ヒメミコさまの最期を知ってから、なーんにも考えられずに三日三晩抜け殻状態だった。
「集中力が無い!」
三倍にも痛いそよ婆のゲンコツにメソって二日後。何とか意識を最終選別へと向ける事が出来た。
しっかりしろ自分。最終選別来るぞ死ぬよ?
自分の頬に一球入魂。あ、グーパンです。いてーです。
「ヒュゥゥゥゥ」
あ、今のわたしです。ただいま基礎の基礎、全集中の呼吸や型のおさらい中です。そよ婆から指導された水の呼吸の型を披露しつつダメ出しくらってますの。
せめて型は頑張って覚えたんだから褒めてほしいんだけど。
「全く才能無い!」
うん、わたしセンスないんだろうね。アハハ、やっべぇな。
「何であの方はお前を隊士にさせるんだろうかね!」
めちゃキレ気味に言うそよ婆。てかあの方って誰。そう思って聞いたら、『最終選別に行くと決まったら教えてやる』って返って来た。
えー、今知りたいなぁ。
「集中しな!」
ひぃー、怒られたぁ。
披露の評価も低いまま、お次は常中訓練。この常中ってのは睡眠時を含む四六時中全集中の呼吸を維持し続けるっていうめちゃくちゃ難しいやつ。普通の全集中よりももっと大変な訓練して身につける技術らしい。マジ硬い瓢箪を息を吹き込むだけで破裂させられるぐらいに呼吸器系を鍛えないとダメなんだってさ。
だから一日中ずっと何やるにしても全集中してます。で、そよ婆が常に見張ってるからしんどいです。
走り込みで『集中!』って横から木刀で脇腹ヒット。水が張る桶に顔つけて訓練中に『集中!』ってまた木刀で脇腹ヒットヒット。型出し中に『集中!』でボコられ、風呂でも気抜いたら『集中!』って水ぶっかけ地獄。
これ毎日続けてんだけど、唯一何もされなかったのは薪割りと料理中と食べる時だけだった。
「ぐえー」
まるで新聞紙によって叩きつけられたゴキちゃんの如く地面に倒れる。常中嫌い。
つれーつれぇ。でも夜になったら完全回復するんだよなぁ。
で、自信無いままひと月くらい経った。
「この年月、育手として見てきた結果を言ってやる。お前に鬼狩りは向いてない」
縦にズバッと斬られた気分。悲しいけどそうなんよ。やる気がどうとかの問題じゃなかったんです。
「正直なところお前をこのまま最終選別へやっても死ぬだろうよ」
はい死ぬキター。
「だが、やらずに此処へずっと置いておくわけにはいかなくなった。悪いがアタシは忙しくてね、お前だけをかまってやる暇がもう無い。それに初めに言った通りお前の進む道は一つ。最終選別へ行くんだ、ナツ」
「──え?」
ええええ──。向いてないけど行かされるんですかわたし。てかこのまま放り出されんの?
「い、いい行くんですか?」
「行くしか無いよ」
絶望感。
え、え、え。いやさぁ、こんな感じで行っちゃう? 向いてないって言われたんだが?
冗談だって言ってくれないだろうけど言ってほしい。この場で泣いて喚き散らしたかったのを堪えつつーの、風呂に入ってその日は就寝した。
次の日からは常中やりつつーの(そよ婆からの合格が無かったのでギリギリまで粘らされる)最終選別についてそよ婆から色々な話があった。
最終選別ってのはご存知鬼殺隊への入隊試験である。
藤の花が年中咲いている藤襲山って所が試験会場で、藤が大嫌いな鬼が何人か閉じ込められてるんですって。
そこでの選別で何するのかは決まりなんて無い。七日間、ただ生き抜けば良い。それだけなんだってさ。
いやそれだけがむずくない?
「運が良けりゃあお前でも生き残ってるだろ」
運任せー。
「ナツ」
最終選別までの短い日数を途切れ途切れで常中しながら過ごし、遂に前日になって物凄く落ち込んでるわたしをそよ婆が呼ぶ。
「お座り」
居間に入ったらめちゃくちゃ美味しそうな匂いが。用意された夕ご飯だ。筍と鶏肉と牛蒡が入った炊き込みご飯、そよ婆宅庭で採れたサツマイモのお味噌汁に大根の漬物じゃないの。
美味そうだと思ったと同時に最後の晩餐ってやつかなとも思った。
「いただきます!」
わたしが料理出来るようになってから長い事久しぶりにそよ婆が作ってくれた気がするわぁ。
最後になるかもしれないからかもなんてメランコリーな気持ちでご飯を噛み締める。うんまーい。
「おししょーしゃま! 最高れす! わたすに作りかたおすえてくらさい!」
「食べながら喋んじゃないよ!」
生きて戻ったら教えてやるよって言われて飲み込もうとしたものがつまりかけて咽せた。ツラァ。
「ごちそうさまでした!」
ご飯を綺麗に平らげて片付けようとしたら止められた。常中状態のままで何にもするなって。風呂もそよ婆が沸かしてくれたし、布団も初めて来た日みたいに敷いてくれてなんか最後って現実がバーンって胸に来た。
「お師匠様」
寝る前に本格的挨拶しとこってなってそよ婆の部屋の前に座る。障子戸は閉められてて中は見えないし、そよ婆が起きてるかもわかんない。
「何もわからないわたしに色々教えてくれてありがとうございました。予想ではもっと天才的な感じで出来るようになってる筈だったんですけど、結果こんなんで申し訳ありませんでした」
頭を下げて立ち上がろうとした時、閉められてた障子戸がっパァンて勢い良く開いた。起きてたんだ。
「何が天才的だ。自惚れてんじゃないよ!」
「え、え、その、よくある物語ならそうなってる筈で……。それに! 自分は全く当てはまってないので謝りましたし! うん、謝ってます!」
「……入りな」
「うぇ! は、はい」
今まで一度も許されなかったそよ婆の部屋に入るのはドキドキです。五畳半くらいの広さの部屋の隅には置行灯。前世の感覚だと暗過ぎんだろってなるけど、今世ではこの暗さに慣れてる。
そよ婆の部屋はザシンプル。階段箪笥に文机がポツンあるのみ。だけどよく見たら文机の上に折り畳まれたハンカチ……手拭いが置かれてた。
「明日持って行く刀、ちゃんと返すんだよ」
訓練する為に使用してたそよ婆の刀を目の前に出された。なんかわたしが下手なあまりに欠けた刃は綺麗に研がれてるらしい。
「お借りします!」
両手で受け取って部屋から出ようとしたら『待ちな』って呼び止められる。
「何度も言う。お前は鬼狩りに向いてない」
呼び止めて言うのグサァ。何度もはキツいて。
「ただ──」
ずーんて落ち込んでたら続きがあった。
「今のお前は初めて此処に来た時よりかはいくらかはまともになった筈さ。唯一、そうだね、今までやってこれた根性だけは認めてやるよ」
「────え」
認めてもらえたわぁああああ?
初めて、マジで初めてそよ婆が認めてくれた。なんか色々な感情と共にわたしは号泣した。
「何泣いてんだい!」
「だってぇ、認めてくれたイコール褒めてくれたって事ですよねえぇ? うぅえああ、それが嬉しくてええ!」
「褒めてないよ! ったく汚い泣き方するんじゃない!」
「うえぇぇー!」
もしかしたら本当の意味での最後になるかもって意味で、そよ婆なりの優しい言葉なのかもしれない。でもさ、こっちはさ、物凄く嬉しかったんだよ。
「あ"りがとうございます! 明日もきっと、絶対生き残って此処に戻ってきますううう!」
「ああ五月蝿い! もう良いから寝な! 明日も早い!」
もっとしんみりするような挨拶になるかと思ってたんだけど、意外にもいつものような感じで終わった。いやでもこれはこれでしんみりしちゃうかも。
だっていざ敷かれた布団の中に入ったら、もう泣き止みはしてたけど、天井見つめながら切なくなった。
確か初めて見たそよ婆の家は天井からだったなぁなんて。
はあ、明日かぁ。
行きたくない。行きたくない。行きたくない。
はぁ──。
気付いたら寝てた。常中疲れんだもん。
早朝。いつもの日常みたいにわたしは目覚めた。慣れた手つきで井戸から水汲んで顔洗って着替えようとしたら居間に着替えが用意されてました。今までは野良着みたいなほぼ茶色の服着て過ごしてたからなんか新鮮といいますか、薄い水色の上着と紺色袴姿で男装っぽくて良いね。
「これ、買ったんですか?」
台所にいるそよ婆に訊いたら買ったんじゃなくて、そよ婆の若い頃に着てたのをわたし用にお直ししたんだって。びっくり。持ち良過ぎんか。
「うへへ」
着方がわかんなくてそよ婆に『覚えな』って着させられたわたしは、戯けるように軽くくるくると回って見せた。
「似合ってますか?」
そよ婆呆れた顔してたけど、なんか、うん、いつもと違った感じがした。
「髪は一つに結んでおきな」
「はい!」
腰まで伸びた髪を一つ纏めてポニーテールしてみる。前髪も伸びたなぁ、邪魔だわ。今から切るの面倒だから終わって帰ったら切ろっかな。なんて思いながら出発準備。
つーてもお借り物の刀と地図と竹で作られた水筒ぐらい。
「道に迷うんじゃないよ」
「きっと大丈夫です!」
「朝食べてないだろ。途中で食べな」
渡されたのは、竹皮に包まれたそよ婆特製おにぎり二つ。
「ありがとうございます!」
ニマつきながら懐に入れ、わたしはそよ婆に頭を下げる。
「じゃあ行ってきます!」
さて行きますか。一歩二歩、ゆっくり歩き出し50メートル先で振り返ってみる。あ、そよ婆まだ見送ってくれてるじゃないの。さっさと家の中に入ったかもって思ったけど、そよ婆はわたしが見えなくなるまでそこにいてくれてた。
何回も振り返りつつ進み、完全にそよ婆の家が見えなくなって、わたしはやっと前を向いて歩き出した。
はあ、
ため息一つ。
あーあ、最終選別の日きちゃったなぁ。
そよ婆が描いてくれた地図広げて見ながら足取り重す。憂鬱な気持ちは強くなる。
……おにぎり食べよ。
「いただきます」
道中あった丁度良い切り株に腰掛けておにぎりを食す。
「美味しいヨォ」
おにぎりを頬張ってたら自然と涙出た。人気無くて良かったレベル。感情ぐちゃぐちゃです。
絶対生きてやる。んでそよ婆のご飯食べるうううううう。
「……はあ」
そよ婆の家近くの山から外へは一度も出た事無いわたしは、地図通りに無事に藤襲山へ到着する事が出来ました。どうやら方向音痴能力は備わってなかったようです。
くんくん。
おー、藤の花凄い。綺麗。映え映え映え。良い匂い。
まるで蜜に吸い寄せられる虫の如し。神社の入り口みたいな場所見つけて古そうな石階段上れば、間違いなく最終選別会場ですやん。
人だ。いっぱい。ああ、当たり前にいるわよねー。なんか想像したより人が多いす。てかこんなに人見たのいつぶりよ。
年齢が近しい人達。各々精神統一中なんか。わたしは若干のきょどり具合。でもみんな自分の事で精一杯で他人なんか気にしちゃいない。
鬼滅主人公はいないみたいね。てっきり同期かなって期待したけど見当たらないや。時系列わかりません。
「皆さま──」
数分待ってたら急にお人形さんみたいな双子……あ、正確には五つ子だったっけ? 白髪の子と黒髪の子がおそろの格好して声もシンクロして出て来た。なんか記憶よりも少し幼い気がするわ。
二人はわたし達選別参加メンバーを歓迎しつつ簡単な説明を始めた。これはそよ婆から聞かされていたとおりだ。
「──では、いってらっしゃいませ」
頭の中でゴングが鳴り響いた。遂に、そして遂に始まりました最終選別。みんな鬼いる山ん中へ緊張の面持ちで入って行きましたよ。わたしは恐いんで最後尾くらいで入った。
こわいよおぉ。
七日間生き残る目標に無理に戦う必要無し。簡単に思えて実際簡単じゃない。いやもう脚がくがくです。灯りもないし真っ暗な山の中、それは慣れてるから良いとして、鬼とエンカウントは嫌過ぎる。鬼って実際見たのわたしの住んでた集落でのアイツ。今思い出してもゾッとするわ。
とりあえず今夜は朝を迎える目標にして歩く。気付けば先に入ったであろう他の人達の姿はもう見えなかった。みんな速す。
えっとー確か主人公は朝日を目指してたような。山の頂上、東だよね。気配や耳を澄ませつつ、わたしは東方面へ足を進めた。
ガサリ。
声出そうになった。わたしは急いで木の後ろに隠れる。
「ひいい! 来るなぁ!」
「ひゃははぁ!」
参加者の一人が慌てて逃げてて、それを鬼が追いかけて行った。わたしはもう心臓バクバク。助けに出る勇気も強さも無いから息止めながら反対方向へ走った。
あの人、どうなるんだろうか。それを考えると恐ろしくて堪らなくなる。
「きゃあああ!」
どっかで悲鳴。
「わあああ!」
また、だ。
「死にたくない!!」
恐い恐い──。
そんな数は居ないっぽいけど、あちらこちらで鬼とエンカウントしてるらしいのが聴こえてきて地獄。
「やったぁあ!」
なんかやる気ある人もいるみたい。隠れながら歩いていたら、通りすがりに鬼を退治してるのを見かけたりした。
で、気付いたら朝。わたしは草むらの中で腰抜かしたまま、気絶するようにその場で眠った。
一日目終了。
昼頃まで眠って体力温存。つーても夜になったら元気になるんで身体は平気なんだけどさ、SAN値がねぇ。
こんな感じで鬼との遭遇を避けつつ二日経った。奇跡。
五日目の夜、人の叫び声が全くしなくなった。え、まさかみんな脱落してないよねって物凄く不安になる。
六日目の朝で思い出したのは鬼滅の話で主人公が最終選別で会った手の鬼の事。時系列不明過ぎて現在から過去なのか未来なのかわかんないから、もし過去ならあの鬼いるんじゃね? ってなって今更もっと恐ろしくなった。
どうかどうかどうか会いませんように。
んで、何度も祈りつつ身を潜めてやっと最終日迎えました。
もしかしたらこのまま鬼と会わずに行けるかもなんてちょい余裕ぶっこいてたら来ちゃいましたエンカウント。
「ヒャハハああ!」
言語を忘れてしまった人間喰い鬼の元人間は、わたしを見るなり涎を垂らして襲いかかって来たんです。
「ひぃギィやあああああああ」
負けず劣らずわたしも奇声上げて震える手で刀握りましたが遅かった。避けるには避けたけど、長い爪で横腹裂かれて転げました。
「ひぐううう!」
痛いってもんじゃない。死ぬわコレ。でも傷は徐々にスゥーッと治る。離さなかった刀をもう一度握り締めて立ち上がると、鬼は血の付いた爪を舐めて歓喜の様子。
「いったいなぁ……」
痛みはもう消えてったけど、上着は爪のせいで裂けた。むかつく。
「ヒュゥゥゥゥ」
しっかりしろ自分! 集中だ。やれる、やれるよきっと。
自分を鼓舞しながら呼吸。そよ婆にも教えられた日輪刀で首を落とす斬り方を思い出す。こうなったらヤケみたいなもん。覚えた水の呼吸を使った鬼滅主人公みたいにやってやる。
「ギャハハあああ────」
「水の呼吸 壱ノ型 水面斬────」
わたしに再度襲いかかろうとする鬼と技を出そうとするわたしのほぼ同時だった。
「グッピギャ!」
わたしの目の前で鬼が弾け破れて死んだ。
「──え? は?」
勝者、八重野ナツ。
「え? わたし倒せた?」
よくわからないまま、わたし七日間生き残りました。