東方弦奏録 〜Phantasmic String’s Rhapsody〜   作:Scarletter

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序 〜バッハ、グノー「アヴェ・マリア」〜

 ペグにコンポジションを塗り、楽器にはめ込む。弦を巻く。最後にコマが楽器に対して垂直に立っているかを確認して、彼はチューニングを始めた。

 

 彼の名は拝島陽也。歳は16である。両親は去年に死んだ。彼の知人は不幸な事故で皆死んでしまった。遺産があったため食うには困らなかったものの、そのトラウマが原因で高校にも行かず、元々口数が少ない方で小中学校でも友人を作らなかった。つまり、彼は天涯孤独であったのである。

 

 そんな彼の唯一の友人がヴァイオリンであった。

 

 4歳の頃から親の勧めで始めたそれに、彼はものすごくのめり込んでいった。幼い頃から落ち着いた性格をしていた彼が、ヴァイオリンのことに関してだけは血相を変えて集中した。何が彼をヴァイオリンに執着させたのかは彼自身もわからない。ただ彼はヴァイオリンを弾いて、その音を聴くと、この世のあらゆる苦痛から解放され、まるで幻想の世界に旅立つような気分になれたのだ。彼のヴァイオリンの腕はぐんぐんと上がっていった。会う人からは神童と呼ばれた。しかし、年を取っていくにつれ、彼はそこまで囃し立てられなくなった。結局は彼も、いわゆる正真正銘の「天才」には敵わなかったのである。別に彼は栄誉を求めてヴァイオリンを弾いていたわけではなかったためそこまで気にしてはいなかったものの、所詮天才にはどう足掻いても勝てぬないものだと、悔しく思ったりもした。

 

 彼はおもむろに曲を弾き始めた。

 

https://youtu.be/jCfPGkIfve8 (バッハ、グノー作曲 アヴェ・マリア)

 

 至ってシンプルなメロディだが、確かに美しさがある。これは彼のお気に入りの曲の一つであった。しかし、一通り弾き切り心が洗われた心地になったのも束の間、ぼんやりとした憂いが彼の心を覆った。

 

 人間に一番堪えるのは孤独である。そして彼は今孤独であった。話そうと思っても話せる人間がいない。頼ろうと思っても頼れる人間がいない。最後にまともに人間と口をきいたのはいつだろう?彼はそんなことを思い始めても、考えないことにしていた。

 

「淋しい」

 

 彼は机に突っ伏してそう呟いた。しかし世界は残酷であり、時間は進んでいく。彼の心はそれに耐えうるほど、強くはなかった。

 

 彼は世界から、忘れ去られようとしていた。

 

 翌日、彼は急に自然が見たくなった。何が彼にそうさせたのかはわからない。都会の喧騒に飽きたのかもしれない。自殺目的でないことは彼もわかっていた。ただ、彼は気づいた時にはヴァイオリンケースと、楽譜を入れたリュックと旅費と共に、西の山奥の方へ向かう列車に乗っていた。

 

 とにかく森が深いところへ行こうと、彼は駅を降りたところから道なき道を歩いて、一日中山を登った。昼食も食わず、夕食も食わず、ただただ歩き回った。そうなると疲れるのは当たり前である。日がとっぷりと暮れた時、彼はとうとう空腹と疲れで地面に倒れてしまった。




一応YouTubeでいい感じだなと思った音源を乗っけました。アヴェ・マリアはほんといい曲です、綺麗で。まどマギとかにも登場しているので、「あっこれかぁ!」となった人もいるかもしれません。私も昔よく弾いていました。

さて、こんな感じで始まりました。亀更新ですが何卒よろしくお願いします。
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