志摩リンの奇妙なソロキャン   作:ロシアよ永遠に

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もはや語るまいて

細かいことは突っ込まん方向でヨロ!


1ー1 猪少年との場合

「はふぅ……。」

 

寒空の下、カップに入った湯気立つココアをすすり、ため息を一つ。

普段以上に暖かな吐息が急激に冷やされ、白く染められて、そして霧散していく。

枯れ葉が落ち切り、木枯らしが吹くこの季節。そんな日に敢えて外へ出掛け、体を冷やし、こうして暖かな飲み物をすする。

 

「マッチポンプマッチポンプ…。」

 

目を細め、このたまらないひと時に、長い髪を頭頂部でお団子にまとめた少女…志摩リンは呟いた。

今日の出かけ先は東京都あきる野市にあるとあるキャンプ場だ。ちょっと開けた所にテントを構えたが、他に客はおらず、遠くで滝が穿つ音と、葉が落ちきった木を風が撫でる音が、リンに癒やしを与えてくれた。

時刻は16:30

そろそろ夕飯の支度をしようと荷物からコッヘルやら何やらを取り出す最中、スマホのバイブがリンの腰を揺らす。

 

(お、斎藤からだ。)

 

斉藤恵那

友達というか腐れ縁というか、よくわからない同級生である。

 

斉藤:おはようございました。

 

リン:おせーよ、夕方だよ。

 

斉藤:そう思って過去形にしたんですー。

 

リン:お前いっつも遅くまで寝てるな。

 

斉藤:フフフ…私を誰だと思ってるんだい?リン

斉藤さんだぞ?

 

リン:それはやめといたほうがいいと思う。

 

斉藤:ところでリン、今日行ってるとこって、東京のあきる野市にある大岳山だよね?

 

リン:なんでわかるんだよ。教えてなかったのに。

 

斉藤:私を誰だと

 

リン:いや、もういいって。

 

斉藤:そういえば…その大岳山には逸話があるの知ってる?

 

リン:逸話…?

 

恵那の思わせぶりなセリフに、リンは具材を熱して油を引いたコッヘルに放り込みながら首を傾げる。

 

斉藤:そう。その山…出るんだよね…。

 

リン:で、出るって…何が…?

 

斉藤:ちょっとした化け物が。

 

思わず手が止まった。

何を隠そう、リンはこういった話は、以前四尾連湖で見た怪奇現象以降、少々苦手とするものとなっていた。

具材の焼ける音がやけに大きく感じるほどに。

 

斉藤:時は大正。

 

リン:おいやめろ。

 

斉藤:鬼が闊歩していた時代に、その山に住んでいた物怪が、鬼退治し回ったらしいよ。

 

リン:お、鬼?

 

斉藤:うん。その物怪はね?頭が猪で、体は人間の、所謂イノシシ人間だったんだって。

 

リン:なんだそれ。

 

斉藤:信じるか信じないかは、あなた次第ですぞ。

 

リン:わけがわからん。

 

そんな感じで斉藤との他愛のないやり取りを終えたリンは、コッヘル内の具材をかき混ぜていく。

今日のメニューは鶏肉のシチューだ。少し多めに作ってるし、バケットも買ってきてるし、お腹いっぱい食べられる。

 

(寒い日に外シチュー…たまらん!)

 

早くできないかとかき混ぜる速度が上がる。そうしたところで早く完成するわけではないのだが、そうしてしまいたくなる心境だ。何せ日が暮れるに連れて、その気温も冷え込んだものとなってきてるのだから。

具材に火が通ってきたところでひたひたになるまで水を入れ、そこにコンソメキューブをポチョンと落とし、しばし煮込む。しばらくすると、周囲にコンソメの食欲をそそる反則の匂いが…。

 

(これはあかん…!あおいじゃないけど、これはあかんやつや!)

 

このまま食べたい衝動に駆られるが、もう一手間が最高の後押しとなるのだと自信を戒め、火を止めて固形ルゥを落とし入れ、溶けるまでかき混ぜる。やがて、黄金色のスープが乳白色へと変わったところで再び点火。焦げ付かないよう、火力は最低のとろ火にし、少し煮立ったところで牛乳を入れて混ぜ、とろけるチーズを溶かし入れ、最後に塩コショウを振りかければ…

 

「…出来た!」

 

寒い日に、鍋と並んで食べたくなるもの上位に輝くホワイトシチューの出来上がりだ。その匂いに、思わずリンはゴクリと喉を鳴らす。

持って来た取皿に注ぎ入れ、スライスしたバケットを添えれば最高の食卓と化す。

 

「い、いただきま…」

 

ガサガサ…!

 

いざ実食!

と意気込んだところで、近くの茂みから音がする。至福のときを邪魔されたリンだったが、この山の中だ。暗がりもあって何が出てくる変わらない状況に警戒する。

 

鹿?

 

はたまた熊か?

 

得もしれぬ恐怖感に息を呑むリン。

その間もガサガサとその音は続く。

念の為にと、薪割り用の鉈を、震える手で構え、何が飛び出してきてもいいように備えておく。

 

その山に住んでいた物怪が、鬼退治し回ったらしいよ。

 

斉藤とのやり取りがリンの頭にフラッシュバックする。

 

(お、落ち着け、落ち着け私〜!斉藤が言ってたのは大正…今は令和!百年近く前だろ…!そ、そんな物怪とか、今日日現代科学が発展したこの時代に、そんな非現実的なものなんてあるはずないだろ!)

 

このガチガチと歯が鳴っているのは、寒いからだ!決して、絶対に!怖いからなんてことはない!ないったらない!

 

(よぉし!よぉし!こい熊ぁ!貴様を刀のサビにしてやるぜ!)

 

意気込むリン。その間にもガサガサという音は次第に近づいてきているのがわかる。

来るのか!

来るのか!!

 

ガサッ!

 

「フハハハ!!猪突猛進猪突猛進!!」

 

「アヒイイィィィィィィイ!!!!???」

 

リンの悲痛な叫びが、大岳山に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいまじか。」

 

飛び出してきたソイツは、斉藤の言ったとおりだった。

イノシシの頭に人間の体。何故か上半身は裸で、その肉体は鍛えられているのか腹筋が割れている。流石に下半身は衣服を纏っているが。

 

「フハハハ!ここか!ここにニオイのもとがあるのか!」

 

しかもなんか腕や指をくねくねさせて、奇妙なポーズをとっているし。

 

「えと…。」

 

「なんだ、このちっこいのは。」

 

「なんだとてめー。」

 

めっちゃケンカを売られた。

 

「フハハハ!だって事実だもんね〜!」

 

「ぶっころ」

 

リン、怒髪天を衝く。

今なら怒りで深蒼の髪が金に染まる…気がする。

徒手空拳の構えのイノシシ頭

鉈を下段に構えるリン

相手の出方を見極め、そして攻めるのだ。

今、世紀の大決戦の火蓋が切って落とされ…

 

グゥゥゥゥウウ…

 

そんな気の抜ける音が、山に木霊した。

 

「「………………。」」

 

他の誰でもない、いがみ合っていた二人。その双方の胃から、食べ物の催促が出たのである。

一触即発の空気。だがそれは今や一変して何とも気不味いものへと変わっていた。

 

「あの、さ。」

 

「…なんだよ。」

 

「ご飯、食べる?」

 

「…オウ。」

 

こうして、怪獣イノシシヘッドと怪獣しまりんの大決戦は、未然に防がれたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予備の取皿にシチューを注ぎ、バケットを追加でスライスしていく。

奇妙な来客だ。

 

「おぉ!すげぇ!家か!?これは家なのか!?」

 

準備する中、イノシシ頭はテントを興味深そうに四方八方から眺めている。

テントを知らないのだろうか?

 

「なんじゃこりゃ!?この妙ちくりんな鉄の塊はなんだ!?」

 

次はリンの愛車であるビーノを物珍しげに見てるし。

ぶっちゃけ説明がめんどいリンは、害を加えない限りはノータッチを決め込んだ。

 

「はい、出来たよ。」

 

「おう!飯!飯!」

 

どかっとテーブルを挟んでリンの対面に座るイノシシ頭。取皿によそわれたシチューと、それに添えられたバケットを、初めて見るかのようにしげしげと見つめる。

 

「…なんじゃこりゃ。」

 

「シチューとバケットだよ。知らないの?」

 

「おう!知らん!」

 

ホントに知らないようで、まるで蛇か何かをツンツンしている子供のようだ。

 

「まぁ食べればわかるよ。変なものは入ってるわけじゃないんだしさ。」

 

そう言って手を合わせると、スプーンを用いてシチューを掬い、口へ運ぶリン。

瞬間、顔がトロけた。

そんなに美味いのかと、イノシシ頭は意を決し、そのイノシシ頭のイノシシたる部分をそっと持ち上げた。

 

「あ……!」

 

イノシシ頭は被り物だった。

その中から出てきたもの。

リンがどんなむさ苦しい男なのかと思う中、事実は肩口で髪を切りそろえ、まるで美少女と思わせるかのように整った顔立ちの少年だった。

そんなリンの視線に気づかず、イノシシ頭だった少年はシチューの皿を持ち上げ、豪快に啜り、咀嚼する。

瞬間

 

「…………。」

 

固まった。

 

「どうかな?」

 

微動だにしない少年。

ややあって俯くと、ぷるぷる震え始める。

どうしよう、口に合わなかったのだろうか?

焦るリン。

だが少年が返した言葉はそれに反するものだった。

 

「美味え!!なんじゃこりゃあ!!今まで食ったことねぇ味だぞ!!」

 

再びズルズルとシチューを啜っていく少年。どうやらお気に召したようで、リンはホッと白い安堵のため息をつく。

自分も食事の続きをと思ったとき

 

「なんだこれ?ぼそぼそしてるじゃねぇか。」

 

視線を戻せば、次はバケットの食感が慣れなかったのか、少し怪訝そうな顔をする少年がいた。

どうやらシチューは食べ終え、次はバケットをと考えたようだ。

 

「あぁ。だったらさ。」

 

そう言うとリンは、少年の取皿にシチューを追加で入れると、彼に見本を見せるように自身のバケットをシチューにつけて口に運ぶ。

瞬間、

再びトロけた。

 

(…たまらん!)

 

対し、少年もリンと同じようにバケットをシチューにつけて口に運ぶ。

 

「うんめぇ!うんめぇぞコレ!!なんじゃこりゃあ!!」

 

火がついた少年はバクバクと、シチューにバケットにと、実に美味そうにぱくついていく。まるで人間火力発電所だと言わんばかりの勢いは、リンは知り合いに似ていると感じていた。

 

(なんか…なでしこみたいなやつだな。)

 

そういえばなでしことの出会いも、こうして見ず知らずの時に一緒にご飯を食べたのだ。

妙な既視感とともに、リンはバケットを齧るのだった。

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