東方弦奏録 〜Phantasmic String’s Rhapsody〜   作:Scarletter

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お待たせしました!今回も前々回のヴィヴァルディと同じ、バロックの曲です。では、どうぞ。


第七話 追憶 〜バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」第二番より「シャコンヌ」〜

 魔法の森を抜けると、霧があたり一面に広がっていた。咲夜を見失うとたちどころに迷ってしまいそうである。ただ、目の前には大きな湖が広がっているのはわかった。なるほど、霧の湖である。咲夜は陽也がはぐれてしまわないように、度々振り返って「大丈夫ですか」などと聞いた。その所作で陽也の心は妙に落ち着かなくなるのである。「はい。なんとか」などと適当に答えていた。ぎこちなかったかもしれないが。

 

 しばらく歩くと目の前に大きな門が現れた。実に大きな門である。ヨーロッパの城砦にありそうなそういうやつだ。迫力がものすごくて気圧されてしまいそうだ。

 

「あぁ咲夜さん。その人が例の」

 

 横から声がしたので向いてみると。いかにも中国出身ですよという風貌をした赤髪の女がいた。

 

「えぇ。この人がそうよ。通してあげて」

 

「了解です」

 

 すると赤髪の女は門を開けた。 

 

「はいどうぞ。ようこそ紅魔館へ。どうぞごゆっくりなさってください」

 

 赤髪の女はにこやかにそう言った。咲夜はその女に向かい「ありがとう、美鈴」と声をかけ、歩いて行った。陽也も咲夜についていく。どうやらメイリンというのが彼女の名らしい。

 

「ええと、彼女は?」

 

 陽也は歩きながら咲夜に聞いた。

 

「あぁ。紅美鈴といって、ここ、紅魔館の門番をしています。たまに怠けたりしますが……それ以外は優秀な門番ですよ」

 

 そう言って咲夜は苦笑した。こんな風に言っているが信頼は厚くしているのだろう。陽也はそう思った。

 

 館の中は荘厳の一言であった。まさに貴族の洋館という風である。入るとすぐに大きな階段があった。そこを登っていくと大きな扉があった。咲夜がドアノッカーを摘み、叩いて、

 

「お嬢様。咲夜です。例の方を連れて参りました」

 

「ご苦労様。その方ともども入りなさい」

 

 少女の声が聞こえた。咲夜によって扉が開かれる。

 

 陽也が入ったのは大広間あった。その奥の方に声の主と思しき少女……いや、幼女が座っている。水色の髪をしていて、頭巾のようなものを被っている。あどけない顔をしてはいるが、その風格はもはや幼女とは呼べない。王族や貴族のような、自分よりは完全に目上の人間と会うような重苦しさを感じる。それに背中に生える羽根。あれはコウモリの羽根だろうか?自分は人外の存在であると言っているようなものだ。コウモリといったら吸血鬼か?陽也は恐怖を覚えた。まさか自分は喰われてしまうのか?それは御免だ。そしてその傍にいたのは咲夜であった。驚いて横を見てみると、咲夜はそこにいない。瞬間移動だろうか?まぁ、いろいろあるが考え事は後だ。向こうに先に名乗られては失礼である。機嫌を損ねたら、喰われるかもしれないのだ。

 

「お招きいただき、ありがとうございます。ヴァイオリニストの拝島陽也と申します」

 

 陽也は出来るだけ平静を装いながらそう言って、深々と礼をした。

 

「ふむ。自己紹介をありがとう。私はこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。吸血鬼をしているわ」

 

 幼女、レミリアが言った。その声は確かに幼女のものなのだ。だが、あどけなさは全く感じられない。発せられる言葉の一つ一つに重みを感じる。そして、陽也の予想は間違っていなかった。

 

「驚かないのね」

 

「幻想郷で……常識に囚われてはいけないと学んだものですから」

 

 少したどたどしくなってしまったが、これを聞いてレミリアは笑った。だがその笑みがどうも恐ろしく感じられる。レミリアは陽也の方を改めて見た。

 

「どこかの巫女がそんなことを言ってた気がするわね。では……陽也さん。何か一曲弾いてみてくれるかしら?今、ここに合うとあなたが思ったもので。選曲はあなたに任せるわ」

 

 陽也としては断る理由はない。断ろうとも思わない。弾くためにここに来たのだ。ただ、弾かなくてはならないという強迫観念のようなものを感じ、一瞬、背筋が凍った。あぁ、なるほど。これがカリスマというものかと、陽也は納得をした。

 

「えぇ。喜んで弾かせていただきます」

 

 そう言って彼はチューニングを始めた。その合間に曲を考える。あまりに舐めた選曲をすると殺されてしまいそうだ。彼が暗譜で弾ける曲から、程よくテクニックもアピールできて、なおかつ美しい曲を探し出す。候補は一つに絞られた。

 

「では」

 

 構えて、彼は演奏を始めた。

 

 

 

https://youtu.be/bhBOE4EmH0A

バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ」第二番より「シャコンヌ」

 

 

 

 和音がメインのところは重く、連符は疾走感をつけて。弓が弾くべき弦以外の弦に当たらないよう細心の注意を払いながら弾いていく。自分は値踏みされている。彼はそう感じていた。安易に超絶技巧を披露すれば聴衆を馬鹿にしてると思われるだろう。そこで、そんな音楽をやるよりは、技術も美しさも兼ね備えた音楽をやりたいとして選んだのがこの曲である。

 

 バッハの音楽は美しい。これが陽也の持論であった。バロックの意味するところは「歪んだ真珠」。それまでの、型にはまりきった音楽から、その枠をほんのちょっぴり壊すものの、逸脱はせずに美しさを求め始めた時代である。均整の取れた和声から繰り出される美しい旋律は、魂を直接震わしてくる。その感覚が陽也はたまらなく好きであった。無論ロマン派にも美しさもが無いとは言わないが、バロックの醸し出す美しさは、ロマン派のそれとは毛色が違うのである。

 

 曲の真ん中からは転調だ。同じバッハのG線上のアリアを思わせるような、重厚だが明るい音色。まるで天国への階段を駆け上がるようだ。だが、二つの弦を同時に押さえながら別の動きをするということをこの部分の最後あたりでしなければならない。多分この曲は分解すれば普通に2台のヴァイオリン用の曲にできると思う。そして、最後。調は最初に戻り、締めは転調の前と比べ1オクターブ下のレを弓が続く限り伸ばす。

 

「ブラボー。良いシャコンヌだったわ」

 

 弾き終わるとレミリアは満足そうな顔を浮かべ、拍手をした。どうやら餌にはならずに済んだようである。陽也は深く礼をし、それに応えた。

 

「とても懐かしい気分にさせてくれたわ。ここに来てからしばらくその類いの音楽は聴いていなかったから。ありがとう」

 

 とするとレミリアも外の世界からやってきたのだろうか。確かにそんな感じはする。和風な幻想郷に洋館、そして横文字の名前。多分その線は濃いだろう。

 

「ただ、一つだけ言わせてもらうとするなら、あなたは『普通に上手い』のよ」

 

 予期しない批評に、陽也は驚いた。ただ、批評は批評である。大人しく聞こう。

 

「あなたのテクニックは完璧。だけど何かが物足りないのよね。そりゃ聞き慣れてない人からすれば問題ないんだけど、私みたく西洋通でクラシックに耳が肥えてる人が聴いたら、そう言うと思うわ」

 

 なるほど、痛い批評である。的を射ているのだ。確かに彼はシャコンヌを弾いた時、あまり感情を込めなかった。自分が暗記した譜面に忠実であろうと努力したのだ。ただ、彼には音楽に感情を込めきれない理由があった。

 

「自分でもわかっているんですが……『込められない』んです」

 

「込められない?」

 

「はい」

 

「気持ちを込めるというのは、記憶からその時受けた感情を投影するようなものです。ですが、今の僕がそれをやったら……やったら……」

 

 陽也の手が震えていた。顔から血の気が引いていく。

 

 

 

 宿泊先、一人きりのホテル、翌朝の朝刊、そこに踊っていた見出し。そして、部屋に呆然と立ち尽くす自分。

 

 

 

 フラッシュバックとでも言うのだろうか。思い出したくない事が、次々とスライドショーのように現れていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

と、咲夜が側に来て問いかけた。陽也は目を瞑り、呼吸をととのえる。

 

「……えぇ。大丈夫です。むやみに過去の記憶を漁らなければ、なんとか」

 

 レミリアは興味深そうに陽也を見ていた。陽也の過去のトラウマを探ろうとするように凝視していた。そしてしばらくしてこう言い始めた。

 

「……時が解決するとかそういうことは言わないわ。だけど、あなたのそのトラウマは、必ず癒える。人との接触を断たなければね。それがあなたの運命。あなたの迎える未来よ。今のところは、自由気ままに生きていると良いわ」

 

 運命。陽也はそれを何度か呪ったことがあった。両親を奪い、知人を奪った。陽也を絶望に突き落とした張本人が運命である。しかし、このレミリアの言葉には、妙な説得力があった。なんでかはわからない。ただ、どうも納得させられるのだ。

 

 レミリアは何かに気がつくと、

 

「咲夜、出なくていいわ」

 

と咲夜に向けて言った。

 

「よろしいのですか?」

 

「構わないわ。どうせこっちに来るだろうし」

 

「わかりました」

 

 レミリアと咲夜が何かを察知したらしい。でもほっといてるということは大したことはないんだろう。

 

「さて」

 

 レミリアは陽也の方へ向き直った。

 

「あんな風には言ったけど、あなたは普通に上手だし、自分の技術をひけらかさないし、気に入ったわ。だからあなた、ここの住人にならない?」

 

 ……ここの住人?

 

「それって……」

 

「ここに住んでみない?専属の音楽家として。もちろん衣食住は保証するわよ。それに加えて給金も払っていいわ」

 

 陽也は考え込んだ。どうしようか。魅力的な条件ではある。おそらく支給される部屋は洋室で、外の世界とあまり変わらない生活が送れるだろう。それに、だいぶ先のことにはなるだろうが、遺産が尽きたあとの心配をせずとも、レミリアの意に沿ってヴァイオリンを弾くだけで生きていけるのだ。将来の不安が完全に無くなるわけである。

 

 しかし、里での暮らしとそれを天秤にかけると、なかなか難しい問題である。紅魔館を拠点にするとすれば、人付き合いは絶たれはしないものの、最小限になってしまう。五月蝿いのは嫌いだが、陽也は活気のある里が好きになり始めていた。河童たちに電気を引いてもらうことを頼んだ手前、それをドタキャンするのも申し訳ない。そして何より……

 

「陽也!」

 

 奇しくも彼の脳裏で響いた声と同じ声が、後ろの扉の方から聞こえた。そこには魔理沙が、息を上がらせながら立っていた。

 

 




まず、参考音源は「こんな曲です」というのを伝えるために貼っているので、動画を貼った演奏者さんを「感情が篭ってない」と批評するために貼ってるのではないことを書いておきます。

ヴァイオリン弾きはレッスン行って習ってる人だと腐るほどバッハ弾くと思うのでバッハ嫌いになる人が多い印象があるんですが、私は普通にバッハ好きです。というかバロック全般が好きです。和音の進行とか色々考えると。

そんな感じで今回はバッハの無伴奏パルティータからシャコンヌ。いや、シビれる。三浦文彰さんパナいです本当に。超絶技巧とまでは行かずとも、普通に難しい曲ですね。最初の部分だけ聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。シャコンヌとは舞曲のことですが、確かに軽やかな部分もありますね。紅魔館のイメージ的にバロックが良いな、バロックだと何が良いかな、みたいな感じで選びました。短調と長調を行ったり来たりするので今の陽也君にピッタリかなと思ったり。

では次回もお楽しみに!
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