「ハハハ…!楽しい…!楽しいぜ、アンタ…!」
「っ…!あああああ…!」
奴の振るうナイフをガラスナイフで受け流し、落として行く…まともに打ち合えば、こんな物はすぐにでも砕かれる…こうして相対する事になって思うが…やはりあのナイフは強度が異常だ…全く、ここに入った時取り上げられた『七ッ夜』…多少無理をしてでも取りに行くべきだったかと思うが後の祭りだ…今はコイツでどうにかするしか無い……それにしても…あの時状況が状況だっただけにあまり詳しくは聞けなかったが…恐らくタタリ…ワラキアの夜の主立った能力は二つ…何らかの方法で特定のそう広くない範囲のコミュニティで噂を広め、それを一夜だけ現実の物にする事…もう一つはタタリの発生場所に居る人物個人の記憶や、渇望…あるいは恐怖の象徴を具象化させる事だ…
…今俺の目の前に居るのは恐らく『遠野志貴』の恐怖の根源でも有る奴自身の殺戮衝動が形になったか…あるいは…奴が心の何処かでこうなってたかも知れない、もしくはなりたかった自分がこうして形になって現れているのだろう…
……なので、ここに居る…そうだな…奴を遠野家に引き取られなかったifの存在の方と過程して暫定的に『七夜志貴』と考える…この違いはデカい、仮にコイツがそう言う存在だとしたら奴は『遠野志貴』より遥かに高いレベルで『七夜』の体術を扱える事になる……俺は…一度リセットされてから七夜で有った頃の記憶を一部参照出来る様になったとは言え、全てを覚えている訳じゃない…ましてや子供の頃の話だ、身体に染み付いてこそいるが体術そのものを頭で理解出来てる訳じゃ無い…
「……考え事か?この状況で他に意識を回すのは…感心しないな?」
「っ!」
右から振るわれた奴のナイフの軌道がいきなり変わる…咄嗟に後ろに飛んで離れたが、俺は袈裟に切り裂かれた…!
「逃がさん…!」
「クッ…!」
僅かにとは言え、離した距離が一瞬にしてゼロにされる…!
「蹴り穿つ!」
背面を向けた奴から飛んで来る後ろ飛び蹴り…スピード、タイミング…そして距離…その全てに置いてこいつは完璧だ…躱すのは…絶対に不可能。俺は咄嗟に両手を胸の辺りで交差して受け止めた…
「グアッ!?」
重い!?ガードをした俺の腕の下から奴の足は掬い上げる様に飛んで来て…何と俺の身体はそのまま奴と共に宙に打ち上がった…バカな…!正面からの蹴りや、回し蹴りならともかく…完全に背を向けた奴の飛んだ勢いだけでこちらの身体まで持ち上がるだと…!?
「寝てな!」
空中でこちらを向いた奴の逆の足の踵落としが俺の肩の上に落ちて来る…!これも…躱せ、ない…!
「グハッ!」
ろくに受け身も取れず、背中から床に叩き付けられ…俺はその場にのたうち回る…呼吸が出来無い!俺は咳き込みながらも何とか上体を起こし、こちらに向かって落ちて来る奴を睨み付ける…!
「怖い怖い…追撃は…止めておこうか。 」
俺に向かって落ちて来ていた奴は…空中で体勢を変えて向こう側に着地した…本当に出鱈目な身体能力だ…何せ奴は天井や壁すら足場にする事が可能な上…ああして宙に居ても体勢はいつでも変えられる…取り敢えず奴と空中戦はしない方が良さそうだ…
「ふむ…体術は互角か、僅かにアンタが上……ナイフの扱いは俺の方が遥かに上…かな?」
「ゲホッ…知るか…」
奴の言葉に答える気にもならず、俺は床に手を着いて立ち上がった…血を吐いてはいない辺り内臓は一応無事…ただ、恐らくさっきの蹴りで両腕にヒビが入った…もう一度さっきのを食らって折られたら…俺はもう戦えないだろう…奴程重く、速い蹴りを出す自信はさすがに無いし、何より打撃では奴を仕留められない…
「いや、しかし不思議なもんだな…」
「ケホッ…ハァ…何がだ?」
「ナイフの扱いそのものは鈍っているのに、体術は寧ろ洗練されている…俺と…恐らく奴とも違う変化だ。」
「何が言いたいんだ…?」
「確かに俺にはナイフへの執着が有る…それは多分、奴も変わらない…だが、アンタはそれを扱う為の身体能力の方がなっちゃいない…体術そのものは磨き抜かれているのにも関わらずだ…」
顎に『七ッ夜』を持った手を当てながら、恐らく俺についての事を考え始めている『七夜志貴』……何がしたいのかは分からないが好都合。こっちは体力の回復が測れるし、何より…そもそも朝にはこの騒ぎも収まるんだ…仮に『遠野志貴』が失敗したとしてもその事実は変わらない…時間稼ぎが出来るなら…それに越した事は無い。
「何よりお前はあくまで"ソレ"を手段としてしか捉えていない……違うか?」
「……そうだな、確かにそうかも知れない。」
会話に付き合ってやるのは吝かでは無い…ただ、コイツが何を言いたいのかは良く分からないが…
「俺は別に刃物に執着が無い…単に魔眼と相性が良いから使うだけだ。」
と言うか…ここで脱走などの小競り合いが起きると大体俺は駆り出されるが、さすがに脱走した囚人を殺す必要は無い以上…魔眼無しでも殺傷可能なナイフを持つ理由そのものが無い。何なら殺傷性が低くて、使う必要が有るなら武器は何でも使う…が、下手に武器を使うと刃物以外でも普通の人間相手なら…俺は最悪殺してしまうから基本的に使わないだけだ。
「で?それを確認してどうする?」
「いや何…参考までに聞きたいのさ…どうすればお前の様になるのか、とな…」
「…参考も何も…所詮、一夜で消える存在なのに…か?」
「さぁて。それは分からないぞ?」
溜め息を一つ零す…まぁシエルさんは元より、『遠野志貴』には絶対に言えないが、コイツなら良いかも知れないな…と言うか…あるいはコイツも実は別の世界の"俺"で本当はちゃんと生きた存在なのかも知れない…ならば聞く権利は有るのか…
「要するに"俺"に何が有ったのか…お前はそれを聞きたいんだろう?」
「ああ。」
「分かった、良いだろう…」
頭の中に残っている嘗ての"俺"にして他人の記憶を参照する…さて、何処から語ろうか…