前世の記憶が正しければ、わたしは友人におすすめされて鬼滅を知った。
単行本とアニメを同時に読みつつ鑑賞しつつだったから、映画でやるってなった時、無限列車編の単行本は先に読まないようにして映画見に行ったんだよね。で、映画視聴後に号泣しちゃってさ。ショックで続きもある単行本なかなか読めなくてどうしようって悩んでたらなんか前世終わっちゃって、気づいたらああなって今はこうよ。
「牡丹の君、到着しましたよ」
隠とのリレーおんぶ旅がやっと終了した。
はあ。お館様の御屋敷に着いたんだ。長かったな。
目隠しを外され、わたしは日中の眩しさに目を細める。ん、凄い藤の花の匂いだ。
「オレ、皆んなに自慢出来ます! それじゃあ牡丹の君、また何処かで!」
「えああ、どうもありがとうございました!」
物凄く嬉しそうだった隠の男の人は、とてもルンルンで去って行きました。そしてわたしは産屋敷家の広いお庭に一人残される。
炎柱、あの後どうなったんだろ。
その場で棒立ちしながら思うのは、無限列車編生きルートに突入した煉獄さんのその後の安否だ。わたしをおんぶする隠の人が変わる度に聞いてたんだけど、屋敷に着いても未だわからないままだったから気になってるんだよね。
「お待たせ致しました八重野ナツさま」
したらお館様の五つ子の内の一人、右側に紐の髪飾りをした女の子がやって来てわたしを屋敷の中へと案内してくれた。
めっちゃ広。廊下長。部屋数幾つよ。一人では絶対迷子になるなぁ。
「お館様にお会いになられる前に、先ずはこちらにてお身体をお流し下さいませ」
先に案内されたのはお風呂場だった。ま、確かに任務で薄汚れた状態でお館様に会うのは失礼よね。って事でお風呂に入りました。感想、今までに見た事の無いくらい豪華なお風呂でした。広かったのでちょっと泳いだのは内緒。
脱いだ着替えは片付けられてて、代わりに真新しい隊服が用意されてた。羽織りは無いけどどうしたんだろって思いながら廊下へ出たら、女の子が廊下で正座して待ってて吃驚した。
「ご、ごめんなさい!」
お館様の娘を正座させて待たせちゃってたって焦る。
「いいえ。お気になさらないでください」
女の子は微笑んでる。まるで妖精みたい。ていうか紐の髪飾りが左側になってる。もしかしてさっきの子とは違う子なのかな。わからん。
「羽織り物は洗っていますので、乾きましたらお返し致します」
「あ、ありがとうございます」
「では、此方へ」
案内再開。また長い廊下。そして奥へと少し進んだ所で女の子が立ち止まった。
「このお部屋でお待ち下さい」
「は、はい……」
10畳くらいの広さの部屋の中は、行燈以外何も置かれてない。取り敢えず下座に座って待機。緊張してきて何にも考えられないや。
「お館様の御成りです」
ひ、来た。廊下側の障子戸が開かれるとほぼ同時、わたしは慌てて両手をついて頭を下げた。
「やっと会えたね、ナツ」
お館様の声が耳に入った瞬間、ぶわってなんか鳥肌が立った。勿論良い意味で。
「は、初めまして! ほ、本日は、その!」
「緊張しなくて良いんだよ。さあ、顔を上げて。今日呼んだのは君を叱る為じゃないからね」
「はっ、はい!!」
言われた通り顔を上げた。お館様との距離、約60センチメートルくらい。左右にさっきの女の子二人がお館様を挟む様に座ってる。お館様の顔は知ってたけど、顔の上半分が焼けただれたような痕があった。
「本当ならもっと早く、君が隊士になった時に会って話したかったんだけど、なかなか時間が取れなくて今になってしまった。遅くなってすまないね」
「いえ、そんなっ。わたしになんかわざわざ時間を取ってくれただけでも恐れ多いのにその、ありがとうございます!」
「君も私の大事な可愛い剣士(こども)だから、『わたしなんか』と卑下しなくても良いんだよ」
「はい……」
これが1/F揺らぎってやつなんだろうか。マジで不思議な高揚感が来て驚いたわ。
「君の事はおそよさんや鎹鴉を通じて聞いていてね。だからかな、君と会えるのを凄く楽しみにしてたんだ」
ほわ〜。ってする。ある意味集中出来ない。てか『おそよさん』てそよ婆の事よね。
「ああ、そうだ。先ずはナツに知らせてあげたい話があって。杏寿郎の事だけど」
お館様から炎柱の現在の状況を聞いた。知りたかったから有り難かった。あの後炎柱は死を免れたけど、それでも重症に変わりなくて今も治療中。意識はまだ戻ってないそうだ。
「君が杏寿郎の命を救ってくれたそうだね。あの子の代わりに礼を言うよ。ありがとう、ナツ」
「いえ! わたしは別に! あの、そ、その事についてなんですが……っ」
集中出来なくて頭ぼーってなってたんだけど、脳内で自分をビンタして引き締める。説明しなくちゃって。
「稀血、君の血の能力の事かな?」
「えあ、そうです」
鎹鴉から聞いてたって言ってたし、なら任務での鬼との対応もある程度把握してるよねー。
「希少性が高い稀血を持つ者の中でもナツ、君の血は他では類を見ない。一つ、致命的な傷を負っても治せるというのは本当かい?」
「本当、です。自分自身だけじゃなく、この血で他の人の病気や怪我も──」
「鬼の頸を斬らずに殺すのも?」
「わたしの血を一滴でも口に入れた鬼は弾け死にました」
わたしは、お館様に最初から今までの事の全てを話した。と言っても、転生した云々は省いたよ。ややこしいし。
内容は、生まれ育った場所が親戚だけしかいない人里離れた小さな集落だとか、皆んな普通よりも回復力高くて特にわたしが一番高いとか。自分たちの回復力が高いのは、崇める存在だったあるご先祖さまのお陰でもあるとか。ご先祖さまの追体験夢見たとか。鬼によって集落が全滅して、そういえば初めて見た鬼が死んだのも、わたしの血を舐めたからじゃないか説とかってのを。
「わたしたちは"鬼の末裔"だって、小さい頃から聞かされてました」
「鬼の、末裔?」
「はい。ご先祖さまは鬼の女から産まれた鬼の子だからだと。突拍子なくてすみません。もっとちゃんと言いたいんですけど、わたしのこの血、能力は上手く説明出来ないんです。首の骨を折っても、身体が逆くの字に曲がっても元に戻せてしまったりとか。普通の人間とは全く違うんです」
集落の皆んなは、わたし以外もう誰もいないし。詳しく聞きようがない。
「鬼が子を宿すという例は今まで聞いた事が無いね。それが事実であるという証拠は、君の中に流れている"血"だけ……か」
「今の話を世迷い言だと思ってくれても構いません。可笑しいですよね。こんな話誰にも言えないし、信じてもらえるわけないですから」
科学がめちゃくちゃ発展してたなら、血液調べてもらって結果出せるんだけど。口で説明するの本当に苦手。絶対お館様に頭のおかしい奴認定されてるかも。
「私は信じるよ、ナツ」
「お館様……」
その言葉が返ってきてマジか。ってなる。普通は絶対信じないよ。
「産屋敷家の人間が持ってる先見の明も、初めは誰も信じてはくれなかったそうだ。君の言う『説明』しようがないもの。世迷い言だとね。でもこの世には説明出来ない不思議な事は数多くある。我々が倒すべき鬼もまた、普通に暮らしている人からすれば信じ難い存在。聞いて、見て、実感してやっとわかるもの。私はね、ナツ。見たんだ。君を。この持っている能力で」
だから信じる。お館様は見えなくなってしまった眼を真っ直ぐわたしに向けて言った。なんか心の中がぽわ〜ってなった。
てか一体何をお館様は見たんだろうか。
「だからおそよさんに君を頼んだんだよ」
む。そよ婆って、お館様からしたらそんな信用度高い人なのかな。
「ただね、──ナツ。鬼殺隊士の殆どは鬼に憎しみを持つ者が多い。鬼の末裔だという君は、その存在を否定されるかもしれない」
「そ、うですよね」
それは覚悟の上と言いたいところだけど、辛いところ。
「隠す道もあると思います。お館様にはバレちゃっても、他の人には秘密にして生きていく事も出来る。それで良い事もあるかもしれません。でもわたしは、わたしだけは自分の存在を否定したら駄目なんです」
ヒメミコさまの最期が過ぎって胸がギュッとなる。
「ご先祖さまは、ヒメミコさまは鬼でも、鬼舞辻無惨とは違います。自分を犠牲にしてまで人を助けました。だから今、わたしがこの世に存在して生きていられてるんです。辛いけど、哀しいけど堪えます。違うんだよって、自分の行動で証明していくしかないんです」
「そうだね。その証明は君にしか出来ないから」
「はい!」
「これからも期待しているよ、ナツ」
「ありがとうございますお館様!」
期待されてるって言われた事ないから嬉しくてマジで調子乗っちゃいそう悪い癖。イキりました。
「あのお館様! 今は無理ですけど、夜になったらわたしの血を飲んで下さい。もしかしたらお館様の──」
お館様が自分の人差し指を口の前に立て『黙って』の動作をした。
「ありがとうナツ。君の申し出は本当に有難いけど、断らせてもらうよ」
お館様は微笑んでるように見えるけど、全く違ってた。
「君はその能力がどれほど貴重であるかを真に理解しているかい?」
「貴重……」
「私が君の血を少し飲んだとしよう。きっと今よりも元気になると思う。私はそれに歓喜して『もっと、もっと』とせがむ。君は優しいから欲しいままに与えてくれるだろうね。私は抑えきれなくなって完治するまで何度も飲み続ける。ナツ、君の血は限界が無いのかな?」
「限界は……」
わたしにだって限界はある。
重症であればあるほど、わたしは血を多く出さねばならない。
「産屋敷家の呪いとも言えるこの病は強力だから、一滴二滴で足りるようなら今も私を含む代々の一族は苦しんではいない」
何故だか、とてつもなくお館様が恐ろしく思えた。人間の秘めた恐ろしい欲の深さを感じ取ったからかな。
「私も欲深い人間の一人。欲を知って更に求めるだろう。『ナツ、私にその命をおくれ』と。君は私の望みを叶える為に、その命を差し出せるかい?」
ゾッ。全身の肌が粟立つ。表面上笑みを見せるお館様、1/F揺らぎの声。なのにこんなにも恐いなんて。
「君が自己犠牲を心から望むなら別。だけど違うのなら簡単に血を与えるのを許してはならない。ナツの助けたいという心からの善意は嬉しかった。自分が正しいと思える決断に口出すつもりはなかったけど、もっと慎重になりなさい。鬼にも、人にもね」
「す、すみません。お館様……」
頭を下げて謝ると、スッと部屋中の空気が軽くなった気がした。
「ごめんね。恐がらせるつもりは無かったんだ。ただ君は良い子だから心配になってね。大事な能力は鬼を滅し、鬼によって苦しむ者たちへ使ってほしいな」
ほわわ〜ってなる。何この差。お館様マジホラー。でも、調子乗りのわたしに注意してくれた事は本当に感謝だ。お館様の呪いは血で治せるよって驕った自分反省。
「ナツ、今日は君に会えて本当に良かった。随分と話が長くなってしまったから疲れたよね」
「いえ! 全然平気です!」
「任務からそのまま来てくれたんだし。もう日暮れかな?」
お館様が隣に座る女の子に問うと、『はい。もう日も落ちてきました』って直ぐに返答してた。したら反対側の女の子も言う。
「お館様、八重野さまの羽織り物がまだ乾いてはいません」
「そうか。なら今晩はうちの屋敷で過ごしなさい」
「え!」
「ナツにはこれからも鬼殺隊の為に頑張ってもらわないといけないからね。ゆっくり休んで明日からに備えておくれ」
「は、はい。じゃあお言葉に甘え、……ます」
わたしは手をついて頭を下げる。本心から敬意を示したつもりだ。
お館様が先に部屋から出た後、わたしは緊張が解けなくて暫く動けなかった。
で、やっと解ける。
「ああー、緊張したあああ!」
大の字で寝そべって何回か転がった。綺麗な畳の上で転がるの最高だわ。
「あ、ご飯て何出るんだろ? 絶対豪華よね? 楽しみー!」
独り言も出ちゃうなぁ。ってわくわくしてたら、襖で仕切られた向こう側から小さくガタって音がして吃驚して飛び起きた。
何だろ。気になって覗こうとした時、『八重野さま』ってさっきの、ううん、藤の花の髪飾りをした女の子がわたしを呼びに来たからそれは出来ず仕舞い。結局音の正体はわからないままだった。
その日の晩、もう見ないだろうと思ってた追体験夢を久しぶりに見た。
時系列は巻き戻ってて、例の御簾が下された部屋にヒメミコさまがいつもの姿で待機してる。夜だし、昔の照明器具過ぎてやっぱ薄暗い。
『ヒメミコ、ヒメミコや』
金の亡者と化したお婆さんが、誰かを連れてやって来た。相手は絶対お貴族様。ヒメミコさまは長方形の布してるし薄暗いから顔わかりません。
『御簾の向こうか?』
『左様でございます』
『是非ともこの目で見たい。御簾をあげよ』
『はい、桂条院様』
どっかで耳にした事のある声の、"けいじょういん"とかっていう男がお婆さんに御簾を上げさせ、布で顔の見えないヒメミコさまと対面した。せっかちよな。普通なら驚くけど、ヒメミコさま全く動じてない。
『その布をとってみよ』
『桂条院様それは困りまする。ヒメミコは表には顔を出しませ──』
『黙れ』
お婆さんの言葉を遮った男は、持っていた扇子でヒメミコさまの顔の布を強引に外してきた。なんて奴だってわたしは思ってたけど、ヒメミコさまはやっぱり動じない。
『お前がヒメミコか?』
扇子で顎を無理矢理上げられた。最低。ヒメミコさまはゆっくりと流し目で男を見上げる。
う、嘘でしょ。
薄暗くてもわかった。この"けいじょういん"、知ってる雰囲気は違うけど、絶対そうだった。
この男────、鬼舞辻無惨だ。