東方弦奏録 〜Phantasmic String’s Rhapsody〜 作:Scarletter
霊夢に探してもらった家は、大通りから少し外れた、こじんまりとした一軒家であった。家は綺麗な木造建築で、庭も少々ある。空き家だったとは思えないほど整備が行き届いていた。ここまでのものなのに家賃はタダらしい。博麗霊夢に感謝である。陽也は心底そう思った。
しかし住処を見つけたはいいものの、暇であった。ヴァイオリンを弾くくらいしかやることがない。それはそれで別にいい。ヴァイオリンを弾くことに没頭すれば軽く3時間ほどは飛んでいくからである。だが、彼は普通の人間である。24時間弾き続けることは不可能だ。しかし、ヴァイオリンを一人で弾く以外のことを何もせず一人で生きていくのは流石の彼でも堪える。外にでも出てみるか、と紫から貰った着流しを着て人里へ散歩に出た。ヴァイオリンケースを携えて。
人里は幻想郷で最も賑わっている場所の一つである。幻想郷中の人間が大体はここに集まっているのだから無理のない話だ。冬ということもあって人通りは少ないだろうと陽也は思っていたが、その予想はまるっきり外れていた。昼下がりという時間もあるのかもしれない。
歩いていると、自分の元いた世界とは全然違う場所に来たのだということを実感させられる。街灯の類いは見当たらない。ガスや電気は通っていないのだ。建物は大体木造で、江戸時代から明治初期の民家を彷彿とさせる。歩く人たちは大体着物を着ている。流石に頭はちょんまげではないが。通貨も、紫に持っていたお金を両替してもらった時に気づいたのだが、元いた世界とは異なるもの、明治時代に使われていたものがまだ使われていた。紫の話すところでは、幻想郷が博麗大結界という結界で陽也の元いた世界と隔絶されたのが明治の中頃なのであるという。通貨や人々の服装を見る限り確かにそうなのだろう。
金のことを考え出したところで、彼は嫌なことを思い出してしまった。
このまま何もしなかったら、生活費で蓄えを潰してしまう、と。
もしかしたら、彼はそういうことを見越してヴァイオリンを持ってきたのかもしれない。彼は大通りの脇に寄ると、おもむろにケースを地面に置いて、楽器を取り出した。そして落ちていた新聞紙を折り紙をする要領で箱にして、地面に置いた。その時は運良く、風が吹いていなかった。さて、曲を決めなければならない。大通りでも人の注意を引くことができるくらいの大衆受けする曲。もちろんヴァイオリンの独奏で十分曲になるものでなくてはならない。だとしたらアレだろう。楽器のセッティングが終わった時には、弾く曲が決まっていた。
https://youtu.be/zsJsn9jTtcs (モンティ作曲 チャールダーシュ)
最初はゆっくりと。だがねっとりしすぎないように、ある程度軽快に行く。出だしをそんなふうに弾いていくと、幻想郷では滅多に聴かない、いや、聴くことのない音に釣られ人が集まり始めた。
しかし出だしで満足してもらっては困る。この曲はまだまだ続くのだから。
外の世界ではよく知られたメロディーが始まる。テンポアップする後半とクライマックスと比べればまだ優しい。弾いているうちに一人また一人と人が増えていく。投げ銭の音もちょくちょく聞こえてきた。
さて、中間部に入る。まぁ休憩のようなものだ。ちょっと速めに行ってみよう。しかし表情をこれでもかというほどつけて弾いていく。手首が動かせる場所ではビブラートを。そしてポジション移動では遊ぶ。明らかに人が増えてきていた。どうぞ聴いていくといい。
クライマックスだ。徐々に速度を上げていく。転調。そして最後の最後で最高速度を出す。ここまで来るとの彼の前には厚い人の壁ができていた。珍しもの見たさで来た者、(彼らにとっては)不思議な音色に惹かれて来た者、理由は様々であったが、普段騒がしい人里が静まり返るほどには聴衆がいた。
指が空回りしないように細心の注意を払いながら、最後に重音を二つ弾き、陽也はチャールダーシュを弾き切った。
引き終わるや否や、陽也は大きな拍手に包まれた。彼の気づかぬうちに聴衆の数は膨れ上がっていた。まるで満員のコンサートホールで弾いた後のようだと、陽也は錯覚した。やはり大勢の前で弾くのは気持ちがいい。彼は久しぶりにその楽しさに耽っていた。ふと紙の箱の方に目をやってみると、これまた大量の投げ銭が入っていた。それも現在進行形で増えていた。これも彼を喜ばせたのだった。
様々な人から掛けられる褒め言葉に「ありがとうございます」などと返していると、「あー、ちょっと失礼しまーす」と言って人混みをかき分けてくる者がいた。自分とはあまり年が変わらないように思える少女であった。
「私、こういう者と申しまして」
彼女はそう言って名刺を陽也に渡した。「社会派ルポライターあや」と書いてある。あぁ、記者か。確かにそんな外見をしている。カメラを携え、動きやすそうなスーツにキャスケット帽。明治とか大正の新聞記者といった風貌だ。
「少し取材をしたいのですがよろしいですか?」
少女による取材が始まった。
「構いませんが」
「まずお名前をお伺いしても?」
「拝島陽也といいます」
「うーむ……知らない人間ですね。今までずっと里に?」
「いいえ。幻想郷に、来たばかりのものですから」
「ほうほう!外来人の方ですか!どうりで……」
その後はまさに根掘り葉掘りと言った風に質問攻めにされた。年はいくつかだの、その楽器はなんだだの、幻想郷に来た経緯はどうだだの、今弾いた曲は何かだの。そんな質問が一通り終わると、
「ご協力ありがとうございました!」
と言って、勢いよく去っていった。まるで風のような人だ。話していると疲れてしまう。彼女が去ってもまだ聴衆は残っていた。これはもう一回弾いたほうが良さそうである。そう思って楽器を構えると、聴衆から「おぉ」という声が聞こえた。そしてまた人里が静寂に包まれる。今度は違うアレンジを効かせてみよう。彼は二回目のチャールダーシュを弾き出した。
今度も大きな拍手に包まれた。しかし、流石に三回目は飽きられると思ったのと、箱に十分と思われるくらいの銭が貯まっていたため、彼は聴衆に向かって深く礼をした。
「今日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」
そう言うと、聴衆は再び拍手をした。それを受けて陽也がもう一度礼をし、楽器を片付け始めると、聴衆は散った。
財布に銭が入り切らなかったため、入り切らなかった分は引き続き新聞紙の箱に入れて運んだ。どうしたものだろうかと考え、どうせ外出をしているのだから、と食物や灯りなど生活に必要になるものを買い揃えた。行く先々で褒められたりするのには恥ずかしかったが。まぁこのくらいだろうと思うまで買うと、紫に両替してもらった分も合わせて、やっと財布に収まるくらいの量にはなった。そうして彼が家に帰る頃には、空はオレンジ色に染まり始めていた。
帰り道、彼はなんとも言えない満足感に浸っていた。全く知らない異郷の地でも、自分の表現した音楽というものが受け入れられたのである。多数の聴衆に、あの拍手。それは演奏家である彼にとっては何事にも代え難い名誉であった。それが得られるだけで彼にとっては満足なのだ。超絶技巧が弾けるとか、速弾きができるとか、そういうものは関係ない。何が彼をヴァイオリンに執着させるのか、その理由のうちの一つを彼はわかったような感じがした。
家に帰ってみると、魔理沙が戸の前に立っていた。どうやら陽也が来るのを待っていたようである。
「よう。大盛況だったみたいじゃないか」
魔理沙は微笑みながらそう言った。
「あ、知ってたんですか?」
「買い出しに里に出かけたらみんなその話で持ちきりでな。それでお前の様子が見たくなって。いつでも立ち寄ってくれていいと言ってただろ?」
そういえばそんなことを今朝話した。陽也は「そうでしたね」と言い、笑った。
「ま、立ち話もなんだし、上がっていってもいいか?」
「えぇ、いいですよ」
そして陽也は魔理沙を居間に案内した。
「お茶でも入れてきますね。火起こし慣れてないのでちょっと時間かかりますけど」
「あー、いらないぜ。急に来たのにそこまで気を遣わせるのも悪いからな」
「そうですか。で、どうしたんです?」
魔理沙は居間の隅に置いてあるヴァイオリンケースの方を向いた。
「あれ、弾いてくれよ」
「ヴァイオリンですか?」
「あぁ。通りで弾いてたやつをさ。私、聴けなかったから」
そう言った魔理沙の顔は心なしか残念そうであった。ここで断っては男が廃る。そう思った陽也はこの申し出を快諾した。
「えぇ。お安い御用です」
今日何度目かのチャールダーシュを弾き終える。それは多数の聴衆の為ではなく、目の前の一人の少女の為に弾かれたものであった。陽也には多数の聴衆を相手取る時とは異なる別の緊張があったが、それをなんとか抑えて、弾き切ることができた。弾き終わったあとの数秒の静寂のあと、魔理沙は拍手をした。
「……すごい」
魔理沙は呟いた。
「なんか、曲に引き込まれてしまったぜ。里の奴らが沸く理由もわかった気がするな」
「楽しんでいただけたなら、何よりですよ。演奏家というのは、表現をとても大事に考えていますから」
「そうか。じゃなきゃこんな聞く人を引き込む音楽にはならないだろうからな」
魔理沙は納得していた。ふと陽也が窓を見ると、もう日が暮れようとしている。
「もうすぐ夜ですが帰らなくていいんです?」
陽也は魔理沙に聞いた。街灯の類いがない幻想郷の夜は本当に暗いものになるだろう。だから夜道は危ないだろうと思ったのだ。
「あぁ、大丈夫だ。飛んで帰るし、なんなら月明かりが有れば十分だぜ。それに……」
魔理沙はヴァイオリンを指差すと、こう言った。
「ちょっとそれ、やってみたいんだ」
魔理沙は可愛いんだ。誰がなんと言おうと可愛いんだ。
さて、今回のチャールダーシュですが、流浪の民であるロマと、幻想郷に来て間もない陽也君を重ねてみたというのも選曲の理由の一つです。あとは超絶技巧で聴衆の気を引ける曲と言ったらコレなわけで。やっぱカッコいいですよ。筆者はオーケストラの伴奏でしたが。
さて、魔理沙がヴァイオリンに興味を示し、どうなるのか?次回をお楽しみに!