そういえばさ、人に抱き締められるのって久しぶり。集落の最後の夜、お母さんが震える身体で私を抱き締めてくれたあの時以来だ。
「私ね、ずっとナッちゃんに会いたかった!」
蜜璃さんとは最終選別突破した日から一度も会わなかった。どうしてるかな、元気してるかなあってのは隅では思ってたよ。
「お館様の御屋敷でこっそり聴いてた子がまさかナッちゃんだったなんて。名前を聞いて直ぐに思い出したの」
「わたしの事覚えてくれてたんだね」
「当たり前よ! だって私たち同期だし、それにお友達だもの!」
友達。それを言われて胸の中がほわって温かくなった。
蜜璃さんはわたしを友達だと思っていてくれてたなんて。最終選別が終わって直ぐ、短い時間しか一緒にいなかったのに。
「蜜璃さん」
「さんはやめて」
「じゃあ……、蜜璃、ちゃん?」
「うん!」
「友達かあ、うへへ」
嬉し過ぎて変な笑い出た。だってさ、駄目だって思ってたんだよ。鬼殺隊に入ったんだから友達作ってる場合なのかってのがあったし、もう一人の同期が言ってた、『生きて会う保証もないのに無意味』だとかっての。でもせめて戦友みたいな関係の相手は欲しかった。密かに望んでた。
けどさ、わたしにはそんな相手出来なかった。自分で言うのもなんだけど、この美し過ぎる容姿は崇められて対等にされないんだ。だからぼっちなんだよ。
炭治郎くんたちは慕ってくれてるんだけど、『あれ可愛いよね』、『あの甘味マジ最高』、『あの人超イケメン』みたいなありきたりな特有の会話出来ないし、アオイちゃんや三人娘、カナヲちゃんとは未だ完全に打ち解けてないから若干の距離感じてるし。真の意味で友達っていないんだよ。
ねえ、これ喜んで良いんだよね? 蜜璃ちゃん柱だけど関係なく仲良くして良いんだよね?
わたしからじゃなく相手から、蜜璃ちゃんの方から『友達』だって言ってくれたんだから、そう思って良いんだよね? 今更『嘘でーす』なんて無いよね? なら喜びます。マジ喜んじゃいます。
「ナッちゃん、あなたがこんな美人さんだったなんて。名前を聞くまでわからなかったわ」
「え? ああ、あの時は髪ボサ貞子だったから顔が見えてなかったしね」
「かみぼささだこ?」
「ハハ、気にしないで」
わたしはもう頭ハッピーセット。へへ。友達、うヘへ。
喉が渇いてるだろうからってお水を蜜璃ちゃんから貰って一息。
「身体はもう平気?」
「ん? もうなんとも無い──」
幸せな気分から一転、忘れてたのを一瞬で思い出してしまった。温泉での出来事を。
「どわあああああ!」
「え! ど、どうしたの?」
わたしが奇声を発したもんだから蜜璃ちゃんが吃驚してます。
「あ、あの! わたし、ど、どうやってこの部屋に? 一体誰が?」
「あー、そ、それはね!」
蜜璃ちゃんはその話をする時、恥ずかしそうに顔を赤らめてた。この里に刀研ぎに来て待ってる間に温泉入ろうと行ったら、裸の炎柱と気絶してるわたしと遭遇して軽く悲鳴上げたみたい。
気が動転したけど、炎柱が蜜璃ちゃんに気付いて『着るものを取ってくれ』って頼まれて大慌てで自分の羽織をわたしに被せて、炎柱の代わりにわたしを抱き起こしてこの宿まで連れて来てくれたんだって。しかも着替えまで。
「そ、そうだったんだ。蜜璃ちゃんがわたしを……。ありがとう」
気絶後の真相わかって半分安堵した。炎柱に裸見られたのは恥ずかしいけど。しかし蜜璃ちゃん力持ちだなあ。
「でも、羽織り汚しちゃって、ごめんなさい」
「気にしないで! 私はナッちゃんが心配だったから! それにそもそも汚れてないんだから!」
「蜜璃ちゃん……」
感動で涙滲んできた。うう。本当にありがとう。何かお礼を考えなきゃ。
「それに心配してるのは私だけじゃなくて煉獄さんもだから」
涙引っ込んだ。忘れちゃ駄目なやつ。
「え、炎柱はどちらに?」
「煉獄さんなら多分お部屋にいるんじゃないかしら? ナッちゃんの悲鳴が聴こえる少し前にナッちゃんの様子を聞きに来られたから、いらっしゃるとは思うんだけど」
「ご、ご迷惑かけたから謝りに行って来る! えっと、部屋は何処かな?」
「このお部屋を出て右三つ隣が私の泊まるお部屋だから、その二つ隣りが煉獄さんのお部屋よ」
「ありがとう蜜璃ちゃん!」
わたしは急いで立ち上がると、布団の横に畳まれて置かれてた羽織り物を羽織って廊下に出た。
「もう直ぐ晩御飯だから一緒に食べましょうね!」
「うん! それまでには戻って来る!」
と言って蜜璃ちゃんをおいて勢いで部屋から出たものの、脚震えるくらい緊張してきた。
ええい。醜態晒しを謝るのに躊躇してどうするよ。柱よ煉獄さんは。このまま放置は失礼だし、ちゃんとやろ。今回の目的、無限列車での事もあるしね。
てか気付いたらもう炎柱のお部屋前。わたしの事はある程度情報知らされてるだろうし、名乗っても多分『誰?』とはならない筈。軽く深呼吸してからその場に正座し、声をかける。
「お休みのところ申し訳ありません! ご挨拶が大変遅れました、八重野です! その節は任務中に、救助とはいえ炎柱に無礼を働いた事、それと先程はとんでもない醜態を晒してすみ──」
途中でスパーンって障子戸が開かれて吃驚して見上げたら、炎柱が仁王立ちして呆気に取られかけた。温泉ぶり、否、無限列車振りに正面の炎柱を見た気がする。
あ、謝らなきゃ。って急いで手をついて頭下げようとしたら、『しなくて良い』って炎柱がしゃがんできてそれを止めた。ん? 醜態晒し怒られるかなって勝手に思ってたけど、気にしてないのかな?
「もう大事ないか?」
「うぇ、は、はい! 夜になれば元気になる体質なので!」
「そうか! それは良かった!」
「あの、それとですね……」
謝罪ついでに治療の件をお願いしようと顔を上げたら、いつの間にか炎柱は部屋の真ん中で真横向いて座っていて、『廊下に正座していては足が痛かろう! 中へ入ると良い!』ってめっちゃデカボイスで言った。
ああ、わざわざ気を遣ってくれたんだなって思ってさ、断るのも失礼だしって『ありがとうございます』ってお礼して部屋の中へお邪魔した。
「あの……」
「キミが目覚めるまでずっと考えていた。勝手をして父には叱られるだろうが、説明すればきっと納得して下さるだろう」
炎柱は話を遮るように真横を向いたまま話をし始めた。何、どうしたの。
「いくら故意では無いとはいえ、嫁入り前の女性の裸を見てしまった。なので俺は! 責任を取る!」
「────え?」
頭ぽかーんです。責任って何なんだろうって考えたけどよくわからない。
「あ、あの!」
「何だ!」
「せ、責任って何を、ですか?」
「それはつまり! キミを妻にするという事だ!」
「はあああああ? 何でええ?」
炎柱がとんでも発言したものだから、わたしもつい声を大きく上げてしまった。いやいやなんでよ。たかが、しかしされど裸。でも見られたからって責任とってよねってなるの? おっぱいほぼ出てる蜜璃ちゃんどうなるのよ。
逆にいくら人命救助だからって血を口移ししたわたしの方こそ、炎柱の初めてかもしれない唇を奪ってしまった責任感じるわー。こっちは炎柱的には気にしないって事なのかな?
いや駄目だ。前世寄り基準で考えちゃってるけど、倫理感が違うんだ。でもさ、やっぱ……。
「すみませんが炎柱、それはおかしいです!」
「おかしくは、無い!」
「ま、待って下さい。あれは事故です! 炎柱は、わたしを助ける為に見ざるを得なかったんです! だからノーカン……じゃなくて、見た数になりません! 見られたわたしが言うんですから、責任は感じなくて良いんです!」
「しかしそれは無理だ!」
「無理じゃないです! 炎柱はこの先、裸を見た相手全員に同じ事を言うんですか? それにいつか好きな人が出来た時に絶対後悔する筈です!」
って精一杯に言ったら炎柱は『むう!』って困ってるような感じの声出てた。
「キミの言っている事はわかるようでわからない! 難題だな!」
「何も難しく考えなくて良いんです。単純なんです。炎柱には想い人はいないんですか?」
「そのような相手はいない! キミにはいるのか?」
「い、ません」
「ならばこの話を受けても問題なかろう!」
「ま、待って下さい! 一方的過ぎます! わたしは責任で結婚したくないです! 結婚するなら、す、好きになった人とが良いので!」
ここまで声張り上げながら言ってて何か恥ずかしくなった。この宿広いけど防音室でも無いし全部筒抜けてそうでヤダ。泊まってるのわたしたちくらいであれ。
「わたしの、故郷の集落では皆んなが自由に恋愛結婚してて、勿論、両親もです」
「ほう、それは珍しい話だな!」
「みたい、ですね。わたしはそれが当たり前に育ってきたので」
集落での事が頭の中で蘇ってきた。九郎じっちゃんシノばっちゃんも恋愛だって聞いてたし、お父さんとお母さんは物心ついた時から仲良くて、なんとお母さんから求婚したらしい。やるねお母さん。それにあの一番のお年寄りのキヌ婆も、早くに亡くなった夫とは恋愛結婚だったそうだ。
「集落には大きな柿の木があるんですが、皆んな不思議とその柿の木の下で将来を誓い合うんです。だからわたしも、いつか絶対好きになった人と結婚するんだって、好きな人とその木の下で誓い合うんだって。だから──」
言い終える寸前に我に返る。自分語りやば。焦る。真横向いてた筈の炎柱がいつの間にかこっちを向いてるじゃないの。
「く、くだらない話をしてしまってすみません! 今のはどうか聞き流して下さい!」
顔がきっと茹蛸みたいになってると思う。熱い。わー。恥ず。
「それは出来ないな」
「え?」
責任結婚の話に戻そうとしたら、炎柱が言った。
「今キミが語ってくれたのは決してくだらなくはない。キミにとって大事な事だ。それを聞き流す事は俺には出来ない」
真っ直ぐわたしを見る炎柱。胸が熱くなってマジ兄貴ィィってなる。流石皆んな大好き炎柱だなあ。
けどやっぱ恥ずかしい。何とか頑張って忘れてほしい。こういう話って今まで誰にも言ってないし、これから蜜璃ちゃんと女子会して話してきゃーきゃーする予定だったのに、まさか先に炎柱に言ってしまうとは。羞恥。
「ありがとう、ございます」
でも感謝した。それと、脱線しかけたから戻さないとな。
「えっと話を戻しますね。兎に角、今回の温泉での事は炎柱に責任は無いので、どうぞ、考え直して下さい。お願いします!」
わたしが畳の上に手のひらつけて深く頭を下げると、炎柱は数秒黙ってから『そうか。キミがそこまで言うのなら、やむを得んな』って、責任結婚の事を引き下がってくれた。
炎柱って自分が決めたら絶対曲げないって意志が強そうだから渋られるかなって思ってたけど、相手の気持ちもちゃんと尊重してくれる凄い人だな。
いやあしかし焦った焦った。マジで心臓に悪いわぁ。
「あ、のですね炎柱、謝罪も含めて今回この里へ来たのには理由がありまして……」
さて本題に入らなければ。なので今の話を無かった事にして切り替える。
「わたしの血の、特殊な能力についてはもうご存知ですか?」
「ああ。お館様から直々に話をして頂いてな、ある程度の事は理解出来ている。キミには会って礼をしたいと思っていた。遅くなってすまない」
「いえ! お礼なんてそんな! 炎柱の意思も聞かずに勝手をしましたし!」
考えないようにしてるけど、思い出すと結構恥ずかしいんだからね。
「俺は命を捨ててでも鬼を倒したい一心だった。次に繋げる為の死を受け入れる事に迷いは無かった。だがあの時キミが言った『生きたいか』という言葉に揺らぎが生じ、刹那に父や弟の姿が浮かんだ。覚悟をしていたのに、命燃えようとする寸前、俺は生きたいと願っていたんだ」
炎柱はどこか遠い目をして言った。
「次に目覚めた時、とても不思議な感覚に包まれていた事を覚えている。まるで、死んで生まれ変わった様な気分とでも言うのか。仕方ないと諦めていた事に向き合う時間をくれたキミには感謝しても仕切れない。今あるこの命、決して無駄にはしない。本当にありがとう」
それを聞いて、泣いてしまいそうになるのをぐっと堪えた。煉獄さん生かす事しちゃっても良かったのかなってずっと気になってたから。わたしがしたこの行動って、煉獄さんからしたら迷惑だったんじゃないかって思ってた。だから笑顔の煉獄さんがわたしに感謝してくれてるのって、マジ嬉しいっていうか、心の底から安堵したわ。
「そう言っていただけて良かった、です。もうお身体の方は大丈夫なんでしょうか?」
「ああ。お陰で直ぐに鍛練に励む事が出来たからな。身体的にも体力的にも以前より増している」
ただ──、炎柱は左目の辺りを押さえながら続けた。
「時折、見えなくなる事が増えてきているのだが、それを理由にして鍛練や任務をやめようとは思わない。その事を訊くのは、この里へ来た理由なのか?」
「はい。わたしは今、修理に出した刀が戻るまでの間、蟲柱の下で働いてます。そこでは自分の血を使って治療しているのですが、炎柱には是非、またわたしの血を飲んでいただきたいんです」
「血を?」
「時間が経っているので必ず完治とは言い切れませんが、少しでも回復すればと。この事は蟲柱には了承済みです」
「すればキミの身体に負担がかかるのではないのか?」
「え、負担ですか?」
血を使う事に関してわたしの身体を気遣ってくれるなんて人、珍しい。
「傷は直ぐに治りますし、平気ですよ?」
「しかし痛みはあるのだろう?」
「気遣ってくれてとても嬉しいです。でも無理にやってるんじゃなくて、自分がやりたくてやってるんです。ご先祖さまから受け継いだこの血は、わたしだけが出来る事ですから。なのでどうかお願いします。わたしの血を飲んでください」
即答するかと思ってた炎柱だったけど、こっちをめちゃくちゃ渋ってた。でも何とか納得してもらって飲んでもらえる事に決まった。良かったー。
で、炎柱は明日先に里を出る予定らしいので、わたしが蝶屋敷へ戻った際に連絡するという事になりました。
「食事はまだだろう? 良ければ一緒にどうだ?」
炎柱に晩御飯誘われて蜜璃ちゃん思い出す。あ、そういや晩御飯食べよって言われてたなあ。
「あの、それなら恋柱も一緒して良いですか?」
炎柱は喜んで歓迎してくれて、わたしは急いで蜜璃ちゃんを呼びに部屋へ迎えに行った。
「わっ、きゃあ、ナッちゃん! 私、煉獄さんがきゃー! 何も聞いてないんだからね!」
めちゃくちゃ顔赤らめて一人きゃーきゃーしてる蜜璃ちゃん。絶対炎柱との会話ダダ漏れだったのだろうなってのがわかって恥ずかしかった。
で、なんやかんやで炎柱のお部屋で晩御飯を三人で食べ、わたしと蜜璃ちゃんとの関係や、実は蜜璃ちゃんが炎柱の元継子だったって意外な話をしながら盛り上がったお食事となりました。
「うまい!!」
「おかわりお願いしますー!」
しかしさあ、二人とも大食い過ぎだろ。
「ナッちゃん美味しいね!」
「う、うん美味しい」
「うまい!」
「ですねー」