後方師匠面の転生者に『功夫が足りん!!』と言われ続けた噛ませ犬がバグった話 作:後方師匠ズラ
『硬貨』
金銭レートは以前説明した通りだが持ち運びが非常に不便で使い辛い。これは人類の生存圏が広がった結果発生した物々交換の限界に起因して『通貨』に似た概念が試行錯誤しながら変化していった結果生まれた形の一つ。
その為使い辛さ満載であり、後世ではフィル達の次の世代で廃止され、新たな通貨が使用される。
アルケー騎士団への試験翌日。結果を受け取り、報告の為に屋敷へ帰ったフィルへ投げかけられた言葉は『原作』と変わらず––––ルークスとの勝負に絶招を放ってしまった事への憤りも合わさり、非常に荒れていた。
「クソッ!! クソッ!! クソッ!! 何が『自分の実力だと勘違いするな』だ!! 外門頂肘だって!! 裡門頂肘だって!! 死ぬ気で鍛錬積んだんだぞ!?
自室の中にある家具や調度品などを八つ当たりで破壊し、椅子を机に叩き付けたところでフィルはその怒りを何とか飲み下す。
父親からの評価は変わらない。それは頭の中にあった筈なのに、実際にその通りになると胸の内に憤りと屈辱がヘドロの様に溜まる。
心の何処かにあった息子として認められるのではないのかと言う淡い期待が砕けた反動は劣悪な家庭環境とそれに伴う自己肯定力の低いフィルには取り乱す程の心の痛みであり、怒りを飲み込んだが故にそれを自覚してしまった事から悔しさと情けなさで涙が流れそうになるが、乱暴に目元を拭ってそれを防ぐ。
この後彼は配属先へ向かわなければならない。報告の為の一時的な帰宅である以上、早く礼服に着替えて身支度を済ませなければならないのだ。長居する時間など無いのだから、当然涙など流している暇は無い。
フィルの配属先は騎士団の中でも先遣隊として遠征や開拓地調査などを頻繁に受け持っている『マニュス隊』となった。これは本来の運命では配属されていない部隊であり、その任務内容から相応以上の実力を必要とされている部隊である。
隊長の名前は『マニュス・ソムニウム』。アルケー騎士団の中でも古株の老騎士であり、最前線こそ退いたものの、その実力と経験の豊富さから隊長として未開拓地域への派兵や調査を行う部隊を纏めている大ベテラン、そんな人間からの名指しの引き抜き。ルークスも勧誘されている事に少々思うところがない訳でもないが、それでも先遣隊は花形であり、実力を周囲に認めさせる格好の機会だ。
これでも認めようとしない父親の事はもういい、現実を見ただろうとフィルは自分に言い聞かせながら意識を切り替えつつ、使用人に部屋の片付けを任せ、衣装部屋で礼服に着替えるのだった。
▽
アルケー騎士団の兵舎。マニュス・ソムニウムに与えられた部屋の中で、彼は副官である『ミセリア』と向かい合っていた。
彼女は淡々と事務的にその日の仕事の段取りを確認すると同時に、隊員達の調査報告を語る傍ら疑問を口にするかの様にフィルの事を話題に挙げる。
「隊長。宜しいのですか? ルークスと言う孤児はともかくとして、フィル・ラントはあの家の人間ですが例の末弟です。実力主義の人間が多い我が部隊で評価がはっきりしない者を引き入れるのは内部に不和を招く要因になりますので如何なものかと?」
「不満か? 『竜血の出涸らし』などと揶揄されているあの小僧を我が隊に迎える事が」
「隊長の目は信用しておりますが、そう揶揄する者も少なくないと言う事です」
竜血の出涸らし。フィルへの陰口の類いであるが、この名前には少々訳があった。
それはラント家の興りにまで遡る。当時のラント家当主は現在のアルケー皇国の帝となる人物とパーティを組んでおり、生存圏の獲得を目的として龍殺しを行った。
この際にその血液を大量に浴びた事から龍を越える力を得たとされ、その後の建国にも多大な貢献をしたとされている。
この話は口伝で伝わっている話であり、当時を明確に記した記述のある媒体は存在しておらず、半ば御伽噺のような伝説とされてきた。
しかし、フィルの父親を筆頭に今世代のラント家の人間は末弟を除いた全員がその伝説通りの力を持っており、現在の皇国の開拓地獲得に非常に大きな影響を与えている。
例えば長兄の『フォルテ・ラント』。新大陸が発見されたばかりの頃、海中を住処とするドラゴンが制海権を掌握していた為、事故や幸運でもなければ此方から新大陸へ向かう事が出来ない状況であった。
当時、そのドラゴンは海中を音よりも速く進むなどと称されており、出会ったが最後相手の腹が満たされていない限り死が訪れるとまで言われていた。
そんな相手に、彼は剣を一本携えると見届け人と船の護衛を数名付けて沖へと向かい、悟られるからと
その当時、見届け人として同行した者は『生きた心地がしなかった』と言いながらも、鋼鉄よりも硬いウロコを易々と斬り裂く姿は正に英雄だったと語り、その戦いに彼が勝利したからこそ新大陸への足掛かりが出来たのだと力説したらしい。
フォルテ以外にもラント家の人間はその多くが人類の生存圏の拡張と、繁栄の為の露払いを行ってきた歴史があり、それ故に他のラント家の人間に比べると才覚の落ちるフィルは伝承から準えて『竜血の出涸らし』と揶揄されていたのである。
しかし、マニュスは彼の実力をその目で見た事からその様な揶揄など問題がないと判断しており、目の前の部下の懸念を一刀両断した。
「竜血の出涸らしなど、ラント家と言う金の看板に目が眩んだ者達の戯言の一つに過ぎん。確かに奴はラントの怪物共と比べれば劣るだろうがな、問題は看板の豪華さでは無くその内容だろう? それとも、貴様も金の看板に目を眩まされたクチか?」
彼女からすればフィルの事はさして興味は無い。生きるも死ぬも実力主義の部隊では己次第であり、家名など正直に言ってどうでもよかった。
だが、部隊の副官として隊員達の中間管理を任されている以上、ある程度の意識調査とそれによって得た結果程度は報告しておかなければならない。心にも思っていない言葉であったとしても、別の視点からの意見で判断材料が増えれば思考が柔軟になるからだ。
…………尤も、
そんな感情をおくびにも出さず、秘書然とした表情で彼女は残っている業務報告を進めて行くのだが、その途中でなにかを思い付いたかの如くにマニュスは口を開く。
「……ふむ。この際だ。貴様もあの小僧が金の看板を背負っているだけの役立たずかどうか確認しておけ」
「模擬戦でもしろと? 別に構いませんが……」
「いや? 暫く貴様の部下として奴ら二人を付けてやろう、新人教育と言う奴だ」
「…………了解致しました」
ミセリアはよりによって厄ネタを二つ抱える事になった事に対し、内心でため息を吐く。フィルは先程説明した通りだが、ルークスもルークスで実力試しの私闘をしたがる
血の気の多い人間が多い事だと彼女は思わず頭を抱えそうになったが、隊の性質上情報の全く無い未開拓地域にも派兵される事も少なくない為、人員の入れ替わりもそれなりに激しい事からある意味その様な息抜きも彼らにとっては必要なのだろうと無理矢理結論付ける事にした。
……頼むから新人研修の期間が平和に終わってくれます様にと祈りながら、彼女は新人の受け入れの為の準備をするのだった。
用語解説
『フォルテ・ラント』
ラント家の長兄にして
海中を音速超えて動くなら海割って海底(陸地)でやり合ったらいいじゃんを実践して勝った頭おかしい人。やろうと思ったら地上から雲をぶった斬れる。
ラント家の大概の人間がこの人のように何かしら人類の生存圏の拡張や、それを脅かす巨大な敵を倒しまくってるので基本的に英雄視されている……が、歴史的に良くいる身内に対しては人格面がアレなタイプ。
実力のイメージは刀語の錆白兵をくっそ大袈裟にした感じ。
フィル君の比較対象その①でもある。