寒い
死ぬほど寒い
イルシールの大聖堂内にある篝火で眠りこけていたあなたは、
寒さのあまり目を覚ました。
属性耐性がそこそこ良い上級騎士の鎧だが、金属鎧がゆえに寒さには耐えがたいものがあった。
いくら不死とはいえ寒いことには変わらず、
目前の篝火ではソウルは癒せても体温までは回復しない。
呪術の火でもあれば瞬時に周囲を火の海に変えて暖をとれるのだが、
あいにくあなたは魔法特化の騎士だ。
一部呪術を使えないわけではないが呪術の火は箱の奥底に眠っている。
寒さをしのぐ為に炎派生のロングソードを取り出そうと立ち上がる。
何か燃えるものはないだろうかと周囲を見渡す。
確か豪華なカーペットや木製の家具のようなものがあったはずだと考えていると、
ふと周囲の環境に致命的な違和感を感じる。
雪が降っている。
空を見上げればきめの細かい粉雪がしんしんと降り積もり、
あなたの座っていた地面以外を真っ白に塗りつぶしている。
ロザリアの闇霊にうんざりしてふて寝していたあなたは、確かにサリヴァーンの居城であった大聖堂にいたはずだ。
だが周りを見てみると明らかに屋外である。
記憶を失くすほど人間性が摩耗していたわけではないはずだが、所詮は呪われた身である不死は知らずに亡者化してしまったのかもしれない。
周囲はイルシールの荘厳な街並みとは異なり、無骨な石の関所とその奥には牧歌的な家々が並んでいる。
ここが何処かは分からないが、立ち上がった不死はあたりを見渡した後、
目の前の篝火に手をかざす。
残り火が鮮やかに燃え上がると、篝火は火の粉を空へと巻き上げる。
ボォーン
【アクセル城壁前】
こうしてこの素晴らしき世界に不死の新たな故郷が生まれた。
=====
何処かに転送されたのか、はたまた数えきれないほどの死を重ねた末に人間性を喪失したのか、
何が起きたかわからないが、あなたは再び篝火に座り込むと探索用のスペルをセットする。
あなたはこの異常事態に対して、好奇心に胸を焦がしていた。
只人であれば望まず飛ばされた土地など忌避の対象にしかならないものだが、
あなたは不死であり、目の前に灯されていなかった篝火があった以上浮かれずにはいられなかった。
新たな敵やスペルに出会えると考えるだけで枯れかけていた情熱が滾るというものだ。
ーーー実は忘れてしまっているだけで、ここには来た事があるかもしれない。
だがその時はその時で二度楽しめたということにしておけばよい。
一粒で二度おいしい。人間性の双子!
「ーぃ…ぉーい! そこに誰かいるのかー」
結晶派生のロングソードを握り直し、いざ新スペルと立ち上がったところで、
関所の方から声が聞こえてくる。
声をかけてくるということは悪い奴ではないだろう。
Hey!
と自分の位置を知らせる為に不用心に声を上げると、
長槍を持った小奇麗な装備をした男が雪の向こうから近づいてきた。
どうやら亡者ではなく正気の人間のようだ。
これで頭髪が無かったり大楯を持っていれば警戒していたのだが、見る限り毛根は無事なようだ。
久しぶりの人との交流に喜んだあなたは男に手を振り存在を知らせる。
「焚火の明かりが見えたと思ったら冒険者か。見ない顔だが…こんな雪の日に町の外でなにしてるんだ?」
雪を払いながらやってきた男はどうやらこの町の兵士のようだ。
小奇麗な装備になんとも違和感を感じるが、血なまぐさい輩ではないようだ。
あなたは正直に答えた。
イルシールの聖堂にいたはずなのだが、この城壁の近くにいたということ
ここがどこなのかもわからないので教えてほしいということ
「…イルシールっていうのは国の名前か?その国名に心当たりはないが…あんた何か事故に巻き込まれたのか?」
事故に巻き込まれたといえばそうかもしれない。
意図しない転移というものは今までにも経験はあるが、大概碌な目に合っていない。
しかしイルシールの近くと予測していたのだが、その予測はうれしいことに外れてしまった。
男の話では海を跨いだ隣国にもそのような国名は無いらしい。
出身の国の名前などはとうに忘れてしまったが、所縁の地としてイルシールを知らないのであればアノールロンドはどうだろうか。
国や都市の名前など忘れ去られて久しいものだが、神の都であれば心当たりがあるかもしれない。
「いや、どちらも聞いたことが無いな。ここはベルゼルグ王国領地内の、駆け出しの街アクセルだ。ギルドで何か聞けばわかるかもしれないがーーーとりあえずはこんな雪だ。事情聴取がてら詰所で温まっていけよ」
世界各地を巡礼してきたあなたであったが、その物騒な国の名前に心当たりはなかった。
だが狂戦士の名を関したその国の民は、その名に反し暖かな玉ねぎを彷彿とさせる優しさを持っていた。
=====
雪が止んだ頃、あなたは詰所を出て町に足を踏み入れた。
冷え切っていた体はすっかり温まり、久方ぶりの人間との交流にあなたは幾分か人間性を取り戻したような気分だった。
親切な門兵にきいた話では大通りを進めば冒険者ギルドが見えてくるらしいので意気揚々と歩みを進める。
どうやら住所不定で完全武装のあなたは犯罪者秒読みの状態らしく、冒険者として登録することを強く勧められた。
犯罪者という言葉があるということは、この街は何かしらの宗教や法によって統制されているのだろう。
街で行動しにくくなるのは避けたいところである為、冒険者というものになることを決めた。
モンスターを倒すことが目的のようだが、誓約を付け替える必要もあるのだろうか。
なんちゃって青教のあなたはそんなことを考えながら街を眺める。
雪の積もった家々が軒を連ねており、荒れ果てた廃墟などは一切見当たらない。
道を歩いていれば何度か人とすれ違うほど人口があるようだ。
人ではない特徴を持った種族もいるようだったが、正気を失っているものは一人もいない。
平和だ。
ソウルに飢えた亡者が人を襲うこともなく、
巨躯のデーモンが闊歩しているということもない。
家々から火の手が上がっている様子もなければ、
団欒の声すら聞こえてきている。
信じられない光景ばかりが目に映るが、これらは全てこの国では普通のことだという。
詰所で事情聴取を受けた際、兵士はこの世界のことについて親切にも教えてくれた。
このベルゼルグ王国は魔王軍という魔物を率いる勢力の侵攻に遭っており、人類は存亡をかけた戦いをしているという。
だがこの地は激戦区である王都からは遠く、比較的平和的な街であるとのこと。
平和という言葉にあなたは懐疑的であったが、街に入ってみれば言葉通り平和そのものであった。
兵士にダークリングの話や篝火の話を聞いても知らないと怪訝な顔をするばかりで、そのような呪いを受けた者は存在しないという。
実は彼らは人ではなく神族なのではとも疑ったが、神々であればもっと荘厳な都に住んでいそうなものだ。
ここはとてつもなく遠い地なのか、それともウーラシールや絵画世界のような過去や作り出された世界なのかもしれない。
呪いとは無縁の生のエネルギーに満ちた世界。
数多の不死が膨大の過去の末に失ってしまった懐かしき世界。
何ともまぶしく、羨ましく、憧れることすら忘れてしまった光景だ。
このような世界に来てどうしたものだろうか。
あなたの人生は数多の巡礼の旅でできていた。
火の時代を取り戻す為、世界をつなぎとめる為、
もしかしたら闇の時代を到来させる為や、世界を終わらせる為だったのかも…
あらゆる大義や私欲のために旅をしてきた気もするが、突き詰めれば死ぬためだけに途方もない旅を行ってきたのだ。
…結果を見れば己を燃やしつくそうとも、世界を終わらせようとも旅の真の目的が達せられることはなかった。
他に己を終わらせる方法を知らないあなたは誰かが嘯く巡礼を続ける他に選択肢等なかったのだが、
だがこの毛色の違う世界ではその限りではないのかもしれない。
元の世界に帰って巡礼を再開し、今度こそ己を燃やしつくしてくれると信じて旅を続けることもできるが、
時間はほぼ無限永久に存在するのだ。
この世界をくまなく見て回り、己を終わらせる方法を探しつくしてからの再開でもいいだろう。
もしかしたらスペルやアイテムの収集癖以外の生きがいと呼べるものも見つかるかもしれない
壮大な終活と新しい趣味への期待に心を弾ませ、
貴方は足取りも軽やかに冒険者ギルドへの歩みを進めた。
=====
途中冒険者ギルドを見逃し、雪かき中の若者に道を教えてもらうというハプニングもあったものの、
無事ギルドに到着することができた。
マッピングは得意なのだが、文化的営みに見とれてしまっていたようだ。
親切な雪かき冒険者に感謝しながら、あなたはギルドの扉を開く。
この世界基準で見て、建物の中は閑散としているように思えた。
酒場が併設されている構造の為、長机などが設置されている広い空間がより人のいない伽藍とした雰囲気を際立たせていた。
「ようこそアクセル冒険者ギルドへ。初めての方ですね、本日はどういったご用件で?」
人のいる受付の前にやってくると、カウンターを挟んだ位置から声を掛けられる。
金髪の随分と扇情的な恰好をした女性だ。
上から覗き込みたくなる微かな衝動に少し驚きながらも、あなたは冒険者になりたい旨を伝える。
この枯れ果てた欲を刺激するとは…中々やりおるわいとかなんとか考えていたが、
意味もなく太陽の王女を拝みに行っていたあなたはまだまだ元気いっぱいだったことを思い出す。
「冒険者登録ですね。登録には1000エリス頂戴しておりますがよろしいですか?」
エリスとは何だろうか。
数字がついているということは何らかの単位、おそらくは貨幣と思われる。
残念ながらあなたは支払える貨幣どころか、ソウルすらない。
この世界に転移する前にロザリアの使徒に竜狩りの弓でぶち抜かれたこともあり、
あなたは1ソウルも所持していなかった。あのおっぱい星人共め。
あなたはエリスを所持していない旨を伝えると、受付嬢はにっこりと微笑み代替案を提示した。
「外貨での登録も可能ですが、こちらにあるいずれかの貨幣をお持ちではございませんか?」
カウンターに並べられた貨幣を見るとどうやらすべて金貨や銅貨のようだ。
あなたはソウルによるキャッシュレス決済しかしたことが無かった為どの硬貨も同じに見えてしまう。
しばらく硬貨を眺め首をひねっていると、とあるアイテムを思い出しソウルの業により懐から取り出す。
「これは…金貨のようですね。残念ながらベルゼルグ王国で共通利用できる硬貨ではないようですのでこちらでのお支払いは致しかねます。ですが手数料とお時間はいただきますが金そのものの換金ということであれば承りますが、いかがいたしましょうか」
あなたはその提案にうなずく。
1000エリスがどの程度かわからないので、金貨を10枚ほど取り出すが、
受付嬢からは数枚で大丈夫ですよと苦笑される。
話を聞くと1000エリスは凡そ一食分程度の金額という。
それに金を換金するにあたっても、専門の換金所で依頼する方が換金率も高いとのこと。
だがこの金貨もどうせくっさい大蛇の口に放り込むくらいしか使い道がなかった為、
この10枚はそのまま換金してもらうことにした。
「かしこまりました。ではしばらくお時間をいただきますので、建物内でお待ちください。
本冒険者ギルドではお食事の提供もしておりますので、ご注文がございましたらお呼びください」
冬場は職員が少ないのでご容赦くださいと受付嬢は申し訳なさそうにほほ笑むと、
金貨をもってカウンターの奥へと消える。
適当な椅子に腰かけ、メニューと思しき冊子に目を通すがどれがどんな料理かあまりわからない。
ここしばらく料理どころか食べ物を食べていなかったこともあり、食欲というものがどんなものか忘れてしまっていた。
あなたがしばらく机でメニューを眺めてぼんやりしているとギルドの扉が開き、先ほど雪おろし作業をしていた一団が寒さに手をこすりながら入ってきた。
「うぅ~さぶさぶ!ルナさーん、雪下ろし終わったぞー!」
「お疲れ様です。報酬は成果確認後となりますのでしばらくお待ちくださいね」
「はいよー。ーーーお、さっき冒険者ギルドを探してた鎧のあんちゃんじゃねぇか。また迷ってなくてよかったよ」
三人の男がカウンターで何やら一つ二つ言葉を交わした後、となりのテーブルに座りこちらに話しかけてくる。
あなたのにらんだ通り彼らは冒険者のようだ。
貴方は案内のお礼を伝えた後に、冒険者は雪下ろし以外には何をする組織なのかを聞いた。
凡そたまねぎ門兵から聞き及んでいたのだが、先ほどの彼らはモンスターと戦っている様子はなかった。
「組織?なんか角ばった言い方をするな。というか冒険者を知らないのか?」
「てっきり王都の冒険者かと思っていたんだが、冒険者を知らないってどんなおのぼりさんだ?」
「まぁなんだ、冒険者ってのはモンスター退治の傭兵みたいなもんだ。あとは俺たちがやってた雪下ろしみたいな雑用だったり、荷運びだったりも仕事に含まれてるな」
ひとまず除雪専門誓約ではないことに安心する。
貴方は遠い国から不慮の事故でアクセルに来たこと、門兵に勧められて冒険者になりに来たことを彼らに伝える。
このままうまく冒険者になれれば"自称青の守護者の無縁不死人"から"アクセルの冒険者"という身分を得ると考えるとなかなかの大躍進である。
「遠い国って言っても冒険者がいない国なんてあるか?」
「あるんじゃねぇの?俺たちだって国跨いで旅したことがあるわけでもないし」
「事故が何なのか気になるところだが、冒険者になりに来たってことはこれからカード登録をするってことだよな」
冒険者どころか只人がほとんどいないところから来たということは黙っておこう。
そしてカードとは何だろうか。
その旨を伝えると、男が手の平大の金属板を見せてくれる。
「冒険者カードって言って冒険者としての自分の情報が記載されてるカードだな。噂によると神様が作ったとかなんとか…
どんなスキルを持っているのか、新たに何を取得するのか、何を何体倒したかとか、他にもいろいろと書かれてるやつだ。偽造できないって話だし便利な身分証だな」
「冒険者登録するときには記載のないカードに触れれば自分の情報が自動で入力されるんだわ。多分今ルナさんが準備してるんじゃないか?」
自分が何者であるのかを記した証
それが冒険者カードというものらしい。
依頼達成件数や過去の依頼内容
討伐したモンスターの数や種類
自信が習得している能力や成長の過程
これまでに己が歩んできた道程を誤りなく、尚且つ自動で記していき、
決して頁が埋まることはない、まさに宝具と呼ぶにふさわしい代物である…と…
何と素晴らしいことか。
未だ正気を保っている不死であれば目から隕石が出るほど欲しい代物だ。
己の過去をソウルの業を介さずに残すことができる、それも誤りが発生しない。
なるほど神が与えたもうた宝に相違ない破格の性能である。
そしてそのような宝具をこともなく、今からもらえるという話ではないか。
それだけで冒険者になる価値があるというものだ。
あまりのことにエイエイオーが出そうになるが、さすがに大げさな反応だということはわかるのでぐっとこらえる。
代わりに目の前の机の上にメッセージを残すことにした。
"この先 宝 があるぞ"
"ここからが本番だ"
「なぁお前らこのあんちゃんがどの職業を取るか賭けねぇか?」
「本人前にしてそんなこと言うかね普通」
「それにその掛け成立するか?見るからに騎士だし、選択肢かなり少ないだろ」
「もしかしたら魔法使いとかかもしれないだろ?」
「あんな全身鎧でもしかすることなんかねーよ」
「お待たせしましたーホットワインと他付け合せでーす。あと換金と冒険者カード作成の準備ができたので又受付にきて下さいねー」
何やら賭け事の話をしている途中で、
先ほどのルナと呼ばれていた女性とは別の女性がジョッキといくつかの料理をもってやってきた。
雪かき冒険者とあなたは喜んだ。
片や飯にありつき、
片や軽い足取りで受付へと向かう。
「鎧のあんちゃん!あんたが就く職業が俺たちの予想から外れてたら酒奢ってやるよ!」
「安心しなよ、予想が当たっても金なんてとらねぇからよ」
「アレ?でもさっき換金がどうこう言ってたから金持ってるんじゃね?」
不死は酒を楽しめない。
酒などいつから飲んでいないかわからないが、そんな言葉を思い出す。
だが人との交流は不死にとって代えがたい魂の栄養といえる。
貴方は背を向けたまま"確かな意思"のジェスチャーを取ると、いよいよ冒険者となるべくカードに触れるのだった。
使用者の魂に触れることで情報を書き記すその神器は、わずかな明滅の後1枚のカードを作り出した。
暗い魂に触れることで作り出されたその金属板は暗く冷たい色をしていた。
種族:人間
それがカードに記された最初の言葉だった。
【冒険者カード】
かつて神々が残した奇跡の名残を基に作り出した冒険者の証
未記入の金属板に触れることで己の知りえない情報まで記される得体のしれないもの
カードには所有者のステータス等の情報が事細かに記されており
各地の冒険者組合で手数料を払うことで発行できる
この素晴らしき世界の住人は便利な証明書としか考えていないが
自己の喪失を恐れる不死にとっては真に貴重な宝である