東方弦奏録 〜Phantasmic String’s Rhapsody〜 作:Scarletter
今この少女は、ヴァイオリンを弾いてみたいと言ったのだろうか?もう一度聞き返してみる。
「それって、ヴァイオリンを?」
「あぁそうだ。ちょっと興味が出てきてな」
ふむ、と陽也は少し考えた。だが別に何も気にすることはない。ただ自分の楽器が他人に少し弾かれるだけである。壊されなければそれでいい。指導の経験も無いわけではない。昔は住んでた地区のイベントとかで駆り出されたものだ。
「いいですよ。じゃあ立ってください」
そしてヴァイオリンを魔理沙に渡した。
「あれ?そいつは使わないのか?」
魔理沙は弓を指差して不思議そうに言った。
「あぁ、弓ですか。まだいりません。まずは構え方からです。ヴァイオリンを弾くにあたって、最も大事なことは正しく構えることですから」
「なるほど……」
構え方を間違えて覚えてしまうと厄介だ。いざ直そうと思ってもなかなか直せないのである。間違った構え方をしたままでは良い音も出ないし、体にも悪いのだ。ずっと昔にヴァイオリンの先生に言われたそんなことを思い出しながら魔理沙の姿勢を矯正していく。
「もうちょっと横に移動させてください。真横に来るぐらいでいいです」
「わかった。……こうか?」
「ちょっと違う……かな。ちょっといいですか」
「あっ」
……迂闊だった。構えた左腕と肩に触れた時、魔理沙はびくりとしてそんな声を上げた。そして驚いた目でこちらを見ている。顔もほのかに赤く染まっていた。他意はない、他意はないのだ。ただ昔に男子たちに構え方を教えた時の癖みたいなものが出てきてしまった。それがマズいことなのだが。人付き合いをしばらくマトモにしてこなかったツケがここで回ってきたのである。
「す、すみません……」
何を起こしたかを理解したその瞬間、陽也はすぐに謝った。
「お……おう。別に気にしてないぜ」
魔理沙もバツが悪そうにそう言う。
沈黙が居間の中に広がった。
「……続けます?」
「……おう」
二人はそれ以上気にしないようにして続けていった。
次に顎で楽器を挟む。ここで力んでしまわないようにしなければならない。腕で楽器を支えるのだ。力むと普通に弾けなくなる。それに体を壊す。しかしここで力んでしまうのが初心者の常である。魔理沙も例外ではなかった。
「もうちょっと力を抜いても良いですよ。簡単なことでヴァイオリンは肩から落ちませんから。それだけ力を入れたら、逆にヴァイオリンが壊れてしまう」
陽也は苦笑してそう言った。
「本当に落ちないんだな?言ったな!?」
魔理沙は声を荒げた。別にそこまで怖がらなくてもと、陽也は笑う。
「えぇ、落ちませんとも。腕できちんと楽器を支えればね。だから安心して力を抜いてください」
魔理沙は深く息を吸い、吐いた。すると魔理沙の構えに、あまり力む様子は見られなくなった。まだ少しぎこちないところはあるが、及第点といったところだろう。ぎこちないところは弾いていけば治る。
「じゃあ弓を持ってみましょう」
弓の持ち方を教えていく。親指はここ、人差し指はここというように教えていく。
このように教えている中で、彼の中で霧雨魔理沙という人間のイメージが変わっていった。最初はその言葉遣いや立ち居振る舞いを見て、失礼だが、大雑把で粗野な人間だと思っていた。しかし、逆だった。彼女は興味を持ったことに徹底的に打ち込む集中力を持っていた。掴んで離さないぞとでも言うような目でヴァイオリンを見ていた。だから飲み込みが早いのである。陽也は、これは凄いことになりそうだと驚きながら、魔理沙のことを見直していた。
「さて、では弓を弦に置いて、動かしてみてください。力は抜いてくださいね」
「おう」
ラの音が鳴る。
「それがラの音です。音には音階というものがあって、7つあるんですが、その中の6つめの音です。僕らのやる音楽は、7つの音に色々とアレンジを加えて組み合わせて作られるのです」
「な、なるほど……」
魔理沙は難しそうな顔をする。
「難しいですか?」
「あー……理解できんわけではないんだが、どうも実感がな……」
「気負わなくて良いんですよ。無理もないです。幻想郷に西洋音楽は珍しいのでしょうから」
陽也は少し考えた。どうすればわかりやすく、西洋音楽を教えることができるか。自分がどのようにヴァイオリンを教え込まれたかを思い出してみる。
「ピアノとかが有れば、良いんですが……でも外の世界の楽器って無いですよね……」
陽也がそう言うと、魔理沙が、
「あぁ、それなら心当たりがあるぜ」
と言った。外の世界の物を扱う店があるというのだろうか?
「香霖堂という店があってな。外の世界から流れ着いてきた物を揃えてる。店主は気難しいやつだが、まぁ、良いやつだよ」
「知り合いですか?」
「まぁな。昔からの付き合いだ」
そう言って魔理沙はにこりと笑った。幼馴染とか、そういう人なのだろうか。
「明日行ってみないか?そこにお前の探してるものがあるかもしれない」
「良いですね。ヴァイオリンもあったら良いですね。ヴァイオリンを弾き始めるとなると、あなた自身の楽器を持っておいた方が良い」
「わ、私の楽器?」
魔理沙はキョトンとした顔をした。
「えぇ。あなたがいつでも弾け、どこにでも持っていける、あなたの楽器です。その方がいつでも練習できますし、やる気も出てくるでしょう」
「そうか……大丈夫かな」
どうやら不安げらしい。初心者は大体ヴァイオリンを扱うのを怖がるものだ。わからないことだらけだからである。ここは一つ背中を押してやろう。
「あなたならきっと大丈夫ですよ。それに何かわからないことがあれば僕を頼ればいいんです」
「ありがたいぜ」
どうやら安心したようだ。そして決心がついたらしい。
「じゃあ決まりだな。明日の朝イチでここに来てやるぜ!」
「わかりました。明日の朝に。でも朝食は食べさせてくださいよ」
「早く食べておくことだな」
そう軽口を叩き合ったあと、陽也は魔理沙を玄関に送り、帰るのを見送り、箒で飛んでいくのを眺めた。空はとっくに暗くなっていた。こんなに遅くなるのなら晩飯の一つでも振る舞えば良かったと後悔する。夜空を見上げてみると、丸い月が夜空に浮かんでいた。彼女は月明かりが有れば家に帰れると言っていたが、なるほど、確かに幻想郷で眺める月は外の世界より明るいように思える。ビルや装飾の放つ光が星の光を上回ってしまって都会では星が見えなくなると聞いたことがあるが、こういうことだったのかと陽也は納得した。
「美しい……」
彼は知らずにそう呟いていた。
寒くなってきたので家に入り、晩飯を作る。一人暮らしをしていたので料理はできないわけでは無い。というか、人付き合いをしなかったためヴァイオリン以外の楽しみが料理くらいしかなかったから、料理は好きである。
無事食べ終わり、ヴァイオリンでも弾こうかと思ったが、隣の人が何と言うかわからないなという懸念に駆られた。流石に越してきた翌日から隣家との関係を悪くしたくはない。仕方ない、諦めよう。そう思って布団を敷き、寝っ転がった。
「香霖堂……」
果たしてどんな店なのだろう。あんな風に魔理沙には言ったが、ヴァイオリンは置いてあるだろうか。少なくともピアノは入手したい。あとは音楽が聴けるものが欲しい。蓄音機とレコードの扱い方はうろ覚えだからできればCDプレイヤーとかが置いてあれば良いが……。最悪紫に取ってきてもらっても良いかもしれない。それにおそらく今の手持ちでは足らないだろう。外の世界の口座からある程度持ってこなければならない。どのみち紫と連絡を取らなければ。紫はどう呼べば良いのだろうか。
「紫さんいます?」
こんな感じで呼びかけて出てきたら世話無いなと思いながら言ってみる。
「なぁに?陽也さん」
本当に出てきてしまったものだから腰を抜かしてしまった。
「そんなに驚かなくても。あなたが呼んだのにねぇ……」
紫はクスクスと笑う。
「本当に出てくるって思わないでしょう……」
「それで、用件は何かしら?」
「キャッシュカードあげるので銀行からいくらか下ろして来てくれませんかね」
「自分で行きなさい。スキマで繋いであげるから」
「ははは……」
渾身のボケを華麗にスルーされる陽也であった。まぁ、そうなるなと自分で思ってはいたのだが。
「でも、あなたってそんな風にふざける人だったのね。意外だわ」
紫が言う。確かに。こんな風にふざけたことを言ったのは何年振りだろう。昔の自分はは今の自分より明るかった記憶はあるのだ。だが、今はどうも色々あって暗くなってしまったが。懐かしいともなんとも言えない感覚に、陽也の心は包まれる。
「どうやら。でもどうしてでしょうかね」
「幻想郷にかぶれたのね、きっと」
幻想郷にかぶれる、か。幻想郷が自分を明るくしてくれたのだろうか?だが、その答えを確かめるにはまだ時間が早すぎる。その問いに答えが出るのはまだまだ先の話だ。答えは出ないかもしれないが。
その後は結局紫に外の世界に送ってもらい、ATMでいくらか下ろして、服の中でも思い入れのあるものを何着か持って、それで帰った。もう外の世界には金以外に未練が無い。CDプレイヤーはどうしたか?幻想郷の家に電気が通ってないことに気がついたので、置いていくことにした。そして布団に入り、香霖堂とはどういう店だろうとまた考えながら、眠りについたのである。
構え方とか弓の持ち方が変になると本当に上手くなるまで遠回りになります(経験者)
何事も基礎をちゃんとしなきゃいけないってことですね。
では次回をお楽しみに!