかかったって、どんなに遠くに君を感じたって。
きっと、君の元へ戻るから―――。
観束家の看板猫・そら
あー、暇だ。実に暇だ。
かうんたー席の上で丸くなりながら、しんと静まり返ったお店の中でわたしはため息をつく。
外は実にいい天気。絶好のひなたぼっこ日和だけど、残念ながらわたしはお留守番。
わたしのご主人様はお出かけ中。今の季節はなんか、にゅうがくしーずんとかしんがっきとかいうもので忙しいらしい。
昨日まではいつも一緒にいてくれたのになー。もうしばらくお腹とか撫でてくれなくなっちゃうなー。
春のはじめと夏の終わりはいっつもこうだよ。人間って難儀な生き物だなぁ。
とか思ってたら、急にお店の奥のお家と繋がってる方の扉がバタンと開いて、わたしのご主人様のそーじが飛びついてきた。
「うおおおお、そらぁ! 俺は……俺はもうダメなんだぁぁぁ‼︎」
号泣しながらわたしのお腹に顔を押し付けてくるそーじ。
いつもならうぇるかむなんだけど、涙と鼻水に濡れるのは勘弁だから頭をてしてし叩いて抗議する。
あ、ダメだ全然離してくれないわ。
ま、いいや。髪の毛の感触でも堪能してよ。よしよし、なかなかいい感触だ。
っていうかなんだろ、がっこーでなにやっちゃったんだろ?
「俺はっ……俺はどうしてあんなことを書いてしまったんだ……‼︎ 俺の高校生活はしょっぱなからお先真っ暗だ‼︎」
「私としては、無意識で『ツインテール部』なんてもの書いた上に自分ちの猫に泣きつく方がやばいと思うわよ?」
「うるせー! 人間生きてたら一つや二つ間違いくらい起こしちまうもんだろうが‼︎」
「はいはい、ぷぷー」
呆れたような口調でそう笑っているのは、そーじとおさななじみ?とかいうわたしの友達のあいか。
普段はつんつんしてるけど、自分の部屋では思いっきりでれでれしてる、本当はそーじのことが大好きなつんでれさん。……ってみはるが言ってた。
つんつんしてるけどほんとはでれでれだからつんでれなんだって。
今も、そーじに抱きつかれてるわたしをむっちゃ羨ましそうに睨みつけてきている。
そんなに羨ましいならやってもらえばいいのに。人間ってめんどくさいな。
「聞いたか、そら? 俺の幼馴染は傷心の俺を全然慰めてくれないんだ。俺の味方はお前だけだよ……」
「ニャア!」
「あんたねぇ……」
あいかは呆れてるけど、わたしはそーじに甘えてもらえて嬉しい。
頭撫でるのは下手だけど、耳撫でてくれるときはすごく気持ちいいし。でもあんまりやりすぎるとおなかが熱くなってとろんとしてくる。なんでだろ?
で、かうんたー席に座ったそーじに膝に乗せられながら詳しく話を聞いたところ、やっぱりがっこーでそーじがやらかしてしまったらしい。
わたしのご主人様は、誰もが呆れるほどのツインテール好き。語り始めたら1日以上かかるくらいで、そのせいであんまり友達がいないみたい。
普段は隠してるつもりらしいけど、がっこーにいた綺麗なツインテールに心を奪われてしまい、きぼーぶあんけーとなるものにツインテールと書いてしまったそうな。
せんせーがそれを読み上げてしまったために、みんなにツインテール好きがバレてしまったそうな。
うん、自業自得だよね。
あいかはお店に作り置きされていたみはるのかれーを食べながら、そーじに呆れた視線を向けている。
「うわ……流石のそらも呆れてるわよ。見なさいよあのジト目。猫のジト目なんて初めて見たわよ」
「ああああああああああああああああ……」
嫌な思い出が蘇ってきたのか、さっきよりも苦しそうな顔で私を抱きしめて離さないそーじ。
ちょっと苦しいけど役得役得。ゴロゴロー。
……あいか、だからさっきから羨ましそうにこっち見ないでよ。おいこら指咥えるな、よだれ垂らすな。
大人しくかれー食べてなさいよ。
「んぐ……ん。おかわり」
落ち込んでるそーじをよそに、あいかは大盛りかれーを容易く平らげて、今度はそーじの分にも手を出してる。
……いいなぁ。わたしも食べたいけど玉ねぎ食べられないからなぁ。
「間違って書いたことより、その後のフォローがまずかったのよ」
「テンパってたんだから仕方ないだろ‼︎ お前こそフォローしてくれよ‼︎ 友達だろ⁉︎」
「……友達、ねぇ」
そーじの言葉にあいかは不満そう。まぁ、異性扱いされてないもんね。
「アンケートなんて、現段階での希望調査に過ぎないでしょ? 希望部以外に『自分で作ってみたい同好会があれば書いてください』って補足もあったけどさ、そんなのはあくまで形式上のものでしょ? 本気で自己主張する人なんてそうそういないわよ。プレゼン見て、説明聞いて、それでも書くような人は、自分の中にそこまで求めるものがあって、これだと決めたものがある人ってことよ」
「……その上で俺はツインテール部なんてものを書いちまったわけか」
「そういうコト。おバカなご主人様ですねー、そら?」
「け、けどあの時は本当に頭が真っ白だったんだぞ⁉︎」
「少なくとも今時名前も知らない髪型を書く奴はいないって胸を張って言えるわよ」
「張ったところで起伏なんてねぶァッッ⁉︎」
あ、あいかの剛拳がそーじの顎に炸裂した。痛ったそうだなぁ……。
おっぱいちっちゃいあいかにその言葉はダメって知ってるくせに、なんで学習しないのかなこのご主人様は。
あ、まさかどえむ? 好きでやってるの?
「ぐっ……! 今誰かに謂れのない疑いをかけられた気がする……」
「あんたが悪いんだからね⁉︎ ちょ、ちょっとは成長してるんだから‼︎ ……数ミリは」
聞こえてるよあいか。
ていうかその数値はもはや誤差の範囲内じゃないの?
「ちくしょー……俺にもっとアドリブ力があれば」
「遅かれ早かれ、あんたのツインテールバカっぷりは白日の下に晒されてたと思うわよ。よかったじゃない、余計なこと考えずに済んで」
右に同じく。
きっと、なんか大事な場面でてんぱって、自分からばらしちゃうんだろうな。
わたしやあいかは知ってるからいいけど、他の人ならやっぱ引いちゃうもんなんだろうな……。
そう思っていた時だった。
……誰、あいつ。
さっきまで誰もいなかったはずのお店の中に、知らない人がいる。
そーじも気づいたのか、不思議そうにその人の方を見ていた。
長い銀色の髪の毛の人間の雌がてーぶる席に座っている。こっちを、特にそーじの方をちらちらと見ながら。
みはる、お店閉めてったはずなんだけどな。お店よろしくねー、って言ってたし。
……それになんだろあの人、どこかおかしい気がする。
見た目じゃなくて、見えないところというか。わかんなくてもやもやする。
「ちょっと、そーじ……また」
「あ」
そんな声に見上げてみれば、そーじがあいかのツインテールを手で弄んでいた。
おしゃぶりみたいな癖らしく、気がついたらいじっちゃってるんだとか。のろけかこのやろー。
「悪い悪い。なんか癖になっちゃってるんだよな。なんか、愛華のを触ってると落ち着くし」
「べ、別にいいけど……むしろ、別のところも……ごにょごにょ」
あいかも嬉しそうだし、特に何も言うつもりはないけど。
でもこんだけ雌の顔してんのにどーしてこの人、気付かないんだろ。
そしてあいか、小声にしててもわたしには聞こえてるんだからね。勝手におっぱじめやがったら絶対邪魔してやる。
……さっきよりも視線が気になるようになってきた。
あの人何がしたいんだろう?
あいかも気づいたのか、雌の方に訝しげな目を向けている。
「……何、アレ」
「さぁ……いつの間にか座ってたんだよ」
「どういうこと…………? 気配なんか感じなかったわよ?」
……あいか、普段どんな生き方してんの? もはや獣の生き様だよそれ。
知りたくなかった友達の生態に呆れてると、雌もこっちが見てるのに気づいたのかしんぶんしで顔を隠し始めた。いや、もう遅いんだけどね。
と思ったら、しんぶんしに穴を開けてこっちを覗き始めた。何それ、なんかすっごいなつかしい。
「……もう気にしないようにしとこうぜ」
「異議なし」
「にゃ」
そーじの提案に一言鳴いて応じる。
絶対面倒臭いことになりそう。
「少しだけ、相席よろしいでしょうか?」
「は?」
「待て待て待て待てぇぇぇい‼︎」
あっ、くそ!
のーたっちでやり過ごそうと思ったら向こうから来やがった!
ていうかこの雌おっぱいでかいなちくしょう‼︎ あいかもすっごい睨んでるし羨ましいぞこのやろー‼︎
「いきなり誰よあんた⁉︎」
「お構いなく。私が用があるのはあなたではなく……」
「えっ…………お、俺⁉︎」
雌あらため、おっぱいが熱く見つめてるのは事もあろうにそーじ……なんだこいつ。
まさか貴様もそーじを狙ってるのか?
ほんとに無駄にでかいおっぱいしやがって! なんだその谷間、左右に食いちぎって無くしてやろうか!
足とかむちゃくちゃ長いし白いしふっくらしてるし、爪といだろか!
おのれこの色猫がっ……て猫はわたしか。
「それでは単刀直入に……………………ツインテール、お好きですか?」
「ハイ‼︎ 大好きです‼︎」
……おい、ご主人。
何馬鹿正直に答えてんだこら。
「脈絡がなさすぎでしょうが‼︎ それとあんたはちっとは反省しなさいよ⁉︎」
「あだぁっ⁉︎」
案の定あいかにぼこられてるし……いい加減学習しなよ。記憶能力は猫以下なの?
ちなみにわたしは嫌な事は三歩で忘れる便利な頭をしてます。
「い、いいじゃねぇか素直に答えるくらい‼︎ 嘘をついたわけじゃないんだから‼︎」
「だからって何堂々と言い切ってんのよ⁉︎ あんたもあんたでなんなのよそのふざけた質問は⁉︎」
「……いえ、それだけ聞ければ十分です」
ん?
おっぱいがなんかそーじの腕になんか変な赤い腕輪をつけた。
……なんだろあれ、悪いものじゃなさそうだけど不思議な力を感じる。なんていうか、そーじから感じるもにに似てる……?
「ふぅ、これで一安心です。いつ奴らが現れても―――ぶごふっ⁉︎」
あ、おっぱいがあいかに殴り飛ばされた。
だめだよあいか。あんたが昔素手で熊倒して来たときのことは今でも夢に見るんだから……嫌な事思い出させないでよ。
そういえば、あいかのじぃじがわたしを膝に乗せて黄昏れてたのはつい最近にも感じるなぁ。
じぃじの煮干し美味しかった。
「うおおおおおおい愛香⁉︎ 気持ちはわかるけど初対面の人間にそれはダメだろ‼︎」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ。この女が何考えてるのか知らないけど、とりあえずろくなことじゃないのは確かだわ。あんたもソレ、早く外しちゃいなさい」
「お、おう……それもそうか―――ってなんだコレ⁉︎ 外れねぇぞ‼︎」
あ、そーじがなんか腕輪をガチャガチャやってる。
なにそれ、外れないの? 外せないの?
「嘘でしょ? 付けられたんだから外せるでしょ……って何よこれ⁉︎ 本当に外れないじゃないの⁉︎」
「おいマジか⁉︎ まさか俺これ一生このまんまなのか⁉︎ 本気で嫌だぞ⁉︎」
「外してもらっては困ります。……手荒な真似をして申し訳ありません。私はトゥアール、そのリング―――テイルブレスを造った科学者です」
慌ててる二人をよそに自己紹介するおっぱい、また改めトゥアール。
いや、別にどうでもいいけど外してあげてよ。
あんなのあったらわたしを撫でる時に邪魔になるじゃないのさ。
「実は、あなたにどうか力を貸していただきたいのです。私にできることならばなんでもいたします。……この身体も好きに使っていただいて構いません、是非どうぞふぃっ⁉︎」
「どう考えても後半の方が本音でしょうがふざけんじゃないわよ‼︎」
またあいかに殴り飛ばされるおっぱい。あいかもあいかだけど、いい加減あいかがこういう人だって学んでもいいんじゃないの?
もしかしてわざとやってる? この人もどえむなのかな。
「マジでなんなんだよこれ……結婚指輪みたいにぴったりハマって取れねぇぞ⁉︎」
「結婚指輪ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」
「あぎゃあああああああああああああああああああああああああ‼︎」
「愛香ああああああ‼︎ それ以上はダメだ俺の腕が死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ‼︎」
ああ、このままほっといたらそーじの手首から先、もげるな。
……仕方がない、あいかを少し落ち着かせるか。
「にゃ」
「あ」
からん、と音が響くとともに、間の抜けた声がそーじの口から漏れる。
なんてことはない、わたしが腕輪に肉球で触れて外しただけだ。
……あれ? 反応がない、わたしなんか間違えた?
と思ったら、安心した様子のそーじがわたしを抱きしめてくれた。
「よーしよーしそら、お前はいい子だなー。あとでお前のねこまんま、鰹節ましましにしといてやるからなー」
「にゃあ!」
おお〜、なんかいつもよりなでなでが優しい! しかもたなぼたで夕食が豪華に!
わーい、もっと褒めて褒めてー♡
「いやいやいやいやいやちょっと待っていただけませんか⁉︎」
そーじのご褒美を堪能してたらおっぱいがまた叫び出した。
ちっ、いいとこだったのに。
「マジでどうして外してくれちゃってるんですか⁉︎ 一応着脱可能とはいえ一時的にロックかけていたはずなんですけど⁉︎」
「知らないわよそんなこと。ていうかいきなり人の腕に取れない腕輪つけてくるあんたの方が非常識でしょ」
なんか、あんまりにも慌ててるから悪いことした気になるけど、あいかのが正論……だよね?
あ、そーじ。もっとのど撫でてのどをさ。
「っていうかさっきからなんなんですかこの猫⁉︎ 私のシナリオが完全に狂わせられっぱなしなんですが⁉︎ 何者なんですかあなた⁉︎」
「はいはい馬鹿なこと言ってないで。とりあえず警察に突き出すから、言い残したいことがあったら言ってみなさい」
「おおっとこっちはこっちですでに辞世の句を読ませようとしてらっしゃる‼︎ ちょ、マジでシャレにならないっていうか本当に私の話を聞いてください‼︎ それつけててもらわないと困るんですってば‼︎ でないと―――」
「―――この世界からツインテールが消えてなくなってしまうんです‼︎」
……なぬ。
「どういうことだ⁉︎ 世界からツインテールが消えるなんて⁉︎」
「あっ―――」
血相を変えて、おっぱいに掴みかかるそーじ。……いや、そういう事じゃなくて。おっぱいを掴むんじゃなくて、おっぱいデカい女に掴みかかってるって事で。
あのさー、そーじ。君にとっては死活問題ってことはわかるけどさ……もっとこう、さぁ。
「ハッ、これはもしやまだ十分軌道修正できる⁉︎ どうかっ、どうかもっと呼んでください‼︎ もっと強く、もっと激しく‼︎」
「トゥアール‼︎」
「ハァッ‼︎ も、もっと‼︎」
「トゥアールッ‼︎」
「もっとぉぉぉぉぉぉ‼︎」
「フシャァァァァァァ‼︎」
「もってぃぶっ⁉︎」
おっぱいがあんまり長ったらしいから思いっきり引っ掻いちゃった……だが私は謝らない。
しつこいんじゃこの痴女が‼︎
そしたらあいかも私の頭を撫でてくれた。わーいたなぼた。
「よーしよし。よくやったわねアンタ。あとでうちのツナ缶開けてあげるわ」
「ナーオ♪」
「くっ…………この畜生共は最後まで私の邪魔をするというのですね⁉︎ 上等ですよかかってきなさでぃすとっ‼︎」
「畜生共ってあたしもかい‼︎」
学習しないおっぱいがまた吹っ飛ばされた。
やっぱりどえむなの?
ん? なんかおっぱいのおっぱいの谷間がぴかぴか光ってる? 何それおっぱい自慢?
と思ってたらおっぱいが何やら慌て始めた。
何あれ、からーたいまーみたいなもの? 三分過ぎたから帰んなきゃなの?
なら帰れ。今すぐ帰れ。
「ああしまった……とんだ邪魔のせいでろくな説明もできないうちに時が来てしまうなんて……⁉︎ ええい仕方がない‼︎」
「いやほとんどあんたのせいじゃ―――え?」
おっぱいが取り出したぺんみたいなものが光り始めた。
と思ったらそーじやあいかの顔まで見えなくなるほど光が強くなってきた⁉︎
や、やめろぉ! 急にそんな強い光をあてるなぁぁぁぁ‼︎
「論より証拠! とにかくその目で見ていただきます―――‼︎」
おっぱいのその声が耳に届くと同時に。
私たちは、お店の中から消え失せた。
光は収まったみたいだけど、まだちかちかする。目がぁ、目がぁ〜。
だんだん見えるようになってきたけど、まだ目が痛いよぉ。
「……え?」
ぱちぱちと目を瞬かせ、ついできょろきょろと辺りを見渡して驚愕に目を見開く。
ようやく周りが見えるようになったと思ったら、次に襲いかかってきたのはむせかえるようなひどい匂いだ。
見上げれば目に入る、見覚えのある銀色の建物にわたしたちの視線は釘付けになった。
わたしもそーじに連れられて行ったことのある場所だ。
「ここって、マクシーム空果……? なんであたしたちこんなところに⁉︎」
「この方が手っ取り早いので、連れ出させていただきました。……まぁ、若干一名と一匹ほど、余計な方が混ざっているようですが」
「おいこらそれ誰のこと……って、何? この匂い」
わたし達の鼻に届いたのは、焦げ臭いひどい匂い。どこかの家で起きた火事や、あいかがご飯を失敗した時に臭うような、嫌な匂いだ。
「何よこれ…………なんかの撮影、じゃなさそうね」
「総二様、それからそこの畜生二人、私から離れないでください。
人のことを畜生呼ばわりした銀髪おっぱいにあいかの鉄拳が突き刺さる。
本当に学習しないな、このどえむおっぱいは。
「い、イマジン? なんの話をして―――」
さっきからこのおっぱいの言ってること訳がわからないよ。ていうかそーじたちでさえ言葉が通じてる気がしない。
そう思っていると、私たちを周囲が一瞬で暗くなった。
あ、やばい!
「え?」
突然のことに固まっているそーじに向かって、わたしは飛びかかって体当たりする。
お腹にぶつかってばらんすを崩したそーじやあいか、おっぱいは驚いた顔をしていたけど、わたしはそれどころじゃなかった。
さっきまでそーじが立っていた場所に、大きな鉄の塊が落ちてきたからだ。
「うわっ⁉︎」
わたしは尻餅をついて倒れたそーじの前に立ち、鉄の塊が落ちてきた方に唸り声を上げる。
誰だ! わたしのご主人を危ない目に合わせたのは!
毛が逆立つのがやまない。絶対に許さない‼︎
すると、同じ方を向いていたあいかが何かを目にしたみたい。大きく目を見開いていた。
「な、何よあいつら……⁉︎」
落ちてきた塊、潰されたくるまの向こう側に見えたのは、瓦礫の山。
重くて硬いはずのくるまがいくつも積み重なって、めらめら、ごうごうと燃えている。嫌な匂いの正体はこれか。
と思っていると、その景色の中で黒い幾つ物影が動いていた。
「モケー!」
「モケケー!」
全身真っ黒の、顔のない人間みたいな人間じゃない奴ら。
そいつらを引き連れている、ひときわ大きいやつ。
ごちゃごちゃ角がいっぱい生えたとかげの顔に、重くて固そうな鎧。
背中から生えている、切れ味の良さそうな刃物みたいなひれ。
地面にひびが入るほど重そうな体。
うねうね動いてるしっぽ。
そいつは明らかに人間以上の力を持った、やばい存在だった。
「か……怪物だ‼︎」
そーじが焦ったように呟く。
こんなの、そーじがたまにてれびで見てるひーろーばんぐみでしか見たことない。
ううん。それよりもずっと恐ろしい奴らだ。うまくは言えないけど、それだけははっきりわかる。
すると、真っ黒い奴らに向けておおとかげが声を張り上げた。
「ものども、聞けェェェェェェェェい‼︎」
地獄の底から響くような胴間声に、わたしたちはごくりと息を飲んで集中する。
「ふはははははは‼︎ この世界の生きとし生ける全てのツインテールを、我らの手中に収めるのだ――――――‼︎」
空気が、死んだ。
世にも恐ろしいはずの胴間声で迸った世迷言を耳にしたわたしたちは、息さえ止まるぐらいに驚いて固まってしまった。
……なんか、さぁ。
もっとこう、さぁ、あるんじゃないの⁉︎
もっとこう、違う何かがあるんじゃないの⁉︎ 期待した私が悪いけどさぁ‼︎
「……総二、あんた着ぐるみ着て何してんのよ」
「俺はここにいるだろうが⁉︎」
あ、そーじじゃなかったんだ。
あまりにも似たようなこと言ってたから間違えてたよ。なんかごめん。
「総二様、愛華さん、こちらへ!」
おっぱいがそーじたちをくるまの陰に連れてった。
わたしも同じように奴らには見えない物陰に入り込み、様子を伺う。
あのおおとかげ達はどうやら、本気でツインテールを求めてこっちに来ているらしい。ツインテールの女の子ばっかり集められてる。
……なんか人形持ったちっちゃい女の子たちもいるけど。
すると、一人の金髪の小さな女の子が連れてこられた。
綺麗なツインテールのその女の子は気丈におおとかげに食ってかかってるけど、おおとかげに臆した様子はない。
人形がどーたらとかおうごんひ?がどーたらとか完璧だの至高だのわけわかんないこと言っていたかと思ったら、金髪の女の子を軽々と持ち上げて連れ去っていった。
その先にあるのは……大きな輪っか?
おおとかげはその輪っかの中に向けて女の子を放り投げる。
すると女の子は……ツインテールが、解けた。
……だめだ。
なんの意味があるのかとか、何が起こってるのかとかはもうわからない。
でもだめだ。
あれは何か、とてもいけないことだ。
「グルルルル……」
思わずうなり声が漏れてしまう。
ふざけるな……お前たちが一番何が好きとか何が一番いいとかはどうでもいい。
だが……私のご主人が命をかけられるほど大事にしているものを、お前たちは奪ったな!
ようやくわかった。わたしが授かったこの〝力〟は、この時のためにあったんだ!
わたしがそれを使おうとした時だった。
「詳しい話は後です、今は行動しましょう。総二様、まずは私の服を脱がして、と言うか破ってください。こう、両手は頭の上でひとまとめにして、片手でブラをむしり……」
おっぱいがなんかいってる。
え、何? 今いいとこだったのに邪魔すんの?
わたしの見せ場まで邪魔するつもりかこのおっぱいは。
ぶらじゃなくておっぱいむしりとるぞこの痴女‼︎
「何をやらかそうとしてんのよあんたはあああああああ⁉︎」
「愛華、声が大きい‼︎」
我慢できなくなったあいかがおっぱいをぶっ飛ばしちゃったけど、大丈夫かな。
自分からばらすことにならないかな。
「む! これはツインテールの気配!」
「げっ! しまった私もツインテールだった‼︎」
「どぉこぉだあああああああ⁉︎」
何あれ、耳なし芳一みたい。
耳じゃなくて意味わかんない気配だけど。
でもやっぱりあいかたちのことは見えないみたい。さっき言ってたいまじんなんとかのちからみたいだ。
「くっ……仕方がないので予定を幾分か省略します。総二様、そのブレスで変身してください!」
「は⁉︎」
「どの辺を省略したらその説明になるのよ⁉︎」
え、まじで?
このおっぱい、ただのおっぱいじゃなかったの⁉︎
「へ、変身⁉︎ まさか、冗談だろ⁉︎」
戸惑うそーじ。当たり前だ。
相手もてれびの向こうの奴らみたいなのに、自分も同じようなことをしろって言われてんだもん。
「いいえ、ツインテールを愛するあなただからこそ、その力は応えてくれます。取り繕った正義感など、不要なのです」
「いや、一応女の子たちを助けたいっていう気持ちもあるんだけど」
持ち合わせの正義感を全否定されて若干そーじが落ち込んでる。
いや、それもどうなのかな。
でもそーじはなんか覚悟が決まったのか、輪っかを腕につけて熱く見つめ始めた。
でも、本当に大丈夫なの?
このおっぱい、なんか怪しくて、そーじを悲しませるんじゃないかって思っちゃう。
……でも。
「……正義の味方になりたいわけじゃない。俺はただ、大切なものを踏みにじるあいつらが許せない……大切なものを、この手で守りたいんだ……‼︎」
……ああ、わたしはこの目が好きだ。
大好きなもののために自分の全力を注ぐ、かっこいいご主人様の目だ。
止めようかと思ったけど、わたしにはできそうになかった。
わたしとあいか、ついでにおっぱいが見守る中で目を閉じたそーじが、身体中に何か熱い力を漲らせたかと思うと。
そーじは、光に包まれた。
「やめろ――――――‼︎」
赤い閃光がわたしのすぐ横を走り抜け、おおとかげに向かって突撃していった。
赤い鎧をまとった、頼もしく勇ましい戦士の姿に変わったそーじが猛然と走っていく。その背中は、なんかすごくかっこよくて……って。
……ん? あれ?
そーじ、なんか縮んだ?
あれ? 別人かな?
さっきかいだ匂いはそーじのっぽかったけど、そーじはあんなに髪長くないし、変な格好もしてないよね? 声も高くないよね?
っていうか、男の子だよね? ツインテールのちっちゃい女の子じゃないよね?
でもわたしの目の前でおおとかげに啖呵を切っているのは……まぎれもない、綺麗なツインテールの、かわい〜い女の子で。
……え、あれ、まじで?
「女になってるじゃねぇかああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」
自分の顔をくるまのみらーで見た女の子、多分そーじがすっごいびっくりしてる。
でも私もびっくりだよ‼︎
何がどうしてそーじが女の子になっちゃってるわけ⁉︎
「あれこそが奴ら……あるティメギルに対抗できる唯一の武装、
「お前の腐れた趣味のせいかぁぁぁぁ‼︎」
「フシャ―――――――‼︎」
我慢できなくなったわたしはおっぱいの顔面を引っかいたけどきっと悪くない。あいかも思いっきりぶん殴ってたけど悪くない。絶対悪くない。
この乳おばけめ、わたしのご主人様になにさらしてくれとんじゃ!
吹っ飛ばされおっぱいだけどすぐ起き上がってきた。
なんでこんなに元気なんだよこいつは。
「ど、毒を以て毒を制すと言います。敵が変態である以上、戦う者もある程度HENTAIさんでなくては太刀打ちできませ」
「なら己が適任だろうがああああああああああああああああ‼︎」
「ああああああああ背骨はそっちには曲がらな……ひぎゃああああああああああ⁉︎」
なにやってるのかわからないけど、おっぱいの背骨のあたりがぼきぼきなってる。痛そーだなーあれ。あいかもなんかようしゃなくなってきてるなー、あれ。
とか思ってたら、なんかそーじが走り去って行った方が騒がしくなってきた。
「そのツインテールを親指と人差し指で軽く摘んで、俺の頰をペチペチ叩いてくれぬか……‼︎」
「ヒィィィ何言ってんだこいつはぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
あ、なんか目を離してるうちにそーじがおおとかげに襲われてる。妙に鼻息の荒いおおとかげを前にして、ちっちゃな女の子のそーじが尻餅つきながらへたり込んでる。
はたから見たらやばい見た目だなこれ。
無事に終わってもそー時の心にひどい傷が残りそう。しっかり癒してあげねば、肉球と猫耳で。
「ちょっと‼︎ どうすんのよ総二いきなりピンチじゃないの⁉︎ あんたアレ使えばあいつらぶっ飛ばせるっていったじゃないのよ⁉︎」
「あだだだだだどどどどんなに強力な武器があったって使う本人にその気がなければ役に立つものも立ちませんよもぎっ⁉︎」
「ふざけんじゃないわよ‼︎」
あいかにぼこぼこにされるおっぱい。
自分のしゅみに走るからろくなものが作れないんじゃなかろうか。本当にてんさいなのかなこの人。
喧嘩してるうちにもそーじはじりじりぴんちだ。
おい、いい加減にしろこの役立たずども。
「なんでもいいからこっからあいつら攻撃できるもんとかないの⁉︎ バズーカないのバズーカ‼︎」
「無茶言わないでくださいよ! そもそもテイルギア以外に奴らに対抗する手段なんて存在しないんですから総二様に頑張っていただくしか……」
「普通の変身ヒーローでもあんな変態相手にできるメンタル持ち合わせてる方がおかしいのよ‼︎」
そーじが変態たちに詰め寄られているのを尻目に、あいかとおっぱいは内輪揉めを続ける。
そんな二人に、わたしは深いため息をついて
「もー、仕方がないなぁ。そろそろ手伝ってあげるかぁ」
「えっ…………」
不意に耳に届いた、二人には聞き覚えのない声。
絞め技をかけていたあいかも、抵抗していたおっぱいも、その瞬間完全に動きを止めて凍りつく。
寒い。まず最初にそう感じたんだろうな。見るからに顔色が悪くなった。
背中に感じる冷たい風にぶるっと身震いをしてから、あいかとおっぱいはぎぎぎと壊れた機械のようにぎこちない動きでゆっくりとわたしの方に振り返る。
二人にはきっと、こう見えているんだろうな。
この世の闇を全て凝縮したような、黒々とした何かが人型の塊を生み、ゆらゆらと揺れている。なぜかその周囲は数度気温が下がったように思え、冷気に似た風まで吹いている。
もやの上、顔に当たる部分にはおれんじ色の光が二つ、まるで骸骨のような姿を感じさせる。影と相まって、まるで冥界から這い出てきた亡者のような姿を見せる。
人間の言うところの、亡霊ってやつに見えてるのかな。
「「ひっ………………ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ⁉︎」」
さっきまで喧嘩してたはずのあいかとおっぱいだけど、この時ばかりは恐怖のために互いにひしと抱き合ってがたがたと震え始めた。
春先のはずなのに、凍えるほどの寒さが二人を襲う。まるで自分があの世に足を踏み入れてしまったかのような錯覚に襲われ、気が強いはずの二人は涙目で臆しちゃってる。
悪いことしちゃったな。
「ななななななな何なのよアアアアアアレェェェェ⁉︎」
「みみみみみ認めません認めませんよあんな非常識なもの私はええ決して認めませんよだからこっちに来ないでくださいお願いしますぅぅぅぅ‼︎」
武術の達人と天才科学者が、情けない金切り声をあげて目の前の存在相手に懇願する。
さすがにちょっと傷つくんだけど、まぁいいか。どうせ今のこいつら役立たずだし。
涙目で目をそらす二人から目を離し、わたしはそーじの元へと飛ぶ。
待ってろご主人様!
ここからがわたしのういじんだ!
「く……クソォ……‼︎」
悔しげな声を漏らし、膝をつくレッドが拳を握り締める。
ツインテールを汚す敵を倒すはずだったのに、予想以上に敵がイカれていたために手も足も出せず、無様に屈する羽目になっている。
「さぁ……今こそ、このぬいぐるみを持って俺の腕の中に……‼︎」
レッドが何もできないことをいいことに、怪人……リザドギルティは鼻息荒くじりじりと近づいていく。
このままではレッドは可愛らしいぬいぐるみを持たされ写真撮影をされた挙句、ボロボロになった精神状態のまま生徒会長・慧理那のようにツインテールを奪われてしまうのだろう。
それだけは、それだけは許せなかった。
(すまない……すまない! 俺が不甲斐ないばかりに……‼︎)
心の中の熱い力に、ツインテールを奪われた少女たちに、奪われたツインテールに謝罪する他にない。
衝動のままに立ち向かったはいいが、何もしてやることができなかった。なんて不甲斐ないのだろうか。
顔を伏せるレッドに、ついにリザドギルティの魔の手が迫った―――その時だった。
【アーイ!】
突如、軽快な音楽とともに声が響き、黒とオレンジの靄のような光がリザドギルティの巨体を吹き飛ばした。
「ぐわあああああああああああああああ⁉︎」
「……え?」
リザドギルティの影から抜け出したレッドが、呆けた顔で目を見開く。
リザドギルティに纏わり付いた黒と橙の影は、ガキン、ガキンと何度もその表皮に激突し激しい火花を散らせる。トカゲの異形は衝撃で体を揺らし、後ずさって徐々にレッドから距離を取らされていく。
リザドギルティは何が起こっているのかさえも把握できず、見えているが不可避の攻撃をどうにか防御し続けていた。
「ぬおおお⁉︎ なんだ、何が起こっている⁉︎ ぐわぁあ‼︎」
顎先に食らった一撃で、リザドギルティの体が空中へと跳ね飛ばされる。かろうじて地面を滑って転倒を防ぐも、両者の間には大きな距離ができていた。
呆然となるレッドの前で黒と橙の影が一つに重なり、ゆっくりと頭上から総二の前に降り立った。
【バッチリミナー! バッチリミナー!】
軽快で不思議な歌声とともにレッドの目の前に降り立った影が、徐々に一つに固まって形を成していく。定まっていなかったシルエットは細く華奢な形へ、それでありながら凹凸のはっきりしたものへと、その姿を少女のものへと変えていく。
少女が纏うのは、全身を覆うワンピースタイプの水着のようなボディスーツ。太ももから下と二の腕は光沢のあるブーツで覆われ、両手首足首には手錠のような枷が巻かれ、全身をオレンジ色の人骨のようなラインが走っている。
さらに肩にはオレンジ色の模様の入ったパーカーを纏い、深いフードが少女の顔を隠していた。
【カイガン・オレ! レッツゴー・カクゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!】
フードの影の中で、顔を上げたオレンジ色の瞳が怪しい光を放った。