おはようさんさん。朝焼けが目に染みます。
我妻くんがいなくなって、京極屋内部は少しだけ騒がれた。でも少しだけだった。楼主が『騒ぐな忘れろ』って言ったから。善子は足抜けしたんだからって、これ以上騒いだり詮索したりするのは禁止になった。
幸か不幸か。わたしまだ一度も蕨姫花魁に会った事ないや。聞けば美女らしい。
あーまだ感覚あるや。
首筋の辺りを押さえながらこっそり窓から外へ。よじ登って京極屋の屋根の上に立ったわたしは、背を低くして辺りを警戒する。
よし。バレてない。
定期連絡で集合する場所は屋根の上。ときと屋、荻本屋、京極屋から離れた建物の上集合だ。
「おまたふぇ」
しゃくれ顔ずっとやってたから顎が自然としゃくれそうになった危な。
到着すれば既に竈門くんと嘴平くんが二人でわーわー話してた。
「おはようございます! 八重野さん」
「おはよう。竈門くん、嘴平くん」
「……八重野さん。顔色が良くありませんけど、何かあったんですか?」
追体験夢での感覚がまだ残ってて嫌だなぁって思ってたら、竈門くんが気にしてくれたみたい。顔に出しちゃってたのね。
「ううん。わたしは何でもない。それよりね」
竈門くんたちには、わたしが鬼の末裔で云々って話を後に回そう。それどころじゃないし、言ったって混乱させるだろうし、何より鬼要素がわたしには無いしね。
「百合女、アイツはどうした?」
「その我妻くんなんだけど……。実は昨日──」
わたしは二人に、京極屋でわかっているだけの情報と、突然いなくなってしまった我妻くんの事を伝えた。
「善逸がいなくなったって、何で……!」
「ごめん。京極屋では殆ど我妻くんとは会話も出来なくて」
一緒の店にいたのに。我妻くん、何で消えてしまったんだろう。
「蕨姫花魁……」
わたしが不意にその名前を呟くと、竈門くんが『誰ですかその人は?』って問いかけてきた。
「京極屋の看板花魁。我妻くん、その花魁に殴られ気絶したんだよね。ただの花魁が、殴っただけで吹っ飛ばせるものかな? それにその花魁ってね、よく禿や花魁虐めてて、やられた相手は皆んな自害してるか姿消して足抜け扱い。我妻くんが消えた後に、花魁のお姉さんたちがこっそり話してるのを聴いちゃったんだ」
怪しくない? 鬼には都合良い自害だとか足抜けってさ。だからわたしは続けて言う。
「京極屋の蕨姫花魁、鬼だと思う」
そしたら嘴平くん、『いや俺んとこにいるのが鬼だ!』って主張した。
「荻本屋に?」
「さっき俺も伊之助から聞いたばかりで……」
嘴平くんから聞かされた内容を、竈門くんはわたしに教えてくれた。
なんと音柱の奥さんである"まきを"さんの部屋で、嘴平くんが謎のうにょうにょした得体の知れないナニカを見たのだそうだ。
「嫁のまきをは、具合悪いって部屋から出て来ないって言われてたけどな、いなかったぞ!」
「え、じゃあ、須磨さんは?」
竈門くんへ顔を向ければ、『いませんでした』って返ってきた。音柱の奥さん三人とも行方がわからないなんて。
音柱が来たら判断伺ってみよう。そう三人で話していたその時だ。
「炭治郎や伊之助には、善逸の件で悪い事をしたと思ってる」
いつの間にか音柱がわたしたちの前にやって来ていた。本当、音も無く来るの心臓に悪い。
「俺は嫁を助けたいが為にいくつもの判断を間違えた。炭治郎、伊之助。お前ら二人は花街から出ろ。階級が低過ぎる。此処にいる鬼が上弦だった場合、対処出来ない」
消息を絶った者は死んだと見做す。後は任せろ。音柱が言うと、竈門くんは『俺たちも残ります!』って待ったをかける。
「恥じんな。生きてる奴が勝ちなんだ。機会を見誤るんじゃねえ」
音柱はわたしへと目を向け、『八重野、ついて来い』って京極屋方面へ消える様に行ってしまった。
ですよねー、ってなる。さっきの会話の流れ、わたし完全省かれてたもん。まあ、ある意味身体丈夫だし? 鬼倒せる血チート持ちだし?
「……じゃ、わたしも行くね」
音柱について行く前に竈門くんと嘴平くんに軽く手を振りつつ、『また後でね』って言ってからわたしも二人の前から立ち去った。
わたしこの後の展開まるで知らないけどさ、主人公だよ? 絶対残るだろうし、また後で会えるという確信あるわ。
「八重野、お前の怪しいと思ってる花魁の部屋の場所を教えろ」
屋根つたいで京極屋方面へ向かってる途中、またも突然に現れた音柱。神出鬼没だわ。
「二階、北側の部屋です。その部屋は日が当たりません」
「わかった。お前は夕暮れ前まで京極屋で働いてろ。使いを送るから準備していつでも出れるようにしておけ」
「はい!」
命令を残し、音柱はまた何処かへ行ってしまった。
なんだか緊張感。今回の任務、主人公と柱と来たらもう上弦の鬼ありそう。あーやだなぁ。考えるだけで心震えそう。
溜息一つ思いっきり吐いて、わたしは精一杯の忍び足で京極屋へ戻った。
雑用しながら夕刻。わたしは一階にある厠に行くふりをして、完全物置部屋になってる部屋にこっそり入る。雑魚寝部屋より箱物が多い。この部屋には窓無いけど、音柱の使いって入って来れるのかな?
って思ってたら、天井裏からなんかカタカタ音して反射的に上を見てみる。あ、来た来た。天井の板をずらしてこっちを覗いてるわ。
音柱の使いは"忍獣"の鼠。通称【ムキムキねずみ】だ。最初の説明で音柱から聞かされた時は『鼠なんて名称の人間かな?』って思ってだけど、ガチだったんだね。なんか特別な訓練受けててめちゃくちゃ知能高いらしい。凄いムキムキで派手だわ。
二匹の内一匹がわたしの刀、もう一匹はわたしの隊服と羽織りが入った風呂敷包を持って来てくれたようで、わたしはそれを受け取った。
「ありがとう」
ムキムキねずみたちにお礼を言って、わたしは素早く隊服に着替え、髪型もいつものにセットし直した。
「よし」
これでしゃくれ顎ともおさらばだし、あー、雑用で済んで良かったわ。
これから別の意味で大変なのに、わたしは遊郭での潜入任務が終わる事を心の底から喜んだ。音柱に渡された念の為の薬入り袋は後で返そう。
さて、いつでも出れるんですが。中で待てなんて言われてもないし、屋根の上にでも出ていようかな。で、わたしは廊下を確認して再び厠方面へと進み、廊下側から裏庭へ。運良く誰もいない。そして誰かが通る前に急いで柱やら窓枠やらを掴んだりして屋根の上に立った。
もう空は闇に染まりかけてる。
「八重野」
音柱待ってたら来た。
「京極屋の蕨姫花魁は鬼だ」
やっぱりそうだったのか。
「奴は部屋にはいなかった。朝を迎える前に此処へいずれは戻って来るだろうが、その前見つけて頚を斬る」
「嘴平くんが荻本屋で見たというのも鬼でしょうか?」
「だろうな。京極屋とは別の鬼か、それとも同じか。今回の鬼、上弦の可能性がある。俺は今から切見世の方へ行く。雛鶴を迎えに。お前は荻本屋の様子を見に行け」
「はい!」
音柱と別れたわたしは、言われた通り荻本屋へと向かった。
屋根から屋根へ渡り、荻本屋へと着けば何やらちょっと騒がしい。聴こえてくるのは『猪の化け物が』とか『壁や天井や床を壊して』なんてのだ。絶対嘴平くんの事言ってる。
でも、その嘴平くんの姿は無い。何処へ行ったんだろ。竈門くんと一緒なのかなって思ってたら、近くでドゴォって地面に響く音がした。
鬼出た? って警戒して音の方へ行ってみる。
「うわ、何これ……」
地面にでかい穴空いてる。で、穴の奥から何か音する。誰か、何かいるんじゃないのこれって。唖然としてたら、この穴から何か速いのが飛び出て吃驚した。一反木綿みたいな薄さのヤツ。その何かわからないのは何処かへ飛んで行って、次に飛び出て来たのは音柱だ。
音柱はわたしに気づく事なく、さっきのを追いかけて走って行った。
「え、音柱?」
唖然呆然で音柱が行った方を見つめていると、穴からまた誰かが這い出て来た。
「お、百合女!」
「え、嘴平くん?」
見覚えある猪頭。そして我妻くんもいるじゃないの。
「我妻くん見つかったんだ!」
「説明してる暇は無ぇ! おっさん追いかけっぞ!」
「あ、え、うん!」
兎に角見つかって良かった。我妻くん、鼻ちょうちん出してるってことは寝てるのかな?
よくわからないけど、音柱が追いかけて行った先に鬼がいるのは確定だな。わたしは彼等と一緒に走った。途中、また凄い音がした。向かってる先だ。
「竈門くんは?」
「わからねー!」
てっきり三人一緒だとばかり思ってたけど。じゃあもしかして。方向からして、このまま進めばときと屋だ。竈門くん鬼と対峙中かも。
近づくにつれて段々と鬼との戦闘の跡が見えて来た。広範囲。ずらりと並んだ遊郭の建物が半分倒壊してたり、綺麗に屋根半分切れてたり。逃げてる花魁の姿も見えた。
「あそこ!」
明らかに戦闘中であろう建物の前に人影あり。
「お! いた!」
竈門くんだ。
「コラァ! 俺が来たぞ! 頼りにしろ俺を!!」
「みんな! 宇髄さんに加勢してくれ頼む!」
「任せとけ!」
どうやら音柱はこの壊れに壊れまくったこの建物の二階に鬼といるらしい。
「俺は禰豆子を箱に戻して来る!」
よく見たら竈門くんは小さくなった禰豆子ちゃんを抱き抱えてる。しかも負傷中だ。
「竈門くん!」
わたしは竈門くんを追いかけた。
「八重野さん、どうしました?」
息を荒くしながら常中する竈門くんは、禰豆子ちゃんを箱に戻して背負う。
「わたしの血、飲んで」
「え!」
竈門くんの顔が赤く染まった。きっと口移しだって勘違いしたと思う。わたしは自分の左手を爪で押し当てるように拳を握った。
「ごめんね。抵抗あるだろうけど、大丈夫。口を開けて」
「で、でも……」
「早くしないと」
「っは、はい!」
目を瞑ってあーんした竈門くんの顎を少し上げ、わたしは左手の拳を更に強く握った。その手から流れ出た血はポタポタと竈門くんの舌の上に落ち、奥へと流れていく。
「んぐ!?」
わたしの血を飲み込んだ竈門くんは心臓を押さえて息を大きく吐いた。
「はあ、はあ、はあっ!」
「大丈夫?」
荒い息は正常を取り戻し、竈門くんは閉じていた目を開けて驚いている。やったね!
「い、痛くない。あれ? 傷、消えてる。折れてない!」
「効いたんだね!」
「す、凄い! 八重野さん、俺、さっきよりずっと元気になりました!」
「良かった──」
爆発音。音柱がいる建物からだ。
「行きましょう!」
「うん!」
全回復した竈門くんと共にいざ参戦。爆発は連続で起こってる。火薬臭い。
前にまで来たら、嘴平くんと我妻くんが入るタイミングを見計らって突入してた。竈門くんは走って中へわたしも後に続いた。
うわっ。上弦じゃん。
入って直ぐ視界に入った鬼二人。女の鬼と、鎌を武器にした男の鬼。明らか持ってる重圧が雑魚鬼と全く違う。足震えてきちゃった。
「勝つぜ俺たち鬼殺隊は!」
音柱は額当ての下から出血してた。
「はあ? 何言っちゃってんの? 勝てるわけないでしょ。頼みの綱の柱は毒にやられてんのに」
白い髪の、美人な鬼……、蕨姫花魁? が小馬鹿にして笑う。音柱毒受けてるの?
「余裕で勝つ! 毒回ってるくらい足枷あってトントンなんだよ! 人間様を舐めんじゃねぇ!」
音柱は笑い返して続けた。
「テメェらの倒し方は既に看破した。同時に頚を斬る! 二人同時にな!」
この鬼二人の攻略を見出した音柱に対し、もう一人のおどろおどろしい男の鬼は自分の体をボリボリと掻きむしる。
「口だけだろ。お前らみたいなのはなあ」
「夜が明ける前に殺して喰ってやるよ!」
女の鬼が音柱に攻撃しようとしたら、我妻くんが眠りながら対抗して追いかけるように外へ飛び出した。
「蚯蚓女は俺と寝ぼけ丸に任せろ!」
蟷螂はお前らが倒せ。嘴平くんはそう言って女の鬼の方へと走った。蟷螂っていうネーミングわかりやすい。頂き。
蟷螂鬼はわたしでもわかるくらいの殺気を放ってて、一歩でも動いたら危険だ。あれ、何故か左目だけを閉じてる。
「おい、お前かあ?」
蟷螂鬼が誰かに向けて言う。
「さっきから良い匂いがすると思ってたんだよなあ」
もう片方の目が後方にいたわたしを捉えた時、一瞬で肝が冷える。
瞬きの間に蟷螂鬼がわたしの目の前に来たと同時、音柱と竈門くんが動いた。わたしは音柱に外へと突き飛ばされ、竈門くんが蟷螂鬼へと刀を振る。屋根の上には女の鬼が嘴平くんと我妻くんと戦ってるんだけど、まるで無数の蚯蚓みたいな帯が屋根を突き破って中にいる音柱に攻撃してた。
「京極屋でずっと匂ってたのはアンタだったのねえ。"あの方"が言ってたのも」
今度は女の鬼か。てか『あの方』って言った? 今。
慌てて態勢を整えるけど遅かった。竈門くんと相手してると思ってた蟷螂鬼が、あっという間にわたしの背後を取ったからだ。
あ、マズイ。
ああ、わたし。非常にピンチでございます。