後方師匠面の転生者に『功夫が足りん!!』と言われ続けた噛ませ犬がバグった話   作:後方師匠ズラ

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 用語解説

 『魔法』

 単純に言えば魔力で物理科学に属する現象を引き起こす特殊な法則の総称。やろうと思ったら大気中のO2を液化させ、静電気で着火!! H2Oを分解して酸素と水素の混合物を作って爆破!! 破壊物理学で衝撃力爆増!! とか色々やれる危険技術。

 物理法則への理解が深くなければ使用できないが、他人に説明出来なくてもある程度理屈が間違っていなければ魔素が勝手に足りない部分を保管してくれるので才能に依存する技術。

 後世では技術や理論が固まって体系化したので、術式や呪文と言った形のリミッターが課せられて安全性や汎用性が高くなるけどこの時代はんなもんない。

 作中『天才』と呼ばれる連中はこれを感覚だけで行使します。理屈? しらね、使えるから使える。これが天才がこの世界で化け物な理屈の一つ。



功夫之漆

 

 

 試験過程が終了し、合否の発表の前に受験者達による模擬戦が始まる。それは生の動き同士で戦う事で、瞬時の判断能力や反応速度を測り、受験者達の格付けを行う意味も兼ねている。

 

 その為この模擬戦自体で試験結果が変わるなどと言う事は余程の事が無い限り起きないのだが、今後の進路には大きな影響を与える物であり、試験に合格したからといって気を抜く事は出来ない。

 

 

 ––––だからこそ、フィルは目の前で対峙するルークスの事を最大限に警戒していた。

 

 明らかな強さを持った天才。それも自分の強さを自覚し、それに絶対の自信がある人間。フィルの嫌いな類いの存在であり、どうしてもその姿は家族達のそれと重なってしまう。

 

 模擬戦の組み合わせ表は札引きで決まる物だった為、この組み合わせはフィルからすればたまったものではなかったのだが……。

 

 模擬戦用の木製の長槍を握る手に力が籠る。彼に負けると言う事はまたあの惨めな気分を味わう、そう考えたフィルはその鋭い視線でルークスを睨んだ。

 

 その視線を受けたルークスはニヤリと笑い、その視線を切るかのように木剣を縦に一閃する。

 

 その動き、振り抜かれた軌跡から武芸者であるフィルの目は十分に相手の実力を測る事が出来た。

 

 

 (軌跡にブレがないし体幹もしっかりしている、けどそれが見ただけで理解できる辺り、この男の実力は相当な物……これだから天才って奴は嫌いなんだよ)

 

 

 だが、その評価に付け加えるようにフィルは続ける。––––楽勝とは言えないが、勝てない程では無い、と。

 

 それは両親や兄達のように長い年月戦いの中に身を置いているのなら兎も角、同じ年代の天才相手ならば十年の功夫を積んだ自分の方が上である、と言う自己分析から来る判断。

 

 

 「ま、お互い本気でやろうや」

 

 「本気? 何言ってるんだよ、僕は槍。キミは剣。知ってる? 槍に剣で勝つ為には三倍の実力が必要なんだってさ」

 

 

 挑発を行う事で『天才』への苦手意識を抑え込みながら、フィルは試合開始の合図と同時に槍を放つ。

 

 

 ––––風切り音と共に残像が発生する程の鋭い刺突。様子見の一撃として放たれたそれは軽く打っているにも関わらず、常人では目視で捉える事すら出来ない速度と重さを持っており、フィルの実力の一端が見える物である。

 

 しかし、目の前の男はその刺突に対して横薙ぎの一閃を完璧に合わせ、鋒を弾くと同時に踏み込む。

 

 槍の鋒よりも下に身体を沈ませる事で狙いをつけさせる事を狙った上での行動だったのだが、フィルはバックステップで踏み込まれた分の間合いを改めて取り直す。

 

 

 (チッ、今の一撃をノータイムで反応してくるのか。一筋縄じゃいけないのは理解してたけど、予想以上に反応が良いね)

 

 (……弾けはしたが、想像以上に重い一撃だな。手が痺れてやがら)

 

 

 お互いに間を取った結果、先程の一合の打ち合いへの思考が周り、二人の表情が変わった。

 

 特に余裕のある雰囲気を出していたルークスの表情は真面目な物へと変化しており、余裕の鼻っ柱をへし折る気だったフィルは舌打ちをする。

 

 ぞわりと背中を這い上がる天才への劣等感。それを体内から吐き出す様に短く息を吐きながら、流れる様に三連突きを放ち戦いの主導権を奪いに行く。

 

 

 積極的な攻めの姿勢にルークスも一旦見に回る。一発目、二発目を半身を逸らすだけで回避し、三発目の刺突に合わせて間合いを埋めようとほんの少しだけ腰を落とした。

 

 その動作を目視したフィルは、三発目の刺突の直後に欄を放つ事でその踏み込みを潰す。鞭の様にしなった槍の腹がルークスを襲うが、反射的に木剣を差し込む事でそれを防ぎ、そのまま相手が少しでも力を抜けば槍を弾き飛ばせるように、刀身の腹を滑らせる様に力を込めながら走る。

 

 こうする事でフィルに槍を抑え込ませる事を強要しつつ、足捌きによる間合いの確保を妨害しにいった。

 

 しかし、槍の半ばの位置にまで到達したあたりで不意に槍を抑える力が弱まる。好機と感じた彼はそのまま力ずくで槍を弾くと、そのまま一気に踏み込み––––石突に当たる部分で顎を弾き上げられる。

 

 

 (野郎ッ!? 味な真似しやがる!!)

 

 

 フィルは腕力勝負に持ち込まれた際、焦りはしたが押し引きの二択を迫られた事に対して、仕切り直しをするよりもそれを利用した方が良いと判断し、敢えて弾かせる事で槍自体を回転させ、石突を使ったカウンターを行った。

 

 流石に予想外の一撃だったのか、追撃を躱す為に横っ飛びする事で距離を開けるルークス。

 

 良い様にあしらわれている様に見えるが、その顔に焦りなど無く、寧ろ笑みまで浮かべていた。

 

 

 (ハッ、外野は『ラント家の落ちこぼれ』とかなんとか下世話な事言ってたが、やるじゃねぇか。やっぱ他人の評価ってのは宛にならねぇわ)

 

 

 そう言って、チラッと一瞬だけ外野へ視線を向ける。試験場の広場を舞台にした模擬戦は一種の娯楽であり、一般人もまた会場の外から遠巻きにこの戦いを見ている。––––当然、孤児院の子供達も。

 

 

 (へっ、一丁前に心配そうなツラしやがって、ちゃんと見とけチビ共? ()()()()()()()()()()()()()()()()()。)

 

 

 意識を切り替えたルークスは立ち上がり、気合いを入れる為に短く息を吐いた後、身を低くしたかと思うと、次の瞬間には()()()()()()()()()()

 

 瞬間的な踏み込み、それも視界による認識が完了する前に相手の射程距離まで間を詰められたフィルは完全に反応が出来ておらず、下からの逆袈裟斬りによって弾き飛ばされるのだった。

 

 

 ▽

 

 何が起きた!? それがフィルの頭に真っ先に浮かんだ言葉であり、次いで自覚したのは斬撃がなぞった部分の熱感。切れてはいないようだが、痛みが滲んでおり、一撃を浴びた事が分かった。

 

 

 (クソッ!! 僕は気を抜いてた訳じゃ無い!! 対等にやり合ってた筈だ!! なのになんで!?)

 

 

 混乱する思考。しかし槍を手放しておらず、行動不能とまでは行っていないダメージの為、意地で立ち上がって槍を構え直そうとして、追撃の一撃が飛んできている事に気が付いた。

 

 踏み込みから勢いを殺さないようにルークスはフィルを蹴り飛ばす、ただし死亡しないように手加減を加えているのか、弾き飛ばされたフィルはなんとか受け身を取る事が出来たが、内心に溢れていたのは屈辱だった。

 

 その気持ちを押し殺す様に刺突の雨をルークスへと向ける。常人にはハリネズミに見えるほどの早さであり、彼を串刺しにしようとしたが、その全てを見切られた上に先程行った欄による不意打ちすら防がれる。

 

 槍捌きが全く届かないどころか、更に数閃の斬撃がその刺突の雨を掻い潜る様にフィルの体を打ちのめす。

 

 反応が追いつかない速度。当たらないのに一方的に当てられる。この感覚は嘗て家族と行っていた『訓練』を嫌でも思い出す。

 

 魔法の理論も、戦い方も、その全てが才能を前提とした指導であった事、分からないところを聞けば何故分からないのかと言う疑問が投げ返されたあの劣等感を。

 

 (あの時の目が!! 口振りが!! 一々頭によぎるッ!! 僕は……僕はッ!!)

 

 たった数分、ルークスが本気で攻勢に出ただけでフィルの体にはダメージがかなり蓄積しており、弱気になった心が膝を突かせようとする。

 

 しかし、脱力していく心とは裏腹に重ねた十年はそれを許してくれない。心の弱さに反して身体は『立ち向かえ』と言わんばかりに活力が漲って行く。

 

 

 「……功夫が足りないね」

 

 

 ボソリとそう呟いたフィルは再び弱気を吐き出す様に深く息を吐き出すと、()()()()()()()()()()

 

 

 「おい。孤児院の」

 

 「おいおい、自己紹介しといたろ? ルークス。ルークスだよ。……良いのかよ槍なんか捨てて」

 

 「槍じゃ勝てない、そう悟っただけだよ–––––フィル・ラント、今からお前を沈めてやるからかかってこい」

 

 周囲が揺れるほどの震脚を行い、フィルはそう挑発する。

 

 流石にルークスもフィルのその様子にいきなり切り掛かるような真似はしなかったが、ジリジリと間合いを詰めては行く。

 

 息を呑む様な両者の圧力、拮抗状態となっていたこの場を動かしたのはルークスへの声援。孤児院の子供の一人が思わず口に出したその言葉に反応する様に彼はフィルに向かって切り掛かる。

 

 姿を見失う程の速さの踏み込み、目で追っていては先程の二の舞になると判断したフィルは、全神経を集中させることで自分の周囲に気を配り、背後の小さな物音に対して振り向き様に外門頂肘(がいもんちょうちゅう)を浴びせた。

 

 五感を研ぎ澄まし、極限下の集中から打ち出された外側から脇の下目掛けて打ち込む肘打ちである外門頂肘は手ごたえがあり、カウンター気味に突き刺さる。

 

 しかし、木剣を犠牲にしてダメージを殺したのか苦悶の表情を浮かべながらもルークスはハイキックを浴びせ、フィルの頭部を蹴り飛ばす。

 

 頭に受けた衝撃で彼は一瞬意識が弾けたが、続けざまのボディーブローによって強制的に意識を覚醒させられる。

 

 近接短打である八極拳では体を開けてしまえばリーチが短く打ち合いに不利になる、その為槍による決着を望んでいたフィルだったが、零距離の乱打戦に切り替えた事が幸運にも彼らの才能差を埋めていた。

 

 ルークスの足捌きは一級品であり、本気を出した彼が翻弄に徹すればフィルは手も足も出ずに敗北する。軽業師のように自由自在に動く彼は緩急つけたフェイントや、死角移動による姿隠しなど、簡単にアドバンテージをひっくり返す。

 

 だが零距離の乱打戦なら足捌きは死ぬ。そして近接格闘であれば十年の長がフィルには存在し、扱うのは一撃一撃が重量級の一打。

 

 ボディーブローで沈みそうになった身体を震脚とそれによって伝わる発勁で強引に立て直し、反撃の一打として内側から胸元へ打ち込む裡門頂肘(りもんちょうちゅう)を渾身の力で叩き込んだ。

 

 ドゴンッと言う異常に重い音が会場へと響き、その一撃をまともに打ち込まれたルークスは身体が硬直する。

 

 余裕が無いが故に放たれた手加減無しの一撃、本能的に魔力強化によって直撃する寸前にその一点だけを身体強化したのだが、その硬度すら貫く衝撃に肺の空気が全て吐き出され、身体硬直によって力が入らなくなった腰が落ちた。

 

 フィルはその隙を見逃すほど甘い男では無く、裡門頂肘でルークスが晒した胴体に向かって更に拳を打つ。

 

 しかし、彼は自他共に認める天才。追撃を予想した上で頭突きを放ち、その衝撃によって彼の拳を空振りに終わらせる。

 

 互いにダメージが噴き出し、肩で息をする。進路の為のアピールならばこれで十二分に済んでいるのだが、フィルもルークスも個人的な理由から勝利を望んでいた。

 

 フィルは家族の幻影を振り払う為、自分の十年間を証明する為、その拳を固く握りしめていた。頭部へのダメージによって意識を集中していないと気絶してしまいそうであり、彼はそれ故に次の一撃で仕留めると強く覚悟する。

 

 一方のルークスは裡門頂肘の一撃によって迫り上がってきた胃液を無理矢理飲み込み、余裕が無いにも関わらず笑みを浮かべた。

 

 それは挑発や侮りではなく––––難しい事を考えずに声援を送る孤児院の弟や妹達を安心させる為の物。

 

 ルークスが強さに自信を持つ理由はただ一つ。孤児院の仲間達が自分を一種の英雄視しているからだ。

 

 この時代、口減らしや獣害龍害による人的被害など当たり前の様に存在しており、怪我を機に引退した騎士やフリーの腕利きなどがそう言った子供を引き取って育てる事も珍しくない。

 

 彼が育った孤児院もその様な場所の一つであり、貧乏ながらも来る者拒まずの精神で沢山の孤児を養っている。

 

 弟や妹達の多くは親兄弟を魔獣によって亡くしており、夜に夢で魘されて泣いている姿もよく見ていた。

 

 だからこそルークスは、こんな世界だからこそそんな不運や暗い雰囲気を吹き飛ばす事が出来る男になりたかった。誰よりも強く、そして誰もがその背中に守られている事で安心できるような、そんな『最強』になりたかった。

 

 だから、彼はフィルに勝ちたいのだ。実力を認めたから、と言った意味合いではない。既に認めているからこそ、騎士になると言った時に不安な顔をした子供達を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな理由からルークスはフィルとの戦いを望んでいたのだ。

 

 

 (……つっても、本格的に芯をやられたか? ギリギリ折れちゃねーけど、仕掛けられんのは一回切りって見て良いな)

 

 

 さてその一回の仕掛けをどうするか? フィルの扱う拳法の弱点は打ち合いの最中に理解出来た。ある程度距離を空けてリーチ差を利用した蹴り技主体の攻撃で行けば恐らく勝てる、勝てるのだが……ルークスは正面から打ち勝つと決め、相手の土俵へ飛び込んでいった。

 

 狙いはカウンター。相手の欠点を突いた勝利を掴むような勝利では目指す物には程遠い、少なくとも今は命のやりとりをしているわけでは無いのだ。綺麗事で勝とうとしても悪くはないだろう。

 

 相手の様子を見るに同じ様に限界を迎えている。ならこちらから攻めれば被せる様に一撃を放つ筈、それを弾いて空いた顎を弾き上げる。

 

 

 行動が決まったルークスはそのまま残った力で踏み込み、フィルの間合いに入る。射程距離に体が入った事からその重い拳が打ち込まれ、それを予定通りに逸らすが、向こうももう片方の腕で拳打を打ち込んでくる。

 

 瞬間的な攻防、しかしこの時ルークスは子供達の期待に応えようとするあまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 (よし、二つ弾いたッ!! こうなったらもう俺のカウンターの方が早いッ!!)

 

 

 一瞬の思考に生まれた空白の隙。その合間に初撃で弾いた筈の手がピッタリと自分の胸の上に置かれており–––––次の瞬間ルークスの身体は天を見上げていた。

 

 身体が砕けたと錯覚するような強力な衝撃、何が起きたのかは分からないが一つだけ分かった事がある。それは、己が負けたと言う事だ。

 

 

 ▽

 

 『猛虎硬爬山』それは八極拳の中における絶招と呼ばれる実戦の切り札であり、その一撃によって彼は本来勝てる筈のなかった相手を打ち倒した。

 

 『運命』を捻じ曲げ、ルークスを打ち倒したフィルだったが、その表情は苦虫を噛み潰したような物であり、周りへの一礼もそこそこに、おぼつかない足取りのまま会場から外へと出る。

 

 『天才』に勝った。両親や兄達とは違うが、兎に角勝ったのだと言う実感それを噛み締めている––––訳では無かった。

 

 寧ろその逆。猛虎硬爬山は切り札であり、こんな命のやりとりをしている訳でも無い戦いで晒すような物では無い。

 

 それを、使った。しかもほぼ反射的に使ったせいで不完全な形で。自分の意思で使ったならまだしも、無意識の内それしか勝つ手段が無いと内心で思っていた様で……却って惨めな気持ちをする羽目となったのだ。

 

 あの場に居ればきっとルークスは話しかけてくる。それが容易に想像出来たからこそ、胸に澱む才能への嫉妬や家族への劣等感が掻きむしられそうだった。

 

 

 「……功夫が足りないね」

 

 

 溢れそうになる涙を乱暴に拭い、そう呟いたフィルはそのまま気晴らしの散歩をしに街の中へと消えて行く。

 

 その姿を、試験官とは別の豪奢な制服を着た人間が興味深そうな顔で眺めていた。

 

 ––––––ほう? ラント家の末弟は使い物にならないと聞いていたが……存外にやるじゃ無いか。

 

 

 運命に打ち勝ったフィル。そしてその大きな歯車を力技でずらした彼へ向けられている色眼鏡が今、一枚外れた。

 

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