「ご来店ありがとうございましたー」
ドアベルを鳴らしながらあなたは店の外に出た。
手には液体の入った小ぶりの瓶が一本握られている。
名前を爆発ポーションといい、瓶の中の液体が外に出ると小爆発を引き起こすアイテムらしい。
おそらく火炎壺等と同じ使い方をするものなのだろう。
だが壺より小さい分、遠くに正確に投げることができそうだ。
購入できてしまったのはいいのだが、ギルドで換金してもらったエリスのほとんどを使ってしまった。
その威力に期待することにしよう。
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あなたは雪男Aの勧めで雪精討伐を受注することとなった。
ギルド受付のルナにその依頼書を渡したところ、Aと同じ注意事項の説明が行われたのち、
冒険に出る前の準備について説明された。
危険性の把握についてや地理情報、
雪原や雪山での準備アイテムや、回復アイテムの重要性等
可能であればアクセル内の店でしっかり準備を整えるようにとの忠告を受けた為、
貴方は観光気分でアクセルの街を回ってみることにした。
幾つかの武器屋や道具屋等を回り、初めて見るものばかりで物欲に取りつかれそうになったあなただったが、
結局のところ実用性に定評があるという低位の回復ポーションを1本買うだけに収まった。
そもあまりお金が無いのだ。
その後特段何か買うつもりはなかったのだが、最後に寄った魔道具店でポーションの話をしたところ、
店主の猛プッシュにより別のポーションを購入してしまった。
それがこの爆発ポーションである。
回復手段はエスト瓶があるのだから無理に買わなくてはいいのではないだろうかと考えていたところ、
同じポーションという部類で攻撃手段になるアイテムを紹介された次第である。
値段はかなりのもののように思えたが、威力は店の壁が吹き飛びなくなるほどだという。
そんなものをダース単位で揃えている店舗があるとは恐ろしい話である。
初見でもわかるような珍品が多くみられたようにも見えたあの店は
今後機会があれば又覗いてみるのも良いだろう。
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あなたは出発の準備を整えた為、一応ギルドに顔を出しその旨を伝えておく。
ちなみにあなたは現在ドラン装備一式に上級騎士ヘルムを装備しており、
それなりに温かい恰好をしている。
「いらっしゃいませ。おや、何か別の確認事項がありましたか?」
貴方はルナに伝えられた通りしっかりと準備を整えたので今から討伐に向かう旨を伝え、
手に持ったポーションを持ち上げて見せる。
「あ、これはご報告ありがとうございます。ですがわざわざご連絡いただかなくてもいいんですよ?我々ギルドとしては安心はできますが」
人から親切を受けるということ自体が珍しかった為、なんとなく報告に立ち寄ってみたが別段不要だったようだ。
貴方はうなずくと礼を言って討伐に向かうことにした。
「再三で申し訳ございませんが気を付けてくださいね。突然吹雪が強くなると前兆という話もお聞きしますので、早めのご帰還を」
貴方は背を向けたまま"確かな意思"のジェスチャーを取ると、ギルドの扉を出た。
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討伐に向かおうというところで、一つ問題が浮上していた。
どうしたものかと考えながら門をくぐる。
「おう冒険者、気を付けてな…ってもしかしてさっきの鎧のか?ヘルムが無けりゃわからんかったぞ」
この世界に飛ばされて最初に声をかけてきた門兵だ。
貴方は無事冒険者になれたことと礼を述べる。
「そうかそうか、無事冒険者になれたか。こんな糞寒い時期に大変だと思うが頑張れよ。…しっかしポーションを裸持ちしてるなんて危ないぞ?」
まさにそのポーションについて困っていた。
どうにもこのポーション、"ソウルの業による収納"ができないのだ。
購入した直後よりわかっていたことではあったのだが、
どうやらこの世界のアイテムはソウルに比重が置かれておらず、
常に物質として持ち歩く必要があるようだ。
ソウルの業により常にたくさんの荷物を持ち運んでいたあなたにとって、これは並々ならぬ問題である。
現にたった二つのポーションで片手が埋まってしまっている状態である。
これは早急にどうにかしなくてはいけない問題なのだが、
今は仕方ないので首の"もこもこ"部分に縛り付けておくことにする。
「突然頭がおかしくなったのかと思ったぞ。なんというかあまりにもダサい持ち歩き方だな」
確かにダサい。
まるで邪教の司祭服のようだ。
だが今は仕方ないので、ちゃぷちゃぷと水音をさせながらアクセルを発つのだった。
「今度から袋要りますっていうんだぞー!」
貴方は背を向けたまま"確かな意思"のジェスチャーを取ると、雪道を歩き出した。
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「みー」
ふわふわとした毛玉のような生き物が、氷が蒸発するような音とともに両断される。
あなたは振り下ろした炎のロングソードの手ごたえのなさに思わず首をかしげる。
雪道をしばらく歩いた後、雪精がよく出現するという雪原に到着していた。
既に2匹殺しているはずなのだが、何かを切ったような感覚が乏しすぎるのだ。
ソウルを吸収している以上殺しているはずなのだが、どうにも不安を覚えた為冒険者カードを確認してみることにした。
【雪精 討伐数:2体】
確かに討伐は完了しているようだ。
しかしながら改めて冒険者カードの性能に驚かされる。
あなたは冒険者カードを手に持ったまま、剣を異端の杖に持ち替えるとスペルを発動した。
"追う者たち"
禁忌とされる闇の魔術
人間性の闇に仮そめの意思を与え放つもの
その意思は人への羨望、あるいは愛であり
人々は目標を執拗に追い続ける
その最後が小さな悲劇でしかありえないとしても
あなたの周りに黒い霞のような、小さな顔のようなナニかが5つ出現する。
その黒い霞は現れると共に、ゆったりと動きだし、空中を這うように何かを求めて飛んでいく。
数秒後、細い断末魔のような声が聞こえたかと思うと雪精と黒い霞はぶつかり対消滅する。
間もなく冒険者カードは更新され、雪精の討伐数が3体増えていた。
おぞましき禁術を発動したあなたは空を見上げて息を吐いた。
とてつもなく楽だ!!
ファランクス相手にハルバードを振り回している爽快さがそこにあった。
かつてこれほどまでに浮遊魔法が猛威を振るったことがあっただろうか。
いやあった。
そういえばあった。
だがこれほどまでに狩りに適していたことは無かった為、
あなたは"追う者たち"を発動させては雪の中を駆け回った。
数多の巡礼を行ったあなたは人間性についてなんとなくわかっているつもりでいる。
悲劇がどうだの冒涜がどうだの高説を垂れてくる白教がいるかもしれないが、そんなしょうもない話は知ったことではない。
今はただ冒険者カードの討伐カウンターを回すのが何物にも代えがたく心地よかった。
記録が蓄積されていくというのはこれほど楽しいものかと、あなたは追う者たちを発動してはローリングで雪にまみれるのであった。
数分後、杖を振っても魔法が発動しなくなる。
魔力が尽きてしまったようで、追う者たちが出現することは無くなっていた。
灰エストも随分飲んでしまい、もうほとんど底が見えている。
はしゃぎまわっていたあなたは、"露払い"で雪で真っ白になった体から雪を払う。
まるで"変身"を使ったかの如く雪まみれである。
ふと気づくと首のもふもふに括り付けていたポーションの片方がなくなっている。
何処かで落としてしまったようだが、ソウル体ではないアイテムをこの雪原で探すのは途方もない時間を要するだろう。
そんなことよりと、
貴方は改めて冒険者カードの討伐数の欄を確認する。
【雪精 討伐数:37体】
追う者たちの発動回数に対してかなりうち漏らしがあるが、なかなかの結果ではないだろうか。
ロングソードを振り回しているだけではこの短時間でこうも討伐数を稼ぐことはできなかっただろう。
ポーションを一つ失くしてしまったが、雪精の討伐数を考えれば損害は微々たるものである。
この感覚は初めて行く土地でうまくソウルを稼げた時の感覚に似ている。
何を買おうか、何を強化しようか、どの能力を上げようか、こうした高揚感は巡礼の醍醐味でもあった。
だがその感覚の後には総じて喪失への恐怖が襲ってくるものだ。
貴方はルナやAが言っていた冬将軍について思い出す。
雪精を倒しすぎると出現する、途方もなく強いと噂の冬将軍というモンスター
まだ見ぬモンスターについて想像を巡らせていると、
雪原を吹く風が強くなり、雪が降り始めた。
ーーー吹雪が来るかもしれない。
冬将軍の注意事項として、出現する前兆に吹雪が強くなるというものがあった。
かつての巡礼の中でも突風は不吉の前兆であることが多くあった。
失う物が無ければ挑んでもいいのだが、ちょうど魔力が底を尽きた今がいい頃合いだろう。
帰り際に雪精を見つければ狩る程度に抑え、あなたは帰路につくことにした。
魔力が枯渇したまま移動するのはまずいと、灰エストを取り出し一気にあおる。
顎を上げたところ、何かが首を撫でたような感覚が走った。
どういうわけかエストが体に染み渡るような感覚は無く、なぜか目の前にはドランの装備をまとった自分の体がある。
雪を踏む音がすぐ近くから聞こえた気がした。
まるで首級のように頭を持ち上げられたような感覚があった後、あなたは意識を手放した。
ボォーン
【】
ボォーン
【アクセル城壁前】
一瞬何か深淵のようなものが見えた気がしたが、見覚えのある石壁の近くにあなたは戻ってきた。
深淵が見えるとはこれまたおかしな発言なのだが、そういうものなのだから仕方がない。
篝火にゆったりと腰かけたあなただったが、
その内心はかなり焦っていた。
未知の場所での死はいつもこうだ。
あなたを殺したのはおそらく件の冬将軍
そうでなくとも姿を確認してはいないが、首を落とされ掴み上げられたということはおそらく刃物を使用する人型であると予測される。
莫大なソウルを失わない為に耐え抜くこと、逃げ切ること主軸を置いた指輪やスペルに付け替えていく。
アイテム等の確認を行っていたところで、ふと気づいたことがある。
懐にあったなけなしのエリス紙幣と、首元に括り付けていたポーションがなくなっている。
それもそうだろう。
あれらはソウルの業によらないただの物質だ。
死ねばその場に残されるのは道理だろう。
冷や汗が噴き出す。
この世界で入手したアイテムは軒並みソウル化できない。
そうするとかの宝具である冒険者カードもあの場に落としてきたのではないのだろうか。
あってはならない損失だ。
ギルドで再発行できたかもしれないが、焦り切ったあなたはそこまで頭が回っていないかった。
結果としてその心配は杞憂に終わった。
貴重品の項目を確認したところ、冒険者カードは紛失することなくソウル化していた。
理由はわからないが素晴らしきことだ。
一息ついたあなたは最早愛おしいカードを取り出して確認したところで、雷の杭で打たれたかのような衝撃を受ける。
討伐数に変動が無いのだ。
それもそのはず、この数値は決してソウルの値ではない。
ただ依頼や本人情報を管理するための情報であり、これ自体は金や力ではなくただの数値である。
なぜか討伐数=ソウルのような感覚に陥っていたあなたは、安堵と喜びで大の字に倒れる。
股の間の篝火がほのかに暖かい。
体にゆっくりと雪が積もり始めたところで、あなたはとあることに気が付く。
討伐依頼であれば"死んでも報酬が減ることは無い"のでは?
依頼を受ける際に説明があったのだが、
討伐依頼は討伐欄の確認によって達成の有無を確認するとのことらしい。
場合によっては細かい精査が行われる場合もあるとのことだが、
即座に実害がなくなったことが判明するものや、雪精のような殺傷することで実体が消滅するものは、
冒険者カードによる討伐確認のみにとどまるとのことだ。
ダークリングの呪いが無いこの世界で蘇ったことを報告するのは不味そうだが、
討伐数まで偽る必要はないだろう。
そもそも偽造はできないとのことだ。
ぬか喜びになってはいけないので、
あなたは出発準備を中断し冒険者ギルドに向かうことにした。
「ーぃ…ぉーい! そこに誰かいるのかー」
関所から聞き覚えのある声が聞こえる。
Hey!
貴方はウッキウキで返事をしながら関所へと歩き始めた。
=====
ボォーン
【】
「あれ?」
黒と白を基調としたモノトーンの部屋。
来訪者の気配を感じて部屋に降臨したのは幸運の女神エリスだ。
「気のせいだったかな?でも一瞬明かりがついたような」
モンスターによって命を落とした者の魂を導く役目を持つ彼女は、
冬の時期は暇とまでは言わないものの比較的ゆったりと業務にあたっていた。
来訪者の気配とはもちろん命を落とした魂の気配だったのだが、
いざ部屋に訪れてみるとその気配は一切なかった。
電気のスイッチを入れてみるが、がらんとした部屋に明かりで照らされた木製の椅子が二つ並んでいるだけだった。
「疲れてるのでしょうか…はぁ、また時間できたら下界にいってこよ」
比較的時間があるはずの冬に幻視が見えてしまうとは相当心労が溜まっているのだと女神エリスは溜息を吐く。
しばらくしたら下界に降臨して甘いものでも食べよう…ついでに代えの電球も総務に連絡しておこうと考えながら、
女神エリスは部屋を後にした。
そのしばらくの後、彼女は冬にもかかわらず下界への降臨が難しくなる事態に襲われた。
件の幻視の後、同様の怪奇現象じみた気配が何度も発生することとなったのだ。
ひどい時には数分に一回というレベルで光が明滅する事態に陥り、
天界の一部では原因調査の為に配電点検が行われるにまで至った。
懸命な調査の結果、原因は不明
取られた対策として、照明点灯は人感センサーの自働点灯を廃止して、椅子下に置かれた感圧式のセンサーに切り替えられることとなった。
だが来訪者の機微をなんとなく感じることがある女神エリスの苦難が止まることは無かった。
ストレスからくる自律神経の乱れで寝不足になったり、死者の魂が「部屋に幽霊がいる」とおびえてしまったりと、
かなりの迷惑を被っていたのだが原因は不明の為頭を抱える他なかった。
ちなみにおびえた魂の話では、
モノクロの部屋で突然目が覚めたと思ったら、
"座り込む騎士"のような何かが目の前に現れて瞬きの間に消えて驚かされた。
といったようなまるで霊障のような事態が発生していたようだ。
だがここは既に死後の世界であり、その中でも特に神の力が及んでいる場である。
ポルターガイスト等お笑い種なのだが、実際に発生している以上女神エリスにとっては笑いごとではなかった。
しばらくの後、原因の一端を女神エリスは知ることになるのだが、
それは未だ先の話。
低位回復ポーション
【低位回復ポーション】
小瓶に入ったこの液体を飲むことで軽度の傷が回復する。
不死が使用するエスト瓶とは異なる回復手段。
ソウルの業が存在しないこの世界ならではの水薬であり、
軽傷治癒とはいえ飲めば劇的な効果をもたらす。
エストと異なり、味と喉越しは悪い。