『おい、どうするんだ…えっと…』
うるさい、今色々考えてるんだ…!…いつの間にか俺のすぐ後ろに来ていた『遠野志貴』にそう怒鳴りつけてやりたかったが…この場では俺にとって唯一の味方だ…何も邪険にする事もないだろう…何より、取り乱しても可笑しくない状況で冷静に、俺に小声で声を掛けるくらいには配慮も出来ているんだ…評価には、値する…
『一々人の呼び方で悩むな…って、言われてもお前は困るのか…なら七夜で良い。それでだ、どうすると聞いたな?…どうもこうも無い…ここは一本道だ、奴をどうにかしないと所長室には辿り着けない…』
『勝算は?』
『…勝算と言われてもな…奴に対する俺たちのアドバンテージは…せいぜい魔眼を持ってる事くらいだ…』
あの淡い蒼色の眼…奴も恐らく浄眼持ちでは有るのだろう…ただ、浄眼はそもそも幽霊や思念体等の人が見えざる物を視るだけの眼で有り、実体(今俺の後ろに居る『遠野志貴』がどう言う扱いになるかは知らないが)を持つ"俺"に対しては優位な物にはなり得ない。 だが、それは俺たちが奴を崩す為の要素にはならない。
『奴と同じ動き…お前は出来るか?』
『……いや、さすがにあそこまで出鱈目なのは…』
最早それが答えだ。奴を目で追えてもあの動きについて行けなければ、突き崩すのは容易では無い。
…仮に客観的事実だけを口にするなら、所詮生身の人間でしか無い俺たちが人外じみた『七夜』の動きについて行けない以上…俺たちは奴が本気を出すと同時に、すぐにでも仕留められかねない…先の交錯のときだって、奴が本気なら俺の脇腹で無く、喉笛を狙っていれば終わっていた筈だ…(しかも傷は手を抜いたのが嫌でも分かる程に浅い…)強がってはみたが、本気なら俺は奴に殺されていた…その事実を無かった事には出来無い。やはりあの時殺すべきだったのは…ナイフを持ってすらいない左腕では無く足だった…到底狙える状況じゃなかったのも事実だが。
……結局の所…ハッキリ結論を言ってしまえば、俺以上に『七夜』としての体術が身体に染み付いている筈の『遠野志貴』が無理だと口にした時点で、既に俺たちに勝ちの目は無い…と言う事だ。
『じゃあどうするって言うんだ…!?』
ここまでの俺の考察を…要点を掻い摘んで話してやれば激高した『遠野志貴』からのがなり声が飛んで来る…小声で怒鳴りつけるとは中々器用な奴だ…まぁそれはそうと奴の言い分には物言いを付けたくも有る…まぁ奴より後の時を生きている俺だ…頼りたくなる気持ちも分からないでも無い。
だが、結局それはお門違いと言う物だし…わざわざ奴の信頼に応えないといけない理由は俺には無い…俺は、『遠野志貴』では無いからな…それに、だ…
『何故お前がそこまで奴に怒りを露わにする?』
『っ…え?』
『そもそもお前は元々今回の一件とは無関係…ここまで連れて来といて何だが、言ってしまえば部外者だ…何故そこまで奴を排除する事に固執する?あるいは…お前は奴にこの場で殺されれば…元居た場所に帰れるかも知れないぞ?』
呆れる程のお人好し…それが『遠野志貴』を知る者がコイツに抱く第一心象だ…確かに身内やクラスメイトを含む友人…果ては顔見知り程度の相手の為に命まで懸けて強大な相手に挑むその姿は…最早単なるお人好しを通り越して一種のヒーローと言っても良いのかも知れない…客観的に見るなら、コイツの記憶を見た俺の感想もそう言う事になる…
いやもう、自分の身を顧みず命を懸けるその姿は娯楽作品の主人公としては一級だろう…アクション映画の主役だって張れるんじゃないか?身体能力も無駄に高い事だしな。
……だが、その心の内にまで触れる事の出来た俺の感想はそれだけに留まらなくなる…コイツの本質は、何処まで行っても空っぽなだけの…ただの『偽善者』だ…俺の知る限り、本気で誰かの為に一つしか無い自分の命を懸けた事など…本当は一度として無いと言って良い。底抜けに、一種異常なまでに優しくて…自分の身を顧みず人を助けるコイツの行動指針はただ…「『先生』に言われたから」…その一言に尽きるのだ。
『わざわざお前が…この場で命を張る理由はそもそも無いんだよ、自覚が無いのか?』
『っ…こんな時に今更何を言ってんだよ…!大体、俺に力を貸せって言ったのはお前だろ…!?』
そう、頼んだのは俺だ…だが…こんな歪な姿を見せられるのは本意では無い…自分でもワガママだとは思うが、コイツの姿を見ていると怒りを通り越して吐き気すらして来る…
『別にな、俺でもお前でも…魔眼を持ってる奴なら…どちらでもワラキアを仕留める事は可能なんだよ。』
『!……何が言いたい?』
恐らくコレがコイツに対する最後のアドバイスになるだろう…命を懸けるなとは言わない。命の使い時を…賭けるべきタイミングを間違えるな、と言う話だ。
『一瞬だ…一瞬だけ…俺が何とか奴を止める…お前は魔眼を使ってタタリの発生源を見極めて……仕留めろ…それが一番勝つ可能性が高い。』
まともに戦って俺たちが奴に勝つ方法は無い…大体、『七夜』の体術を十全には使えず、ある意味衰えていると言って良い俺がワラキアの前に立つ方が間違いだ。ならば『遠野志貴』に…コイツに託す方が確実に勝率は上がる…まぁ所長室まで目星を付けといて、案内は出来ず結果…先程多用するなと言った魔眼をコイツに使わせるしか無いのは…俺としても業腹だが仕方が無い。
『……本当に良いのか?二人がかりなら…アイツを倒せるかも…』
『有り得ない事を説くな…分かってるんだろ?例え勝てたとして、コイツ相手に消耗し過ぎたら…ワラキアの前に立てても勝てなくなる…』
『……分かった、任せてくれ…その代わり…』
『心配するな、この命を懸けてでも…俺がアイツを止める…』
もちろん死ぬ気は更々無い…攻撃では無く防御に回せば、しばらく奴の攻撃には耐えられるだろうと踏んだまでの事だ。
「そろそろ作戦会議は終わったか?」
律儀に敵の話が終わるまで待っていたお人好しの声を聞きつつ…やはりコイツも『遠野志貴』なんだなと感じる…そして、決して暗殺者に向いているタイプでは無いなとも思う。無意識に遊びが出るのか、確信犯なのかは分からないが…こうして標的の俺たちと相対してる時点で暗殺者としては失格だし、何より仕留められる筈の局面で手を抜くのは暗殺者でなくてもやってはいけない事だろう……最も、その"癖"のお陰でこちらに付け入る隙が有る…!
「ああ、待たせたな…話は纏まったよ。」
「じゃあ始めるか…!」
そう言って極端な程に身を低くしたアイツが視界から消える…そう、奴が最も暗殺者として終わってる点がコレだ…奴は基本的に先ず正面から来る…そこから来る攻撃への予測が容易なのは良く考えれば分かる事だ…だが、お陰で助かった。
「っ!へぇ…!」
「必ず正面から挑む…その時点で暗殺者としては終わってる癖に一撃で決めようとする…それがお前の唯一の弱点だ。」
正面から来るが、そのスピードで相手を撹乱し…実際は死角から急所を狙う…こちらが動かなければ不思議と奴はソレをやると…俺は確信していた…だから、捕れた!
「行け!志貴!」
俺の指示に従い、奴がここまで来た事で開いた道をアイツが脇目も振らず駆けて行く…そうだ、それで良い…さて…
「まさかこの状態で捕まるとはな…」
『七夜』…その異常なまでの脚力は宙に跳んだ時の予備動作すら完全に消す事が可能で有り、その際に地面を踏み締める音すら当然聞こえない…だが、俺はコイツが俺の頭上を取ると予測出来ていた…だから捕らえる事が出来た。
空中で倒立を行うかの様な側宙の途中の体勢…そこから首を斬られる直前に俺は両腕で奴の腕を掴み、奴の動きを止めていた。
「で?ここからどうするんだ?分かるよな?俺はここからでも動けるぞ?」
確かにこのまま奴は足を振って強引に空中から降り、そこから俺に反動を利用した強力な蹴りを放つ事が可能だろう…瞬時にそれが出来るのにやらず、『遠野志貴』を見逃したのはコイツが"遊んだ"からに過ぎない…まぁだからと言って…
「っ!ふんっ!」
俺は渾身の力を込めて奴を床に叩き付ける…床に着く直前に奴が反動を利用して蹴りを放って来た…!咄嗟に手を離して後ろに逃げる…もちろん、捨てたガラスナイフの回収は忘れない。
「よっ、と。」
床にナイフを持った右手を着け、バク転を決めて少し後ろに奴が着地する…正直、一人でコイツを止めると宣言したのは失敗だったか、とは思う…ただ…俺が死なない限り奴は『遠野志貴』の元には向かわないだろう…つまり、俺はもう賭けには勝っているのだ…
「あ~あ…逃がしちまった…」
「…暗殺者としては失格だな…ただ、あまり落ち込んだ様には見えないのは気の所為か?」
『遠野志貴』が駆けて行った方を見ながらそうぼやく奴にそう声を掛ける…まぁこの程度では煽りにもならないだろうけどな…
「ああ、それなら問題無い…暗殺者としては俺は三流以下の…ただの殺人鬼だからさ…何より、獲物はまだここに居るからな…貴様は…逃がさない。」
奴の雰囲気が変わる…ここからが本番になるか…俺の勝利条件はシンプルだ…だが、それを熟すのは恐らく俺にとっては尋常で無く難しい…最もやらない訳には行かないが。
「来いよ、殺人鬼…暗殺者にも殺人鬼にもならない半端者で良いなら…相手を務めてやる。」
『遠野志貴』がワラキアを仕留めるまで全力で生き残る…俺がするのは…ただそれだけで良い。