後方師匠面の転生者に『功夫が足りん!!』と言われ続けた噛ませ犬がバグった話 作:後方師匠ズラ
功夫。それはカンフー、或いはクンフー、コン・フーとも呼ばれ、中国武術で重要視される『練習・鍛錬・訓練の蓄積』、それに掛けた『時間や労力』と言う意味を持っている。
––––––そして、此処に
とあるゲームの世界に転生した彼は、自分が主人公達の世代よりも前の世代に生まれていた事に気が付き、原作介入をしようと考えた結果生まれたアンサーが『後方師匠面』であり、その矛先が向けられたのが原作では噛ませ犬役だった少年である。
『フィル・ラント』
騎士家系の三男坊であり、父や兄、果ては母親までもが高名な騎士であり、才能に溢れて居た。
若くしてフィル以外が龍殺しを経験しているドラゴンスレイヤーの異名を持つ名門中の名門、しかし原作におけるフィルは不遇の一言に尽きた。
才能が無い訳ではない。しかし天才には一歩及ばない秀才であり、感覚や感性を中心に強さを構築した
重ねて言うがフィルと言う少年は才能が無い訳では無い。天才には及ばないまでも並の人間よりも数歩先を行くだけの才能は持ってはいる。いるのだが、天才の家系だからこそ判断基準は同じ天才達の能力を基本水準としており––––故にフィルは家族の事を疎ましく感じていた。
その絶対的才能差に打ちのめされた彼は本来の歴史ならば人生を楽な方へと逃げる様になり、最終的に主人公の踏み台として落ちる所まで堕ちて行く筈だった。
だが、その運命に『弱キャラを強化して師匠面してぇなぁ』と考えていた転生者が関わる事で変化が生じる。これはそんな話。
––––その男との出会いは父親からの失望の目に耐えられなくなったフィルが実家から逃げ出した時、街角でぶつかった事がきっかけだった。
全身を黒いローブで包み槍を背負った男はどうやら冒険者らしく、勢い余って尻餅をついてしまったフィルを見て驚いた顔をしていたのを彼は覚えている。
「このっどこ見て歩いてるんだよ!! 冒険者風情がこの僕にぶつかるなんて、良い度胸してるな!!」
フィルは口が悪い。これは単純に家族間の壁と劣等感、家名を背負っているが故のプレッシャーと名門の生まれであると言うプライドが負の方面へとブレンドされた事に起因する。
家族間の歩み寄りの無さが秀才の原石を腐らせ、本当の無能へと貶められたとも言えるそれは、ある種の強がりとそれによる精神補強にも近い。
だが、だからこそ彼は他人とのコミュニケーションが苦手であり、原作ではそんな彼の高圧的な態度や非を頑なに認めない言動が災いし、理解者に恵まれる事は人生の最期まで無かった。
しかし、このぶつかった男こそが転生者であり、『うっひょ。初手
「小僧。強くなりたいか?」
相手を見下しながら初手でこんな事を口にする転生者。彼も中々のコミュ障であり、怪しさ満点の誘い文句にしか聞こえない。実際肝心のフィルもその言葉に思いっきり警戒してしまい、後方師匠面どころの話じゃないのだが、謎の強キャラ感を出したいのか、背を向けたまま絶句するフィルへ『強くなりたいなら付いてこい。俺がお前を強くしてやろう』と言って歩いて行く。
普通なら絶対に付いてこない。少なくとも怪しさしか感じない以上師弟関係云々どころの話では無いのだが、この時期からフィルは楽な方へと逃げる癖が付き始めており……それ故に深く考えること無くその後をふらふらと付いて行ってしまった。
……そして此処から、フィルの10年以上続く功夫の積み重ねが始まる。
▽
「クッソッ!! あの野郎何が『強くなりたいなら付いてこい』だ!! 何回も何回もおんなじ事させやがって!!」
そうぼやくフィル。彼があの不審者について行って早数ヶ月が経過したが、行なっている事は足腰を鍛える為の『
転生者の男が教える事にしたのは所謂中国拳法。その中でも有名かつ一撃に重点を置いた『八極拳』、しかもより実戦向きである『李氏八極拳』である。
ただし、これらは転生者が持っている知識を並べただけの物であり、彼自身が習得していない物なのだが、師匠面してにやにやしたいだけの男である為、『一撃必殺はロマン』と言う考えの下で教えられており、フィルの身に付かなかったとしても、そもそもからフィルの立ち位置が噛ませ犬である事からそれでも問題無いと考えられていた。
「ほれ、足が震えているぞ。功夫が足りん功夫が!!」
「馬鹿の一つ覚えみたいに同じ事を……ッ!!」
念願の言葉を言えてウッキウキの転生者とは対照的に歯を食いしばって姿勢を維持するフィル。既に数時間空気椅子状態であり、普通なら膝を突いていてもおかしくないのだが、腐っても秀才。意地でも姿勢を維持し続けていた。
その光景は最早習慣と呼べる物になっていたのだが、彼の家族が見れば目を丸くしていただろう。
堪え性の無いフィルが数ヶ月。しかも目に見える成果の無い鍛錬だけをただ重ねている事に。
これには理由が幾つかある。別に師弟関係に信頼が出来ているとかそんな話では無く、単純にフィルと功夫と言う考え方の相性が良かったのだ。
功夫とは即ち努力とそれに掛けた時間の積み重ね。才能云々に左右されない確かな力、応用や天才の肌感覚的な抽象的な物では無く、れっきとした肉体改造。だからフィルは続けられた。
確かに辛く、苦しい鍛錬であり、何度も何度も同じ事の繰り返しを愚直に行うバカの一つ覚え、気性の荒いフィルには苦痛に近かったが、それでも家族との鍛錬と比較すれば性に合っている。
それ以上に、人が力尽きるまでにやにやと笑いながら『功夫が足りん』を連呼する馬鹿を殴り倒したい。そんな反骨精神が先ず一つ。
そして、数ヶ月この姿勢を維持し続けている事で慣れが生じて膝から崩れる事も少なくなり、確実に前へ進む事を実感しているからこそ生まれる認められたいと言う承認欲求。それが今のフィルを支えていた。
こうして彼は異界の拳法とそれに付随する『六合大槍』を習得して行く、噛ませ犬だった少年は十年の歳月を此処から重ねて行くのだった……。