東方弦奏録 〜Phantasmic String’s Rhapsody〜 作:Scarletter
なんだかんだ今まで一番書くのに苦労したかもしれません……。
まあ、それはそれとして。それでは、どうぞ。
翌日、ちょうど朝食を食べ終わった時に、ガラリと勢いよく玄関の戸を開ける音が聞こえた。
「陽也!来たぜ!」
朝っぱらから元気の良い声を出すものである。玄関まで行くと、いつものようにいかにも魔女といった格好をした魔理沙が立っていた。
「おはようございます魔理沙さん。ちょっと今食器片付けてくるんで待っててください。すぐ来ますから」
「おう、待ってるぜ」
食器を片付けて、マフラーを着て、ヴァイオリンケースを担ぐ。来ているのは当然着流しである。その姿で魔理沙の前に立つと、魔理沙にくすりと笑われた。
「お前、それ持ってくのか?」
「えぇ。無いと落ち着かないもので」
そうとしか理由が出てこない。いつからか……いや、人付き合いが一気に減った後から、ヴァイオリンがいつも傍にないと落ち着かなくなった。ヴァイオリンを弾くことだけが、彼の心を癒したのである。しかし、どこまで好意的に解釈してもヴァイオリンはモノである。人ではない。だから彼の心は癒やされても、感じていた淋しさを無くすまでには至らなかったのである。
「ふぅん。そういうのもあるんだな」
魔理沙が言った。あまり深入りするのはよそうと決めたのだろう。そうして二人は香霖堂へと歩いて行った。途中で雨が降り出したため、早足で行かなければならなくなったが。
香霖堂は魔法の森の入り口近くにあった。大きな蔵の横にあるこぢんまりとした和風の建築物である。おそらく横の蔵も香霖堂のものなのだろう。魔理沙は勢いよく店の扉を開けた。
「香霖!いるか?」
店に入ると暖気が陽也たちを包んだ。陽也は驚いた。暖房の類いは幻想郷に無いものだと思っていたからである。店の内部を見てみると、煩雑な印象を受ける。並んでいる品物に統一性は見受けられない。雑貨屋のようなものだろうか。外の世界で見るようなものもぽつぽつ置いてあって、なんとも不思議な空間である。
店の端にカウンターがあり、そこに銀髪のメガネをかけた男性が座って本を読んでいた。傍らにはストーブが置いてあり、これが店内が暖かい理由であった。男は和風と中華風と洋風をごちゃ混ぜにしたような奇抜な服装をしている。魔理沙の呼びかけを聞くと彼は本から目を離し、陽也と魔理沙の方を向いた。魔理沙の呼びかけに反応するあたり、彼女から「香霖」と呼ばれているんだろう。その香霖と呼ばれた男は陽也たちの方を見ると、少しばかり驚いた顔をした。
「おや魔理沙か。それが噂の外来人かい?まさか知り合いとは」
「森で行き倒れてたのを、私が拾ってやったんだ」
確かにそれで間違いないのだが、そう言われると少々恥ずかしく、きまりがわるい。というか、噂になっていたのか。ここで陽也は昨日新聞記者に取材をされたことを思い出す。大方それについた書いた新聞が今朝あたりに出回ったのだろう。それに、あの時演奏を聴きに来ていた人間も相当多かった。噂になるのは当然だと納得した。
「ほう……なるほどねぇ……」
男はメガネの位置を直し、陽也を観察するようにジロリと見た。
「そこで話すのもなんだ、もっと近くへ来なよ。えぇ、外来人のあなたも」
陽也と魔理沙はカウンターの方へ近づいて行った。
「森近霖之助と言います、あなたは?」
「あ、ありがとうございます。森近さん。拝島陽也です」
「霖之助で良いですよ」
霖之助はにこやかにそう挨拶をした。
「まぁ、魔理沙から色々と聞いているでしょうが……。ここは香霖堂と言って、一応道具屋をしています。外の世界の道具も置いてありますよ」
「香霖が売ってくれるかどうかは別問題だがな」
魔理沙は霖之助をからかう。
「余計なことを言うんじゃないよ。第一僕が気に入った物は店に並べないさ」
霖之助は苦笑した。彼の気に入った物は売ってくれないということだろうか。そうすると商人というか、骨董商や蒐集家を思わせる。
「それで、何をお望みで?」
霖之助が陽也に向かってそう聞くと、ここにあるだろうかと考えながら、陽也はこう言った。
「ヴァイオリンって、ありますか?」
「ふむ……」
霖之助が考え込む。
「そんな名前をしたモノはどこかで見た気がする。それは楽器でしょう?」
「そんな名前をしたモノ」という表現に引っかかったが、陽也は、
「はい」
と答えた。
「えぇと、どこにしまったっけな……。ちょっと待っててくれますか?」
霖之助はそう言うと、店の奥へと消えて行った。店の奥に倉庫があるのだろう。
「ちょっととは言ってるが、だいぶ待つかもしれないな」
魔理沙が言った。
「だいぶ?」
「あぁ。店の中を見ても分かると思うが、結構散らかってるんだよ、店の奥も」
「なるほど」
ただここが店であるということがわかるくらいには片付けられてるからまだマシだろう。この微妙な煩雑具合が、彼に魔理沙の家を彷彿とさせた。
「霖之助さんとは知り合いなんでしたっけ?」
「おう。昔からの付き合いさ。商売相手でもある。私の拾った鉄クズとかを引き取ってもらう代わりに、こっちも珍しい物を貰うんだ」
「物々交換ですね」
「そういうことだ」
「昔から、というのは、小さい頃から?」
「まぁ……そういうことになるな」
魔理沙が少し恥ずかしそうに、そう言った。これは何やら並々ならぬ関係がありそうだ。興味深い。
「幼馴染なんですか?」
「うーん……ちょっと違うんだよな」
魔理沙が考え込む。ちょっと違う。どういうことだろう。
「……言い表すのが難しいが、ま、兄貴みたいなもんだな、うん」
「兄、ですか」
「そうだ」
それ以上を魔理沙は語らなかった。それが恥ずかしさからによるものなのか、過去を詮索されるのを嫌がったからなのかは分からない。ただ、今魔理沙は霖之助についての話をやめてしまった。何か触れられたくないことでもあるのだろう。陽也がそう思った時、店の奥から霖之助が出て来た。ヴァイオリンと、弓と、弦の入った籠を持って。
「お待たせしました。残念ながら一台しかありませんでしたが、これですよね?」
陽也は心の片隅では無いものだろうと諦めていたので、とても驚いた。
「あぁ……これですよ。ちょっとください」
陽也はヴァイオリンを持って、それを観察し始めた。状態はすこぶる良い。コマは割れていないし、魂柱も立っている。弦も全然消耗していない。まるで新品のようだが、f字孔からラベルを見てみると、100年以上も前にボヘミアで製造された物だとある。しかしラベルだけで判断するのはいけない。実際に弾いてみなければわからない。
「もしかして、香霖も弾くのか?」
魔理沙が聞く。
「まさか。この間の彼岸の時に無縁塚に落ちてたのを拾っただけだよ。幻想郷じゃあの姉妹たち以外には需要が無いから、買わないかと話を持ちかけたら、一台で十分だと断られてね。そのまま棚の肥やしになってたというわけさ」
陽也は一通りヴァイオリンの観察を終えた。
「これ、弾いてみてもいいですか?」
「おお」
霖之助の表情が明るくなる。霖之助は生でヴァイオリンを聞くのは初めてなのだろう。陽也は彼を冷静な人間だと思っていたが、好奇心は旺盛らしい。
「えぇ、是非」
霖之助はそう言って快諾した。
「では……」
https://youtu.be/TZCfydWF48c?t=212 ヴィヴァルディ「四季」より「冬」第二楽章
昨日人里で人気を博したチャールダーシュとは打って変わって、穏やかな曲である。香霖堂の店内の様子を見て、彼はこの曲を選んだ。
ヴィヴァルディの「四季」には、ソネットと呼ばれる形式の詩が各季節ごとに付けられている。「冬」の第二楽章に付与されている行は、日本語に訳すとこんなところだ。
満ち足りた静かな日々を暖炉の前で過ごす
外はと言えば雨が降りしきっている
暖炉がストーブに変わってはいるものの、概ね今の状況と会うのではなかろうか。と陽也は思ったのである。
実際に弾いてみると、普通に響きが良い。そして音を大きく鳴らすこともできる。良い楽器だと陽也は思った。これなら魔理沙が弾くにふさわしい楽器だろう。まぁ選択肢はこれしかないのだが……。
弾き切ると、
「素晴らしい」
霖之助はそう呟いて、拍手をした。
「癒されましたよ。お代はその演奏で結構です。珍しい体験もできましたし。どうかまた弾きに来てください」
「お前それ商人としてどうなんだよ……」
魔理沙が呆れた顔でそう言った。
「だが、お前の気持ちもわかるぜ。コイツは凄い演奏家だ。一つ一つの音が心に響くんだよな、なんだか」
「魔理沙さん、霖之助さん、ありがとうございます」
陽也は二人に向かって軽く礼をした。
「あ、あと霖之助さん」
「なんでしょう?」
「蓄音機ってあります?」
「あるんですがねぇ……現状一個しかなくて、僕の私物にしてるんですよ。申し訳ないですが」
霖之助は苦笑した。なるほど、魔理沙が売ってくれないかもしれないと言っていたのは、こういうことだったのだ。
「ですがあなたのような外来人なら、電化製品に慣れてるでしょう。それを使えば良いのでは?」
「でも電気って無いんじゃ……」
「河童の連中に頼めば繋げてくれますよ。魔理沙、案内してやると良い。君は仲が良いだろう?」
「お安い御用だ。行くぜ陽也!」
「あ、はい!」
陽也は魔理沙に引っ張られるようにして、香霖堂を後にした。
魔理沙と霖之助の関係って難しいなぁと書いてて思いました。どちらがどういう風に思ってるかがまだ固まりきってないです。いや、正確に言うと魔理沙が霖之助をどう思ってるかの方で苦労してます。霖之助は固まってるんですけど。まぁ臨機応変で柔軟に考えていこうと思います。
さて、ヴィヴァルディの「冬」。弾いたことはないですが、普通に好きです。暖炉に当たりながらロッキングチェアーで編み物してたりとか、猫が膝の上に乗ってたりする風景が浮かんできて、なんとも癒されます。でも一番好きなのは第一楽章です。リンク貼った動画は全部入っているので是非聞いてみてください。カッコいいんだこれが。「夏」とかもほんとカッコいいです。筆者は短調に惹かれる傾向があるので……
次回は玄武の沢だと思います。お楽しみに!