志摩リンの奇妙なソロキャン   作:ロシアよ永遠に

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1−2 猪少年との場合

「ごちそうさまでした。」

 

あれから少年は破竹の勢いと言わんばかりに食べに食べ、多めに作っておいたシチューはすっかり空っぽになっていた。

いつかの担々餃子鍋の時のように、相手がほとんど食べてしまったが。

 

「所で…」

 

「あん?」

 

「あなた、どこから来たの?名前は?」

 

「フン!よく聞いたな!俺の名は嘴平伊之助!この山の王だ!」

 

「……走り屋、伊之助?」

 

暴走族か峠を攻める人みたいだ。

 

「は し び ら!」

 

「…嘴平…。」

 

「そーゆーお前はどうなんだよ、ちっこいの!」

 

「ちっこい言うな!私には志摩リンと言う名前があるんだよ。」

 

「ちまりん?」

 

「よし、お前の罪を数えろ。」

 

再び勃発仕掛けるイノシシヘッドVSしまりん。

だが空腹からくる苛立ちから開放されたのか、空気はそこまで険悪なものではなかった。

はぁ、とこれ見よがしに溜息をついたリンは、改めて伊之助の身体を見る。

上半身裸

同年代の男性に対してあまり免疫のないリンは、思わず赤面して視線を反らしてしまう。

それもそうだ。水泳の授業で遠くから見ることはあれど、こんな目の前で見るようなことはないのだから。

しかしよく鍛えられた身体だ。

その肉体の所々には裂傷痕が見られ、どんな生活をしているのかが理解できない。

ましてや、今日日この日本に野生児なんて物がいるのだろうかとも。

 

「山の王…だかなんだかはわかんないけど、こんな山の中で何してたの?」

 

「おう!鬼を追ってたら腹が減ってきたから、食えるものがないか探してた!で、この白いやつの匂いがして辿ってきた!」

 

「山で…食べるもの?てか、鬼?」

 

「おうよ!」

 

益々野生児という線が濃くなってきた。

だが今は冬。食べるものを探すと言っても、そういった物は見当たらないだろうが。しかし…鬼とは?

 

「…家は?」

 

「んなもんねぇ!この山が俺様の家だ!」

 

ガハハ!と豪快に笑う伊之助。もうこれは野生児確定だ。ここは警察か何かに知らせておくべきなのだろうか?

 

「よし!腹も膨れたし!鬼探しと行くか!」

 

やはり聞き間違いじゃなかった!

というか斉藤の言ってた通りだった!

この猪頭こと嘴平伊之助という男は、夜な夜な鬼を狩る物怪だったのだ!いやまぁ実際は猪の被り物をした人間だったわけなのだが。

 

(アイエエエ!怪奇!?怪奇ナンデ!?)

 

こんな怪奇との遭遇は、四尾連湖の牛鬼だけで十分だ!なのにどうしてこうも怪異に見舞われるのか!?

やけくそと言わんばかりにリンは、薪割り用のナタを抱えるように持ち、ガタガタと震える。

 

「カァァァァァァ!!」

 

現実を受け入れられないリンのそばで、何やら伊之助が耳を疑うような声を出す。未だ頭が混乱している中で見れば、その両手には細長いナタ…否、

ノコギリ…否、

ノコギリのように刃こぼれさせた刀…鍔のない日本刀だった。

リンも日本に生まれたからには日本刀というものを本やテレビなどで見たことがある。

だが伊之助の持つそれは、野性的で、そして独特の凶暴さを滲ませていた。

 

「獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚」

 

その日本刀もどきを地に突き刺した伊之助。すると、騒がしかった彼が、まるで正反対。そこにいるのが置物なのかと言わんばかりに微動だにしなくなる。

おそらくは…その被り物の下では、目を閉じて極限の集中状態にあるのだろう。

だがその様を傍らで見るリンにとって、まるで時間の流れが狂ってしまったかのような感覚に見舞われる。そう、体感時間がゆっくりと、まるで水の中にいるかのような。

 

「…!!ちまりん!後ろだ!」

 

「え…?」

 

「人間…見つけたモー!!」

 

伊之助が叫ぶ傍ら、リンが振り返れば、そこに居るは人外と言うに相応しいやつがいた!

側頭部から生えた一対の曲角。

馬のような耳。

突き出た口と鼻。

そして白と黒で彩られた体の模様。

 

牛だ。

 

牛だった。

 

だが顔は牛なれど、その体は伊之助の様に人間のもの。

正しく異型…否!牛鬼!

 

(あわ、あわわわ!な、なんで牛鬼!?ここは四尾連湖じゃないのに!?)

 

リンは以前に四尾連湖で牛鬼と出会って以来、怪奇がめっぽう苦手になっていた。尤も、彼女の出会った四尾連湖の牛鬼というのは、とある人物(グビ姉)をそう見違えただけなのだが。

 

「人間!その身をかっ食らうモー!」

 

というか語尾にモー!をつけた牛鬼なんて、安直にもほどがあるだろうが、と突っ込みたくなるのが普通だろう。しかし当のリンはそれどころではない。

 

「ここで会ったが百年目!さっきはお前の妙な血鬼術を食らったが!二度目はねぇ!」

 

一歩下がったリンと牛鬼の間に割って入る伊之助。いくら刀を持っているとはいえ、相手は妖怪の類だ。太刀打ちできるかどうか怪しい。

 

「モー!猪男め!邪魔立てするならお前から食ってやるモー!」

 

「上等だ!」

 

始まる猪男対牛鬼。

 

(何だこれ…夢か?夢なのか…?)

 

そして置いてきぼりと面を食らうリン。

眼の前ではテレビでしか見たことない刀と怪物の命を賭した戦いだ。

その言葉や見た目から想像もできないほどに強靭な体を持つ鬼。

だが伊之助も負けてはいない。同じ人と思えない位に素早い身のこなしで、牛鬼の掌打を刀で捌き、スキを狙って首を落としに掛かる。

 

(えっと……とりあえず助けなきゃ…!)

 

何か、何か使えるものは無いか?

二人の応酬を背に、テントに入れていたパニアケースを引っくり返す。

無論、伊之助を助けるために出来ることを模索しているのだが、生憎と命のやり取りに使えるものは…!

 

「ナタ…!は、ちょっと絵的にアレだし…。」

 

いくら小さいながら逞しくとも、リンはあくまでも高校生。殺傷沙汰など未経験で、関わりたくもない事態だ。

だが目の前で行われる命のやり取りに、何かしら加勢しなければと手段を探す。

自身が持ってきたキャンプ用具、調理器具を見渡し、とあるものが目にとまる。

 

(………これだ!!)

 

『それ』のフタを開け、今目の前で拳を伊之助に振るおうとする牛鬼にぶち撒けた。

 

「伊之助!少し下がって!!えぇい!!」

 

「おおっ!?」

 

「ぶもっ!?」

 

リンの声にバックステップを踏む伊之助。と同時に、牛鬼に降りかかるは黒い粉。

砂かけか何かか?と、あっけに取られた伊之助と牛鬼。だがややあって、『ソレ』の効果は現れ始めた。

 

「ぶぇっくし!モー!」

 

「何…だ?」

 

「ぶぇくしぶぇっくし!モー!」

 

突如としてくしゃみをし始め、それが止まらなくなる牛鬼。お察しの通り、リンがぶち撒けたのは、シチューの仕上げに振り掛けた胡椒。その瓶の内蓋を開け、内容量を思いっきりぶち撒けたのだ。

しかし、くしゃみの語尾にもモーを抜かないあたり、何とも律儀なものである。

 

「伊之助!今だ!」

 

「お、おう!」

 

状況を理解しきれずにいた伊之助だったが、リンの一声に我を取り戻して刀を構える。

 

「カァァァッ!!全集中 獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き!」

 

瞬時に、人としての力を超えたかのような踏み込みで牛鬼の懐に飛び込むと、鋏のように交差させた二刀で牛鬼の頸を、ものの見事に断ち切った。

 

「お、おぉ……!」

 

「モ、モー!!そ、そんな…俺が死んだら…百年の時を超える血鬼術が解けて、猪男は元の時代に戻されるモー!!」

 

「エラく説明くさい断末魔だなおい。」

 

何とも御都合臭い術を使うものだ。そう呆れていると、伊之助の身体が薄っすらと透けてきていた。

 

「帰っちゃうんだ。」

 

「オウ。」

 

「そっか。」

 

一時間ほどの出会いだったけど、どこかで寂しい。そんな想いに駆られ、リンと伊之助は言葉をなくしてしまう。

 

「しまりん。」

 

「なんだよ。」

 

「お前の飯、アオイの飯の次くらいに美味かったぜ。」

 

「は?あおいのこと知ってるの?」

 

「おう!よく飯を作ってくれてるぜ!あいつの飯はほわほわすんだよな!」

 

「はぁぁっ!?」

 

妙な勘違いここに生まれる。

伊之助の言うアオイとは、神崎アオイという同僚のこと。

リンの言うあおいとは、同級生の犬山あおいのことなのだが。

 

「じゃあな、なんつーか、短い間だったけど、ちょっとほわほわしたぜ!」

 

「お、おい!」

 

いうだけ言って、伊之助は消えてしまった。まるでそこには何もなかったかのように消え、牛鬼もいつの間にか消滅していた。

 

「な、なんだったんだ…。幻でも見てたのか…?」

 

夢がなにかのように跡形もなくなった。だが、彼が食べた後の食器が残っているだけに、現実であった。

 

「…………なんか、嵐みたいな経験だったな。ここで会ったが百年目って、ガチじゃん。」

 

現実は小説より奇なりともいうが、こんな経験を我が身で体験しようなどとは思いもしなかった。

 

(しかし…共通の知り合いにあおいって名前の人がいるのも、なんかすごい偶然だよな。)

 

妙なソロキャンになったが、なでしことの初対面と時といい、こんなハプニングもソロキャンの醍醐味なんだろうな、とリンは少し口元を緩める。

彼の残した食器を片付けながら、ふと重要なことを思い出した。

 

(明日の朝ごはん…どうしよう…?)

 

シチューとバケットが残ると踏んで用意したものの、伊之助という飛び入りがあったことでそれはすっからかん。予備食も持ってきていなかったのが失敗だった。

 

「ちくしょう…恨むぞ伊之助。」

 

そんな恨み節を呟きながら片付けを終え、早々と眠りについたリンであった。

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