後方師匠面の転生者に『功夫が足りん!!』と言われ続けた噛ませ犬がバグった話 作:後方師匠ズラ
あと硬貨の説明を加筆修正いたしました。
『原作』に於いて主人公であるルークスは軽い手荷物を片手に試験会場へと足を運んでいた。
その男の顔の仕草には一切の緊張感は見られず、孤児院で支給された服を着崩しながら鼻歌すら歌っており、まるで遊びに来た様な雰囲気を醸し出している。
彼からすればこの試験を受けに来る内の何割かは実戦経験を持たない騎士の子息が多く、余程の名門の者でもなければ魔獣狩りで孤児院の家計を助けていた自分が負ける訳が無いと考えていた。
実際、毎度毎度玉石混淆の試験となる為、身分の低い人間が相手だからとタカを括って落ちる輩が多く、幼い頃からそんな者達を見ていた彼からすれば緊張感など持てるはずも無かった。
「ひゅー。年齢制限の所為で参加すんのは今日が初めてだけど、去年より増えてんじゃねーかこれ? やっぱ新大陸が見つかったからかねぇ」
やれやれとため息を吐きながら一人そう呟くルークス。側から見れば凄まじく危ない奴なのだが、本人はどこ吹く風。一応見とくかと言うノリで周囲の参加者の様子をざっと見回し、面白そうな奴は居ないかとそれとなく探る。
『原作』ならば彼の視界内にいる参加者はそのお眼鏡に敵わず雑魚認定され、楽勝ムードのまま試験に望み、実際に最優秀成績を残して鳴り物入りでアルケー騎士団へと入団するのだが、この世界では少しだけ差異が生まれた。
(ん? あそこの赤い髪の女と一緒に居る奴……他の雑魚とは空気がちげぇな?)
それは天才故の肌感覚と、実戦を経験しているが為に感じる独特な雰囲気。服装や振る舞い、他の貴族の子息らしき人に横柄な態度をとっている事から察するに、それなりの名門の生まれなのだろう。
一見すれば雑魚認定されてもおかしくなさそうなのだが、頭の上から足の下まで見れば体幹がしっかりとしていて全く身体が揺れていない。何故か上着を脱いでいる為に、その体つきも肌着を透かして推定出来る。
(ありゃなんかやってんな? 剣術……てよりは武術の類か? それもちっとやそっとじゃねぇぞ、あの身体付き)
楽勝ムードで試験に臨めると考えていた矢先、随分と興味を引く相手が現れたなと思わず笑っていたルークスだったが、その視線を感じ取ったのか、赤毛の少女が子息達の挨拶回りが終わったであろう隣の少年の袖を引く。
「……フィル。あれ。見てる」
「はぁ? あの服孤児院で支給されてる奴じゃん。貧乏くさいのが移るからこっちみんなよ」
馬鹿にした様にそう手をヒラヒラさせるフィル。彼からすれば何故かノーヴァが自分にくっついてきており、更にはおべっかを使いに下級騎士の子息達が媚びに来ていた為、ストレスの吐け口としてそう突き放す様に言葉を放つ。
『原作』との差異。それはフィルの居る位置が違う為に起きた『主人公』との出会いのほんの僅かな時間の前倒し。
些細な違いだが、しかしその差異は実際強制力が絶妙に働かない内容であり––––故にルークスの動きは彼の性格に準じたものとなった。
「そう冷たい事言うなよ。同じ試験受ける仲間だろ? 俺ルークスっつーんだ。よろしくな!!」
相手の悪態を全く気にする素振りも見せず、距離を詰めながら自己紹介をし、あまつさえ握手まで求めてくる。また意味のわからない相手が絡んで来たのかとイラついたのか、フィルは思わずその手を全力で払う。
「馴れ馴れしくするなよ、孤児院の捨て子が。僕はキミと違って家名を背負ってるんだ。住む世界の違う相手になんでこの僕が気安くする筋合いがあるんだよ? 僕の前から消えろ」
その言葉は何時にも増して辛辣。それもそうで、ノーヴァの手前決して態度にも表情にも出さないが、フィルはかつて無いほど緊張していた。
それは劣等感からくる僅かな不安と、試験会場の喧騒と熱気に当てられたが故の物。
内側から背筋を伝い、痺れる様な感覚が体をなぞっていく。心臓の鼓動が速くなり、脈打つ感覚が嫌にハッキリ聴こえて鼓膜に違和感まで感じる。服の下には冷や汗まで出ており、彼は明らかに会場に呑まれていた。
そんなフィルの一撃を食らったルークスは『おお怖い怖い』とおちゃらけながら言いつつ、にっと悪ガキの様な笑みを浮かべる。
「ま、どっか行けってんならいくけどよー。––––緊張で実力出ませんでしたは無しだぜ?」
その言葉を言い終わるや否や、ルークスは
この一連の動作があまりにも自然体に過ぎた為、フィルは思わず反応が遅れてしまい、まんまと間合いを取られてしまった。
孤児院出身者にこうもあっさり、それまであった緊張感は吹き飛び、一瞬空白となった思考の所為で
その瞬間沸き起こる劣等感と才能への嫉妬。この男はあの人達と同じ
ルークスはフィルが緊張している事を直感で見抜いており、武芸者であろう彼への挑発として先程の行為を行ったのだが、この行為を行った理由は二つ。
まず一つ。試験で競い合う相手が欲しい。
この時代の騎士団の試験は身体能力テストが主であり、学が無かったとしても身体の動きがしっかりしていれば合格が可能である。ただし、その合格ラインのハードルは非常に高く、雑魚相手に無双するのもつまらない。
次に二つ目。同年代のそれなり以上に出来そうな気配を持つ男と正面切って戦いたい。
試験後の模擬戦は毎年の見ものであり、今年は自分も参加する気満々だったから
傍迷惑な気配を感じながら、フィルは去っていくルークスの後ろ姿に深いため息を溢すのだった。
▽
騎士団の試験は身体能力テストであり、基本的には魔素操作による身体の魔力強化は禁止されている。
それ故に、情報伝達の遅れなどの問題から、皇国周辺ならば兎も角、そこから遠く外れた辺境からの志願者達の中にはそれを知らなかった為に試験開始時点で規定の能力に届かずに即不合格になる者達も多い。
『原作』のフィルは一応素の身体能力で合格ラインに届いていたが、試験結果で言うなら『良』でなく『可』と言ったところ。雑魚認定された者達よりは頭ひとつ抜けているがそれだけ、それが『原作』のフィル・ラントだった。
だが、この世界の彼は『原作』の彼とは違う。
試験前に掛けられた発破によって反骨精神を蘇らせた彼は、早々に脱落した
ギャラリーの中にはノーヴァが混じっており、無感情な目を向けてきているが無視。そもそもこの試験内容に余計な事を考えていられない。
内容は人工的に作成された『遺跡』攻略。一見、二階建ての簡単な作りの砦なのだが、木製のマリオネットと石製のゴーレムが内部に存在し、道中の罠と敵を掻い潜りながら頂上の旗を上げ下げする事が主な内容となる。
ただし時間制限が存在しており、巨大な砂時計の砂が落ち切る前に目的を達成しなければならない。
––––––張り切るフィルだったが、既に父親の根回しによって彼の試験は他の参加者に比べて緩い物となっている事を彼は知らない。
そんな裏事情が含まれながらも、始まった試験。その結果は『原作』のフィル以上だった。
まず『原作』の彼は親の下駄履きによって緩くなった試験内容であった為、エネミーの巡回ルートが比較的甘く、スニーキングミッションでクリアしていた。
『原作』の彼も下駄履きが無くともクリア可能な実力は持っていたが、何度か見つかっていたのを術者が見て見ぬフリをしていたと言うのもあるので、完全に実力一本だと楽な合格だったかは怪しいが。
比較してこの世界のフィルの試験はと言うと、まず支給品の槍を携えて正面から侵入した直後に不意打ちでマリオネットを一機粉砕。この時の槍捌きが早すぎた為に術者が一切反応出来ず、感覚の途絶えたマリオネットから事態を察した。
しかし察したといってどうにかなる物でも無く、次々と木製のマリオネットが破壊され、正面突破で二階へと上がる。
砦の構造は試験がタイムアタックの為か一本道であり、二階から罠やゴーレムが動き出すのだが、ゴーレムは鉄山靠で転倒させ、罠は神経を集中させる事で最短距離を突き進む事で突破する。
下駄を履かせる必要の無い速度と身体能力。知らぬ者から見れば確かにそう見えるのだが、
(……やはり劣るな)
本年度の試験官は内心でそう呟きながら、試験内容を魔法によってチェックする。確かにフィルの動きは素晴らしいの一言に尽きるが、ラント家の才能を知る試験官の男からすればやはり期待外れに見えた。
しかし、これは『名門であるラント家』と『天才の家族達の末弟』と言う過度な期待から生まれた過小評価。
槍捌きの素早さ、威力、鋭さを見落とし、支給品では破壊できず魔素の使用が縛られて居るが故に石製のゴーレムに対しては鉄山靠での体勢崩しによる投げを選択する判断力に気付かない。
『原作』の『ストーリー』による強制力。ラント家の出来損ないと言うレッテルはフィルの存在に深く因縁付けられており、それ以上の好転を許してはくれなかった。
旗の上げ下げの合図を見ながら、試験官は憐れみと侮りが混じった視線をフィルへと向ける。家名に対し見劣りのする騎士が生まれてしまったな……と。
しかしこの直後、そのような複雑な負の視線は一人の少年によって吹き飛ばされる。
「んじゃ、やりますかねぇ!!」
その少年の名前はルークス。支給品の長剣を携え、鼻歌混じりに内部へと入って行き、史上最速の記録と共に内部の全エネミーの撃破と言う鮮烈なデビューを果たし、直前のフィルの活躍を自分の才能で上書きしてみせるのだった。