霞柱といえば、鬼殺隊に入隊後、刀を握って二ヶ月で柱まで昇格した天才剣士と言われる人物だ。あんまり詳しくはないけど、この前里の宿の人に教えてもらった気がする。霞のように朧げな感じらしいよ。
「ねえ、キミさ、何で避けてばかりだったの?」
「……え?」
化け金魚斬ってくれたのが霞柱だったとわかってちょい唖然としてたわたしは、霞柱の問いに直ぐ対応出来なかった。
「着てるの隊服だから鬼殺隊の隊士だよね? 何で斬ろうとしないの? 刀は?」
「え、あの、それはそのー、ですね、あの──」
霞柱は怒ってそんな問いをかけたんじゃないと思うんだろうけど、表情に一切の変化無しで言葉に感情も込めてない様。しかも柱だから威圧感みたいなのをこっちが勝手に感じ取っちゃってさ、萎縮してしまってしどろもどろよ。説明下手か。
「ああ〜有難やー! 時透殿! それに八重野さん!」
そしたらタイミング良く木の上から鉄穴森さんがズリリって下りて来た。なあんだ。襲われてたの鉄穴森さんだったのね。
「ヤエノ? キミ、八重野っていうんだね。何処かで会った?」
わたしの名前を鉄穴森さんから耳にした霞柱は、意識をそちらへと変更したようだった。でも質問攻めに変わりはない。
「すれ違った事は、あります!」
「ふーん。……覚えてないなあ」
「そ、それはそうだと思います! うん!」
そんな恐れ多い。柱がこんな末端隊士とすれ違った事いちいち覚えてるなんて無い無いですわ。
「ちょーっとお! 落とすとか酷いじゃないですかあ!」
ここで頭にコブ作った小鉄くんが半泣きで怒りながら現れる。どうやら小鉄くんは霞柱と一緒だったようだ。
「おおおお! 小鉄少年無事で良かったああ!! てっきりもう……かと」
「ああああ! 俺もてっきり死んじゃってるかとおお!」
鉄穴森さんと小鉄くんが二人で抱き合いながら感動の再会してる中、霞柱が光景を無の表情で見つめなが言った。
「で、八重野は何で避けてばかりでろくに戦いもしなかったの? 刀は?」
「え!」
質問振り出しに戻る、である。うぐぅ。
「八重野さんは私を助けようと代わりに囮になってくれたんですよ。だけど彼女を担当してる鋼鐵塚さんのせいで刀が無くて、それでも仕方なくあの化け物から私を救おうとして下さいました」
本当にありがとうございました。っつーて鉄穴森さんがわたしにお礼。なんというナイスフォローだ。わたしが説明しようと思ったら代わりにしてくれました。こちらこそありがとう鉄穴森さん。
おかげで霞柱は納得したらしく、即切り替えで鉄穴森さんに向き直る。
「あなた、誰?」
「私? 私は鉄穴森です」
「そうなんだ。ねえ、俺の刀用意してる? 早く出して」
霞柱が鉄穴森さんに刀の様子を見せてる。話聞いてたら鉄穴森さんは霞柱の担当になったみたいね。
で、鉄穴森さん診断曰く『酷い刃毀れ』。なので直ぐに新しい刀を渡すってさ。話が早いのは炭治郎くんに頼まれてたんだって。流石あ。
「あそうだ鋼鐵塚さん!!」
鉄穴森さんが話の途中で何かを思い出す。鍛冶場で作業中の鋼鐵塚さんを心配してらしい。小鉄くんにも促され、わたしも同行して皆んなで鋼鐵塚さんのいる作業場に向かった。
「八重野さん」
「はい?」
鉄穴森さんが走りながらわたしに話しかける。
「私も今日知ったばかりだったんですがね。あなたの刀、実は既に仕上がってるんですよ!」
「え? いつから?」
「あなたがこの里にいらっしゃると伝わった日かららしいですから、もう十日以上前になるかと。鋼鐵塚さんたら、出来てるのにまだあなたに渡せてなかったんです。だから私がね、代わりに八重野さんに渡してあげようとしたんですよ。そしたらあの人にもうねー、頑なに断られてしまって……。鋼鐵塚さんに代わって謝ります。申し訳ありません!」
鉄穴森さんから聞かされて吃驚というかなんというか。
出来てるならさっさと渡してよ鋼鐵塚さん!! 主人公優先なのはわかってるからさあ、せめて仕上がってるよくらいの一報くれれば良いのに。
何かの拘りなのかわかんないけどそれはちょい腹立つわぁ。待ってたのにって心の中で憤る。本人前にしたら何も言えないけど。
「あそこです! 良かったー! 魚の化け物はいません!」
里から離れた鍛冶場小屋が見えた。一見して化け金魚はいない。安全なのかな?
「中には時透殿に渡す刀もあります! それを持って直ぐに里長の所へ向かって下さい!」
ダッシュで小屋に行こうとしたその瞬間、霞柱が先頭を行く鉄穴森さんの首根っこ掴む様にして止めた。
「待って。……来てる」
霞柱は小屋の入り口付近を見据えて言う。一気に張り詰めた緊張感。鬼がいるのかも。
「ヒョッ」
何かが草陰から出て来た。──柄物の壺だ。霞柱は刀を構えて前に出る。
「よくぞ気づいたなあ。さては貴様、柱ではないか? そんなにこのあばら屋が大切かえ? コソコソと何をしてるのだろうな?」
壺からにょろっと這い出るように現れたのは、魔法のランプの魔人の如く、否、それを数百万倍キショくした鬼だった。
で、顔も両目の部分が口になっててさ、眼が額と口の部分にあるよ!
キッショおおおおお!!! 全身チキン肌になったわ。何あれ小さい手が身体から生えてんじゃん! 苦手な多足類の虫みたいでマジキッショ〜! もぞもぞしてるしそんでもって笑い方よ、『ヒョッヒョッ』って何ーー? キショ過ぎる。
てかこの鬼よく見たら額にある眼に【上弦】ってあって、鼻の下の眼に【伍】ってあるじゃないの。
わあ。短い期間内でまたも上弦の鬼とか最悪だ。
わたし含めて鉄穴森さんや小鉄くんがあまりの見た目の気持ち悪さにゾワゾワと鳥肌立ててると、キッショな壺鬼はこんな状況下なのに礼儀正しく自分の紹介をし始めた。
「ヒョヒョッ。初めまして、私は玉壺っと申す物。殺す前に少々よろしいか? 今宵皆様には、是非とも私の作品を見ていただきたい!!」
玉壺と名乗った鬼が、わたしたちを鑑賞者に見立てるように言った。
てか上弦の陸は匂いでわたしに気づいてたけど、この伍は気づいてないのかな? もしかして鬼舞辻無惨の『生かして捕えろ』って命令解除されたの? だとしたら喜んで良い?
で、唐突に何言い出すんだと思ってたら、玉壺はもう一つ壺を出して両手を叩く。
「ではこちら!」
ゴボゴボと音を立てて壺の中から何かが現れたそれは、五人の刀鍛冶の人達が身体を拗らせる様に合体してて、それぞれに刀が突き刺されてるという不気味で悪趣味なオブジェみたいなのだった。
「"鍛人の断末魔"で御座います!」
わたしたちは戦慄した。割れたひょっとこ面から覗く虚ろな表情、か細い糸で命繋がれてる状態の刀鍛冶の人達は、明らかもう生き絶える寸前ってわかる。
「ご覧下さい! 先ずはこの手、刀鍛冶特有の分厚い豆だらけの汚い手を!」
玉壺の作品説明なんて反吐が出そう。堪らず耳を塞いで目を逸らしたくなった。でも、その刀鍛冶の五人の中に見知った人物がいて、気づいたわたしはとてもショックを受けた。
鉄尾さんがいたからだ。
そんな、嘘だ、どうして。
「鉄広叔父さん!!」
わたし以上に悲しんでいたのは鉄穴森さんと小鉄くん。特に小鉄くんのショックはデカい。だって叔父さんがいたんだから。
「この作品には五人の刀鍛冶を贅沢に、ふんだんに使っているのですよ!!」
わたしたちが悲しんでいる姿に玉壺は『感動してる』と都合良く解釈してて、ずっとひとり楽し気に死を弄ぶ。
「そして極め付けはこれ! このように刀を捻ると……」
玉壺が陽気になって一人に刺さった刀を捻れば、一番上の人が悲痛な悲鳴を上げた。小鉄くんの叔父さんだ。
「うわああああああ! やめろおおおおおおーーーーっ!!」
鉄穴森さんに抑えられた小鉄くんが泣き叫ぶ。もう酷いってもんじゃない。嫌悪、嫌悪、嫌悪。
「どうですか、素晴らしいでしょう? 断末魔を再現するのです!」
気色悪い手や身体をうねらせる玉壺に怒りを持ったのは、わたしだけじゃない。
「おい、いい加減にしろよ。クソ野郎が」
霞柱が動いた。風に乗る霧みたいなエフェクト見えたわ。マジで速い。音柱は異常として、やっぱ柱は動きが桁違い過ぎる。
でも玉壺も上弦だ。そう簡単には頚を斬らせない。瞬時で避けて、小屋の屋根の上にいつの間にかあった壺へと移動してた。
「まだ作品の説明は終わ────」
玉壺の言葉を待たずに霞柱は斬りにかかった。でも結果はさっきと同じ。屋根にあった壺を叩っ斬られた玉壺は地面にある壺へと移動し、憤慨してた。
「私の作品の説明を最後まで聞きやしない。しかもよくも私の壺を……、芸術を、審美眼の無い猿めが!!」
わたしたちというか霞柱に向けて『脳筋』、『理解力零』と言い放ったキッショ玉壺が新たな壺を取り出すと、中からちょいデカ出目金が二匹出て来た。で、その出目金が口を膨らます。
「『千本針 魚殺!』」
無数の針が霞柱のいる屋根に放たれた。
ひえー。流石霞柱避けるわって感心してたけど、そんな呑気に見てられなかった。出目金はこっちも狙ってきたから。
「危ない!!」
避ける間が無い。わたしは、鉄穴森さんと小鉄くんの盾になろうとした。絶対痛いだろうけど我慢よ!
「……あ、れ?」
何でか痛くない。瞑ってた目を開けると、霞柱は無数の針に突き刺されて立ってた。わたしたちの壁になってくれてたんだ。見た感じ急所は外れてるけど、顔にまで刺さっててマジで痛そうだ。
「か、霞柱……」
「時透殿!!」
霞柱の表情は変わらない。
「邪魔だからさ、隠れていて」
出目金が再び口から針を放ち、それを霞柱が刀で全て弾いた。
わたしたちは邪魔だ。この場から離れないと。
「あちらへ!」
鉄穴森さんと小鉄くんを先頭に背後を守るようにして走り、木々の陰に隠れた。今は隠れて出目金の針千本に狙われないようにしなきゃ。少しでも霞柱の負担にならない為に。
「どうです? 毒で手足がじわじわと麻痺してきたのでは?」
針だらけの霞柱を滑稽とばかりに玉壺はキショく嗤う。毒まで仕込んでるの? 麻痺とか厄介じゃんそんなの。
あー、胸糞。見てるだけなのがツライ。
「鉄穴森さん。わたしの刀って、何処にあるのかわかりますか?」
「え? あなたの刀ですか?」
刀があったところで大した戦力にならないのは重々承知だ。でもわたしだって鬼殺隊の端くれなんだからね! 気を逸らすくらい出来そうだし、夜だからわたしも無敵みたいなもんだし、さりげなく霞柱に近寄って血を飲んでもらえば良い! 回復要員みたいなもんよ!
「刀はあの小屋に……」
鉄穴森さんが指差す小屋には確か、霞柱の刀もあるって言ってたよね。なあんだ、わたしのもあったのか。
「も、もしかして取りに行かれるおつもりで?」
霞柱は出目金の攻撃を避けながら玉壺と対峙してる。隙を狙って今なら行けそう感ある。
「お二人は此処に」
「八重野さん丸腰では危険です! それに中には──」
「わたし、身体丈夫なので!」
「や、でも八重野さん……!」
わたしは草陰から小屋目指して全力で走った。鉄穴森さんが大きな声で何かを言ってたけど、よく聞いてなかったからわかんないや。
兎に角、スライディング入室してからの自分の刀を取りーの、んで急いで参戦すれば良いよねって安直な考えで脳内シミュレーションは完璧だ。
頚を斬ろうと駆けた霞柱が、玉壺の出した壺から水ダバァってぶっかけられるまでは。
「『血鬼術 "水獄鉢"』」
玉壺の血鬼術のそれは、水で出来たデカい壺みたいな形になって、まるで金魚鉢に入れられた金魚みたいに水の中に霞柱が閉じ込められた。
しかも完璧だった筈(脳内で)のわたしのスライディングは勢いが薄れ、小屋の引き戸の手前でマヌケにも止まってしまった。
「霞柱!!」
水の中に入れられては呼吸も出来ない。霞柱は中でもがきながら出ようとするけど、どんなにやってもそれは無理だった。
「窒息死とは乙なもの。実に美しい」
柱を封じ込め、里を壊滅させて鬼殺隊に大打撃を与える事が出来るっつーて玉壺は嘲りだした。
この状況全くよろしくないよ。唖然茫然としてる場合じゃない。わたしは急いで起き上がり、引き戸をやや乱暴に開け放って中へと飛び込む。
「え!? は、鋼鐵塚さん!」
中に入って驚いた。だって鋼鐵塚さんが背中向けて刀を研いでたから。
てかわたしが入って来たのにも気づいてないみたい。
あー! そうか、そうだった!
キッショ鬼の衝撃で入るまで完全に頭から抜けちゃってた。この小屋で主人公の刀を研いでるって事、鉄穴森さん言ってたのに。
しまった。小屋の中を気になってる玉壺より先に入っちゃったどーしよ。
「こ、こ、この中には入るなアァ!」
わたしがひとりあたふたしてる間に、小鉄くんと一緒に草陰に隠れてる筈の鉄穴森さんが、上弦の鬼相手では頼りなさ過ぎる出刃包丁を片手にして小屋の中へ駆け込み、出入り口に立つ玉壺へと立ちはだかってた。
「このあばら屋に何を必死になっておるのだ? もしや此処に里長でもいるわけではあるまいな」
ヤバい。マズイ。玉壺が入ろうとしてる。鉄穴森さんが。鋼鐵塚さんもいるのに。それに霞柱、小鉄くん。
小屋に入ってしまったからには何とかしないとって焦る。動かなきゃ、わたし!
そしたら視界に入ってきたのは白布に包まれた刀らしき物と、鋼鐵塚さんの近くに置いてあった、きっとわたしの刀だ。
鋼鐵塚さん、使いますからね。
わたしはそれを鷲掴む。──薄っ。鞘を抜けば色が正解を表すね。
「わたしもいるんだけど!!」
鉄穴森さんが玉壺の攻撃を受ける寸前に間に入り、真新しい刀でそれを防いだ。
そんな場合じゃないのに思った。『わあ。わたし、カッコよく防げた』って。
「これは誠に面倒な。殺してはならぬ者を相手にはしたくないのだが……」
わたしを前にした玉壺のその言葉から、敢えて訊かなくてもわかってしまった。わたしだって気づいてたし、無惨の『生かして捕えろ』って命令がまだ続行中だって事が。
あーやだやだ。
「そこをどけ。お前など今は無用。大人しくしていれば直ぐに終わるのでな」
「お断りよ!!」
そんな言うこと聞くわけないじゃん。
わたしは玉壺から目を離さないように睨みつつ、刀を握る両手に力を込めて一呼吸する。
「鉄穴森さん! 早く此処から鋼鐵塚さんを連れて逃げて下さい!!」
「は、はいい!!」
背後で恐怖に震えていた鉄穴森さんは慌てて鋼鐵塚さんの真横に移動すると、必死な声で鋼鐵塚さんの名を呼んで連れ出そうとした。
「鋼鐵塚さん! 逃げましょう! ねえ! 聴こえてますか? 今、凄い危険なんですよ! 鋼鐵塚さん?」
鉄穴森さんがいくら呼んでも、鋼鐵塚さんは一向に動かない様子らしい。
ちょっと、……じゃない。鋼鐵塚さん集中し過ぎてない?
技を出したいけど、狭過ぎて二人に当たりそうだから出せない。早く逃げて欲しいのに。
上弦の鬼を前に緊張と心配が混ざり合って集中が途切れちゃいそう。
「やれやれ……」
溜め息を吐く玉壺に意識を戻そうとしたその時、手に出した壺から水鉄砲みたいに水がシュッて放出されて、わたしを避けながら鉄穴森さんと鋼鐵塚さんへと当たる。
「しまっ──!」
玉壺の壺から放たれたそれは、鉄穴森さんの胸を引っ掻き傷の様に切り裂き、鋼鐵塚さんの背中にも同様の傷をつけた。
「わあああ!! 鋼鐵塚さん!!」
反動で尻餅をついた鉄穴森さんは鋼鐵塚さんに再度呼びかけるけど、全くと言っていい程に鋼鐵塚さんは刀の研ぎを止めやしない。
「やあああ!!」
わたしは刀の刃を横に振って玉壺に斬り掛かった。
「ヒョヒョッ。そのような攻撃が私に当たるわけなかろう」
キッショい動きでひょいひょい避けられて、その合間に二人に攻撃を当てられる。
ああもう、くっそ弱過ぎじゃないのよ。自分。
否、そもそも柱が相手でも大変な上弦の鬼に、自分が敵うなんて出来過ぎた物語でも無いや。
玉壺に刀を向けるのを諦め、二人へ飛ばしてくる攻撃を刀で防ぐ方へ切り替えたわたしは、必死になんとかしようと頑張った。
「鉄穴森さん、大丈夫ですか?」
「な、なんとか、まだ。鋼鐵塚さんも深い傷ではなさそうです!」
防ぎつつ傷の様子を伺えば、鉄穴森さんの無事な声に少しだけ安心した。
「御遊びはここ迄。一体何故無惨様はお前のような人間を生かして捕えよと仰るのか……」
玉壺が二人への攻撃を止めて直ぐだった。
別の壺から赤い吸盤のある蛸足がニョロって出たのが見えた瞬間、避ける間も無く首に鈍い痛みが走った。多分、デカい蛸足一本がわたしを弾け飛ばしたからだと思う。
あ、最悪だ。首に入ったわ。
グキリって音がしたから衝撃で折れたのかも。
小屋の壁にぶち当てられたわたしは、折れた首のせいでそのまま意識を手放してしまったのだった。