間に合わせるため少々短め
「他の魔術は使えません」
愚者のメイスを持っためぐみんはそう言いながら立ち上がろうとする
が、まだ魔力が回復していないのか再度べしゃりと地面に倒れる。
貴方は降って湧いた落胆と疑問に亡者退行しそうになった。
あれほどのスペルを行使していながら他のスペルが使えないということはどういうことだろうか。
貴方はめぐみんの深淵についての言及からも、少なくとも他に闇術を習得しているものだと考えていた。
「深淵ですか?あれは昔図書館で読んだ"名乗りに応用できる名言集"から引用したもので、深い意味は有りません。
まぁ爆裂魔法は最強の魔法ですので、魔術の深淵と言っても過言ではありませんが」
なんとめぐみんは闇術師ではないそうだ。
確かに恰好が湿っていない。改めて見るとなんとなく呪術師のような雰囲気を感じる風情である。
それにどうやら深淵という言葉も、かつてウーラシールを飲み込んだ実体のある"闇"ではなく、暗い溝に生じる実体の無い"闇"のことを指しているようだ。
考えてみればこの世界にはダークリングの呪いは推定だが存在しないのだ。
貴方の死に対して疑念を向けていためぐみんの反応から見て十中八九そうだろう。
もしもめぐみんが深淵を暴いたというのであれば、人の身でありながら呪いを受けない等ありえない。
深淵歩きのような契約を受けている人物が深淵を見つけている可能性もあるが、
そうであるならば噴出した深淵がこの世界に何かしらの影響を及ぼしているはずだ。
まぁつまるところは観測されていない以上、深淵があるかないかはわからないということだ。
そもそもこの世界の住人は闇のソウルを宿しているのだろうか?
ダークハンドを使用して吸精を行えばわかるかもしれないが、
アクセルの秩序を見る限り、使用する機会はそうそう訪れないだろう。
考えてみればきりがない事なのだが、いずれは何かしらの調査や研究をしていく必要はあるだろう。
「考え込んでいるようですが、言葉から察するに私の思う"深淵"とあなたが思う"深淵"は違うものという感じですか?」
貴方は頷く。
貴方の知る深淵とは闇の汚泥のようなもの。
深淵に侵されたものは悍ましく変質し、終ぞは蟲等湧いてくる始末。
擦り切れるほどの巡礼によって、貴方はそれこそが深淵であると思い込んでいた。
本来、深淵とはただの暗闇である。
「おぉ!いい感じの設定ですね!同級生にそういうのが好きそうな子がいますよ」
なんと設定扱いである。
だがこの反応が深淵を否定する材料の一つであるのならば悪い気分ではない。
そして気になる言葉があった。
同級生
彼女は竜の学院のような魔術学院に通っていたのだろうか?
もしやその学院では爆裂魔法のみを教え導いているのかもしれない。
だとすればめぐみんがこの年齢でこのような強大なスペルを行使していながら、
他のスペルを使えないことにも一応は説明がつく。
「竜の学院というのは知りませんが、私は故郷にあるレッドプリズンという魔法学校に通っていました。
自慢ではありませんが私はそこを首席で卒業してます」
只者ではないと思っていたがやはりめぐみんは逸材だったようだ。
そして一つ合点がいった。
その学校ではおそらく爆裂魔法に準ずる爆発系スペルを教育しているのだろう。
そしてその頂点が爆裂魔法であり、めぐみんに及ばない他生徒はもっと小規模の爆発系スペルを習得しているといったところだろう。
「残念ながら普通の学校です。まぁ私も他の学校に通ったことは無いので普通かどうかは客観視はできませんが…
ですがあなたの言うような学院があるというのなら是非通ってみたいところですね…
もしや竜の学院というところがそのようなところなのですか?」
どうなのだろうか。
オーベックはあなたが入手したスクロールを基にスペルを教えてくれていたが、
竜の学院ヴィンハイムから伝わる魔法については普通のソウルの魔術しか教えてもらっていない。
貴方はそこの学徒ではない為詳しくはわからないが、
おそらく爆発系スペルのみを教えていたということは無いだろう。
そんな学院があるのであれば、めぐみんのいう通り是非通ってみたいものだ。
「やはりそんな夢のような学院はありませんか。ちなみにレッドプリズンは上級魔法全般を教えていますよ。
我々紅魔族は全員が生まれながらに上級魔術師に高い適正を持っていますので、魔法は選びたい放題といったところです」
なんと素晴らしい学校だろうか。
「他にもカッコいい魔道具を作る授業や、カッコいい場面や語彙力を養う授業なんかがあります。
あとはレベルアップの為に養殖を行ったりもしますね」
カッコいい場面や語彙力を養う授業では新しいジェスチャーを習得できるのだろうか?
養殖とは何なのだろうか?
あらたな疑問がいくつも湧いてきたところで、
ふと最初の大きな疑問に立ち戻る。
何故そのような理想的な環境で爆裂魔法しか習得しなかったのだろうか?
単純にスキルポイントが足りなかったということもあるかもしれないが、
時間をかけて他の魔法を覚えてから卒業しても良かったのではないだろうか。
それに学校に頼らずとも魔法に長けた人々が住まう里ということであれば、
他の魔法を誰かに師事することもできたのではないだろうか?
「あなたの言う通り他の魔法を習得する機会はたくさんありましたよ。衣類の洗濯だけで上級魔法が吹き荒れていますし。
ですが私には不要です。なにせ爆裂魔法は最強ですからね。まぁもう少し威力を上げても良かったかもしれませんが…」
めぐみんは数多の選択肢がある中で、爆裂魔法を一芸特化で強化しているらしい。
最低で最高だ。
平行世界の不死においてもよく見かけるタイプの素敵な変態である。
彼らは味方にしろ敵にしろ奇抜な恰好や奇行が目立つ。
だが往々にして一騎当千の古強者であることが多い。
半ば正気を失っているかのような姿と行動をする彼らだが、
意外なことに礼節を重んじる者が多く、貴方の中では比較的好感度の高い人種である。
それが味方であっても、敵であってもだ。
確かにめぐみんからは彼らに近い何かを感じる。
姿はまともだが、奇妙なジェスチャーに加えスペル発動後のぶっ倒れ
そして常軌を逸した殺傷力を持つ最強のスペル
貴方はめぐみんに懐かしさを覚えると共に、
決して敵対してはいけないと決意を新たにするのだった。
敵対しない為にも後でめぐみんの誓約を確認するとしよう。
「おや?正直この魔法の紹介でいい顔をされたことはあまりなかったのですが…もしやあなたも爆裂魔法に魅了されましたか!?」
貴方は頷く。
あれほどの破壊をもたらすスペルだ。
魅了されない方がどうかしている。
それに威力にすべてを掛けた構成となるのも頷ける部分がある。
貴方が闘士であればそのようにしたかもしれない。
だが貴方は巡礼者だ。
長い旅路には数多の術が必要になる故に、
真似できないめぐみんのその戦いには一種の憧憬を覚える。
「おぉ!おぉ!!ついに爆裂魔法の良さがわかる人に!!あなたいい人ですね!!
紅魔族の名乗りにも乗ってくれますし、私の名前にも変な反応しませんし!!」
独特な挨拶や名前などは霊体で慣れっこな貴方にとって、
紅魔族の風習というものはむしろ慣れ親しんだものに近しいのかもしれない。
喜びに打ち震えるめぐみんは立ち上がろうとするが、再度地面にキスをする。
いかに爆裂魔法の魔力消費が膨大かを物語る光景である。
「ぐべぇー!…あなたが爆裂魔法を習得した時はぜひ私も呼んでください!!
ーーーというかですよ?よかったら私たちでパーティーを組みませんか?」
パーティー
クエスト等を共にこなす一行、仲間
この世界に来た初日にギルドで聞いた言葉だ。
めぐみんはどうやらあなたのことを仲間にしたいようだ。
未だこちらの力を見せていないのに豪胆なことだ。
「む、確かにあなたの実力を知りませんね。ということは私の御眼鏡に適うようであれば、パーティーを組むのは吝かではないということですか?」
貴方が不死である都合、幾つか決めておくことはあるが別段問題はない。
むしろ歓迎すべき話だと貴方は頷く。
巡礼の旅はいつだって孤独だ。
だが時折轡を並べる太陽の戦士や霊体達の存在は戦力としてももちろんだが、
貴方の人間性の維持に必要不可欠な交流であった。
それにたとえ戦いに敗れたとしても、めぐみんは亡者へと堕ちることはない。
その生が汚されることは無く、これまで幾度とあった友を殺すという悲劇を生むこともないのだ。
「うーん、ではどうしましょうか…魔術師としての力を図るのであれば魔法の実演をしてもらうのが一番なんですが、貴方も魔力の使い過ぎで倒れていたわけですし、私もこの調子です。とりあえず手ぐらいは動かせるようになったので冒険者カードを見せてもらえますか?」
冒険者カードを取り出した貴方はめぐみんに手渡す。
「そういえば"ソレ"!!あなた今どうやって冒険者カードを取り出したんですか!?」
うっかりまたやってしまった。
だがちょうどいい機会かもしれない。
めぐみんは仲間になるかもしれないのだ。
時間もある今、ソウルの業について説明しておいても良いだろう。
貴方はめぐみんに己が扱うソウルの業について凡そで説明することにした。
ダークソウルと呪いについては語らずに。
【名乗りに応用できる名言集】
紅魔族の図書館に蔵書されている古びた本
古の叡智を思わせる分厚い本だが、ごく最近作成されたものだ
紅魔族は自らの名を尊ぶ
故に名乗りとは彼らにとって特別なものである
たとえその性質の根源が冒涜の類であったとしても
彼らはその冒涜すらも尊ぶだろう
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爆裂学院ヴィンハイム