東方弦奏録 〜Phantasmic String’s Rhapsody〜 作:Scarletter
今、陽也は魔理沙の箒に乗せてもらっている。目的地は魔法の森近くの玄武の沢。土地勘が無いから陽也にとっては意味不明な単語の列でしかないのだが、そこに河童がいるらしい。なんで電気を引いてもらうということになると河童にお鉢が回るのかということはよくわからないが、幻想郷では外の世界の常識は通用しないということを彼はこの二日間で早くも悟っていたから、そこまで不思議がらなかった。「へぇ、そうなんですか。なるほど」という感じで流しているのである。
彼が魔理沙の箒に乗るのは二回目だ。だからまだ少し怖かったものの、流石に怖くて叫びまくるまでの事態にはなっていない。周りを見回す余裕もある。慣れたのかもしれない。というかその前に、魔理沙も自分もよく落ちないな、と陽也は思った。魔法の力というのは絶大なのである。
「どうだ?空から見てみる地上の景色は」
魔理沙が後ろを向いて陽也に問いかけた。陽也は下を見た。下を見てみると鬱蒼とした森が広がっている。幻想郷に来る直前に森に入るまで、自然に触れるということをあまりしなかったから、陽也にとって自然に富んだ幻想郷の景色は、全て新鮮であった。
「えぇ。綺麗ですよ」
陽也は答える。
「何より、風が気持ちいいですね」
「ふふん。わかるか?」
魔理沙は喜ばしげである。
「私も好きなんだよ。この、飛んでる感覚っていうのが」
「確かに……僕も、病みつきになりそうですよ」
空を見ればカラッと晴れ上がった青空が。地上を見れば雄大な自然が。周りには何も進路を阻むものは無い。空中で、その瞬間、彼ら二人は何からも解放されていた。
ふと、陽也は目の前にいる魔理沙を見た。
大きな帽子の下に広がる輝くような金髪が、風になびいて揺れている。魔理沙は控えめに言っても美少女である。そして話も立つ、面白い人間だ。。外の世界でも十二分に通用するレベルだろう。外の世界なら、陽也が交流することは絶対になかったような人間である。つまるところ、彼は慣れていないのだ。だから、どういう話をしたものかと悩むことが多い。その前に、魔理沙を前にすると、どうもいつもの調子にならないのである。少し緊張する、というのだろうか。どうもそれに似た感触を覚えるのである。
昨日のことが脳裏に蘇る。
ただ、それについて陽也自身は嫌に思うことは全くなかった。なんだかんだ言って、魔理沙と一緒にいる時間は面白い。彼女は自分の今まで知ることの無かった世界へ連れて行ってくれる。それが楽しくて仕方がないのだ。孤独に生きてきた弊害で表情に乏しくなった陽也でも、心の中では大いに楽しんでいるのである。
しかし、その楽しさは未知の場所へ連れて行ってくれることからくるものなのか?
彼はそういう風に疑うことを知らない。恋というものをまだ知らないのだから。
しばらくすると、魔理沙が降下を始めた。目的地に近づいてきたのだろう。そして降下を始めて少しして、滝が川を打つゴオオという音が聞こえた。川のほとりの石畳に、陽也と魔理沙は降り立った。
「ここが玄武の沢だ!」
魔理沙が声を張り上げて言った。
「もうちょっと先に顔見知りの河童がいる!そこまで案内してやるから、はぐれずについてこいよ!」
「はい!」
足下は悪い。石の間に苔が生えているから滑るのである。大方年中湿っているのだろう。
滝の音があまりしないくらいのところまで歩いて行くと、急に人通りが多いところへ出た。そこに居たのは、またも少女たちであった。キャスケット帽に上着にスカートと、みんな似たようなデザインの格好をしている。これが河童なのだろうか?あまりにもイメージと違う。もっと人現場慣れした容姿をしていると思っていた。幻想郷は外の世界の常識を常に裏切るようにできているらしい。
魔理沙は人通りの中から一人見極め、その人物がいる方向に向かって歩いていき、呼び止めた。
「ようにとり」
魔理沙はその人物をにとりと呼んだ。
「あ、人間」
「霧雨魔理沙だ」
魔理沙は呆れ返ってそう返した。緑色のキャスケット帽を被り、青い髪をして、上着とスカートも水色や青系統の色をした、なんとも青々しい人物である。
「それで、今日は何用で?」
「里で電気?っていうのを通してほしいっていう奴がいてな。今後ろにいるんだが……」
魔理沙は後ろを向き、手で陽也を招いた。
「こいつだ」
「あ!新聞に載ってたあの!」
にとりは驚いた目で陽也を見た。驚いたのは陽也も同じである。まさかここまで伝わっているとは。悪事千里を駆けるとはまさにこのことだろう。悪事ではないが。
「あの、拝島陽也と言います」
「うんうん。知ってるよ。その後ろに背負ってるやつがヴァイオリンって言うんだろう?もし嫌じゃなければ、ここで弾いてくれないか?里でやってたやつ、みんな聴きたがっているんだ」
「えぇ。構いませんよ」
その後にとりが河童たちを呼び、陽也の周りに集まる形となった。陽也はヴァイオリンを準備して、チャールダーシュを弾いた。
結果は大好評であった。まるでアメリカかどこかのパーティーのど真ん中にぶち込まれたような拍手が、歓声が上がった。
「いやぁー、すごいね」
にとりが陽也に言った。
「河童は好奇心が旺盛なんだ。それに、盟友である人間がここまでのことができるのが誇らしいんだよ」
「ありがとうございます。なんか恥ずかしいですね。そういう風に言われると」
「私が拾ったんだぜ!」
魔理沙が誇らしげに胸を張る。
「そうかそうか。そりゃ興味深いね。で、電気だっけ?住んでる場所教えてくれれば何人か連れて作業しに行くよ。香霖堂に引いたときに里までの大体のネットワークは整備したから、そこまで時間はかからないはずだ。ま、もちろんコレはいただくけどね」
にとりは銭のジェスチャーをした。香霖堂で費やすはずだった金が余っているのでそれは大丈夫である。よほどの額を吹っかけられなければだが。華麗にスルーされた魔理沙はふくれていた。にとりはそれを気にせず説明を続ける。
「今日のうちに向かおう。ただ、二日くらいは別のところに住んでもらうことになるんだ。荷物はどけなくていいからさ、あてはあるかい?」
「そうですね……」
陽也は考え込んだ。流石にもう一度魔理沙の家の厄介になるのは申し訳ない。さてどうしたものか……
「その心配はない。私が面倒を見る」
魔理沙はにこりと笑い、そう言った。
「いいんですか?」
「構わん構わん!たまには人がいる生活も悪くないしな」
陽也は普通に嬉しかった。もちろん今日明日の住む場所が見つかったことが嬉しかった。そして、魔理沙と共に楽しい時間が過ごせるというのも理由の一つであった。
その後、工事についての話を受けながら陽也の家へにとりを案内した。にとりは家の中を隅々まで見ると、今日のうちに機材を揃えて来るから、それまでに家を出ていてほしいと言い、玄武の沢へと去っていった。
にとりが去っていって、魔理沙が
「あ」
と気まずそうに言った。
「どうしました?」
「ヴァイオリン……忘れた」
「……なるほど」
香霖堂を出る時に急に出たから忘れたのだろう。
「すまん!ちょっと待っててくれ!すぐ取って来る!」
そう言って通りへと駆けて行った魔理沙を陽也はその姿が消えるまで眺めていた。
さて、練習でもするかと思いヴァイオリンを取りに行こうと家に入ろうとした時、彼は声をかけられた。
「拝島陽也さんですね?」
振り返ると、声の主と思わしき少女が立っていた。銀髪で青を基調にした服をきた人間である。いや、妖怪かもしれないが。美しいという表現が服を着て歩いているような人だ。陽也は思わず息を飲んでしまった。心を落ち着かせるために、今日はどうも青系の服を着た人によく会うなと他愛もないことも考える。
「そうですが、あなたは?」
「私は霧の湖のほとりに建つ紅魔館でメイド長をしております、十六夜咲夜と申しますわ」
メイド長。陽也の目に彼女の頭上のフリルが目に入る。なるほどメイドのようだ。
「それで、どうしました?」
「お嬢様……レミリア・スカーレット様があなたの演奏をご所望です。一度館へ来ていただけませんか?」
「今、ですか?」
演奏してもらいたいと呼ばれるのは演奏家としては実に名誉なことである。陽也としては断る理由はなかった。だが、今はちょうど昼である。遠いところだったら一泊も覚悟しなければならない。どうせ二日外泊しなければならないのは変わりないが。
「はい。ご夕食、お部屋は用意いたします」
ならまぁ、大丈夫か。これで懸念は大体消えた。ただ、魔理沙に何も伝えてないで行くのは気が引ける。
「わかりました。伺いましょう。ただ、ちょっと一筆書かせてください。客が来るので書き置きをしないと。あと、着替えもしなきゃ……」
「どうぞ。私はここで待っていますので」
すると陽也はそそくさと家に戻って行った。横文字っぽい名前に館とくれば洋館だろう。着流しなんて服装で行っていい場所ではない。確か前に外の世界に戻った時に演奏会用の服を持ってきていた。箪笥を漁るとすぐに見つかった。燕尾服である。今までで一番くらいの勢いで服を着ると、自分が紅魔館というところへ行ったという書き置きを書き、扉の前に貼り付けた。
「あら」
咲夜は陽也の格好を見て驚いた。
「そのような服を持っていらしたんですね」
「えぇ。仕事着みたいなものです」
「仕事着ですか」
「えぇ。それに、行く場所が場所なようなんでね」
咲夜は興味深そうに陽也を見て、頷き、
「良い心がけです。それでは、参りましょう」
と言い、陽也を連れて紅魔館へと出発した。
今回はチャールダーシュで前とあまり変わらないので省略です。にとりってどこまで人見知りなんでしょうかね。普通に人間と会話できてるように思えてこの作品でも普通に会話させてしまいましたが。
では次回もお楽しみに